11月の海外いろいろ -4: 台北、医師の教育の話題

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春頃でしょうか、台湾の内科学会から講演のご招待を受けました。その後、台湾の原子力関係からもご招待を受けました。ちょうど日にちが3・4日ずれていたので、何とか摺合せをお願いして今回の訪問になりました。

22日にアブダビから帰国し、家で久しぶりに一泊。翌日、台北へ向かいました。内科学会総会には2年前にも参加しましたが、今回は米国内科学会オレゴン支部からのThomas Cooneyさんとご一緒でした。根っからの教育者です。

医師の教育の話題だったので、映画「The Doctor」について私がコメントしたところ、そのモデルはDr Edward Rosenbaumで、立派な医師のご一家です。同じオレゴン大学病院で勤務、またご子息(といっても年配ですが、、)もオレゴンでの同僚の一人で、お孫さんは Univ Penn のDr Liza Rosenbaum、New Yorkerにも寄稿しているよく知られたカラムニストでもあるのです。何でも話題を出してみることですね。いい話を聞きました。

お互いに講演が前後でしたが、医学教育・研究に本当に立派な見識を持って、実践されています。

翌日は台湾の原子力関係者との交流、講演ですが、私のほかにも国会事故調で協力してくれた方も参加してくれました。

「わかりやすい国会事故調」の6部のビデオは大好評でした。「字幕は漢字だからわかるし、英語のナレーションでよくわかった」よ、と言われました。

大事故の教訓を共有することは大事なことです。

福島原発の現状、Washington Postの記事

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福島原発の事故から2年半を超える時間がたっていますが、この事故が収束状態などと考える人はいないでしょう。メディアは地下水の問題で騒ぐ、汚染水がもれては騒ぐ、大雨が降れば騒ぐ。福島原発事故は、現在も大きな日本の、そして世界の大きな問題なのです。

東電の能力、日本政府が何を考え、行動しているのか、これには国民も、世界もかなりの懸念を持っています。政府も国際廃炉研究開発機構という、いつものような政府の得意なやり方の組織を作っていますが、どれだけ開放的か、透明性と国際性が高いか、みなさんもよく見ていましょう。

東電も国際的な諮問委員をお招きしてはいますが、どれだけ真剣に学び、意見を取りいれ、実行しようとしているのか、このプロセス全体の透明性が大事です。これにもずいぶん問題があると聞いています。その一人、東電の福島原発の監視委員会副委員長Lady Judgeの東電の対応について不満が10月22日の日経新聞朝刊16ページにも出ていました。

10月21日のWashington Postの10月21日号では、1面トップから3ページという大きな扱いは、9日4日のNew York Timesの扱いと同じと思います。Washington Post(PDF)とOn-line版では体裁も違いますし、それぞれに見る人へのインパクトがちょっと違いますが、on-line版のイラストは、なかなかの出来ですね。このあたりが新聞紙面と違うところです。これらの米国主要紙の扱いは、福島原発の現状への懸念の大きさを意味しているのです。世界の見る目は厳しいです。

ところで海外の主要報道の日本語訳を毎日1本作成している小林順一さんのblog(Twitterは@idonochawan)があります。最近は福島関係が多いのは致し方ないですが、「世界の日本を見る目」を感じ取るのにもとても良いと思います。

大変な努力ですが、ありがたいことです。

「無鉄砲娘」の活躍つづく、そして私の意見も

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国会事故調に参加してから、ずいぶん違ったキャリアを選び始めた人たちがいます。先日のコラムで紹介した椎名くん、石橋さん、「無鉄砲娘」相川さんの3人はそんな人たちです。

相川さんの本「避難弱者」は、広く読まれているようですが、最近ウェブにも記事が出ています。彼女のメッセージが広がるのはうれしいです。「若い者たちは行動する」のです。大したものです。

ところで、この3人のことも含めて、国会事故調のその後の在り様を、外国記者クラブの発行する機関誌「Number 1」 (英語)で紹介しました

国会事故調は、日本では「憲政史上初」です。「初」ということは、政治家も、官僚たちも、メディアも、学者も、広く国民もですが、この「国会事故調」が何を意味しているのか、あまり理解していないのでしょう。日本国内の反応は、海外の反応12)に比べればはるかに小さいですしね。

民主制度を機能させるのは、時間のかかることなのです。

私も福島のことは本当に心配です。そして世界では日本のことを本気で心配している人たちも多いことをお忘れなく。

いろいろなところへ

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大阪で行われたMansfield財団による原子力の日米協力のパネル(10月1日)の後は、すぐに沖縄へ。OISTの理事会へ向かいました。

ここでは2泊(10月2、3日)の予定でしたが、風邪気味で、2日目を終わって東京へもどり、翌日4日はテレビ会議で参加しました。いろいろな課題はありますが、10年でここまで来たのは素晴らしいことです。しかし、これからが一つの転換期になるように思います。

5日の午前中は日本腎臓学会の「男女共同参画のパネル」に参加、その後は京都へ、STS Forum(10月5日~8日)です。これも今年で10周年を迎えました。素晴らしいことです。参加者も1,000人ほどと増加し、安倍総理のスピーチに始まる良い出だしでした。私も「ICTと教育」というセッションのパネルに出ました。期間中に多くの友人にお会いしますが、今年はQatar財団の方々も初めて見えられ、会談のほかにも、日本から協力していただけそうな何人かの研究者をご紹介しました。

8日、京都から帰ってからは、東京で某外資系企業の役員と会食。9日、10日はオリエンタル技研の35周年で2日にわたってOISTの設計を担当したKen Kornbergと講演をしました。彼はノーベル医学・生理学賞を受賞したArther Kornbergの息子さんで、お兄さんのRoger Kornbergはノーベル化学賞を受賞しています。
もう一人のお兄さんThomasもすごい分子生物学者です。

11日は自民党で新しい原子力規制委員会の在り方について議論、その後HGPI主催のグローバルヘルスの夏のセミナーでお世話になった「IOCA」のアトリエを訪問。これは企業役員などにも評価されているということで、一度は参加してみようと思いました。

夜はスイス大使館で、環境・交通・エネルギー・通信を担当する実力大臣Mrs Doris Leuthardさんを迎えて、主として原子力についての話題をめぐってお招きを受けました。

相も変わらずいろいろと忙しくしていますが、私が何かの成果が出しているのか(?)、貢献をしているのか(?)、といわれるとちょっと考えてしまいます。

Mansfield財団の日米原子力ワーキンググループ

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大阪で行われたMansfield 財団日米ワーキンググループ公開セミナーの会議に参加しました。

このグループは日米の原子力に関する戦略的優先課題という報告書を発表し、これを日本の関係者と共有しようという企画です。福岡、大阪、東京で開催ですが、私は大阪だけにしか参加できませんでした。

提言は両国の関係から見たこれからの多様な協力関係についての提言です。内容はそれぞれに、もっともなことが多いものです。議長の一人は、去年10月に、Japan-US Council主催で、私がWashington DCの議会内で国会事故調について報告した時の座長でもあったCharles Fergusonでしたので、私の紹介では、その時の皆さんの反応を含めて、ずいぶんと持ち上げてくれました。

大阪のプログラムではパネルの皆さんの発表の後で、大阪大学の星野俊也さんと私がコメントしました。

参加された方々はそれぞれ原子力の関係者が多いようでしたので、細かいことより、国会事故調の意義、Group Thinkなどを含め、日本にかなり特異な課題ついて、具体例を挙げながらお話ししました。

その1つが、この参加の方々の構成です。全部で200人は超えていたと思いますが、同時通訳の2人の女性を除けば、参加の方の中に女性は3、4人しかいないことも指摘しました。これは確かに変ですね。かなり日本に特異なことと思います。

パネルでは4人のうち女性は1人、Sharon Squassoniさん(Director and Senior Fellow, Proliferation Prevention Program, CSIS)でした。

講演会が終わってワーキンググループの皆さんは福島へ、私は関空から沖縄へ、OISTの理事会へ向かいました。

San Diego

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San Diegoの町のすぐ向かいにあるCoronadoに来ました。1つはCell Societyという集まりがあり、これに参加するのです。この会は今年で3回目ですが、去年は国会事故調の最中で参加できませんでした。特に私がこの分野の専門というわけではないのですが、いろいろな経緯があって参加しています。脂肪幹細胞の臨床例などは医学的に見てもなかなか面白い結果がでています。

幹細胞の研究分野ではノーベル賞受賞の山中さんの大発見「iPS」も期待されているとこです。近代医学のアプローチとは違って、理論的に分子・遺伝子的解析からは理屈が付ないことでも、かなり安全だから試したら「他に治療法がないが、これでいい結果が出る」というところでしょうか。

近代科学の発祥の地、西洋では100年ほど前までは輸血、瀉血などの「治療」が、今では考えられないような理屈で行われていました。ABO血液型が発見されたのは100年前のことです。研究とはそんな経験から新たな発見が導かれることも多いのです。

時間を作ってSan Diego周辺で留学、研究、ビジネスなどで活躍している20数人の日本からの若者たちとの集まりも持たれました。ここで活躍している牧くん(PhD)が中心でUniversity of California San Diegoで勉強中の学部生、大学院生などが集まりました。いいですね、皆さん。やはり意識の変化は感じているようですし、自分のキャリアへの考えもいろいろ迷うことも多いようです。日本ばかりが活躍の拠点ではありませんし、日本人であることには変わりないのです。皆さんの選択と、活躍を期待したいです。

日を変えてUCSDのセミナーに行きました。UCSD School of International Relations and Pacific studies(IRPS)と Rady School of Managementの共催で、IRPS Professor of Japanese BisunessのProf. Ulrike Schaedeさん(去年までは星教授が担当していたとのことです…)の司会で進行しました。テーマは福島原発事故関係ですので、学生さんばかりでなく、教授の方もこのあたりで長く生活されている日本の方も来られました。福島原発事故から2年半、ちょうど福島原発の現在とこれからの状況が世界的に広く報道されているところでしたし、活発な質疑になりました。

学生さんばかりでなく、日本の方が多く見えましたし、またCONNECT1)の関係者も参加。セミナーのあとは、南Californiaらしいさわやかな夕暮れのテラスでレセプション。そのあとで、この辺ではよく知られた「Sushi Ota」で名物の「ウニ」など楽しみました。

若者たち一人ひとりが自分のキャリアの選択肢を増やす実体験はとても大事なことです。

オランダの新聞記事

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最近の福島原発の汚染水の問題、まだまだ脆弱な状況などが世界にも広く知られ、その懸念から海外でも多くの報道がされています。

私も日本の憲政史上初という国会事故調を任され、その報告書は世界でも高く評価されているところです。ですから、今回の福島の状況については、いくつもの海外メディアの取材を受けています。日本のことでもありますし、私がお断りするのもおかしなことですしね。

オランダの主要新聞‘Trouw’にもインタビュー記事が出ました。この記事を見た E. Nishimotoさんから、このサイトにメールをいただき、日本語に訳していただきました。さすがにウェッブの時代ですね。Nishimotoさんが訳してくれた原稿に、私が少し手を入れ、私なりにちょっとわかりやすくしたのが、ここにリンクした邦訳です。

 

Trouw 紙 2013年9月16日(邦訳英訳

 

Nishimotoさんありがとうございます。

この記事にある私の意見は、このサイトでも繰り返して発言しているところです。最近では、GRIPSの卒様式での祝辞にもあらわれています。

福島原発事故の現状にNatureも懸念を表明、何をすればよいのか?

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福島の事故の現況はちっともよくなっているとも思えません。だれにでもわかることです。

東電の言うことも(国民にも、世界にも理解してもらおうと意識が全く欠如していると思いますね、いつも「ひとごと」のような発言です)、政府の言っていることも、実行する工程表も、その理由、プロセスにも透明性も欠け、国内、国際的な信頼性にも欠け、しかもはっきり、わかりやすく伝えることも考えていないのでしょうか。

日本のメディアも、なぜか批判的精神をすっかり骨抜きにされているみたいで、だから、国民の声も上がらないのです。自分が知っていても、それも自分の仕事として知らせたくない人たちもいることは確かでしょうけど、これは逆効果ですね。国際的な信用もなくなりますから。

科学誌ではよく知られたNature1)も痺れを切らして、意見をしています。ネットの上では、意見の交換も見られます。Twitter1)でもいくつも見ることができます。

福島原発事故のような国際的に影響の大きな事件では、英国の狂牛病の対応12)の例などを学ぶこともよいことです。牛での発症から初期の政府の判断間違い、その後の人間での発症、EUの委員会の対応とそのプロセス、そこでの提言の受け入れ、科学の進歩等々の信頼を勝ち取るプロセス。結局、事件から英国産の牛肉が輸出されるのに20年もかかったのです(ここでも初期には日本政府も間違いを起こしているのですけどね)。

独立した、国際的に開かれた、透明性と科学性に裏打ちされた独立委員会で、対策を検討、立案してもらい、政府がこれを決定し、福島原発事故の中長期対策の計画を作成することです。それを世界と共有するのです。

独立性、透明性、公開性、科学性、国際性は、グローバル世界での政府の信頼の回復への第1歩です。これらの信頼への基本が国会事故調の報告書が世界で高い評価と信頼を受けた基本にあることを、みなさんがもっと知る必要があります。

みなさん、いかが思いますか?国家の信頼は一度失われると、その回復にはとても時間がかかるのです。

福島原発事故からもう2年半が過ぎます。

「無鉄砲娘」の大活躍、「避難弱者」を上梓

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20130908-1

福島の原発事故から30ヵ月、国会事故調の報告書が国会に提出されて14ヵ月の時が過ぎました。日本は、世界は、どんなことになっていくのでしょう。

2020年のオリンピック、東京に決まりましたね。良かった。-これを一度提出してから決まったので、加えました-

この「憲政史上初」の国会事故調に参加して、大きく、仕事・キャリアのありさまを変えた人たちもいます。 国会議員になった椎名つよしくん。「わかりやすいプロジェクト 国会事故調」を立ち上げた石橋哲さんなどなどです。

相川祐理奈さんもそのような一人です。彼女は大手新聞社に就職して2年、福島原発事故の調査に参加していたようですが、国会事故調に参加したいといってきたのです。この8月30日、彼女が独自に続けた調査をもとに書いた本、「避難弱者: あの日、福島原発間近の老人ホームで何が起きたのか?」が上梓されました。

私も、最後に「本書の刊行に寄せて」を書きました、とても感動したので。その一部を紹介させてもらいます。

まずはカバーの折り返しに引用されている部分ですが、

「現場感にあふれて入念なインタビューから、いろいろな事例があぶりだされてくる。多くの人たちの深い悩みと選択、もてあそばれる弱者たち、その人たちを支援する人たちの苦悩は計り知れない。ここかしこに1人ひとりの現場の人たちの生き様があぶりだされてくる。苦悩がある、多くの感動がある、そして多くの悲劇がある。
相川さんの一貫した現場からの取材によるこの報告から、何を学ぶのか。このような現実にどう対応してゆけばよいのか。これは私たち1人ひとりに突き付けられた課題である。」

そして、相川さんについて、

「国会事故調が終わった後、せっかく就職した新聞社も辞めて参加した彼女に、「本当にごくろうさま、これからどうするの?」と聞くと、なんと「私はこの調査を自分で続けます、あの人たちのことをもっと調べて記録しないと」というのだ。無鉄砲といわれようが、この様な決断をする若者がいるのだ。私たちは、相川さんが私たちのチームに参加するときの決断にも驚いたが、終わってからの決断にもさらに驚き、何か言い知れない感動に包み込まれた。
そして、相川さんの1人の戦いが始まる。協力、支援してくれる人たちも出てくる。この「無鉄砲娘」の調査の記録が、この本だ。-中略-。うれしい、ごくろう様、心からほめてあげたい。それがこの本なのである。」

皆さんも、本屋さんで見たら手に取って、よさそうだったらお買い上げください。勿論、アマゾンでもね。

前回、紹介した国会事故調をヴィジュアルにした素晴らしいビデオ1)も、若者たちの自発的な作品だ。

こういう独立精神あふれる若者たちがいるのだ、皆さん何か明るい気持ちになりませんか?

国会事故調をヴィジュアル化する若者たち(皆さんも見てね!)

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福島原発事故が起こってもう30ヵ月、2年半の時間が過ぎました。東京電力、日本政府の動きはどうでしょうか?世界も心配している一方で、あまりに情報開示と伝える力のお粗末さにあきれているでしょうね。このところ海外のニュースでもシリア問題とともに大きく扱われています。

私たちの「憲政史上初」という「国会事故調」報告書が国会に提出されてからも14ヵ月の時間が過ぎています。

さて、この報告書を国民の間にわかりやすく広げることは、私たちに任じられた事柄ではありませんが、そのような行動を始める若者たちもいるのです。素晴らしいことです。

その第一弾ともいうべき作品が「わかりやすいプロジェクト 国会事故調」という活動です。

最近、この報告書をヴィジュアルで説明するシリーズができました。

1.国会事故調ってなに?

2.事故は防げなかったの?

3.原発の中で何が起こっていたの?

4.事故の後の対応をどうしたらよかったの?

5.被害を小さくとどめられなかったの?

6.原発をめぐる社会の仕組の課題ってなに?

各2~3分でよくわかる、全部で16分ほどのヴィジュアルの素晴らしい作品です。