主張<3> Nature Index 2024の「日本にポジティブな変化が見られた」は本当か?
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5月某日、政策研究大学院大学にて。聖心女子大学教授のデイビット・マックニール博士と
デイビット・マックニール博士来訪
各国の科学研究への貢献度についてまとめたオープンなリポートがNature Indexです。その2023年版であるNature Index 2023で“Will Japan’s new ¥10-trillion university fund lift research performance?”という記事を執筆されたデイビッド・マックニール博士が政策研究大学院大学の研究室にいらっしゃったので、日本の科学研究力についてディスカッションを行いました。
Nature Index 2023では、中国の科学研究のアウトプットが長年にわたり科学研究で世界トップを走っていたアメリカを抜き、すでに世界1位となっていることが報告されました。中国は、国内総生産(GDP)に占める研究開発費の割合を前年比で上昇させており、2015年から2021年にかけて、質の高い研究成果において89%という飛躍的な成長を達成したとされています。
一方の日本はといえば、研究開発費のGDPに占める研究開発費の割合は横ばい。高等教育への公的支出も2019年はGDPのわずか0.5%です(アメリカは0.9%で、ドイツやフランスはその2倍)。各指標からも日本の研究能力の低下は明らかでした。私がデイビッド・マックニール博士からインタビューを受け、そのコメントが“Will Japan’s new ¥10-trillion university fund lift research performance?(日本の10兆円大学ファンドは成果を上げるか?)” という特集に掲載されたのは、以前のコラムでみなさんにお知らせした通りです。
Nature Index 2024がリリース
6月18日に、その最新版Nature Index Research Leaders 2024が公開されました。早速目を通してみますと、中国は相変わらず猛烈に成長しています。欧米がシェアを落とすなかで中国の研究のアウトプットは前年比で13.6%も伸び、研究機関の総合ランキングでも上位10のうちの7つを中国の機関が占めました。興味深いところでは、インドの科学力が急激な成長を見せていました(インドのGDPは2025年に日本を抜いて世界4位になるとされています)。さて、日本はといえば、論文数の国別ランキングで2016年以降変わらず5位をキープしていました。2023年の研究論文の数においては、他国と比べて減少率が比較的ゆるやかであり、Nature Indexは「ポジティブな変化が見られた」としています。
Nature Indexの指標は実態を反映しているか
ただ、このリポートを読んで私たちは喜んではいけないでしょう。「論文数の減少率が比較的ゆるやかであった」といっても、すでに2017年から2022年にかけて約20%も減らしたうえ、2022年から2023年にかけてさらに1.7%も落ちているのです。また、Nature Indexでは採用されていませんが、「科学技術指標2023年」で見られるように、被引用数「トップ1%論文」や「トップ10%論文」においては、順位が下がり続けています。
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筆者
私は、Nature Indexの指標よりも被引用数による指標の方が、より実態を反映していると思うのですがね。この1年で、文部科学省の「10兆円規模の大学ファンド」が何か成果を上げたわけでもなく、日本のGDPも増えていません。何より、日本の研究機関において、上級研究院や指導教官の多くがその研究機関の出身であるという「縦割りシステム」が変わっていません。
「たこつぼ」になっている日本の大学
例えば、日本では最高峰とされている東京大学の教員には、東大出身者が非常に多いのです。このことについて、私は「四行教授」という言葉をつくりました。履歴書に「東京大学卒業、東京大学助手(助教)、東京大学助教授(准教授)、東京大学教授」と四行だけ記されているような人のことです。近年は、ここに「海外に2年だけ行って帰ってくる」が追加されることもあるようですが、数年の滞在では独立して何かできるわけもなく、基本的には古巣の教授のひも付きです。
「そんなの当たり前じゃない?私が教わった先生もそうだったよ」という方がいるかもしれませんが、それは世界の研究シーンでは異様な光景なのです。考えてもみてください。そんな「たこつぼ」のような環境で行われる研究に、斬新なアイデアや多様性が生まれるでしょうか? 海外の大学に比べて多様性に乏しく、均一性が高く、国際性が低く、男性ばかりで女性がいない。外国人もいない。そんな東大は、タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが発表する世界大学ランキングで29位です。東大でこれですから、他の大学については言うまでもありません(沖縄科学技術大学院大学OISTのような例外もごく一部にあります。これは、次回以降に書きましょう)。
本当に「ポジティブな変化」が起きているのか?
私がかねてより、「研究機関の中が縦割りになっていることこそが、日本の研究力低下の病巣である」としつこく主張していることは、みなさんもご存じでしょう。研究資金の獲得も大事でしょう。しかし、それ以上に大事なのは、大学の研究室の指導者が、大学院生をもっとアメリカ、イギリス、中国、オーストラリアなど海外に送り出すことだ……そう私は主張し続けているのですが、なかなか変わりませんね。はてさて。実際、この1年で日本の科学研究力に「ポジティブな変化があった」と言えるのでしょうか?
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デイビット・マックニール博士
研究室にいらっしゃったマックニール博士とは、このような話をしました。日本の科学研究はなぜダメになったのか? ソリューションは何なのか? 彼が2023年の記事の追跡調査をしてくださるそうなので、楽しみに待ちましょう。
GHIPP スペシャルダイアログ:「ヘルスと気候変動:太平洋諸島の課題と教訓から~日米にできることとは?」
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GHIPP スペシャルダイアログ(第31回)
Topic:「ヘルスと気候変動:
スピーカー: | アイリーン・ナツジ氏(ジョージタウン大学) |
コメンテーター: | 黒川 清 名誉教授(GHIPP) |
司 会: | 村上 博美(GHIPP) |
言 語: | 英 語(通訳はありません) |
日 時: | 2024年7月13日(土) 15:00-16:00 日本時間 |
会 場: | オンライン |
参加費: | 無 料 |
お申し込み: | https://hsd31.peatix.com |
詳細はこちら: | https://ghipp.grips.ac.jp/news/ |
衆議院原子力問題調査特別委員会
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主張<2> 次世代のサイエンティストをどのようにつくるか?
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一夜にして症状を緩和する特効薬はない
前回のコラムでも述べたように、日本の科学研究力は凋落の一途をたどっています。残念ながら何十年もかけて進行したこの病を、小手先の対応で治すことはできません。可能性があるとすれば、極めて当然ですが、優秀な若手の博士研究員(ポスドク)の育成でしょう。人を育てるのですから、それは一朝一夕にはできないことです。ただ、次世代のサイエンティストの育成に真剣に取り組まないかぎり、日本の科学研究に未来はありません。
今となっては日本でもメジャーな「ポスドク」は、元々アメリカで生まれた制度でした。日本では、90年代に「大学院重点化計画」というものを立ち上げた際に、アメリカをまねしてポスドク制度が広く導入されました。日本に研究者を増やし、日本の基礎研究力を強化するのが目的でした。1996年度から2001年度までの5カ年計画として閣議決定された科学技術基本計画では、「ポスドク一万人創出」という目標が掲げられ、実際1996年には6224人しかいなかったポスドクは2002年には1万1127人に増えました。数字の上では、見事目標は達成されたのです。しかし、実際のところ、日本のポスドク制度とアメリカのポスドク制度は似て非なるものでした。雇用慣行や社会制度のちがいもあるでしょうが、本来、ポスドクは何のためにあるのかを理解しないままに制度が導入され、これが問題でした。
外に出ない日本のポスドク
私も身をもって経験していますが、アメリカにおけるポスドクは研究者の「武者修行の場」です。大学院で博士号を取得した後、古巣とは別の研究室に任期付きで所属し、テニュアトラック、そしてテニュア(終身雇用)の地位を目指します。これが非常に狭き門で、生き馬の目を抜くような世界です。ポスドクに進んだ若手研究者は自らの研究室を主宰できるようになる日を目指し、死に物狂いで勉強し、働きます。このとき、「別の研究室に行く」というのがポイントです。欧米のアカデミアに、古巣にずっといるような研究者はいません。
私が渡った半世紀ほど前から今まで変わらず、世界の研究の中心にあるのはアメリカです。そのアメリカに一時ビザで滞在して研究をする人たちの国籍別データがあります。年によって多少の変動はありますが、近年は中国からの滞在者が最も多くて毎年4000~5000人。インドが約2000人、韓国が1200人、台湾が700人。さて、日本はというと、これがなんと200人以下です。人口7000万人のタイにも及ばないのですから、いかに日本の研究者が、外に出ずに閉じこもっているかがわかるでしょう。
むかしから、日本人の研究者は海外に出て行こうとしないのですね。出たとしてもたいていは2~3年。それで「十分に箔は付いた」とばかりに、帰国して元いた研究室で働き始める。そんな人がひところは大勢いました。教授の手足として働き続けて、そのうち助教なり准教授なりに取り立ててもらおうという考えです。
文部科学省の学校教員統計調査によれば、日本の大学教員の自校出身者の割合は、全体平均で約32%、国立大学教員では42%超え。欧米の大学に比べて非常に高い数字です。同じ環境にずっといて、教授の下で教授のテーマに関連する研究をやったとして、そこに研究者としての創造性はあるでしょうか? 教授のひも付きで数年しか「武者修行」をしなかった研究者が古巣に持ち帰るアイデアやコネクションなど、どれほどのものでしょうか? そんな日本の研究室には魅力がないのでしょう、海外からの研究者もやって来ません。国際的な研究ネットワークは、日本の研究室を「孤島」と揶揄しています。
日本のポスドクのキャリアパスの不透明さ
日本のポスドクが国際的に活躍できないのは、そのキャリアパスが極めて不透明であることも影響しているでしょう。科学技術政策研究所の「研究組織の人材の現状と流動性に関する調査」によれば、海外で研究したいという若手研究者の意欲を阻害する最大の要因が「海外へ移籍した後、日本に帰ってくるポストがあるか不安である」ということでした。
日本でアメリカのポスドク制度を導入したとき、その出口については深く考えられませんでした。文部科学省の「ポスドク調査」によれば、日本でポスドクから正規職に移行できる研究者はわずか6.3%。内訳は大学教員が約5割、4割が研究機関の研究員であり、研究開発職以外の雇用は1割もありません。日本の若手研究者は大学にしかポジションがなく、その枠も極めて小さいということです。これが欧米では、民間企業の博士採用がそれなりにあり、博士号を持った人材が社会でしっかりと活躍しています。「博士号をとった後に路頭に迷う」ということが日本ほどは起こりません。
若手研究者は海外に出ましょう/出しましょう
ただ、やはり、いま日本でポスドクをやっている人、これからやろうとしている人は、積極的に海外に出ていくべきです。非常に厳しい研究競争の世界ですが、そこで5~10年と組織を渡り歩いて居着けるようであれば、「高等教育を受け、高度な専門性を持つのに、食うにも困る人々」いわゆる「高学歴ワーキングプア」などにはならないでしょう。若いときのある時期に必死に勉強や研究に取り組んで「独立」した人であれば、欧米の大学や企業はその取り組みをフェアに評価してくれます。
そして、日本の大学の教授は、大学院生や若手研究者に海外に出るチャンスを積極的に与えましょう。自分の研究テーマや知識を引き継ぐ「弟子」を育成することが、教授の仕事ではありません。次世代を切り開く独立した研究者を育てることこそが、高等教育に携わる者の責務です。人材を「育てる」ということとは、「知識を与える」ことではありません。若者は、機会が適切に与えられさえすれば自然と知識を会得し、自ら走りだします。
独立した若手研究者は大学、企業、研究機関を、自らの自由意志で渡り歩きます。そのような人が増えれば、たこつぼに引きこもっている日本の研究現場の人材流動性も高まるでしょう。研究者は、渡り歩いたさまざまな組織が持っているノウハウ、新しいアイデア、多様なアプローチ方法、発想などを、滞在する先々にもたらします。海外では当たり前に行われているこのことが日本ではできていないから、日本の研究力は落ち続けているのです。
5/31開催 衆議院原子力問題調査特別委員会
Posted on by kiyoshi kurokawa
5月31日の衆議院原子力問題調査特別委員会に出席しました。
<動画> 衆議院原子力問題調査特別委員会
https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=55280&media_type=
第5回クライシスシミュレーションワークショップ参加者募集
Posted on by kiyoshi kurokawa
第5回クライシスシミュレーションワークショップ参加者募集のお知らせ。
実際起こりえる危機的状況を仮想的に作り出し、参加者が普段机上では思いつかない危機的状況に対応しながら、その場での判断力や対応力、気づきなど実践的な学びを得ることを目的とします。米国から国防総省やホワイトハウスでも実施している第一線の専門家を招聘し、危機管理の対策を学ぶ貴重な機会となっております。お席が限られておりますのでお早目に応募ください。
分 野 | 国際関係・周辺地域情勢 |
ワークショップ 開催日時 |
2024年7月19日&20日 (金土)両日 午前 8:30 – 12:00正午(日本時間) 2024年7月18日&19日(木金)両日 19:30-23:00 EDT (米国東部時間) |
言 語 | 英 語 |
定 員 | 25人 (ワークショップ両日、全参加できる方のみ) |
場 所 | オンライン Zoom (詳細は参加者の方にお知らせします) |
応募資格 | 英語で議論できる方 (大学院生、社会人経験2年以上の方) |
応募書類 | (簡単な1ページ履歴書、英語の1パラグラフの自己紹介)を添えて、hi-murakami @ grips.ac.jp まで送付ください。 |
(応募要領など詳細はこちら)第5回クライシスシミュレーション・ワークショップ参加者募集
GHIPP スペシャルダイアログ:「国際情勢とこれから:日本の課題とその選択」
Posted on by kiyoshi kurokawa
GHIPP スペシャルダイアログ(第30回)
Topic: 「国際情勢とこれから:日本の課題とその選択」
スピーカー: | 宮家 邦彦 氏(キャノングローバル戦略研究所 理事・特別顧問) |
コメンテーター: | 道下 徳成 副学長(GRIPS) |
オープニングリマークス: | 黒川 清 名誉教授(GHIPP) |
司 会: | 村上 博美 客員研究員 (GHIPP) |
言 語: | 英 語(通訳はありません) |
日 時: | 2024年5月28日(火) 10:30-11:30 日本時間 |
会 場: | GRIPS(東京都港区六本木7-22-1) |
参加費: | 無 料 |
お申し込み: | https://hsd30.peatix.com |
詳細はこちら: | https://ghipp.org/news/ |
主張<1> 常に「なぜか?」を考えよ
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日本の研究力が凋落している
過日、私のところに財務官僚が3名きて「最近、日本の科学論文の引用数が落ちています」と言いました。その少し前に、文部科学省科学技術の学術制作研究所が「科学技術指標2023」という報告書を公表していました。
そこには、日本は自然科学の分野において1年あたりの論文数(2019-2021年の平均・分数カウント法)では世界5位でありながら、質が高いとされる被引用数「トップ1%論文」の数では2022年版の10位から12位になったとあります。そして、「トップ10%論文」数でもイランに抜かれて過去最低の世界13位まで転落してしまっています。
私が「ひどい凋落だよね。なぜだと思う?」と問いかけると、3名はしばらく考えて、「なぜでしょう。予算は出しているのですが……」と困惑しています。読者のみなさんにも、お聞きします。なぜ、二十年ほど前にはトップ10%論文で世界4位だった日本が、以降は凋落し、今や研究者人口が日本よりも少ない韓国やイランにも抜かれて世界13位になったのでしょうか? 考えてみてください。
経済も30年間停滞している
日本経済も同じように凋落しています。2023年のドル建て名目GDP(国内総生産)で、日本(4兆2106億ドル)はドイツ(4兆4561億ドル)に抜かれて世界4位になりました。かつては、世界一の大国であるアメリカに迫る勢いで成長していた日本。1978年にはハーバード大学のエズラ・ボーゲル教授が『Japan as Number One(ジャパン・アズ・ナンバーワン)』という本を出版するほど、日本経済は好調でした。
そんな日本経済は、1990年代半ばにピークを迎えた後、30年間まったく成長していません。そんなのは世界の主要国で日本だけです。2010年には名目GDPで中国に抜かれて世界3位となり、いまドイツにも抜かれて世界4位です。近々、成長著しいインドにも抜かれるでしょう。みなさん、日本経済はなぜ停滞したのだと思いますか? これも、考えてみてください。
日本と欧米の高等教育の質のちがい
私がみなさんに「なぜ?」と問いかけているのは、そこに、日本の弱点があるからです。先の財務官僚たちに、「ハーバード大学やケンブリッジ大学に、日本の大学のような入学試験があると思う?」と質問しました。留学経験もある方々ですから、「いや、ないでしょう」と答えます。
そう、欧米の名門大学は、入学に際して日本のような一発勝負の筆記試験を行いません。代わりに、高校までの成績、推薦状、課外活動や本人の興味についてのエッセー、大学担当者とのコミュニケーションなどを通じ、入学希望者の人間性や将来性を多角的にみます。日本の大学のように、入試の時点で物事をどれだけ暗記しているかで評価していないのです。そして、大学に入れた後は猛烈に勉強させます。一方、日本の学生の多くは、古代中国の「科挙」のごとき暗記偏重の受験勉強で燃え尽きるのか、大学に入ると学問をやらなくなりますね。そんな筆記試験の突破に特化した日本の大学生の学力は、受験勉強の延長で知識(How To)止まりです。クイズ番組でもてはやされる東大生たちが、それを象徴しています。彼らは何でも知っていて、問いに対して入試の筆記試験のように素早く・正しく、解答することに長けている。そんな東大生をみて、多くの日本国民が「さすが東大生は賢いなぁ」と感心しています。しかし、そんな「クイズ王」としての東大生の価値も、ChatGPTなどのAIの登場で、もはや危ういでしょう。
一方、欧米の名門大学の学生は、知識(How To)のストックは大前提で、その知識を用いて「なぜ?(Why)」を思考する訓練が勉強の中心です。日本と欧米で、高等教育の質まるでちがうのです。質の高い研究論文の主要な生産拠点の一つが大学ですから、高等教育の質がちがえばそこで生まれる研究者やその生産物の質に差が出るのは当然です。
人間がAIと知識を競うことに意味はありません。知識を用いて自らの頭で「なぜ?」を考え、議論すること――それこそが、人間の真の賢さであり、その能力を施すのが高等教育の目的の一つです。ウインストン・チャーチルは、「大学の第一の責務は、商売のやり方を教えるのではなく、叡智を授けることだ。専門的な知識を仕込むのではなく、人格を育むことだ」と言っています。知識と叡智はちがうものです。歴史から叡智と哲学を学ぶのです。
多くの研究室が講座制
大学院に進んだ学生は研究室に所属しますね。そこにも、日本の弱点があります。日本の大学の研究室の多くは、教授を頂点にタテ型のヒエラルキーを形成する講座制をとっています。これは明治以降からずっと変わらないシステムで、教授が師匠になる「家元制度」のようなものです。
そんなタテ型の研究室では、若手研究者たちが教授を「師匠」とし、その師匠の持っているテーマについて研究し、論文を書きます。つまり、アイデアを出しているのは教授で、若手研究者はそれを補足する研究しかしていないということです。ここでも、なぜ?(Why)ではなく知識(How To)なのです。研究者が人まねをしていては、世界を驚かせる新発見はできません。
これに対し、日本出身のノーベル賞受賞者は、例外なくアウトライヤーです。ノーベル賞受賞者の経歴を調べてみてください。日本の大学の既存の枠組みにとらわれず自らテーマを創造・開拓した人々をみれば、いい研究をするためには研究者として独立していることが大切だとわかります。
日本の研究現場が世界の「孤島」になっている
私は、ポスドクで日本を出てアメリカにわたりました。アメリカにわたった直後、最初にボスとなったペンシルベニア大学のラスムッセン教授から、「あなたは博士だ。私も博士だから、あなたと私は同等。過去にこの研究室にきた日本人のポスドクたちは、私の方が偉いと思っていたり、私の手伝いをするのが仕事だと考えていたりするようだった。しかし、それはちがう。あなたはこれから、己が独立した研究者であることを証明しなくてはいけない」と言われました。
この言葉はショックで、私のそれまでの日本的な価値観は大きく変わりました。そして、自分の頭で考えながら生き残るために必死に動き、最終的に日本には14年間帰らず、大学も4回変わりました。
外の世界に出て感覚を研ぎ澄ませることで、初めて気づくことがたくさんあります。日本の外に長くいたことで「健全な愛国心」が育った私には、日本の弱点がよく見えます。日本のポスドクが海外に留学するといっても、通常は2、3年です。しかも、たいてい日本の研究室の教授のひも付き。これでは、独立した研究者にはなれません。
そもそも、日本人研究者は海外に行かず、外国人も日本の研究室にはやってこず、データは日本の研究現場がグローバル化した世界の「孤島」であることを示しています。論文の生産拠点にいる多くの日本人研究者が、「日本の出身研究室にずっといて、いずれ教授の跡継ぎになろう」などと考えています。
大学教員に自校出身者が占める割合、いわゆる「教員自給率」のデータを見ると、東大、京大は学部によって差はありますが 70%を超えています。これは世界的にみて異様な高さです。昭和まではそれでもよかったのかもしれませんが、IT技術が発達し、人・物・情報がフラットになった現代世界では、もう通用しません。
タテ社会の終焉
論文の主要な生産拠点である日本の大学の教育システムは、経年劣化しており、グローバル化した世界に取り残されているのです。私はこの傾向とその行き着いた先について、「タテ社会の終焉」と呼んでいます。
先年、英誌エコノミストの元東京特派員であるデイビッド・マックニール博士が、Nature index 2023 Japanの“Will Japan’s new \10-trillion university fund lift research performance?” と題した記事の中で、そんな私のコメントを取り上げてくれました。記事へのリンクをはっておきますので、みなさんぜひ読んでみてください。
日本社会のいたる領域で、この「タテ社会の終焉」が起きています。そして、改めて「なぜか?」という問いに戻りましょう。なぜ、日本の研究力は落ちているのでしょうか? なぜ、日本経済は30年間も停滞したのでしょうか? なぜ、三井住友銀行で10年働いたバンカーは三菱UFJ銀行に転職できないのでしょうか? なぜ、同じ島国であるイギリスと日本で研究力や経済力がこんなにもちがうでしょうか?
答えはあえて書きません。みなさん、「なぜか」を考えてみてください。日本が世界のトップグループに返り咲くために必要なことは、日本人が常に自らの頭で「なぜか」を考えることです。
GHIPP スペシャルダイアログ:「経済安全保障~日米の課題」
Posted on by kiyoshi kurokawa
GHIPP スペシャルダイアログ(第27回)
Topic: 「経済安全保障~日米の課題」
スピーカー: | アンドリュー・フィアルディニ氏(NKM Consulting代表) ポール・リネハン氏(Secure Knowledge Consulting代表) |
コメンテーター: | 道下 徳成 副学長(GRIPS) |
チェア: | 黒川 清 名誉教授(GHIPP) |
司 会: | 村上 博美 客員研究員 (GHIPP) |
開催形式: | オンライン |
言 語: | 英 語 |
日 時: | 2024年1月11日(木) 10:00-11:00 日本時間 |
参加費: | 無 料 |
お申し込み: | https://hsd27.peatix.com/ |
詳細はこちら: | https://www.grips.ac.jp/jp/events/20231220-0523/ |