日本人の6割は月に本を1冊も読まない
先日、文化庁が結果を発表した令和5年度実施「国語に関する世論調査」に、大変ショッキングなことが書かれていました。なんと、日本人の60%以上が月に1冊も本を読まない、いうのです。以下のリンク先にPDFがあります。その中の「Ⅲ 読書と文字・活字による情報に関する意識」の項目をみなさんもぜひご自身の目で確認してみてください。
ここに示されているのは、全国16歳以上の個人6000人を対象とした調査(有効回収数3559人)で、漫画・雑誌を除く書籍(電子書籍含む)を1カ月に「1冊も読まない」と回答した人が62.6%、「1、2冊」が27.6%、「3、4冊」が6.0%、「5、6冊」が1.5%、「7冊以上」が1.8%ということです。5年前の調査では、「1冊も読まない」と回答した人が47.3%だったそうですから、たった5年で1か月間に本を1冊も読まない人が15.3ポイントも増加しています。
「0冊」と回答した人に男女の差はほとんどなく、年代別の分析ではいずれに年代でも男女問わず「0冊」が最多であったそうです。つまり、年代や地域によらず大半の日本人が本を読まなくなったということですね。以前から、知り合いの編集者に「コミック以外の本がどんどん売れなくなっている(=日本人が本を読まなくなっている)」と聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。
日本の大学生も本を読まない
今回の文化庁の発表した調査結果では「1か月に読む本の冊数」について年齢や職業別のデータが示されていないのですが、「本を1冊も読まない人が62.6%」ということですから、気になるのは高等教育段階にある大学生のことです。大学生こそ本をたくさん読まなければいけないはずです。そこで、日本の大学生の読書量について何かデータはないか調べてもらったところ、全国大学生活協同組合連合会が学生生活実態調査で全国の大学生の読書時間に関するデータをとっていました。
その調査によれば、2015年から2023年まで1日の読書時間「0分」の学生は45~50%で推移しているということです。文化庁の調査と質問文は異なりますが、この調査で示された「日本の大学生の40~50%が1日の読書時間ゼロ」という事実も驚くべき話です。大学生協連によれば、「読書時間ゼロ」について1977年は13.2%だったものが、長期トレンドでここまで増加してきたということです。私が東大で教えていた頃の大学生なら誰しもに「座右の書」というものがあったはずですが、先の調査結果を鑑みるに現在はそのような書を持っている学生の方がマイナーなのでしょうね。
「活字離れは起きていない」とはいうが
読書離れのトレンドが起きている原因について、文化庁は「スマートフォンやタブレットの利用が読書の時間に取って代わっているのではないか」と推測しています。これをもって、「日本人に読書離れが起きていても活字離れは起きていない。だから大げさに騒ぐことはない」とする意見もあるようですが、これは間違いでしょう。危機感を持ってもっと騒がないといけません。
活字を読むにしても、「何を読んでいるか」が重要です。学生たちが手に持っているスマートフォンやタブレットに表示されているネットニュース、ウェブサイトの記事、SNSの投稿などは、短いセンテンス/短いパラグラフで構成された文章です。本に置き換えると、1ページにも満たないか長くてせいぜい数ページにしかなりません。また、多くの文章は万人に読まれるように「わかりやすく」「単純化して」「刺激的に」書かれています。そのようななジャンクな文章を次々読んだからといって、高等教育段階の学生が身につけるべき教養の足しに果たしてなるでしょうか? わかりやすく書かれた短い文章だけを読んでいたら、難解なテキストをわからないなりに時間をかけて読み切る持久力も身につきません。深く思索することもできないでしょうね。
アメリカの大学生が読んでいる本
一方で、アメリカの大学生はむかしから圧倒的に読書をしています。私もアメリカの大学で学生を教えていた時期がありますが、誇張でも何でもなく日本の大学生のゆうに10倍は本を読んでいる印象です。そして、特に彼らは1~2年生のときにリベラル・アーツの課題図書として数百冊にもなる膨大な数の「古典」を読んでいるのですね。
例えば、アメリカ TOP10大学の課題図書ランキングは以下のようなものです。このあたりは、どの大学のどのコースでも鉄板でしょう。
【アメリカトップ10大学の課題図書ランキング】
- Republic(国家):Plato(プラトン)
- Leviathan(リヴァイアサン):Hobbes, Thomas(トマス・ホッブズ)
- The Prince(君主論):Machiavelli, Niccolò(ニッコロ・マキアヴェッリ)
- The Clash of Civilizations(文明の衝突):Huntington, Samuel(サミュエル・ハンチントン)
- The Elements of Style(英語文章ルールブック):Strunk, William(ウィリアム・ストランク)
- Ethics(倫理学):Aristotle(アリストテレス)
- The Structure of Scientific Revolutions(科学革命の構造):Kuhn, Thomas(トマス・クーン)
- Democracy in America(アメリカの民主政治):Tocqueville, Alexis De(アレクシ・ド・トクヴィル)
- The Communist Manifesto(共産党宣言):Marx, Karl(カール・マルクス)
- The Politics(政治学):Aristotle(アリストテレス)
オープン・シラバスという世界中の大学のカリキュラムを集めたデータベースがあります。英語圏の大学生たちが課題図書としてどんな古典を読んでいるかをもっと詳しく知りたい方は、ぜひのぞいてみてください。
検索すればこのOPEN SYLLABUSを元に書かれたさまざまな記事もヒットします。
Required College Reading List in 2024: Books Students at the Top US Colleges Read
These are the books students at the top US colleges are required to read
これらの課題図書は毎回の講義の前に、自分で読んで内容を身につけておくことが最低限です。実際の講義では、その内容について学生同士がディスカッションを行うのが一般的です。日本の大学のように、ワンシーズンの講義中にたった1冊の本を先生と一緒にチマチマと読み進めることなどしません。流し読みや要約を付け焼き刃的にインプットしたのでは議論はできませんから、アメリカの学生は寝る時間も惜しんで猛烈に課題図書を読み、勉強し、リポートを書きます。日本からアメリカに留学した学生の多くは、アメリカの大学と日本の大学とが勉強の量も密度も次元がちがうことに驚くようですね。
先に挙げたような古典はどれも、時代によらない普遍の価値を持ちます。読んだ者に、深い知識と教養、広い視野、時代の流れを理解する力、そして危機を乗り越えるための決断力を与える名著です。高等教育段階にある学生が必ず読むべきものでしょう。さて、日本の大学生のみなさんはどうでしょうか? 45~50%は読書時間ゼロだそうですが、ここに挙げられた1冊でもきちんと読んでいるでしょうか? 東京大学の学生はどうでしょう?
日本の大学生が読むべき黒川選書
アメリカでは、1909年からハーバード大学の学長だったチャールズ・エリオットが『ハーバード・クラシックス』という50の名著からなるアンソロジーを刊行しています。また、1930年代からは哲学者であり教育者でもあるモーティマー・J・アドラーが古典を読み議論をする「グレート・ブックス運動」を推進しています。これらで選ばれている古典は西洋のものばかりですので、私たち日本人向けのものと、また、将来にわたって読んだ人に力を与えるであろう「現代の古典(古い本ばかりが古典ではない!)」を挙げます。これを「黒川選書」として、日本の学生は大学に入ったら、講義で取り扱うかどうかにかぎらず、まずは以下の本を読んでみることを提案します。
【黒川選書】
- ・Ruth Benedict『菊と刀』1948
- ・丸山真男『日本の思想』1961
- ・中根千恵『タテ社会の人間関係』1967, 『タテ社会の力学』1978
- ・Karel van Wolferen『日本権力構造の謎』1990、ほかの著書
- ・Samuel Huntington 『文明の衝突』1996
- ・Ivan Hall『知の鎖国』1997
- ・池上映子『名誉と順応:サムライ精神の歴史社会学』2001, 『美と礼節の絆 日本における交際文化の政治的起源』2005
- ・John W. Dower『敗北を抱きしめて 増補版(上・下)』2004
- ・Richard Samuels『3.11 震災は日本を変えたのか』2016
- ・David Pilling『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11(上・下)』2014
- ・三谷太一郎『日本の近代とは何であったか――問題史的考察』2017
- ・東谷暁『山本七平の思想 日本教と天皇制の70年』2017
- ・R. Taggart Murphy『日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来(上・下)』2017
- ・Gillian Tett『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』2019
- ・Moises Naim『権力の終焉 (The End of Power)』2013
- ・黒川清『規制の虜:グループシンクが日本を滅ぼす』2016
この黒川選書に先の10冊を加えた約30冊は、大学1~2年生のうちに読んでしまうことです。いずれも大学や地域の図書館の蔵書になっていますから、「本代がないから読めない」ということにはならないはずです。英語で書かれたものは原著で読んでおくのがベストですが、ハードルが高ければまずは翻訳版でもいいでしょう。
また、約30冊だけでは年に100冊以上を課題図書として読むアメリカの大学生の読書量には遠く及びません。30冊はあくまで初めの一歩として、以降は自身で読むべき本を探し、読書経験を深めていってください。最初の30冊をしっかりと読み切れたなら、みなさんにはもう読書習慣が身についているはずです。
書を読み、外へ出よう
高等教育段階の学生の「教養としての読書」について書いてきました。古典を読むことで、教養が身につくだけでなく、世界のなかの日本が感じられ、みなさんの視野は広がるはずです。そして、この読書と平行して、かねてより学生のみなさんに私が勧めているのが、「自主的に海外に行く」ということです。これは以前に東京大学の入学式の式辞でも学生たちに呼びかけたのですが、在学中に思い切って「休学」をし、海外に出て、留学、企業・政府・NGOのインターンシップ、ボランティア、ギャップターム、ギャップイヤーなどなどを経験してみてください。目的は何でもいいので、とにかく海外に出て自力で生活してみることです。
なぜ海外に出ることを勧めるかというと、外から日本を見ると日本という国の強さ/弱さを感じ取れるようになるのです。同時に、自分自身の強さ/弱さも感じられるようになります。すると、グローバル社会における日本の課題と自分自身の可能性に気づくことができるのですね。キャリアのロールモデルも、均一性の高い日本人1億2000万人の中から探すより、全世界の79億人の中から探す方が、見つかる可能性はずっと高いはずです。明治維新の頃、海外で学び、日本に戻った後に偉業をなした人々(例えば、福沢諭吉、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、津田梅子、エトセトラ……)のように、自分のやりたいことや成すべきこと、キャリアの道などがわかるようになるのです。
つまり「書を読み、外へ出よう」ということです。本で得た知識と実体験で得た知恵が合わさって、はじめて人は世界に通じる真の教養人となります。