Asia Vision 21に参加した「7人のサムライ?」

→English

先日、Singaporeで開催されたHarvard UniversityとNational University of Singapore, Lee Kwan Yew School of Public Policyの共催による「Asia Vision 21」についてこのサイトで報告しました。

この中で日本方の参加者は7名で、自民党の林 芳正議員(元防衛大臣等)、山本UNESCO大使、渡辺元財務省財務官、現JBIC 総裁などです。皆さん、活発にいろいろ発言しましたので、あとで、Harvardの方々から、今回は、日本の参加者の存在がずいぶん目立つね、と喜ばれたそうです。うれしいことです。

これに関して、Harvard大学Kennedy School of GovernmentのSenior Fellowをしているちょっと変わった経歴(日本以外では特に変わっていると思われるわけではありませんが、、)のJun Kurihara(栗原潤)さん(写真)にお会いしました。去年からCanonグローバル戦略研究所の研究主幹にも招聘されています。なかなか「枠には入りきらない」研究者であり、勉強家で、独立した個人として活躍しています。Cambridge GazettというタイトルのCanonグローバル戦略研究所からの報告書 、さらに同名のNewsletterなども配信しています。その内容がなかなか充実して、彼の深い洞察と勉強量がわかります。

Asia Vision21 栗原潤さんと私

こういう現地での活動を通した個人としての人脈は、自分の評価が個人として相互に信頼を伴う認識をされなければ、成り立ちません。これが本人個人としての、社会的肩書きに関係のない履歴であり、実力なのです。

彼の「Asia Vision 21」の報告に触れている報告をリンク(資料1)します。わたしの発言が面白いと思ってくれたのはうれしいです。ほかの方の活躍にも触れています。

もっともっと丁々発止と議論できる、それなりの立場の方たちが増えてほしいものです。

とても刺激的なTEDxTokyo 2010の1日

→English

写真はここにもあります。

5月15日、東京都臨海副都心にある科学未来館で、去年ご紹介した第1回についで、今年も第2回「TEDxTokyo2010」 が開催されました。

すばらしい五月晴れ、さわやかな海風、素敵な会場設定、気持ちのいい、躍動する人たち。

主催、TED本部 や関係者たちの努力と多くの協力のもとで、この1、2年いろいろな関係イヴェント、プログラムを開催、TEDxTokyoをひとつの「目玉」としながら、「アントレプレナ-シップ (=進取の気性)」の育成、「出る杭」(資料)を伸ばす大きな動きを、一連の活動などを通して育てようというものです。

TEDの活動は急速に世界に、若者へ、と広がっています。

プログラム、スピーカー、すばらしい技を見せてくださった方たちについてはTEDxTokyo2010を見ていただくとして、世界同時On-line Liveであり、またblogtwitter、YouTubeなどでのひろがりはすごいものです。

ウクレレの名手Jake Shimabukuro 、(YouTube はここ)、Human Right Watch土井香苗さんなど、皆さんが多くの感動、驚き、笑いと涙、「わくわく」を共有した、すばらしい当日の天気よりももっとすごい気持ちのよい1日でした。

なんといってもTodd, Patrickほかの企画運営、100名を超えるような多くのボランテイアの方たちのすばらしい仕事のおかげ、そして多くのパートナー、支援者たちの援助を忘れるわけにはいきませんね。本当に素敵な1日をありがとう。

ところで、話題の「Tesla」も一台、(赤色ですよ)試乗に出してくれたのですが、私はすっかりそのことを忘れてしまって実に残念、、ムムム、、。

「Asia Vision 21」、Singaporeから

→English

4月29、30日のことですが、「Asia Vision 21」会議がNational University of SingaporeのLee Kwan Yew School of Public Policy  とHarvard UniversityのAsh Centerの共催で開かれました。このAsh Centerのプログラムには数年前からお招きを受けていたのですが今回初めて参加しました。今回はBiotechのパネルに出るのです。

Lee Kwan Yewの学部長は、いくつかのよく知られた著書もあるKishore Mahbubaniさん。長い外交官歴とその識見はたいしたもので、世界中で活躍しています。わたしのblogにも2,3度、出てきます (資料1)。 

Harvard側は皆さんおなじみのEzra Vogelさん、Asia Center所長のArthur Kleinmanさんをはじめとした面白い顔ぶれです。Kleinmanさんとは1月にBostonに行ったときに、美味なMartiniで私もけっこう出来上がってしまいました。

2日間のセッションは、特にアジア政治や経済など、世界の一流の論客、専門家が多いので、私にとってはとても刺激的な討論の場であり、大いに勉強になりました。新しい友人もできたし、こういう会への参加はとても楽しいです。

この会の記録はウェブにも掲載しないルールなのだそうで、演者、参加者などについて長々とご紹介できないのがちょっと残念。

ただ、2日目のBreakout Sessionでは「Flashpoints in Asia」に出ました。参加は10人ほどでしたが、Co-ChairのAstrid Tuminez さん、Huang Jing さん、とてもよかったです。多くの方のアジアを見つめる鋭い視点はとても参考になり、とても刺激的でした。Harvard大学は人材豊富ですが、Singapore大学も多彩な、すばらしい教員を集め、とても活気があります。

 

大学トップの招聘; KUSTARとOIST

→English

前回ポストしたMIT D-Labの翌日は日曜日。アブダビへ向かいました。KUSTARの理事会出席のためです。KUSTARは、何回も書いていますが、アラブ首長国連邦の科学技術高等教育の中心にしたいという意欲的なプロジェクトです。このサイトでこの1月に何回も報告したアブダビで韓国の原子力発電事業の勝利にも、この大学での人材育成大事な要件でした。

今回は招聘する学長を決める大事な案件があり、約6時間にわたって、短い休みを2,3度入れながら議論が続きました。候補者4人のうち2人もこられ抱負、質疑等のインタヴュー。皆さんすばらしい方ばかりでした。もうしばらくで決まるでしょう。

アブダビでは原子力エネルギーへ向けて着々と手を打っています。IAEAとの連携も視野に入れて人材獲得に向け動いています。日本の人材ももっと現地へ行って活躍してほしいものです。関係の何人かの方とお会いしてきました。またIAEAの人材育成の会議も開催されたばかりで、日本からも何人か参加されていました。

ところで、帰国して2日後の夜から沖縄へ。沖縄科学技術大学院大学 OIST 移行への理事会です。ここでも招聘する学長が大きな課題です。基本的に、国の支援を受けながら運営する新しい形の「私立大学」となる予定ですが、何をするにも前例のないことをする手続きが大変です。「グローバル世界の大学、研究所」などと言葉では言っていても、いつまでたっても大学でさえ「知の鎖国」(資料1)状態ですから。

成長するアジア、グローバル化する世界で、日本の高等教育の劣化が目立ち、「出る杭」枠を外れる若者は頭をたたかれ、財界も、政界も、政府も、大学も、いつまでたっても変われないですね。

私はこの10日間で、SingaporeではA*STARの会議東京でMITのD-Labの紹介、Abu Dhabi、日本(沖縄)と大学、大学や研究中心の課題を中心として会議に参加してきましたが、「外から見た日本」のスピード感のなさ、リーダーの影の薄さ、存在感のなさは、情けないです。

MITのD-Labの素敵な1日、外に出た若者たち

→English

20日(土)の朝早くSingaporeから成田へ到着、家に直行。シャワーを浴び、着替えて私の本拠のGRIPSへ急ぎました。

今日は1日、GRIPSで「「大学」x 「技術」x 「BOP」」 というタイトルでMITのD-Lab を開催するのです。このサイトでも何回か紹介資料1)、 、しましたが、グローバル時代にふさわしい、学部生対象の新しい企画です。主催者は現在MITでD-Labプログラムに関わっている土谷君遠藤君 (資料1)、陸さん、そして私たちGRIPSの「イノベーションチーム」です。3日前の夜はMITの宮川教授資料1)ともお会いして、この企画の話をしていたところです。とても喜んでおられました。

多くの方からOn-Lineで申し込みがあり、GRIPSの講堂はちょうどよいほどにいっぱいでした。講演もパネルも充実しており、質疑応答も活発、参加の皆さんの満足度は高かったと思います。私が最後に「D-Lab」の意義を中心に「まとめ」の話をしました。

皆さんの満足度のあらわれでしょうか、レセプションは3時間にわたり、皆さんとても「熱かった」です。夜の9時ごろに閉会となりました。

松下さんの熱いblog posting など、いくつかのblog も参考になるでしょう。多くの若者がグローバル時代への大きな目標、可能性を感じ取ってくれたと思います。ウェブでライヴでも見れたようですが、、チェックしています。

これが成功したのは、主催の3人だと思います。遠藤君土谷君 は日本の大学でMaster取得のあとMIT/HarvardでPhD、陸さん(女性)は日本の高校からMITへ、というキャリアの若者で、今現在もいろいろな形でD-Labに関わっているということでしょう。実際に行動し、活動している若者が日本の若者へ思いを伝えたいというこの思いが伝わったのでしょう。

この3人を見ていると、「若者は外へ出ること」だ、これがいかに大きな視野と可能性をつかませるか、よくわかります。皆さんも、思い切って出てみることです。

Singaporeの水事業

→English

Singaporeは小さな島です。歴史的に水の供給の大部分はMalaysiaに依存しており、Johor Bahrから水を送ってもらうことになります。ここの水プラント、管理等はすべてSingaporeが負担です。これは交渉ごとであり、国の弱みでもあるので、長期的には当然のことですが、国の生命線として致命的になる可能性もあります。

日本でも同じですが、1960年代までは川や海は、生活廃棄物も含めて工業排水さえも流していました。水俣病などの公害もこのような結果のひとつです。1962年のRachael Carson著「Silent Spring」も大量規格工業製品生産と消費社会の環境破壊への警告書です。Singaporeの川にも生活排水も、ごみもたくさん捨てられていました。

そこで、長期の国家計画のひとつが水計画 です。

今回、19日に定例のA*STAR会議 (資料1)終了後にMarina Barrage資料1) 、を見学、すばらしい建造物の全体もさることながら、その歴史、計画、実現へ、ほかの水関係事業など、ビジョン、戦略、事業計画などなど、総合力の優れた国家事業です。

2009年のSingaporeでもWater EXPOでもSingaporeの水事業のpackageの展示が注目を集め、日本の展示は質のよい「部品」展示ということで、この視点はNHKでも報道されていました。これでは国際競争にも負けてしまいます。システムの「トータルパッケージ」の提示ができないからです。

今年の6月末にもSingapore International Water Week も大々的に計画、発信され、水事業システムの新興成長国への売り込み計画にもぬかりありません。

日本の水処理技術には定評があり、「水の技術は日本」などと最近まで認識されていたようですが、これはいつのことでしょうか?これも所詮は海水の脱塩膜処理など、所詮は水システム全体を事業として見れば、5%程度以下の部分としての部品の性能と品質なのです。

携帯電話、原子力発電、ソーラーパネルなど数多くの例と同じように、水もまたまた「ガラパゴス部品屋さん」 (資料1) として下請けになって活動していくつもりなのでしょうか?

ガーナから-3

→English

10日は、まずAccra郊外にあるAchimota病院 (写真)へ。ここは英国植民地時代1927年設立、Ghanaの超名門Achimota学校の広い敷地内にあります。この学校の校章にあるように高い理想と、この時代に英国人もアフリカ人も一緒、男女共学という革新的な思想でできていて、多くの人材を輩出しています。病院もこの学校付属の診療所だったそうです。独立後の3人のガーナ大統領を含めて多くのアフリカのリーダーを育てています。どの時代でも大きく将来を見据えた人材育成こそがいつの時代でも、最も重要であることを思い起こさせます。

ところで、やはり英国ですね。この敷地内にGolf Courseを作ります。名門Achimota Golf Clubです。英米の名門校にもよく見られます。

院長先生をはじめ(医師は4人とか)、多くの看護師さんが活躍。Computerは診療所全体で1つとか。手術などは市内の大きな病院に移送するとか。毎日、妊婦さんが200人ほど受診するとか。訪問したときに1人赤ちゃんが生まれました。Dr Greenwood, Wereさんもご一緒しましたが、Wereさんは大もてです。Africaのヒロインですから。

そこから日本が設立した「Noguchi Memorial Institute for Medical Research」(このサイトのトップに私たちの訪問の写真が出ています)。これは近郊のLegonにある広大なUniversity of Ghana (資料) のなかにあります。東京大学、医科歯科大学から先生がHIV/AIDS、H1N1などの研究にも参加しています。頼もしい限りです。研究所の見学、討論などとても活発で、楽しかったです。

昼食時に空を見上げると、なんと頭の真上にある太陽の周りを丸く囲んだ「虹 Circle Rainbow;
暈(かさ)Halo」(写真)が出ていました。

ここに別れを告げて、次は82年前に野口英世が研究していた研究室へ。皇太子殿下も訪問されたばかりです。University of Ghanaキャンパスとは別にAccra市内にある大学病院敷地の一部にあります。1993年にここをご訪問された高円宮殿下、妃殿下のご記帳があります。今から80年前は、ここはどんなところだったでしょうね。でも、野口博士からNew York Cityの野口夫人への電報も展示されています。これが現在でも「鎖国の日本」の例として私が指摘している「Western Union」 です。もちろん今回の旅でもGhana、Botswanaでも町の中で「Western Union」を見かけます。日本ほか世界の4カ国にだけにこのサービスがないのです。実に異常です。

夕方に片上大使にお招きを受け、大使館で夕食をいただきました。大使館の庭も広くとても素敵でした。この日はそれほど暑くなく、快適でした。食後酒にはご当地の名物「Takai」。Tia Mariaのような味、おいしいので、つい飲み過ぎそう。

ところで、Ghanaはココア生産で有名、主要産業です。最近Off Shoreに石油も見つかりました、日本で有名なチョコレート「Ghana」ですが、ご当地のチョコレートはこの暑さでも溶けないということです。私たちの味覚には合わないそうですが。

夜に飛行場へ、London経由で故国の途に。2晩が機内泊で2月23日に出発した18日の旅を終えます。

ガーナ、アクラから-2: 野口英世アフリカ賞シンポジウム

→English

3月9日は、1日「Hideyo Noguchi Afriza Prize Symposium」です。会場もこのHotel内の会議場です。

今回の訪問は、このサイトでも何回か報告しましたが、2年前に始まった日本政府の主催する唯一の賞、「野口英世アフリカ賞 資料1)シンポジウム」委員長としてきたのです。皇太子殿下もご臨席です。Sub-Saharaへは初めてのことですが、うれしいことです。第1回の受賞者のDrs Greenwoodさん、Wereさんも参加。

私の開会の挨拶、Ghanaの副大統領John Mahamaさん、そして皇太子殿下のお言葉です。その後、Drs Greenwood、Wereさんの講演と続きます。ここで、皇太子殿下と副大統領はご退席。

午後は活発なパネル、最後にWereさんの主催するUZIMA財団の若者たちが作った「野口英世ものがたり」の「紙芝居」で2人の若者がせりふをつけ、最後にこの2人が詩を朗読する、という感動的な終わり方でした。この最後のセッションをぜひ撮影してUZIMAのホームページに掲載してくれるようWereさんにお願いしました。できたときには「リンク」しましょう。

夕方に皇太子殿下が再度お見えになり、まず演者、パネリスト等に謁見、その後、皆さん参加のレセプションでした。パネリスト日本財団の笹川会長のblog、3月9日分も見てください。

皇太子殿下には、本当にハードスケジュールで大変です。これからの旅先のお疲れが少ないことを願っています。

今回の訪問についてGhanaでも、日本でもいくつかテレビ、新聞、On-lineなどで報道されています。ほかにもあるでしょうが、以下にいくつか紹介します。

Ghana news coverage;
http://www.graphicghana.com/news/page.php?news=6722
http://www.graphicghana.com/news/page.php?news=6705
http://mobile.ghanaweb.com/wap/article.php?ID=176510
http://mobile.ghanaweb.com/wap/article.php?ID=178171
http://www.afriquejet.com/news/africa-news/japanese-crown-prince-urges-int%27l-effort-against-infectious-diseases-2010031045535.html                                          http://www.breitbart.com/article.php?id=D9EB5MCG0&show_article=1

日本:
<Japan Times Online>
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20100311a7.html?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+japantimes+%28The+Japan+Times%3A+All+Stories%29
<皇室ニュース> http://worldtimes.co.jp/today/photonews/100310/100310-1.html
<日刊スポーツ>
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20100310-604410.html
<山陰中央新聞>
http://www.sanin-chuo.co.jp/newspack/modules/news/article.php?storyid=1030617011
<47 News> http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030901000989.html 

ガーナ、アクラから-1

→English

3月7 日、パリからロンドン経由で夜10時にGhanaの首都Accraに到着。ここは赤道直下、「緯度4゜33’00’’ North、経度0゜12’00’’ West」で、とても「0、0」に近いところです。機内から出たとたん、とても「蒸し暑い」 。海岸沿いの「La Palm Royal Beach Hotel」。宿泊も会場もここです。

今回の訪問は、このサイトでも何回か報告しましたが、2年前に始まった日本政府の主催する唯一の賞、「野口英世アフリカ賞 シンポジウム」委員長としてきたのです。皇太子殿下もご臨席です。Sub-Saharaへは初めてのことですが、うれしいことです。第1回の受賞者のDrs Greenwoodさん、Wereさんも参加。

世界を精力的に駆け回っている日本財団の笹川会長、さらに東京大学の北 潔 教授、久しぶりです。頼もしいですね。

8日は打ち合わせと、今年のCanadaでのG8 Summitでの「Global Health」へのAgendaつくりも視野に入れてNIH Fogerty Program、日本(外務省、厚生労働省、JICA等)、、東京医科歯科大学の太田伸生教授ほか野口研究所にきている日本の研究者、アフリカの関係者などとの議論。

今年1月のダボス会議でHarper首相がG8 Summitで「母子の健康」を打ち上げているのです。日本がホストした2000年の沖縄九州でのGlobal Fund設立提案以来、2008年の洞爺湖サミットでのフォローなど、「Global Health」での日本の貢献はとても大きいのです。特に今年のSummitがG8としては最後かもしれませんし、「MGDs」の進捗状況を考えると、G8 Summitがなくなると「Global Health」はどうなるか、懸念がありますし、、、。

夕方は2人の受賞者、Africa、Ghanaなどの参加者、日本は内閣府、外務省、厚生労働省、JICA関係者とのレセプション。とにかく蒸し暑い。汗がでる。

L’Oreal-UNESCO 女性科学者賞受賞式

→English

Top 

BeauneからTVGでパリへ。2010年のL’Oreal-UNESCOの「Women in Science」授賞式です。今年もすばらしい5人が選ばれました。生命科学関係では2008の受賞者からElizabeth BlackburnとAda Yonathの2人が2009年のNobel賞受賞でしたので、関係者皆さんとてもハッピーでした。

しかし、パリはやはり素敵です。ちょっと寒いけどいい天気です。選考委員としてInterviewを受け、その後、UNESCO勤務中の渡辺さん、坂下さんと「il Vino- Enrico Bernardo」

UNESCOでの授賞式はいつもながらとても素敵。松浦さんの後任のUNESCO事務局長のIrena Bokovaさん、L’Oreal会長Lindsay Owen-Jonesさんの挨拶(トップ写真です)に始まり、15人の国際フェローの紹介。司会はいつもですが、世界でもよく知られた、Christine Ockrent(トップ写真の中央)、いつもの軽快なテンポで進行を勤めます。ご主人は現在のフランス外務大臣、国境なき医師団を始めた1人 Dr Bernard Kouchnerです。

Dr Cruz 写真1:Dr Cruz(右は委員長のGunter Blobelさん)

今年のアジアからのL’Oreal受賞はThe PhilippinesのCruzさん(写真1)。地元の貝からconotoxinを同定し、これがなかなかのneurotoxinなのです。フグの毒からtetrodotoxinが見つかったのと似ています。このような方が選ばれるのはとてもうれしいです。

皆さん受賞スピーチ、それぞれキャリアの話そのものが感動的でした。レセプションではUNESCOで活躍する日本の女性4人とパチリ(写真2)。

Bottom写真2:UNESCOで活躍する日本の女性4人と