「大学発」ベンチャー

7月に新聞紙上で、大阪大学発のバイオベンチャーで、大学で初めてバイオ関連で上場したという「AnGes」についていくつかの報道がされていました。公開前の株の売買で学部長が儲けたとか、株を所有している研究者と患者さんの間に利益相反がある事などについて報道されたのです。これは結構難しい問題ですが、現在の世界の状況と、最終的な成果が国際的市場を目指しているので、どうしても海外のルールの傾向と変化を知っている必要があるでしょう。国内的視点からだけの問題提起では解決できませんし、問題の認識、提起ごとに、知恵を絞って、しっかりした透明性の高いプロセスと透明性の高い「ルール」を構築していく必要があります。これは各研究者や、各大学に任せるようなことではありません。国の政策の問題です。こんな事を研究者の責任ととらえているようでは、研究者は研究に集中できません。これは上場した会社の経営者の責任でもあります。

このようにリスクの高い「大学発」ベンチャーを奨励しておきながら、所詮素人の大学の研究者の責任追及をするばかりでは、研究者はやる気をなくし、社会や患者さんから疑いの目で見られ、しかも社会の理解も支援もなく、明確なルールもないとなれば、戸惑ってしまうばかりです。いくら政府が研究費を投資し、大学発ベンチャーを奨励して、数の増えた事ばかり宣伝しても、本来、多くは失敗する可能性の高い(だから「ベンチャー」というのです)「大学発ベンチャー」は、結局は失速してしまうでしょう。

これらについては、朝日新聞の7月30日の朝刊に「私の視点: 治験と株保有、強制力ある規制が必要」としてコメントをしました。

皆さん、どう思いますか。

アウトカム研究会

9月2日、3日と軽井沢へ行ってきました。

京都大学の福原教授を中心に、臨床研究をどのように進めるのかといった本格的なブレインストーミング目的とした、アウトカム研究会というものに招待されて、講演を行ってきました。今回は腎臓病をターゲットとしたもので、若い人たち12人が参加、1週間の合宿を行っていました。以前からこのような研究の重要性は認識されていますが、誰もやってこなかったことです。例えば、なぜ New England Journal of Medicineとか、British Medical Journalなどの世界の主要な臨床学術誌が、1980年はじめから臨床研究の成績が中心になったのでしょう。EBMという言葉が出てきたのもこの後ですが、日本ではもっぱら医学博士号のための分子とか、遺伝子の研究が中心で、臨床医学の中でも重要な臨床研究は、ほとんど見向きもされませんでした。日本では臨床研究をやっている人はどこの大学でも教授になれないのですかね。しかし、会に参加していた若い人たちは本当によく勉強していました。これからもがんばってほしいです。応援しています。

今度、厚生労働省で「戦略的臨床研究アウトカム研究計画」のグループを立ち上げました。政策的に重要な臨床研究のアウトカムを予測できるように、計画、推進しようというものです。はじめに「糖尿病」と「うつ」を取り上げたいというのが行政の政策と言う事で、関係学会や専門家と意見を交換しながらも、研究のデザインはこの研究班で立案、計画するということを考えています。どれだけ理解されるか、見物です。こういったやり方が米国のNIHや英国の政策を見据えた公的資金による臨床研究のあり方なのです。

今回の軽井沢に参加した若者たちはこのような研究の立案にどっぷりと頭をひねったという事です。皆さん、初めての経験に目が輝いていました。

StockholmからSingaporeへ

お久しぶりです。

先月26日からStockholmで開催されたEuroScience Open Forumに招かれ、“The Future of European Science Policy in a Global Context”で、“Asian Perspective”という演題で話をしました。この会議では、もっぱら米国に対してのECの科学政策に話題が集中しており、よく知られていることですが、ECの中心であるBrusselの官僚的対応についてちょいちょいと話が飛び火しました。かなりの危機感と人材育成への配慮の不足が話題に挙がりました。これらについてはちょうどNatureの8月19日号に、英国科学アカデミー会長のLord Mayのコメントが載っていたので、彼に私も同感だという旨をすぐにメールで送っておきました。

StockholmではRoyal Swedish Academyを訪問しました。18世紀にかの有名なLinneらによって設立され、毎年、物理、化学のNobel受賞者が発表されるところです。ところで、Linneが私たち哺乳類の名前を“mammal”とした人であることを知っていますか?このことをちょっと前にお話しましたが、皆さんあまりご存知なかったようでしたね。

さて、Stockholmには尾身前科学技術担当大臣もいらっしゃっていて、お会いする機会がありました。それから、大塚在スウェーデン大使らとホテルで昼食をとっていた時に、偶然Nobel博物館館長のLindqvistに2年ぶりにお会いしました。お母さんの85歳の誕生日とかで一家総出でランチに来ておられたとのことです。どこにいても誰かに会いますね。

Stockholmに2泊してからSingaporeへ飛びました。Nobel医学賞受賞者のBrenner博士と沖縄大学院プロジェクトについて3時間ほど打ち合わせた後、内科医・腎臓専門医として以前から良く知っているシンガポール国立大学(NUS)のTan学長を訪問しました。まだお若い方ですが、今年4月に就任されたばかりで、それまでは厚生省に4年いらっしゃいました。

また、ここで活躍している元京都大学教授で現ウイルス研究所長の伊藤教授、そして腫瘍内科のWong教授とも夕食の席でお会いしました。Singaporeでは何事にも前向きで、決断が早く、人のつながりを介しながら国の将来の戦略を進めている事をひしひしと感じます。

2004年9月

日本透析アウトカム研究会 第1回臨床研究デザイン塾
日程: 2004年9月3日(金)
会場: ホテルメゾン軽井沢
演題: 「30代研究者へのメッセージ」

第7回治験の国際化シンポジウム
日程: 2004年9月4日(土)
会場: パシフィコ横浜 会議センターメインホール
演題: 「我が国の治験は、今後、どうあるべきか」

日本私立大学連盟 平成16年度「大学活性化研修」
日程: 2004年9月6日(月)13:45~15:00
会場: グランドホテル浜松
演題: 「評価時代を迎えた大学社会における私立大学の在り方」

社会連携推進機構設立記念行事
日程: 2004年9月10日(金)
会場: ホテルセンチュリー21広島
演題: 「科学と社会」

未来工学研究所技術同友会講演
日程: 2004年9月14日(火)
会場: 経団連会館
演題: 「日本の未来と学術会議」

高血圧と糖尿病フォーラム(神戸)
日程: 2004年9月18日(土)
会場: 神戸メリケンパークオリエンタルホテル
演題: 「糖尿病合併高血圧の治療が変わる」

抗加齢医学の実際2004 「新しい医療を学ぶ2日間」
日程: 2004年9月20日(月)
会場: 東京コンファレンスセンター品川
演題: 「21世紀の医学、医療の課題」

高血圧と糖尿病フォーラム(千葉)
日程: 2004年9月22日(水)
会場: 京成ホテルミラマーレ6階 ローズルーム
演題: 「糖尿病合併高血圧の治療が変わる」

透析医療フォーラム
日程: 2004年9月30日(木)
会場: ホテル日航大阪「鶴の間」
演題: 「これからの透析医療と腎不全対策」

米国式 症例プレゼンテーションが劇的に上手くなる方法

Book040818

米国式症例プレゼンテーションが劇的に上手くなる方法
-病歴・身体所見の取り方から診療録の記載,症例呈示までの実践テクニック

岸本 暢将 (編集)

いよいよ臨床研修が必修化される。新しい研修医も指導医も期待と不安にその日の来るのを待っている。特に大学病院では従来と違って、他の大学卒業生も多く、このシステムが相互評価の第1歩と考えると、「他流試合」を通じたこれからの教育(卒業生を他大学や病院で評価される)と研修(他大学や病院からの卒業生に評価される)という点で、これからの医師の育成に期待できるシステムといえる。人間は言葉で相互理解を進める能力を獲得している点で、ほかの種とは際立って違うのである。では、臨床教育、研修の要点は何か。まず、「症例プレゼンテーション(プレゼン)」である。自分の担当した症例をカンファレンスで、回診で、また電話でのコンサルテーションで、どこでも明確に、要点を抑えて、呈示することが相互の理解と討論の始まりであり、優れた教育の第1歩であろう。この方式で初めて「考える」能力が育成され、プレゼンのプロセスでより適正な診断仮説を構築し、検査の理由が理解でき、治療戦略への共同作業が始まるのである。このような対話こそが医師としての「頭の運動」とスキル向上へのきわめて効果的で、必須の方策である。

この本の著者は、いまや人気抜群の沖縄県立中部病院で臨床研修を終えた後、ハワイ大学での内科レジデント、さらに今年からニューヨーク大学でのリウマチのフェローを予定される新進気鋭の医師である。先日も、きわめて具体的でわかりやすいアメリカでの臨床研修への手引きの書『アメリカ臨床留学大作戦』(羊土社)を上梓し、大変な好評を得ている。何しろ、これも自身の体験を明確に記載して、しかも痒いところに手の届くような具体的な記述がすばらしい「How to」ものになっている。協力された先生たちのご努力にも感謝したい。

新患のプレゼンは通常5分、せいぜい7分で終わらないと、失格である。フォローアップの症例のプレゼンは1~2分。新患では、現病歴から始まり、これに関係して意味があると担当医が考える既往歴、家族歴、職業、社会活動などが述べられる。そして身体所見。「positive findings」ばかりでなく、「pertinent negative」について一言、二言入れないと、担当医が何を考えているのか、聞き手に何を考えているのか理解されにくい。ここではじめて基本ラボデータとなる。プレゼンする人と聞き手の知的対話であり、腕を見せ合う「格闘技」なのである。相互評価の基本である。だからこそ楽しいのであり、お互いに「生き生き」とプレゼンを通して意見を交換する。プレゼンに知的刺激を受けないのであれば、ただ疲れるだけであろう。

皆さんにもおなじみかもしれない日本びいきのTierney先生の言葉「病歴と身体所見だけで疾患の診断は8割方つく」も引用されている。翻って日本ではどうか。B4判にぎっしり書かれたコピーが配布され、だらだらとプレゼンし、ずらずらと検査成績、画像を並べてはいないか。第一、いまだ主訴の後に、「既往歴、家族歴、現病歴」と並べるプレゼンがあるのだからあきれる。これが学会の症例呈示にもまだまだ見られるのだから、どんな教授か、なんという教室か、どんな教育を受けているのか、悲しくなる。まず「集めた情報をどう分析し、どう呈示するか」これが腕の見せ所なのである。「SOAP」でプレゼンするが、まず「Opening Statementと主訴」でパチンと始まる。楽しいねえ。これが臨床の醍醐味なのです。ところが、これを身をもって理解し、「やって見せ」られる先生が少ないところに悲しい現実があるのではないでしょうか。だから学生にも研修医にも理解が難しいのです。

しかしそんなことは言っていられない。プレゼンはくり返し練習し、上手い人のを真似するのが一番。「真似」をする、そして、失敗は上手くなる糧です。先日、町淳二先生(ハワイ大学外科)、児島邦明先生(順天堂大学外科)のカンファレンスのあり方について書かれた本『米国式Problem-Based Conference-問題解決、自己学習能力を高める医学教育・卒後研修ガイド』(医学書院)が出たが、同じようにこれは理屈ではなく、実践なのだ。「習うより慣れろ」なのだ。だからこそできるだけ多くの人と接して自分なりのプレゼンを練習し、構築していくしかない。テニスでもいくら本を読んで、ビデオを見ていても、上手くはならない。実際にラケットで球を打ってみて、コートに出てみて、また本を読む、ビデオを見る。またコートに出る。コーチにつく。これですね、プレゼンは。型から入る、習い事なのです。また、この本は実に多くの細かい配慮がされている。各章のタイトルを見ただけで、わくわくしませんか? しかし、早くよい先生に会わないといけませんね。この本を参考にしながら、恥もかくのも上達の道、と心得てぜひ読んで、お互いに実践してください。本当にわかりやすくて、親切で、具体的で、著者の実体験の苦労がにじみ出て、すばらしい「お習い事のお手本」です。真似しましょう。そして、皆さん、すばらしい研修を、診療を、そして指導をお願いします。

津田梅子とTH Morganの1894年の論文を読む

3月15日のブログで紹介した津田塾大学創立者の津田梅子さんは、皆さんご存知のとおり、近代日本女子教育の偉大なる貢献者です。明治初頭の岩倉使節団に参加した女性5人の内の一人で、当時7歳(8歳という説もある。誰か本当のことを教えてください)。11年後に帰国し、その後、再度渡米。Philadelphia郊外の女子大学Brym Mawrで学び、帰国後、津田塾大学を創設する事になります。

以前、津田梅子さんのことを書いた本も紹介しました(『津田梅子』 大庭みな子著 朝日新聞社 1993年発行)。その中で津田さんがTH Morgan先生と蛙の卵についての論文を書いた事を紹介しましたが、この論文のコピーを手に入れて読んでみました。『TH Morgan and Ume Tsuda; The Orientation of the Frog’s Egg, Quarterly Journal of Microscopic Science, vol 35, New Series, p373-405,1894.』というもので、108年前に書かれた論文です。感激しますね。蛙の卵の発生についての注意深い観察の記述、図が合計45枚もあります。1893年に投稿された論文で、5つのセクションから構成されています。第2章(これと第3章が論文の実験の部分)が津田さんの1891~1892年(明治24~25年)の冬の仕事であり、1892年の春に書かれ、投稿に際して「ちょっとしか変えてない(’Only very slight alterations have been made’)」と書かれています。当時の津田梅子の所属は“Teacher in the Peeress’ School, Tokio, Japan”となっています。これについても誰か知っていましたら教えてください。

ところで、当時Associate Professor of BiologyであったTH Morganは、その後Columbia Universityに移り、ショウジョウバエで遺伝と染色体について突然変異と染色体の関係の研究を精力的に進め、1933年にNobel賞を受賞しました。何しろ染色体の遺伝子の座の所属する場所を示す単位が“Morgan”ですからね。彼の仕事の偉大さについては最近出版された、Y遺伝子について書かれている『アダムの呪い』(ブライアン・サイクス著、大野晶子訳。ソニーマガジンズ、2004年)を読んでみてください。非常に面白い本です。もうすこし学術的な話に興味のある人は、http://nobelprize.org/がお薦めです。

http://nobelprize.org/にはノーベル賞受賞者について様々なことが書いてあります。特に受賞者の自叙伝、受賞講演はお勧めです。非常に明示的であり感動的でもあります。若い研究者には大いに参考になるでしょう。もっとも研究の本質に感性のない人には「猫に小判」でしょうけどね。ここでもっとMogan先生のことを知ることができるでしょう。

2004年8月

高血圧と糖尿病フォーラム(大阪)
日程: 2004年8月7日(土)
会場: 帝国ホテル大阪 本館3階「孔雀の間」
演題: 「糖尿病合併高血圧の治療が変わる」

横浜倉庫講演
日程: 2004年8月23日(月)
会場: 横浜倉庫(株)ヨコソーレインボータワー13階
演題: 「21世紀の日本の課題」

「月刊学術の動向」に掲載されました。

「月刊学術の動向」(2004年8月号、pp.54~59)に掲載された記事を紹介します。

「科学者の社会責任:子供を育てる、みんなで育てる」

朝日新聞に掲載されました。

朝日新聞(7月30日(金)、26面)に掲載されました。

 私の視点 「私の視点:治験と株保有 強制力ある規制が必要」

注)この記事は朝日新聞社の許諾を得て転載しています。
無断で転載、送信するなど、朝日新聞社など著作権者の権利を侵害する一切の行為を禁止します。

『東大講義録:文明を解く』、『なぜ日本は行き詰まったか?』、『世界の歴史』

JR東海新幹線グリーン車の車内誌(Kioskでも販売)「Wedge」9月号(8月20日発行)の「読書漫遊」に、2月号に続き3冊の本を紹介します。歴史的・文明史的な日本の現状認識と考察です。内容を以下に紹介します(最終的にはこれを15%ほど減らしたものが掲載されます)。ここで紹介した本を時間のあるときに読んでみてください。

『バブルがはじけて15年。日本の景気は中国への輸出増もあって持ち直しているようにも見える。しかし、本当に元気になっているとは感じられない。15年前までは「ジャパン アズ ナンバーワン」、その秘密は「政産官の鉄のトライアングル」と言われ、誰も疑問すら抱いていなかったようであるのに、21世紀に入って世界をめぐる様相は一変した。2001年の9.11事件から3年、アフガン、イラクをへて世界とアメリカの様相は、21世紀の初めには予想もしない方向へと変わりつつある。人間の文明史から見れば、この100~200年の変化はすっかり世界の有様を変えたとはいえ、これからの世界はどのように動くのか。日本はどうか。S.ハンチントンによれば日本は独自の文明を築いてきたという。中西輝政氏の『国民の文明史』(産経新聞社 2003年)でも述べられているが、文明は大きな波と、小さな60~70年の波の変化があるとする説に私も賛同する。歴史の大きなうねりを見られないリーダー達に率いられている日本は漂流している。

今年はライト兄弟が初めて動力飛行を成功させてから101年目、日露戦争突入から100年目にあたる。日露戦争に勝利して初めてヨーロッパ文明の帝国主義から独立できた日本は、傲慢で自信過剰になり、満州への進出、太平洋戦争敗戦を経て、冷戦と日米安保の枠組みと規格大量生産型の近代工業社会時代の要請に応え、経済的に大成功して、またここでも傲慢で自信過剰になった。日本に何が起こったのか。文明史的に俯瞰して初めて見えるものがある。

堺屋太一氏は通産省退官後、多くの書物を著しているが、氏の『東大講義録:文明を解く』(講談社 2003年)は日本と世界の歴史、文明史を解きつつ、近代と20世紀の日本を描いている。戦後の日本の近代工業社会は1980年頃から終焉しており、次の社会は「知価社会」と予測している。工業社会の成功体験から、この変化に対応できない日本の「鉄のトライアングル」の利権構造と無能な官僚支配社会を解き明かす。豊富な知識に裏打ちされる論理の展開の説得力は強い。ヒエラルキー秩序の「個」のない社会から、「個」のネットワーク社会へとなかなか転換できない。それでも、少しずつ変化が見え始めているようであるが、動きは遅い。

在英の経済学者の森嶋通夫氏は(2週間程前の7月13日にご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。)、20年前に書かれた『なぜ日本は「成功」したか?』の中で、冷戦構造と日米安保の枠組みにおいて、政治家と官僚が卑屈なまでに忠実な敗戦国であったことが、世界で羨ましがられるほどの成功の一因であると喝破している。この20年後の『なぜ日本は行き詰まったか?』(岩波書店 2004年)でも、近代日本の歴史を振り返りつつ、20世紀後半の成長の間に経済を世界に開放し、国際市場システムの構築の貢献に失敗し、政府と民間企業の結託、不良投資へのずさんな金融、政府と一流企業にまつわる無数の経済犯罪等が今になって発覚する「成功の一因」の背景を示す。そこから、現在すでに現れている症状を分析し、戦後のリーダーの 「エートス」欠如を指摘する。「ノブレス・オブリージ」の精神は今の日本社会のどこにもない。日本は、知識人が指導的役割を演ずるように形づくられる儒教社会であるとすれば、リーダーの道徳観の欠如は日本にとって決定的な打撃であり、日本は底辺からではなく、トップから崩壊する危険が大きいと指摘する。道徳水準の崩壊を短期間に取り戻す事は非常に難しいし、勇気や公明正大さや正直という資質を備えている、有能なやる気のある人物に乏しいことを指摘する。 2050年の60歳は既に14歳、2050年の50歳は既に4歳であり、今の社会に子供のお手本になる大人がいない日本はどうなるのか。子供は社会を映す鏡なのである。このような時には、国民の国に対する自信を高めるため「心ある」人たちによる右傾化が生じてくるのは歴史的にも極めてありうる事で、政界でも、学界でも、ジャーナリズムでもすでに聞こえ始めている。日本に必要なのは個人主義と自由主義の真の本質を教える、意味のある教育改革であろうが、果たしてできるだろうか。できたとしても、これらの人たちの社会までには40~50年かかるので、21世紀半ばの日本は、生活水準はまあ高いが国際的には重要でない国であろうと予測する、「悲愴」と名付けられる日本社会分析のシンフォニーの書なのである。

大きな世界の文明の流れを俯瞰的に知るには、最近逝去した英国の歴史学者JMロバーツの『世界の歴史』(1~10巻、創元社 2003年)が非常に読みやすく楽しめる。日本は第5、8、9巻に出てくる。日本を、西洋文明が世界を制覇した19世紀に上手く「西洋化」し、日露戦争を経て始めて西洋文明に対抗して独立できた国、と評価するが、第9巻監修の五百旗頭氏が指摘するように、日本の帝国主義は日本の目論見とは違って、皮肉にも東アジアの植民地解放と第3世界を出現させ、中国革命を成功させ、結果として中国が東アジアの大国への道を開いた。では、21世紀の動きは何であろうか。科学と科学技術の驚異的進歩によって、20世紀の100年で世界はすっかり変貌した。文明は物質的豊かさをもたらした一方で、1900年に16億だった人口は、1970年には30億、その30年後には60億に達して現在も増え続けている。そして人口の80%が恵まれない生活を強いられている。予測もできなかった人口増加はエネルギー、食料、水等の地球規模の環境劣化を引き起こす。さらに交通と情報の発達によって南北格差は広がる一方で、不安と不満が鬱積する。これが21世紀の底流であろう。』

どう思われますか?

このような背景で、日本はどこへ向かうのか。20世紀の日本のアジア諸国との関係、アメリカとの関係、ヨーロッパとの関係を文明史的に俯瞰すれば、21世紀の日本の方向も、何をするのかも見えているように思う。これができるのか?歴史のうねりを見てとれるリーダーは出るのか?