「医学生のお勉強」 Chapter2:避妊、中絶、ジェンダー・イッシュー(3)

知って欲しいことはピルやバイアグラの作用や副作用はともかくとして
その背後にあるもっともっと大きないくつもの問題です
セッションのオリジナルタイトル/Abortion, Contraception, and Gender Issues

 

■ピルは女性の権利! とにかく啓蒙が大事

――:
先生が、さっき日本が国連加盟国で一番ピルに対して認可が遅かったっておっしゃったじゃないですか。もちろん検査とかの問題もあったと思いますが、もう一度根本に戻ってみたいんですけど、一番最後っていうのはさすがに文化的背景があるんじゃないかと。
例えばマスコミにしてみても、キムタクと誰かが結婚したということも大事だとは思うんですけど、さっきの話のように、中絶の現場を見せる番組のようにいかに啓蒙するか。避妊の知識、ピル、堕胎の影響についても、文化的な意味合いは別にして、まずインフォメーションをする。人は知れば変わると思います。せめてマスコミがもうちょっとそういう努力をする気持ちになるっていうか、大衆をもっとレベルが高いものだと思って働いてもらえれば、少しは変化も早くなるんじゃないかなって気がするんですけど。例えば先生がおっしゃったように婦人科じゃなくてもとりあえず薬の説明は内科の先生でもわかるでしょうから、そういう説明はまずそこで、次は薬局で、というように。

黒川:
これはやっぱり女性の権利だから、僕はこういうピルのことは早く認可して、啓蒙活動がもっと大事じゃないかって言ってるんだ。チョイスは女性なんだから、こういうことを男ばっかりで決めているのが気に入らない。女性の委員も2人ぐらいいたけど、かなりお年だったけど。失礼(笑)。

――:
私はマスコミにいたんですが、今のマスコミは医療に対してすごく対立的でいるような気がするんですね。それはなぜかと考えたときに、たぶんアメリカなどではサイエンスライターたちの質が非常に高いというか、大学院で専門的に学んだ人がやっていると思うんですけれども、例えば日本の週刊誌とかは一律に普通の大学の文系などを卒業して入社した人が、各部署に配属されて、それで科学記事とかを書く。だから全然わかってない。だから書けない。だから欠点を見つけてあら探しをしてしまう、というような方向になっているんじゃないかという気がして、非常に怖いなあって思います。

黒川:
一般にマスコミの人もそうだけど、特に「55体制」から常にフルタイム。終身雇用制、それから退職金まで積み上げないといけないというシステムにしたでしょ。だからマスコミでも、いい大学の文系をでたからって、例えば「朝日新聞に入りたい」っていう価値観があって、入社して10年経ったからっていって、読売に移るなんてことは考えられない。それは日本のサラリーマン的感覚で、その会社に入社するのが目的だったから、そのためにはいい大学に入学しないといけない。だから河合塾とかに入る。就職したら何かあっても途中で他にキャリアを変えようとしてもできないわけ。日本全体が同じところに向かおうとしていたときには非常に都合のよいシステムだった。だけど今は多様な人たちを育てることが必要なのにそれができない。だって今までは必要でなかったから。
だけどフルタイム、終身雇用制が当たり前だと思っていることが、外から見るとおかしいんですよ。だけど日本人はそれが当たり前だと思っていたから、それが今不都合をきたしていると思うんだけど。だから向こうではマスコミに入りたい人は大学院に行くとかアルバイトしながら、そしてワシントンポストにパートタイムで雇われながら、自分でいろいろと記事を書いてトレーニングを受ける。その間にも取材をして記事を書いて自分を売り込む。そして10年ぐらいしたら、「じゃあ、うちのスタッフライターに」という話があったりして。アメリカはいつまでたっても、常に河合塾のように身分保障しているというわけではない。そういう状態なんだよ。それがやっぱりプロを育てる、ってこと。「日本の常識」であった、大学を卒業したら、一つの会社、一つの組織でフルタイム、終身雇用、年功序列、大きな退職金という横に動けない「タテのムラ社会」ではしょせん「プロ」は育たないということです。もっともこの「日本の常識」は20世紀後半の「55体制」でできたものだけどね。

市川:
どちらかというとマスコミとかでもそうなんだけど、副作用を先に見ちゃうっていう傾向にあるんじゃないかな。日本特有の文化でもあるのかもしれないけど。黒川先生が副作用っていうことをおっしゃってたけど、全体的に見て人工中絶が40万というような左右のバランスじゃなくて、もっと狭い範囲で物事を見てしまっているのでそれこそ判断ができない。判断ができないってことは何もしないということ。そういうプロセスであるという印象を僕は受けた。

黒川:
もう一つは、今、市川先生が言ったみたいに、もし万一副作用が起きたら、許認可官庁は責任をとらされるんじゃないかということで、何もしないようにしておけば、「私たちのせいではありません」って逃げられるじゃない。それもサラリーマンと同じで、今言ったような横に動けないシステムだから、その中では失敗をしないっていうことが一番大事。そのためには直属の上司の言うことを聞くってことが一番大事でしょ。その直属の上司は、そのまた上の上司の言うことを聞いているだけだから。だから失敗したらシステムの中で落伍者になっていくという話。役所はその典型だったから、失敗をしないためには何もしない。その代わり国民には情報を与えない。「情報を与えるとうるさいことになって我々が面倒くさくなってしまうから」って。
ピルの話に戻るけど、だから官庁、権威の側は責任を負わされるのが怖い。今までは情報を提供していなかったから、なんとかごまかせた。今は何か起こったときに責任をとらされるのが怖い。でも、むしろ啓蒙としてどんどん情報を出す、そしてどうしたらいいか話し合うことが大事。それをすることのほうが認可する、しないより、よっぽど大事。特にピルは女性にしかない問題だから、これを言わないと。
あとエイズの話なんだけど、先進国ではエイズが見つかるよりピルの認可のほうが先だったんだよ。エイズが最初にみつかったのは1981年。84年の春に最初にエイズウィルスが見つかって、でも81年にはエイズという新しい病気があることがわかっていた。すでにこのときにはピルはとっくに認可されていたわけで、「ピルがあるからエイズが増える」っていうデータは今のところなくて、むしろ「STDが危ないからコンドームを使いなさいね」というキャンペーンになっているわけでしょ。だからコンドームはSTDのために使っているわけ。避妊のために使っているものの主流はピルなんだよ。だから見知らぬ人とか、ハイリスクの可能性があるセックスパートナーのときには、相手がピルを飲んでいるかどうかは知らないけど、コンドームを使いましょうと。
女性が「コンドームを使って」ということは、女性の権利だ。でもこれは避妊のためじゃないんだよ。だって女性がピルを飲んでいるかどうかなんて、男性はまったく知らないんだから。とんでもない代償を払わされることを防ぐのは女性。だから女性が「自分は避妊する」という場合は、男性にリクエストするってことだけじゃなくて、自分のことなんだから自分で責任を持ったほうがいい。パートナーがハイリスクかどうかわからないときには自分はピルを飲んでいるとか(一同笑)。だからコンドーム使うかどうかについては女性のチョイス。
避妊をしたいときに使う方法は80%がコンドームなの、日本は。本当の話。だけどハイリスクのカジュアルセックスのときにコンドームを使うかどうか。女性は使ってほしいと思うかもしれないけど、それにいろいろなシチュエーションもあるかもしれないけど、最終的に決めるのは男性だよね。最終的にコンドームを使うかどうかということをその時点で決めるってことは、今のジェンダー・イッシューでは難しい、って思うんだけど。ハイリスクか不特定のセックスの時に日本の男性は何パーセントぐらいコンドームを使っていると思いますか?

――:
20%ぐらい。

黒川:
そうです。ハイリスクであるかもしれないけど、20%ぐらい。けっこうみんな「ノーテンキ」だよね。で、ハイリスクってことは「エイズやSTDになるかどうか」っていうことでしょ。日本はまだ比較的エイズが少ないって言われているから、「まあいいかな」って思っているわけ。「自分はならないだろう」って比較的楽観的なところ、日本人にはない? それがこないだ見せた『名誉と順応』の「サムライ精神」のような気がするんだけど。でも外国では男性は「自分がなったら大変だなあ」って。生きることに執着心があるから、そういう行動パターンが日本人とは違うのかな?
先日の中央薬事審議会で話したのも、STD、エイズにならないためには「コンドームを使うかどうか」っていうことであって、ピルじゃないでしょうと。それでも最後に、「婦人科に行ってピルを処方してもらうときに、性病の検査をしたほうがいい」っていう論点がでた。僕はそれを削ってもらったんだけど。審議会でこういうことが1回とおってしまうとなかなか削るのは難しいけど、削ってもらった。それでも最後にね、「STDが増えるのは良くない」って言う委員がいるから、私は「STD? エイズ? 女性1人では広がらない。必ずパートナーがいるから広がる。ピルを処方するときに女性に検査をさせるのならば、男性にも検査をすべき。こんなこと女性には非常に失礼なことだ」って言ったんだ。日本にはそういうメンタリティがあるんだよ。だから「コンドームを使うかどうか、性病になるかどうか」っていうことは男女両方が共有するリスク。でも「避妊をする」っていうリスクは女性にしかない、っていうのはフェアじゃないけど事実。やっぱり啓蒙活動が大事だ。その後に毎日新聞に記事がでたけど、なんかちょっと物足らなかった。でもなぜかピルの使用は増えないね。やっぱり婦人科に行かなきゃいけなかったり、いろいろと制限あるし。
 

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■仲間たちの横顔 FILE No.7

Profile
都内大学卒業後に、一般企業に就職しました。社会に出て働く間に、社会福祉、特に高齢者福祉に興味を持つようになり、福祉、医療に携わりたいと思い、医学部に再入学しました。思った以上に勉強は大変ですが、自分がやりたいと思ったことなので、くじけずにマイペースで頑張って行きたいと思っています。いつの日か、高齢者医療に貢献していかれる時が、今の苦労(?)が報われるときだと信じています。

Message
毎回違うテーマでの話し合いは、皆の意識、考えを知る上でとても役に立ちました。ディスカッションの中で、自分の考えの甘さ、浅さに気づく事も多々ありました。何よりも、黒川先生のお話は、人を惹き付けるものがあり、毎回楽しみにしていました。残念ながら、授業としてのディスカッションは終わってしまいましたが、また機会があれば、もっともっと色々なテーマで話し合ってみたいと思っています。

 

Exposition:

  • 55体制
    自民党と社会党による激しい対立が繰り広げられた1955年から70年代の自民党一党が政権政党であったが、競争的な政党政治が展開された時期。93年総選挙における自民党の大幅な過半数割れで終止符を打った。
  • ワシントンポスト
    アメリカの首都ワシントンで発行されているアメリカの朝刊紙。1877年創刊。ウォーターゲート事件の調査・報道で名高い。
  • 許認可官庁
    ここでは厚生労働省にあたる。
  • ハイリスクのカジュアルセックス
    例えばクラミジア、淋病などのSTD感染者が感染予防を考慮しないまま、不特定多数の人と性行為に及ぶこと。

 

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