2004年1月

日本学術会議九州沖縄地区学術講演会
日程: 2004年1月10日(土) 13:30~
会場: 沖縄新報ホール(那覇市)
演題: 「21世紀:日本の課題」

岡山県医師会日医生涯教育講座講演
日程: 2004年1月17日(土) 15:30~
会場: 岡山衛生会館三木記念ホール
演題: 「日本の課題と挑戦」

福岡県メディカルセンタービル(新福岡県医師会館)落成記念講演会
日程: 2004年1月18日(日) 15:10~16:10
会場: 福岡メディカルセンタービル5階大ホール
演題: 「21世紀:日本のチャレンジ」

総合研究推進機構シンポジウム「大学における知的価値創造と社会貢献」
日程: 2004年1月29日(木)
会場: 慶應義塾大学三田キャンパス 北館ホール
演題: 「大学:知と自己探求の場」

カーネギー博愛賞授賞式など

ロンドンからワシントンに来ました。着いたその夜はカーネギー財団のPhilanthropyメダル受賞のデイナーレセプションに出席して、二人の受賞者、京セラの稲盛会長と英国ブレア政権の科学技術担当大臣のセインズベリー卿にお会いしました。翌日は授賞式ですが、セレモニーの前にYale大学のファンドマネジャーDavid Swenson氏の『財産管理と投資戦略』、John Hopkins社会学教授Lester Salamon氏による『「NPO」をめぐる社会的動きの背景と将来への展望』という二人の本当にすばらしい講演がありました。非常に勉強になりました。受賞セレモニーでも、紹介者(David Rockefeller 氏とThomas Foley前駐日アメリカ大使)も受賞者もとてもよい話をされました。稲盛さんは日本語で通訳を介して話されましたが大変よかったです。Dr. Maxine Singer、Dr. Richard Meserveとも仲良くなれてよかったです(Internetでちょっと調べてね、すごい人たちですよ)。午後と翌日は全米科学アカデミーのDr. Alberts会長ほか何人かの人たちと相談事があり忙しかったけれど、パリ・ロンドンにつづいて、ワシントンでも充実した2.5日を過ごしました。そのあとDuke大学のあるDurhamに2日きて明日帰ります。今回のパリ、ロンドン、ワシントン、ダーラムと11日間での世界一周はきわめて忙しかったですが、とても充実した時を過ごすことができました。時々広い世界に出かていろいろな方にお会いできるのはとても幸せなことです。

ところで、今年はペリーが日本にきて150年、この年に北里柴三郎が生まれています。「ドンネルの男、北里柴三郎」という本が出版されました。本当にすごい人ですね。読むことをお勧めします。次の年に高峰譲吉が生まれています。この人もすごいですね。最近、近代日本の歴史の話が医学生のメーリングリスト等で話題になっていますが、頼もしい限りです。メーリングリストでもコメントされていましたが、白洲次郎という人を知っていますか?1902年の生まれです。17歳でケンブリッジ大学、英国で8年過ごして、本当に格好よい「紳士」として、「原則」に厳しく、肩書きや権力で威張る人を嫌い、アメリカ占領下の日本でも活躍した人です。今の日本に、白洲氏のような「個」に生き、「原則」を大切にし、世界と日本を知って「本音」で生きる、こんな人がエリート層に一人でもいるとほっとするのですが、なかなかいませんね。そこに日本の問題があるのです。

朝河貫一のこととか、蜂須賀正とかね。白洲次郎さんのこともいくつか本がありますので(最近では「風の男白洲次郎」新潮文庫、青柳恵介著、平成12年、400円)読んでみてください。スカッとしますよ。若い時には世界に出かけて視野を広げることです。

新しい臨床研修制度について

国際学術会議の企画委員会でパリにきましたが、そのあと来年京都で開催を企画している「科学技術と社会の将来」という国際会議の準備でロンドンにいきました。ブレア首相の科学技術担当大臣の補佐と会い、ワシントンで科学アカデミー会長等との会談に向かいます。ロンドンはさすがに伝統と格式を感じさせる町で、1年いても飽きないでしょうが、現在は大学改革への大きな政治的アジェンダがあり、結構不評で、ブレア首相はもし議会でとおらなければ首相をやめる、とまで言い始めています。文部省から大使館に出向している、以前医学教育の課長補佐をしていた浅野君にも会い、だいぶ話が弾みました。

ロンドン滞在のハイライトは、東海大学からロンドン大学6ヶ月のクラークシップにきている4人の5年生を日本食に招待したことですね。ほとんど日本食を食べていなかったとかで、盛りあがりました。しかし、なんと言っても一人一人の成長と広い視野を得ているのが一番うれしかったですね。もっとも、時々メールで交流しているのでどんな苦労をしているかは、知っていましたけれど。このような人たちに会うと、私がいつも言っている「若いうちに“外”を見せる」ことの重要性をいつも確信します。

ところで、研修でのマッチングが一応発表されましたが、いかがでしたか。ぜひ、多くの人たちにメーリングリスト等に参加して多くの意見交換や、開かれた情報に接してほしいものです。簡単ですが、さしあたりの問題は以下のようなものでしょうか。

1.マッチングは「混ぜる」ための方策です。「混ぜる」のであればどんな方策でもよいのですが、すべての研修プログラムが参加することが大切ですが、今回これは一部で達成できませんでした。残念なことですが、来年はこんなことのないようにしたいものです。

2.米国では長い歴史があり、ほとんどの情報が従来の経験を踏まえて学生、病院、教員に共有されているので、病院のランクづけになるとかはありますが、うまく運用できているのではないでしょうか。ただし、たとえば脳外科は全体で70人(7年のプログラムです)とか、定員も全体で決まっていますので、専門医への条件はそれなりに厳しいです。日本では内容がわからないので大学とかの知名度、ブランド(ブランドと内容とは日本ではあまり関係のないことはよくご存知でしょう-たとえば国の「指定する」ブランドで言えば、何の専門でも東大が一番のはずですが、そんなことがないことは誰でも知っています)が重視されています。

3.国によって違いますが、卒業した大学で研修したがるのは日本だけの特徴です。何しろ「個」は存在しませんからね。たとえば、日本の大学で学部長がその学部の教授会で選ばれるなんていうことは日本だけです。学長もです。これが「常識」なのですから困ったものです。だからこそ私は東大ではなく、東海大の医学部長を引き受けたのです。これが世界の常識なのだからです。いつも書いているように、「日本の常識」には「世界の常識」から見れば変なものが多いことを指摘しつつ、自分でも実践しようとしているのです。しかし、私が実践していることの意味があまり理解してもらえているわけではありません。それはメディア等がそのような視点で書いてくれないからです。メディアにも理解しにくいことなのでしょうけれどね。何しろ日本のメディアも同じ構造、価値観ですから。

4.今回の制度は明治維新以来はじめての「混ざる」システムの第1歩です。つまり、卒業生、つまり大学教育の「成果」を「外」の仲間たちに評価してもらうということです。このプロセスによってそれぞれの大学の教育と教員が広く評価され、学生が広く評価され、研修病院と教員が広く評価されるのです。したがって、研修医たちが大いに意見を交換し、病院や教員、指導医についてコメントする「複数」(複数であることが大切です)の「場」(ネット上でOK)を作ることが大切です。たとえば厚労省が一つの意見交換の「公式」の「場」を作ったとして、これで信用できますか?だからこそ複数の場が必要であり、その質の評価は「ユーザー」によってなされ、さらに評価され、だめなものは脱落し、時間とともによいものが自然に出来上がってくるのです。この意見交流、公開によってみんなが情報を共有し、フィードバックが行われ、研修制度も病院も、指導医も、大学教育も、学生もよりよくなっていくのです。そして、結局は社会が、患者が、医療がよくなっていくのです。

だから、これは日本としては画期的な第1歩です。良くも悪くも医療人全体が、社会とともによい医師を育てていくという気概が大切です。メディアも国民も暖かく応援することが大事です。これには公のお金も惜しまないことです。結局、よい医師の育成は、よい医療を構築し、そして国民のためになるのです。

最近のメーリングリストに以下のような意見が出ていました。健全な方向に向かう一歩であることが感じられるのではないでしょうか。

「臨床研修必修化の意義ということで」
「今までであれば医学部を卒業したらそのまま大学病院に残って(入局して)、臨床は関連病院に出た時にやって、まずは学位を取るべく研究中心・・・というのが言わば医者の王道だったのに対して、今度の必修化で、医者である以上まずは臨床が出来ないと駄目だ。そのために出来れば市中病院の研修実績のある病院に行きたい。私の好きな言葉ではありませんが、研修指定病院に行くのが「勝ち組」という雰囲気になってきたのは、とても好ましいことじゃないかと書きましたが、最近は私が今年お世話になっているここ『民間医局』に登録される若いドクターも増えてきたそうです。たまたま今週○○地方に出張してそんな若い先生と面談してきた社員の方が話してくれたところでは、「医局に入って学位を取得すべく研究する一方で、アルバイトで生計を立てているけれど、こんな生活がまだ4年、5年と続くと思うと、「こんなことしていて、いいんだろうか」と思う。自分は研究ではなく、臨床をやっていきたいので、医局を離れても就職先があるのなら、きちんと後期研修をやっている病院で臨床に専念したい」とおっしゃっていたそうです。 こういう方が少しずつでも増えていることも、学生のみなさんの「臨床志向」の背景にあるのかも知れない・・・と思った次第です。」

UCLA同窓会

またまたご無沙汰してしまいました。とっても忙しくて、どうしようもないですね。

ところで、先週文部科学省の幹部の方々のお招きを受けて、90分間の講演をさせてもらいました。日本の問題についてで、今年の医学会総会での特別講演と同じような内容です。日本の歴史、リーダーの歴史観の欠如とその背景と理由、「高学歴社会」とは「高卒の学歴社会」というような趣旨で、東洋医学での講演とも同じラインの内容です。

また今度、科学新聞に掲載された「黒川対談 第5弾」でJR東海社長の葛西氏と話した内容とも通じるものです。この対談はずいぶんとお褒めの電話や、メールをもらいました。ぜひ読んでください。どのように思われるでしょうか。感想もお寄せください。

ところで、14日の夜はUCLAの同窓会があり、欠席の予定でしたが、急遽今週の予定の渡米がキャンセルになったので出席して、UCLAからのお客さんや、学生さんたちとお会いしました。何人かの日本の学生さんもお客さん
で来ていましたが、アメリカの学生さんに比べるとなんとなく元気がないように感じたのはなぜでしょう?トルシエ監督の助手を務めたおなじみのフランス人、タバチー山河も来ていて、大変よい話をしてくれました。彼はなんとフランス人ですが、多くのフランス人と同じようにアメリカが好きで、大学はUCLAでした。驚きですね。大学は人生で自分の向上と、将来を見つめる大事な機会というとても感動的な話をしました。そして、サッカーのナカタが「私にとってサッカーは仕事だ。今一番したいことは大学で勉強したい。特にコロンビア大学へ行きたい」という明確な希望をもっていること、このような明確な希望をもつことの大切さ、自分を見つめ、若いときに「内なる燃える炎」を見つけることの大事さを強調していました。まだ29歳なのですよ。すばらしいですね。ちなみに彼は別にサッカーが好きというわけではなくて、アメフトとアイスホッケーが大好きだそうです。

一人一人は違うのです。何で、既存の価値観にとらわれるのでしょうか。それこそが「個」なのです。世界は広いのです。人生は一回限りです。若ければ若いほど可能性はあるのです。「バカの壁」に、とらわれずに大きな希望を見つけてほしいと思います。

卒後研修のマッチングの結果が発表されました。始まったばかりですから、問題はいろいろあります。だけどこれは第1歩に過ぎません。医学生、研修医、医師すべてが「他流試合」の推進に、前向きに取り組むきっかけと考えてくださいね。

最近、刺激的な文章を「文部科学教育通信」(No.87.11月10日号)に、教育、学術、世界の変化とその背景等についてのインタービュー記事が掲載されました。

日本の名医30人の肖像

Book20031113

日本の名医30人の肖像

ドクターズマガジン (著)

日本人にとって、最近まで「山」といえば富士山でした。確かにその姿は美しく、我が国でもっとも高い山です。しかし、世界を見わたすと実にさまざまな山がある。標高の高いところでは、エベレスト、K2、キリマンジャロなど。富士山より高い山の数は、たぶん日本人の想像を越えているのではないでしょうか。

このように長い間、日本人は世界レベルでものごとを見てこなかった。見る余裕や必要性がなかったせいでしょう。しかし、現在のような国際社会では、外の世界を見ないではすまされません。日本が世界各国に取り残されず、先進国としてしっかりと役割を果たすためには、若い人材にどんどん外の世界を見せていかなければならないのです。世界に通用する優秀な人材を育てるのに必要なのは、カリキュラムの改訂でもゆとり教育でもありません。若いときに世界の高い山々を見せればいい。そういう機会をつくることこそ今、求められている教育であると思います。

私は、東京大学、東海大学の医学部で教鞭をとっていたときに、定期的に海外から教授や学生を招いたり、学生たちに短期留学をさせるなど、外の世界を見られる機会をつくってきました。そうしていると、アメリカでレジデントをしてみようかという気概ある学生も出てくる。押しつける必要はありません。見せれば、白然と広い視野は身についてくるものです。

今までの日本の価値観は画一的で、国内の序列で一流とされる大学を出た人間ばかりがもてはやされてきました。めざすべき人間像に関しても、決まりきった単一のものしか示されてこなかった。しかし、グローバリゼーションの時代では、いろいろな生き様の価値観が提示され、それぞれの価値観を認める社会が大事。いろいろな選択肢があり、自分は何をしたいのか、選択肢を与えることが肝心です。

医師についても、医療界は閉鎖社会で、一般の方はどのような医師が日本にいるのかを知らず、医療界に身を置く者でさえ、特に若い医学生などは医局講座制の狭い社会の中で志はあっても確固たる目標を持てずにきました。そのような中、必要とされているのは、外の世界を見せるメディアです。私は、教職を辞した今でも自分の大きな役割のひとつは、それだと考えて活動をしています。めざすは、大リーグで活躍する野茂投手やイチロー選手の姿をライブで伝えるBS放送のようなメディアの役割です。

『ドクターズマガジン』の「ドクターの肖像」では、既成のレールや価値観に縛られずに自らの力で道を切り拓いたさまざまな医師の生き様が紹介されています。日本のさまざまな山を見せてくれるメディアとして共感を覚えずにはいられません。今回、それがまとめられて単行本となったのは、たいへん喜ばしいこと。一般の読者の方には、日本にも実に多彩に活躍する、すばらしい医師がいることを知るきっかけとなるでしょうし、医療界の人間にとっては、医師の生き方は決して決められたレールを歩くだけの選択肢しかないのではないと勇気づけられるはずです。