小林先生のブログ (2010年1月10日)
私がその活動にいつも注目している方の一人に石倉洋子さんがいます。
このBlogを見ていただいている方はよくご存じだと思いますが、以前、彼女と一緒に「世界級キャリアの作り方」という本を著させてもらいました。
World Economic Forum の仲間でもありますし、石倉さんの主宰している「Global Agenda Seminar」にも何度か参加させていただき(1、2)、多くを学ばせてもらっています。
石倉さんの活動や発言は、彼女のBlogやtwitter<@yokoishikura>でご存じの方も多いでしょう。
最近のことですが、石倉さんがこの記事のタイトルにある「「友人のポートフォリオ」をつくろう-人生も分散投資でリスクを減らす」というコラムを書いています。
そこにはなんと私のことにも触れてくれています。他の方たちはすごい方たちばかりなのでちょっと気恥ずかしいのですが、皆さんにご紹介して、石倉さんの思想と思いに触れていただければと思って、ご紹介します。
石倉さんのメッセージは、この「不確実」な世界の変化の時代に、皆さんの思考の枠組み作りにも参考になると思います。
国会事故調の意味については、このブログでも繰り返し問いかけているところです。
そうとう優秀な霞が関の官僚にもその本質を理解している人はかなり少ないように思います。
そんなところですから、「3.11」、そして「憲政史上初の国会事故調」を契機に日本が変わり始めるのにはかなりの時間がかかるように思います。
最近の衆議院の選挙でも、投票率は低いし、特に「第3極」などという多くの政党が出てきたことも紛らわしかったですね。投票所の現場からのtwitterなどの様子と、新聞などの報道ぶりには結構ギャップがあるようにも見受けられましたね。
今週は、再び「FACTA」(1)に国会事故調をめぐる記事が掲載されています。
他にも産経新聞、日経ビジネスONLINEの最近の記事(1)を紹介します。重複があるかともと思いますが。でも大事なことなので。
皆さんで、日本の将来を考え、話し合い、行動しましょう。
「原子力安全に関する福島閣僚会議」が今週末12月15‐17日、福島県の郡山市で、日本国政府の主催、IAEAの共催で開催されます。
ちょうど衆議院選挙の時になってしまいましたね。
参加国は広範なもので、フクシマの原子力発電事故から学ぼうという趣旨です。
私は何人かの海外の識者からこの会議のことを10月ごろに知らされ、「参加するのでしょう?」と言われても、日本「政府」の立場もあり「ふんふん」と頷いていたのです。
1ヵ月ほど前にある国会議員さんが「政府」の担当者に連絡をして、「黒川さんに出席をお願いしないのか?」と言われたようで、外務省の方が見えられました。ちょっと困った様子でしたが、いろいろ話を聞いてみると、政府(「行政府」のことですが)では「私が出席する理由はない」と考えていたのでしょう、私が何かをするなどはプログラムにはない、出席も考えていないのですね。私が無理することもないので遠慮しました。
ところでこの2日間、3つの国の代表団が、別々に私に会いに来られたのです。国会事故調の報告はとても素晴らしい、いろいろ教えてくれ、議論したいということなのです。そして、皆さんがお互いに理解を深める時間を持てた、そして日本の役割、課題などについての意義ある意見交換ができた、と言っておられました。
前回のポストでの私と英米の方たちの反応、さらにこれらの国の国会事故調報告書への対応を見ていると、日本の「真の意味での国際化」の遅れ、というか、考え方の違いがまざまざと出ているように思います。
明日は選挙です。皆さん、必ず投票に行きましょう。いろいろな政党があって迷うでしょうが、候補者の資質を見極め投票することです。民主制度を動かすのは皆さんの一票なのです、すぐには変わらないでしょうけどね。
特に若い人たち、今度の選挙から、あなたたちも意識を変えて、投票することです。日本の将来はこれからのあなたたちが作っていくのですから。
民主制度を機能させるのは時間のかかることなのです。
1年前の12月8日、国会事故調が正式に発足しました。
それから1年たった今日、多くの事故調チームの皆さんと午後3時間ほど集まりました。みんな、あの出口の見えない、しかし、極めて「テンション」の高い、「ハイ」な6ヶ月の厳しい試練を通りぬけてきた「チーム」の「同志」の気持ちを共有して、いろいろな話題で楽しい時間を過ごしました。
私はチームの皆さんに記念品を用意し、お渡ししました、私の感謝の気持ちです。
私たちの国会事故調は、最近このブログでもお知らせしたように、世界ではきわめて高く評価されています(1)。
では、日本国内での反応はどうなのでしょうか?
国会事故調チームは、1年前はほとんどがお互いに知らない人たちばかり。社会人になって、こんな気持ちを共有できた数か月を体験することは、一人ひとりにとって、これからの人生で大事な経験と自信になることでしょう。皆さんから、そのような言葉が繰り返し聞かれました。
あの1年前のこの日、国会での挨拶の冒頭の言葉、そして締めくくりの言葉を、私は思い出しています。あの日は真珠湾攻撃の70周年の日だったのです。これらの言葉が、私も、誰でも、いつでも聞ける、こんなところが「情報時代」のすごいことです。この言葉にこの国会事故調を引き受けるにあたっての私の気持ちが素直に出ていると、今でも思います。
この1年間で、いろいろなことは決定的に変わりました、世界でも、日本でも。
でも、フクシマの現状はどうでしょうか?昨日の夕方、かなり大きな地震が東北であり、小さいけれども津波が来ましたね。みなさんは何を思いましたか?
日本では、今また選挙ですね、例のごとく。でもあまり希望が見えないような、、、どこが変なのでしょう。
一人ひとりが考え、変わるときです。国会事故調の「はじめに」にもあるように。
私のブログを訪ねてくださる皆さん、いつも応援をありがとうございます。
ところで、最近の1、2週間で何度か石倉洋子さんとご一緒する機会がありました。そのたびに、石倉さんは素早くblogやtwitterで発信しているのですが、私のほうはこれがとても遅れていているのです。ほぼ1ヵ月遅れですね。
そこで、この間に私の参加していたことごとにちょっとまとめて触れておきます。
11月15日(木)にDubaiから帰国。これが2週間遅れでこのブログに出ていますが、帰国してからもほぼ毎日、朝から晩までとても忙しくしています。主なことだけですが、以下のような活動がありました。
16日(金)、Impact Japanの会議、GEW(1)も終わりになりつつありますが、そのうちの“Venturing Overseas”(なかなか面白いセッションで、夜だけの3時間ほどの集まり)に参加。
17日(土)、これもいろいろな打ち合わせ等でしたが夜からSingaporeへ出発。
18日(日)~20日(火)までSingaporeでいろいろな方たちとお会いし、またNanyan Technological Univesityを訪問しました。活気がありますね、キャンパスも。3日間の訪問はなかなか良かったです。そのうちまた報告しましょう。
21日(水)早朝、成田に到着。昼からBBCの取材面会、午後は東京大学先端科学技術研究センター(一時「客員教授」で在籍していました)の理事会へ(この日は新所長の選考が主要案件でした)、夕方からFabCafeでMIT Media LabのJoi Itoさんと若者たちとのセッション(これは7月にも国会事故調の報告書提出直後にも、ここでJoi Itoさんと対談をしたのですが、、、このことは報告しませんでしたが、、)、そこからSwiss大使館へ向かいWEFのGlobal Shapers Community+St Gallen Symposium(1)合同のレセプションへ、わたしもご挨拶。
22日(木)は、WEFの企画のJapan Gender Parity Task Forceに参加。私も一つのフォーカスとして発信している日本の最大の課題の一つですが、WEFの今年のGender Parity 報告書では、日本は世界130数か国のうちで102位なのです。最悪ですね。なぜでしょうか?よく考えてください。一人ひとりの次への行動です。
そのあと、国連のHuman RightsのGroverさん他の訪問を受け、特に事故調の報告を受けて、フクシマの被災者、労働者たちへの政府の対応についての討議。よく現地なども調べておられ、厳しい質問がいくつもありました。Groverさんの報告書がいずれ出ることでしょう。記者会見もあったようですが、、。
その後は、日本学術会議のアジア学術会議の立ち位置についての面会、夜は、もとSONYの出井さんの75歳のお誕生日のお祝いの会に駆けつけ、それから別の夕食へ。
23日(金)は休日。久しぶりに友人たちと、今年2回目のゴルフへ。ちょっと雨でしたが、午後には雨もやみました。カートのないコースなので、コース全部を歩くわけで久しぶりでした。翌日にはなぜか足首が痛くなりました。
25日(日)は、石倉さんの主宰するGASの同窓会へ。私は2次会にも参加しました。
26日(月)は、朝がTeach For Japanの理事会。松田悠介くんたち本当に頑張っているのですが、まだまだ道は険しいです。皆さんの応援、支援、参加をよろしくお願いします。それから、Tokyo American Clubのインタビュー、外務省からの相談ごと、そして午後は米国議会による米国科学アカデミーのフクシマ事故調査委員会の訪問で、私がまず90分ほど、国会事故調の報告、そして“Q&A”でした。
これについてはまた別に報告しますが、この訪問自体からも、日本にとって画期的なことがいくつも明確に提示されました。
ちょっと追いつきました、まだまだです。
皆さんも気がついたかもしれませんが、日経新聞11月17日(土)の夕刊に清水正巳編集委員による「シニア記者がつくるこころのページ」(毎週土曜の夕刊に連載されるようです)に、私とのインタビュー記事が
「愚を繰り返すな日本、黒川 清さんに聞く」(PDF)というタイトルで掲載されました。清水さんとは科学技術担当論説委員のころからのお付き合いで、鋭い論説をしばしば書かれています。
記事の大きな見出しは「異質育て社会変えよ」というもので、小見出しに「若者よ「出る杭」に」というものですが、私がこのブログを含めて機会あるごとに、繰り返し主張している中心となるメッセージです。ここでも「異論、異質、異端」の大事さを説いているのです。
石倉洋子さんが、ご自身のブログでこの記事を取り上げて、20年ほど前に石倉さんが、大前研一さん、竹内弘高さんたちとの仕事で書いた「異質のマネジメント」の時から世界は大きく変わっているのに、日本はあまりにも変化していないと、「愕然というか、びっくりしてしまいました」と書いています。
「3.11」で見えた日本の「弱さ」を打破して、日本の将来を築き、前進させるのは若者たちです。「3.11」以後の日本を見ていても、政産官、学もメディアも、既存勢力は、またまた元へ戻りそうな危うさを感じます。世界は、私たちの経験したことのない、不安定で予測のつかない流れにどんどん変化しているのに、です。
この私のインタビュー記事をちょっと読んでいただけるとうれしいです。たくさんの方から、素敵な反応をいただいています。
1週間後の、11月24日(土)の同じ紙面に有馬利男さんのインタビュー記事が出ていますが、左横下に「こころ編集室から」という小さな囲み記事が出ていました。
そこには「政策研究大学院大学教授の黒川清さんが「若者よ、出る杭(くい)に」と勧めた17日付の記事が反響を呼んでいます。ある2児の母親は「息子たちがそうなってほしい」とスクラップしたそうです。「異論、異質、異端」にも寛容な社会作りは、次世代への私たちの責務でもあります。(幸)」、と記載されていました。
ちょっとうれしくなりました。清水さんありがとう。
山中伸弥さんのノーベル医学生理学賞受賞、素晴らしいですね。10月にSTS Forum出席で京都にいるときに山中さんにお会いしました。このことにはちょっと触れましたね。
とてもインパクトのある素晴らしい業績ですし、世界からも期待されていたのです。はじめの論文が2006年ですから、どれだけ山中さんのiPSの発見のインパクトが大きかったかが理解されます。本当にうれしいです(1)。
私はノーベル賞について、このサイトでもいくつもコメントしていますし、今回も新聞などからもコメントを求められ、私の従来からの意見と同じコメントをいたしました。
私の意見の中心は日本の大学を含んだ、皆さんが当然と考えている日本の社会制度の課題です。つまり「タテ」社会についての意見です。
以下のようなポストで私の意見を理解していただけると思います。
1. 「東大とノーベル賞」
4. 「人材育成は国の根幹」
山中さんのような研究のインパクトは「インパクトファクター」ではないのです。世界でのインパクトなのです。
それらは多くは反骨精神であり、本流からはなかなか出てこない、“Crazy Ones”(1)のすることなのです。
21世紀になって、日本の方は11人のノーベル賞になりましたが、南部さん(物理)、下村さん(化学)、根岸さん(化学)は、米国でキャリア作ってきた方たちです。利根川さんもそうです、San Diego、Baselですね。
「出る杭」「Crazy Ones」であることを恐れてはいけません。「出る杭」こそが世界を変えるのです。
私が何度も紹介しているOIST、来年度の大学院生を募集しています。
さっそく資料を見る、ウェブで調べる、応募を考え、コンタクトする、訪問も考えよう。そこは全く違ったグローバルキャリアの始まり、グローバル世界の大学院なのだ
******
2013年度博士課程願書受付中 (締切:平成24年12月31日)
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、現在2013年度博士課程の願書を受け付けています。OISTは発見・革新を奨励する環境の中で活躍できる優秀な学生を世界中から求めています。本学では教員と学生の半数以上が外国人であるため、真に国際的な環境で最高レベルの教育を受けることができます。OISTの中核を形成する約50の最先端ラボでは、幅広い分野の研究が行われています。基礎科学を基盤とし、高度に学際的な教育を推進しています。プログラムは、研究論文準備のための、個別指導などを含むインタラクティブな授業を特色としています。コースは学生個々のニーズに合わせカスタマイズされます。学生は入学してすぐに、最先端の研究機器が完備されたラボで、世界トップクラスの教授や研究者と肩を並べ、研究に取り組みます。
現在、次年度の学生を選考中です。OISTの博士課程プログラムの機会をより多くの方々に知って頂きたいと思っています。
本学の学生受け入れ数は年20名に限り、優秀な学生を選抜します。全ての学生は国際的にみても充実した経済支援を受けられ、キャンパス内の家賃補助宿舎に居住します。
プログラムやオンラインの願書申請方法の詳細は下記よりご覧になれます。
http://www.oist.jp/graduate-school
博士課程に興味がある学生で、締切に願書提出が間に合わない方は下記までご連絡下さい。
study@oist.jp
Jeff Wickens
Dean, OIST Graduate School
Harvard Club of Japanから国会事故調についての講演に招かれました。60人ほどの方がこられ、70~80%程度が日本の方という印象でしょうか。日本の方は多くが大学院での留学した方たちですが、何人かカレッジ(学部)で勉強された方もいました。
びっくりしたことに、Mike Yoshino Business School名誉教授も参加され、私について素晴らしい紹介をしてくださいました。うれしい「サプライズ」でした。Yoshino先生とは5、6年前から東京大学President Councilでご一緒しており、その海外での会議でNew York、Genevaなど何度かご一緒しています。
私の講演の後の質疑も活発で、良い時間を過ごせました。終わってからも、何人もからさらに質問、提案がありました。
盛り上がりが続いていましたので、終わってから、吉野先生と国会事故調の“Jikocho’s Angels”(Charlie’s Angelsのもじりですが、、、)のお2人を加えた4人でチョット一杯の楽しい時間を過ごしました。
翌日から、参加の方たちから以下のようなメールを、間接(1)、直接(2~4)、、いただきました。
1) Thank you for arranging the presentation and introducing me to Kurokawa sensei. It was a great chance to hear his anecdotes and get a sense of his mission and perception of the issues. I was impressed with his compassion, integrity and sense of hope that things can change in Japan for the benefit of not the few but for the many. I hope he can continue, despite his age, to speak out and energize Japanese to get more involved in their affairs of the country.
2) Your presentation was titled Independent Commission on Fukushima, but its message was more broad. I believe you have some important transformational ideas as well as a healthy appreciation for the need to change. I hope the recommendation for an annual (3/11) event to measure progress will both cause action and help keep public engaged and knowledgeable.
3) I wish to take this opportunity for your most stimulating and thoughtful provoking presentation yesterday evening. Although I have read what is already available on the analysis and recommendations your commission has made, it is quite a different matter to directly hear your thoughts, commitment and above all your passion to the work of the Commission. It is indeed one of the blackest chapter in the history of Japan, but your presentation has clearly pointed out the opportunity to seize on the accident to change Japan.
Throughout the discussion period after your presentation, I have heard numerous comments from the audience that they found your presentation the best they have heard or read on this Fukushima accident.
I am also very encouraged that not only do you have further plans to publish your results in English but, you are going around the world to share your report to the interested and concerned audience.
4) I apologize for the lateness of this e-mail, but I just wanted to thank you and your team again for last week’s event.
Your insightful comments, presentation of the thinking and process that went into this report, and your far-reaching conclusions gave us all much to think about.
Having lived in Japan for much of the lost decade(s), I have heard the call “for change” many times from different quarters. I personally think it is up to all of us who live and work here to do what we can in our own ways to build the foundations and environment for a new era in the society and history of Japan. Promoting connected-ness between individuals of like minds both domestically and overseas, sharing of information and an awareness and curiosity about new ideas and ways of doing things, and a spirit encouraging challenges to the status quo by those who have new ideas and new outlooks ? these are the traits that I think will help to bring renewed vigor and power to the people, society, and culture of Japan.
国会事故調を進める意義を共有する、広げることができたと思います。
毎日が忙しいですが、充実した時間で一日が終わりました。