主張<7> 日本の国会議員の世襲率は世界で何番目か知っていますか?

第50回衆議院選挙が行われました

 

 9月末の自民党総裁選で石破茂さんが新総裁に決まりました。すると途端に衆議院が解散し、衆議院選挙が始まりましたね。長年にわたり党内野党状態だった石破さんが新総裁になるところに、自民党のしたたかさを見ました。自民党内の最大派閥勢力だった安倍派が「裏金問題」で国民を怒らせてしまいましたから、自民党は選挙で勝つ/大きくは負けないことを考えて、安倍派から距離のあった石破さんを総裁にしたのでしょう。むかし三木内閣ができたとき(1974年・昭和49年~1976年・昭和51年)も同じようなシチュエーションだったと記憶しています。いわゆる「田中金脈事件」で田中角栄さんの内閣が総辞職したとき、やはり自民党は主流派と距離があった三木武夫さんが総裁になりました。

 さて、そのような情勢下で行われた今回の解散総選挙ですが、蓋を開けてみれば与党の大敗です。私がこのブログを書いている10月28日の早朝の時点で、与党は215議席(自民191・公明24)、野党その他が250議席(立民148・維新38・国民28・れいわ9・共産8・参政3・保守3・社民1・無所属他12)という数字が出ており、自公で過半数の233議席を割り込んでいます。特に自民党は選挙前勢力で247議席あったものが200議席を下回りましたから、大惨敗です。自民党執行部は、野党の準備が整う前に急いで解散すれば、選挙で有利になると考えたのでしょうが、その目論見は大きく外れてしまいました。

 これから自民党内で「なぜ急いで解散したのか」「裏金議員を非公認にしなければもっと通っていたのではないか」「非公認候補になぜ2000万円を支給したのか」という執行部の責任を追求する動きが起きるでしょう。また、石破さんは惨敗の責任をとるのか、かりに石破さんが辞めるなら誰が新しい総裁になるのか、自公で過半数がとれていないなら連立政権をどうするのか、多数派をどう確保するのかなど、政権の問題も山積しています。可能性は極めて低いでしょうが、数字の上では非自民連立政権も可能な状況です。これから補正予算の編成が行われますが、いずれにしても日本の政治はしばらく不安定になるでしょうね。個人的には、今回の選挙戦のテーマがいわゆる「裏金問題」に終始し、肝心要である「国をどうするのか」という政策での討論がほとんど行われていなかったことが大変気になっています。

 

日本の国会議員の世襲率は世界で何番目か

 

 ところでみなさんは、日本の国会議員の世襲率は世界で何番目だと思いますか? 世襲率は何%くらいでしょうか? 時間を与えますので、ちょっと考えてみてください。

 

<……考える時間……>

<……考える時間……>

<……考える時間……>

 

 いかがでしょうか。歴代の総理、大臣、知り合いの議員……改めて思い浮かべてみると、世襲の方は案外多いように思えてきませんか? 選挙に出た際に公式ホームページに家系図を掲載して、積極的に「世襲」をアピールしていた方もいましたよね(その方は現在、衆議院議員です)。

 日本の世襲議員については、ペンシルバニア大学の政治学者Daniel M. Smithさんが書いた『Dynasties and Democracy: The Inherited Incumbency Advantage in Japan (Studies of the Walter H. Shorenstein Asia-Pacific Research Center)』という本の中で、膨大なデータと共に論考が行われています。非常によい本ですので、みなさんもぜひ読んでみてください。さて、この本の中には、各国の世襲議員の割合が表で示されています。それによると、国会議員の世襲率が高い国は上から順に、1位タイ、2位フィリピン、3位アイスランド、ときて4位が――日本なのです。時期によって変動はありますが、国会議員の世襲率はタイとフィリピンが約40%で、アイスランドと日本が約30%といったところです。日本の約30%は全体平均で、自民党に限定すれば世襲率は40%近くあるでしょう。

 

日本の常識は世界の非常識

 

 他国に関して言えば、例えばドイツ、韓国、アルゼンチン、フィンランド、カナダ、スイスなどに世襲議員はほとんど見られません。政治の名門一族などの印象が強いアメリカやイギリス(下院)でも、世襲議員の割合はわずか5~10%です。日本の政治だけを見ていると、「国会議員という職業は世襲されるもの」というイメージが強いかもしれませんが、それは世界の政治では決して当たり前のことではないのですね。そもそも、民主主義は世襲とは対極にあるものです。実際、日本をのぞくほとんどの民主主義国家では、政治が成熟するにつれて世襲の割合は減少し、世襲議員が10%を超えることはまれです。

 割合は少ないといっても、理想と能力を持ち、親と同じ政治という職業を目指す人はもちろんいます。しかし、その場合であっても一般的に「親の地盤の引き継ぎ」は行われません。かりに政治家の子息子女が選挙に立候補した場合も、まっとうな民主主義国家、例えばイギリスでは、二大政党の方針として、大部分の候補者は地元に縁のない選挙区から立候補することになっています。日本のように親の地盤を無条件に引き継いで出馬できませんから、そもそも世襲が難しい仕組みになっているのですね。党本部は、候補者個人の資質を重視して選挙区を決めます。

 

世襲の功と罪

 

 もちろん、単純に「世襲=悪」と断じることはできません。子どもの頃から親の仕事を見ていれば、政治家に必要なスキルについて前もって学べます。世代をまたいで難しい政治課題に取り組むこともできるでしょう。また、親の人脈が使えますし、引き継いだ地元選挙区の有権者の支持も得やすいですから、比較的スムーズに政治活動が行えるという利点もあります。

 その一方で、世襲には資質や能力のない者が国会議員になってしまう・政治の要職に就いてしまうという弊害もあります。私たちはそれを何度も目の当たりにしていますよね。地元の縁故にがんじがらめになった国会議員に、国と国民にために本当に必要な政策がつくれるのかという懸念もあるでしょう。さらに、そのような国会議員がのさばることは、必然的に真に能力があっても政治的・経済的な資源を持たない人材の活躍を妨げることにもなります。それは、日本の国と国民にとって大きな損失です。そもそも民主主義が何たるかを考えれば、「世襲には功も罪もある」とはいっても私には「罪」の方が大きいような気がしてなりません。みなさんはどう思われますか?

 世界の民主主義国家に倣うなら、日本にも非世襲議員がもっと増えるべきでしょう。そのためには、もっと大勢の非世襲人材が立候補し、縁故ではなく個人の資質や能力で公平に競い合う選挙が行われなくてはなりません。しかし、日本の公職選挙法や公務員法の下では、公選職や公務員の者は立候補にあたって辞職しなくてはなりませんし、終身雇用・年功序列がいまだ多い一般企業に務めるような人も、その会社でのキャリアの途中で国会議員に転職することには抵抗があるはずです(私はこれをかねてより「タテ社会の終焉」と呼んでいます)から、そもそも世襲人材以外の人々には立候補のハードルが高いのですね。

 つまり、日本が世襲議員の割合を他の主要な民主主義国家並みにするためには、法律や社会システムから変える必要があるということです。ただ、日本という国は生半可のことでは「変わらない」でしょう。現在権力を握っている人々の多くが、当の世襲議員なのですから。議会制民主主義を歴史的に発達させてきたイギリスのように、主要政党が自発的に「世襲を減らしましょう」と取り組めるとよいのですが……。

 

変わらない日本

 

 以前の記事にも書きましたが、日本はなかなか「変われない」国です。国会事故調の委員長として報告書をまとめる仕事をしている中で、私たち国会事故調のメンバーはそのことを思い知らされました。このことは先日、毎日新聞で記事にもなりました(毎日新聞デジタル2024/10/20配信:これでいいのか国会議員? 福島第1原発・事故調メンバーの嘆き)。

 これは、何も近年にはじまったことではありません。戦前からそうなのです。朝河貫一という私の尊敬する歴史学者がいます。1907年に日本人として初めてイェール大学で教授となった方です。

 朝河貫一は、『日本の禍機』(講談社学術文庫)という本の中で、日露戦争に勝利した後の日本の国家のありさまに警鐘を鳴らしています。そして、大きな戦争を経験しても「変わらない」日本が進むであろう道を正確に予測しています。この本が書かれたのは1908年(明治44年)です。つまり、日米開戦の33年前に、アメリカという国と太平洋をめぐる国際政治動向ついて詳細に解説し、「満州における日本の行動には正当性がない」と政策転換を訴えているのですね。朝河貫一は、太平洋戦争が始まるずっと前から、日本政府が政策を変えなければ、国際社会での信用を失い、将来的には中国の恨みを買い、必ずアメリカと衝突して負けるというところまで、看破しているのです。朝河貫一は長いことアメリカにいた方ですから、外からの目で日本という国を客観的に見られたのでしょうね。

 結局、朝河貫一の提言を受けても「変わらなかった」日本が、その後に起きた戦争で多大な犠牲を払ったのは、みなさんもご承知の通りです。かつての戦争、近年では福島第一原発の事故、新型コロナウイルスのパンデミックetc. いずれも日本が変わる契機になり得る、大きなインパクトの出来事でした。しかし、日本社会は、国のかじ取りをしている人たちは、私たち日本人のマインドセットはこれらの出来事を経て「変わった」でしょうか? みなさん、考えてみてくださいね。

 

若いみなさん、投票に行きましょう!

 

 日本が変わるために、私たち一人ひとりにできることがあります。それは、「国政選挙で投票をするという」ことです。選挙権を行使して自分の代行者を選ぶことは、現代の民主主義国家における常識であり、国民の基本的な権利でもあります。それにもかかわらず、日本の選挙における投票率は低く、特に日本の将来を担う若者の投票率が振るっていません。NHKの報道によれば、今回の衆議院選挙の推定投票率はなんと53.84%前後になる見込みということでした。有権者の半分が総選挙に行っていないということになります。これは日本にとって極めて大きな問題です。

 そもそも全体の投票率が低ければ、世襲議員や利害関係のある特定の団体を代表する議員が選出される傾向が強くなります。それでは、一般国民の声は政治に反映されにくいでしょう。日本の有権者にとって政治家という存在は、「地元・組織に金を落としてくれる人」であり、地元・組織のために働く「先生」です。海外のように「議員は自分たちの代弁者である」という認識は薄いのでしょうね。ですから、選挙前に政党や候補者が掲げた公約が選挙後に守られなくても、誰も文句をいいません。政党や候補者も、選挙のときだけ耳ざわりのいい公約を掲げますが、基本的に言いっぱなしで、後にそれをほごにしても誰も責任をとりません。公約が達成されたか、達成できなかったなら何が原因か、検証・改善もされません。

 若者の投票率が低いということは、若者を代表する存在が少ないということです。高齢者ばかりを優遇する「シルバー民主主義」などと揶揄されていますが、高齢者に選ばれた為政者たちが高齢者の方ばかりを向いて政策をつくるのは当たり前です。

 このようなことで、はたして日本に本当の民主主義があると言えるでしょうか? みなさん、どう思いますか?

 日本を変えたいと思うなら、特に若者のみなさんは選挙に行って必ず投票するように。「自分たちの将来がかかっている」という当事者意識を持って、選挙に参加してください。議員はあなたたちの代行者であることを、改めて認識しましょう。選挙区に自分を代行するような候補者がいないように思える場合でも、棄権をしたり白票を投じたりしてはいけません。国をよい方向に変える本当の民主主義は、有権者が選挙にきちんと参加することによってしか成り立ちません。有権者が変わらなければ、政治も国も変わりません。

 お若いみなさん、先日の衆議院選挙には行きましたか? 行かれた方が大半だと思いますが、もし行かなかったという方がいれば、次回から必ず投票に行ってください。自分の考えの代行者を選ぶのが選挙です。この大事な権利をちゃんと行使しましょう。

主張<6> 書を読み、外へ出よう

日本人の6割は月に本を1冊も読まない

 

 先日、文化庁が結果を発表した令和5年度実施「国語に関する世論調査」に、大変ショッキングなことが書かれていました。なんと、日本人の60%以上が月に1冊も本を読まない、いうのです。以下のリンク先にPDFがあります。その中の「Ⅲ 読書と文字・活字による情報に関する意識」の項目をみなさんもぜひご自身の目で確認してみてください。

文化庁:令和5年度「国語に関する世論調査」の結果について
 ここに示されているのは、全国16歳以上の個人6000人を対象とした調査(有効回収数3559人)で、漫画・雑誌を除く書籍(電子書籍含む)を1カ月に「1冊も読まない」と回答した人が62.6%、「1、2冊」が27.6%、「3、4冊」が6.0%、「5、6冊」が1.5%、「7冊以上」が1.8%ということです。5年前の調査では、「1冊も読まない」と回答した人が47.3%だったそうですから、たった5年で1か月間に本を1冊も読まない人が15.3ポイントも増加しています。

 「0冊」と回答した人に男女の差はほとんどなく、年代別の分析ではいずれに年代でも男女問わず「0冊」が最多であったそうです。つまり、年代や地域によらず大半の日本人が本を読まなくなったということですね。以前から、知り合いの編集者に「コミック以外の本がどんどん売れなくなっている(=日本人が本を読まなくなっている)」と聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。

 

日本の大学生も本を読まない

 

 今回の文化庁の発表した調査結果では「1か月に読む本の冊数」について年齢や職業別のデータが示されていないのですが、「本を1冊も読まない人が62.6%」ということですから、気になるのは高等教育段階にある大学生のことです。大学生こそ本をたくさん読まなければいけないはずです。そこで、日本の大学生の読書量について何かデータはないか調べてもらったところ、全国大学生活協同組合連合会が学生生活実態調査で全国の大学生の読書時間に関するデータをとっていました。

 その調査によれば、2015年から2023年まで1日の読書時間「0分」の学生は45~50%で推移しているということです。文化庁の調査と質問文は異なりますが、この調査で示された「日本の大学生の40~50%が1日の読書時間ゼロ」という事実も驚くべき話です。大学生協連によれば、「読書時間ゼロ」について1977年は13.2%だったものが、長期トレンドでここまで増加してきたということです。私が東大で教えていた頃の大学生なら誰しもに「座右の書」というものがあったはずですが、先の調査結果を鑑みるに現在はそのような書を持っている学生の方がマイナーなのでしょうね。

全国大学生活協同組合連合会:第59回学生生活実態調査

 

「活字離れは起きていない」とはいうが

 

 読書離れのトレンドが起きている原因について、文化庁は「スマートフォンやタブレットの利用が読書の時間に取って代わっているのではないか」と推測しています。これをもって、「日本人に読書離れが起きていても活字離れは起きていない。だから大げさに騒ぐことはない」とする意見もあるようですが、これは間違いでしょう。危機感を持ってもっと騒がないといけません。

 活字を読むにしても、「何を読んでいるか」が重要です。学生たちが手に持っているスマートフォンやタブレットに表示されているネットニュース、ウェブサイトの記事、SNSの投稿などは、短いセンテンス/短いパラグラフで構成された文章です。本に置き換えると、1ページにも満たないか長くてせいぜい数ページにしかなりません。また、多くの文章は万人に読まれるように「わかりやすく」「単純化して」「刺激的に」書かれています。そのようななジャンクな文章を次々読んだからといって、高等教育段階の学生が身につけるべき教養の足しに果たしてなるでしょうか? わかりやすく書かれた短い文章だけを読んでいたら、難解なテキストをわからないなりに時間をかけて読み切る持久力も身につきません。深く思索することもできないでしょうね。

 

アメリカの大学生が読んでいる本

 

 一方で、アメリカの大学生はむかしから圧倒的に読書をしています。私もアメリカの大学で学生を教えていた時期がありますが、誇張でも何でもなく日本の大学生のゆうに10倍は本を読んでいる印象です。そして、特に彼らは1~2年生のときにリベラル・アーツの課題図書として数百冊にもなる膨大な数の「古典」を読んでいるのですね。

 例えば、アメリカ TOP10大学の課題図書ランキングは以下のようなものです。このあたりは、どの大学のどのコースでも鉄板でしょう。

 

【アメリカトップ10大学の課題図書ランキング】

  1. Republic(国家):Plato(プラトン)
  2. Leviathan(リヴァイアサン):Hobbes, Thomas(トマス・ホッブズ)
  3. The Prince(君主論):Machiavelli, Niccolò(ニッコロ・マキアヴェッリ)
  4. The Clash of Civilizations(文明の衝突):Huntington, Samuel(サミュエル・ハンチントン)
  5. The Elements of Style(英語文章ルールブック):Strunk, William(ウィリアム・ストランク)
  6. Ethics(倫理学):Aristotle(アリストテレス)
  7. The Structure of Scientific Revolutions(科学革命の構造):Kuhn, Thomas(トマス・クーン)
  8. Democracy in America(アメリカの民主政治):Tocqueville, Alexis De(アレクシ・ド・トクヴィル)
  9. The Communist Manifesto(共産党宣言):Marx, Karl(カール・マルクス)
  10. The Politics(政治学):Aristotle(アリストテレス)

 

 オープン・シラバスという世界中の大学のカリキュラムを集めたデータベースがあります。英語圏の大学生たちが課題図書としてどんな古典を読んでいるかをもっと詳しく知りたい方は、ぜひのぞいてみてください。

OPEN SYLLABUS
 検索すればこのOPEN SYLLABUSを元に書かれたさまざまな記事もヒットします。

Required College Reading List in 2024: Books Students at the Top US Colleges Read

These are the books students at the top US colleges are required to read

 これらの課題図書は毎回の講義の前に、自分で読んで内容を身につけておくことが最低限です。実際の講義では、その内容について学生同士がディスカッションを行うのが一般的です。日本の大学のように、ワンシーズンの講義中にたった1冊の本を先生と一緒にチマチマと読み進めることなどしません。流し読みや要約を付け焼き刃的にインプットしたのでは議論はできませんから、アメリカの学生は寝る時間も惜しんで猛烈に課題図書を読み、勉強し、リポートを書きます。日本からアメリカに留学した学生の多くは、アメリカの大学と日本の大学とが勉強の量も密度も次元がちがうことに驚くようですね。

 先に挙げたような古典はどれも、時代によらない普遍の価値を持ちます。読んだ者に、深い知識と教養、広い視野、時代の流れを理解する力、そして危機を乗り越えるための決断力を与える名著です。高等教育段階にある学生が必ず読むべきものでしょう。さて、日本の大学生のみなさんはどうでしょうか? 45~50%は読書時間ゼロだそうですが、ここに挙げられた1冊でもきちんと読んでいるでしょうか? 東京大学の学生はどうでしょう?

 

日本の大学生が読むべき黒川選書

 

 アメリカでは、1909年からハーバード大学の学長だったチャールズ・エリオットが『ハーバード・クラシックス』という50の名著からなるアンソロジーを刊行しています。また、1930年代からは哲学者であり教育者でもあるモーティマー・J・アドラーが古典を読み議論をする「グレート・ブックス運動」を推進しています。これらで選ばれている古典は西洋のものばかりですので、私たち日本人向けのものと、また、将来にわたって読んだ人に力を与えるであろう「現代の古典(古い本ばかりが古典ではない!)」を挙げます。これを「黒川選書」として、日本の学生は大学に入ったら、講義で取り扱うかどうかにかぎらず、まずは以下の本を読んでみることを提案します。

 

【黒川選書】

  • ・Ruth Benedict『菊と刀』1948
  • ・丸山真男『日本の思想』1961
  • ・中根千枝『タテ社会の人間関係』1967, 『タテ社会の力学』1978
  • ・Karel van Wolferen『日本権力構造の謎』1990、ほかの著書
  • ・Samuel Huntington 『文明の衝突』1996
  • ・Ivan Hall『知の鎖国』1997
  • ・池上英子『名誉と順応:サムライ精神の歴史社会学』2001, 『美と礼節の絆 日本における交際文化の政治的起源』2005
  • ・John W. Dower『敗北を抱きしめて 増補版(上・下)』2004
  • ・Richard Samuels『3.11 震災は日本を変えたのか』2016
  • ・David Pilling『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11(上・下)』2014
  • ・三谷太一郎『日本の近代とは何であったか――問題史的考察』2017
  • ・東谷暁『山本七平の思想 日本教と天皇制の70年』2017
  • ・R. Taggart Murphy『日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来(上・下)』2017
  • ・Gillian Tett『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』2019
  • ・Moises Naim『権力の終焉 (The End of Power)』2013
  • ・黒川清『規制の虜:グループシンクが日本を滅ぼす』2016

 

 この黒川選書に先の10冊を加えた約30冊は、大学1~2年生のうちに読んでしまうことです。いずれも大学や地域の図書館の蔵書になっていますから、「本代がないから読めない」ということにはならないはずです。英語で書かれたものは原著で読んでおくのがベストですが、ハードルが高ければまずは翻訳版でもいいでしょう。

 また、約30冊だけでは年に100冊以上を課題図書として読むアメリカの大学生の読書量には遠く及びません。30冊はあくまで初めの一歩として、以降は自身で読むべき本を探し、読書経験を深めていってください。最初の30冊をしっかりと読み切れたなら、みなさんにはもう読書習慣が身についているはずです。

 

書を読み、外へ出よう

 

 高等教育段階の学生の「教養としての読書」について書いてきました。古典を読むことで、教養が身につくだけでなく、世界のなかの日本が感じられ、みなさんの視野は広がるはずです。そして、この読書と平行して、かねてより学生のみなさんに私が勧めているのが、「自主的に海外に行く」ということです。これは以前に東京大学の入学式の式辞でも学生たちに呼びかけたのですが、在学中に思い切って「休学」をし、海外に出て、留学、企業・政府・NGOのインターンシップ、ボランティア、ギャップターム、ギャップイヤーなどなどを経験してみてください。目的は何でもいいので、とにかく海外に出て自力で生活してみることです。

 なぜ海外に出ることを勧めるかというと、外から日本を見ると日本という国の強さ/弱さを感じ取れるようになるのです。同時に、自分自身の強さ/弱さも感じられるようになります。すると、グローバル社会における日本の課題と自分自身の可能性に気づくことができるのですね。キャリアのロールモデルも、均一性の高い日本人1億2000万人の中から探すより、全世界の79億人の中から探す方が、見つかる可能性はずっと高いはずです。明治維新の頃、海外で学び、日本に戻った後に偉業をなした人々(例えば、福沢諭吉、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、津田梅子、エトセトラ……)のように、自分のやりたいことや成すべきこと、キャリアの道などがわかるようになるのです。

 つまり「書を読み、外へ出よう」ということです。本で得た知識と実体験で得た知恵が合わさって、はじめて人は世界に通じる真の教養人となります。