「医学生のお勉強」 Chapter5:医療事故(5)

医療事故では皆が loser〔敗者〕であり、winner〔勝者〕はいません
セッションのオリジナルタイトル/Patient Safety and Medical Accidents

 

■日本は上下関係の「タテのムラ社会」

――:
上の人の話を聞いたり本とか読むと、研修医が上の人にいろいろと聞いたら、「自分で判断しろ」と言われて、それで事故が起きてしまった例がけっこうある。

黒川:
実は最近eメールでそういうのがあった。あなたがアメリカに行ったとき、チームにいてどうだった? 上の人とレジデントがいて、学生とチームでやってるとき、そういうことは起こった?

上級生:
起こりにくい。

黒川:
なぜ?

上級生:
非常に良くトレーニングを受けているということがあるから。

黒川:
それはそうだね。そして常にチームの中でみんながよく上の人に聞くけど、上も絶対「自分で判断しろ」なんて、そんなこと言わないよ。上の人が、「これでレントゲンを撮ってね」と当直のレジデントに依頼したら、必ずどうだったか報告させるし、「その後どうなった?」と言うもんね。「自分で判断しろ」なんて言わないよ。
だからみんなにも、「いろいろな情報を常にeメールで教えて」って言っているんだけど。いろいろな人とたくさんオープンにディスカッションができるようになると、自分たちの「医師」としての人生も充実して楽しくなってくる。知らないということが恥ずかしくなくなるから。

上級生:
「報告がくるのを待ってた」ということがなくて、聞きたければ上の人も下にどんどん聞くし、閉鎖性がなくて非常に風通しがよかったですね。逆に悪いような人たちは評価のときに自然淘汰されるということがある。

黒川:
チームも1ヶ月でローテーションしていろんな人を混ぜるから、相手がいいとか悪いとか、親切じゃないとか、若い人の面倒見がいいとか、みんなにわかっちゃう。だから評判の悪い医者は人気がない。
だけど日本は医局の中に入ると上意下達で。だから僕が今やろうと思ってるのは、内科の病棟を混ぜるということ。同じ医局の中のチームで、循環器の専門の人が循環器の患者さんを診てるのはいいんだけど、患者さんがストレスで胃潰瘍になって出血することもあるかもしれない。でも循環器の専門だから、そういうところにすぐピンとこないじゃない。だから「混ぜよう」と。
そうやって例えば1ヶ月ごとに違った人たちとチームを組むとなると、自分たちもうかうかしてられないし、内科のスタッフ全体が開かれたところで、いろんな専門の人たちとチームでやってくれると、みんながより広い部分で評価されるようになる。だけど日本では「第一内科」とか「消化器内科」とか分類されていて、その内科の評価だけでは、そこの教授の評価になってしまうんじゃないの? バカげている。それを混ぜるシステムを作ろうと思ってやってるわけよ。

上級生:
私はカンファレンスにでていますが非常に面白いです。例えば心臓内科医が持っている患者なんですが、腎臓が悪くなれば腎臓専門の医師が意見を言うし、呼吸が悪ければ呼吸器専門の医師が意見を言う。そうなるとやっぱり受け持ちの心臓内科医はこれを聞いている。循環器の専門の人が循環器の話をしているときは非常によくわかるのですが、ちょっと神経学的な変化があったときに、神経内科的知識がそこにいる神経内科の人ほどは、必ずしもほかの医師にはないわけです。今までの医療はそういう専門以外の知識のない医者を作ってきてしまったと感じます。だからカンファの司会をしている人はかなりどきどきものですね。

――:
私の叔父が、「医者になる人にぜひ伝えてほしい」と言ったんですが、つい最近その叔父の娘、つまり私のいとこが肺がんで亡くなったんです。「お腹が痛い」っていうことで病院に行って、それで「膵臓がおかしいのではないか」ということで、膵臓の検査をいくつかしたのですが、結局何もわからずに1ヶ月間放置されてしまった。その対応に医者が信用できなくなってしまって、転院をして、その転院先の病院で調べたら「肺がん」だっていうことがすぐにわかって、もしかしたら2週間後には死んでしまうかもしれない、と宣告されました。
そういう診断がでた後に最初の病院に行って、この検査の結果を知らせたら、診ていてくれた若い先生が「なんとなくちょっとおかしいと気づいていたけれど、一番上の教授の先生が「大丈夫」と言ったので、何もせずに過ぎてしまった」と言っていたそうです。その叔父が、「医者になったら、こういうことはごく日常的にあることかもしれない。でも勇気を持って、だめだったらだめ、違うと思ったら違うって言ってほしい」と、ぜひみんなに伝えてくれって言ってました。そのいとこは私と同じ年だったんですね。「親としては本当にやりきれない。すごく悔いが残る」って言っていた。
医学部に入ったということでみなさんもいろいろと目標があるとは思いますが、なぜ医者になりたいと思ったのかを忘れないでほしいってことと、1人の人間の命は非常に重いものだと…。そして、その命にはそれにかかわる家族があるっていうことを、みんなに覚えておいてほしいな、って思いました。

黒川:
僕らの一人ひとりの能力にも限りがあるから。だからこそ大学病院とか複数のお医者さんがいるところでは、常にオープンに上下の関係なく聞き合う。チェックしてるわけじゃなくて、「知らないことは知らない」と言うのはすごく大事なことで、上下の関係だと「知らない」ってなかなか言いにくいという風土があるけど、それはすごくまずいんですよ。気楽に「もっと言う」というのがすごく大事で、それをフィードバックすることで全体が絶対よくなってくる。そういう雰囲気をぜひ作ってもらいたいと思う。
日本では非常にやりにくいけど、アメリカなんかは言いやすいでしょ。教授もぽんぽん質問するし、学生もいろいろと聞いてくる。上下の関係がない。僕も回診しながら学生さんが何かいいことを言っていたりすると、「すごいね」とか言ってほめるじゃない。それに僕も学生さんに、「教えて」って言って教えてもらって、なんか得した気分になる。

――:
一度、手術室の見学のときにすごい偉い先生ととりまきがいて、その中の若い先生が「これはこっちじゃないですか?」って質問した。そうしたらその偉い先生が、「自分がこう言ったらこうなんだ」と言ったのが非常に印象的です。

黒川:
まずいよね。だからさっきも言ったけど、東海大学の安楽死事件もそう。本人は非常にまじめでいい人だったそうだけど、チーム医療をしていなきゃいけないのに、そのときには彼が全部1人で負担をしょっていた。上の指導の先生もかかわっていなかったらしい。

――:
ディスカッションする雰囲気がないんですよね。

上級生:
クラークシップをまわっていろいろな医局を見るのですが、いい雰囲気だなと思うとトップの人がいいんです。私が整形外科をまわったときに、術中に教授が下の人に聞くんですよ、「これはどうしたらいいと思う?」って。それで若い医者が「僕だったらこうします」と言ったら、教授が「いいね、そのアイディアをもらおう」と言って、その若い医者の助言通りにそのまま手術を進めました。

黒川:
だから上の人で下の人も変わってくる。そういう上の人で育ってる下の人も、自分が年取ったときに必ずそうなるから。上の人っていうのはすごく大事ですよ。特に日本みたいな上下関係の「タテのムラ社会」のカルチャーで、よそを見れないところで「そんなもんだ」と思うとね、自分の目標がそうなってしまう。狭くなる。自分が上になったときにとんでもなくなる。

――:
child abuseと一緒ですね。

黒川:
そうそう。みんなそうだよ。わかった上で次の世代に伝えていかなくちゃ。お互いに知らないことがあるのは当たり前なんだよ。一緒に患者さんを診てるときが、お互いに上下の関係なしにプラスにする絶好の機会なんだ。先週も話をしたけど、教授が回診をしてるときに「この検査をしていないの?」って言われたときには、「なぜその検査をしなくちゃいけないのか、教授に聞きなさい」と言ったんだ。

――:
下の人が上の先生を選べるようにしたいですね。

――:
いやだな、って思った医局に行かなければいいじゃない。

――:
でも最初はそんなことわからないじゃない。

――:
途中から、わかりますか?

――:
定年で変わって下の先生が上に上がられるのはいいんですが、ほかからくるといったら一つの賭けですよね。

黒川:
教授でも自信のある人は下にどんどん話してくれる。自信のない人は隠そうとするから。神奈川県警と同じで。みんな読んだかもしれないけど、1月の医事新報で大阪大学の岸本総長と僕と2人で「21世紀新春対談」をやったんだけどね。2人で言いたいことを言いまくった。上の人がだめだと、下の人もだめになってしまう。途中で医局を変われないじゃない。しかし、これは医局だけの問題ではない。10年三菱にいて、社長が代わったから住友に移りたいって思っても無理。こないだ『ニューヨークタイムズ』にでていたんだけど、日本が今非常にだめなのは、エコノミーとソサエティの両方の悪いところがマッチしちゃっているところだって。外国でもみんな日本の問題の理由はわかってる。

 

>>> 標榜科は、何科でも開業できる実は恐ろしい制度

>>> Indexに戻る

 

■仲間たちの横顔 File No.22

Profile
大学、大学院で経済学を学んでいました。経済学では、国家あるいは企業レベルという規模の大きな主体を扱います。国家・企業レベルで経済が発展することが人々の幸せにつながるという視点もありますが、私はもっと身近なところで人の役に立てる仕事をしたいと考えるようになり、医学部進学の道を選びました。医師になった友人などを見ていると、とても忙しく大変な仕事だと思いますが、それだけ社会から必要とされている責任のある職業だと思います。そのような職業を選んだことの意昧を考えながら勉強をしていきたいと思います。

Message
今回の一連の授業を通して、黒川先生、同期の友人たちの様々な考え、意見を聞くことができました。そして、医療の問題を考えるにあたり、必ずしも一つの正解があるのではなく、多角的に見ていくことの大切さを学んだような気がします。そのことは、これから患者さんと接するようになった時にも、とても大切なことではないかと思います。医学の勉強はもちろんですが、医療と医療周辺あるいは医学・医療にかかわらず様々な分野の事柄についても幅広く興昧をもち、いろいろな経験をしていきたいと思います。

 
Exposition:

  • 神経内科
    神経内科では神経系(大脳・小脳・脊髄・末梢神経・筋肉)の炎症、変性、腫瘍、血管障害、代謝・ホルモン等の異常により生ずる病気を扱う。すなわち病気としては、脳卒中(脳梗塞・脳出血・脳塞栓)、脳炎、てんかん、脊椎椎間板ヘルニア等による脊髄の障害、パーキンソン病、脳・脊髄腫瘍の診断、多発性筋炎、筋ジストロフィー症、多発性神経炎などがある。
  • ニューヨークタイムズ
    アメリカの朝刊紙の一つ。1851年創刊。不偏不党の姿勢で世界的に評価されている。

 

>>> 標榜科は、何科でも開業できる実は恐ろしい制度

>>> Indexに戻る