「医学生のお勉強」 Chapter5:医療事故(6)

医療事故では皆が loser〔敗者〕であり、winner〔勝者〕はいません
セッションのオリジナルタイトル/Patient Safety and Medical Accidents

 

標榜科は、何科でも開業できる実は恐ろしい制度

――:
あまりよく覚えていないんでどれだけの確率かわからないんですけど、胃カメラとかも少しだけど事故が起こるじゃないですか。でもすべての人に事故の可能性があるということを、先に言っておくべきだと思います。そんなに確率が低いものまで言って怖がらせても、やっぱり言うべきだと思う。

黒川:
さっき言ったように、検査のための胃カメラって、する理由があるわけじゃない。例えば「便に潜血反応があって、胃がんかもしれない」ということだったり。胃カメラ自体は非常に少ない確率だけど、事故がないわけじゃない。そのときに、非常に少ない例えば0.01%のリスクがあってもやるベネフィットがあるからと、説明しておけばいいんじゃない。「まず起こらないけど」って言って。どこまで説明するか。

――:
低い確率でも天秤にかけて、最後に患者さんが判断をする。

黒川:
今の日本の医療の体制では、患者さんは大きな病院に行きたがる。病院に行くと誰だかわからないけどお医者さんということで、診断をされてるわけじゃない。それで判断しかねているときにはセカンドオピニオン。ほかの病院に行って意見を聞く。最初のお医者さんは紹介状を書いてくれるそれなりの人かもしれないけど。しかしね、患者さんは素人だから、最終的に患者さんの立場でアドバイスしてあげるということが、お医者さんのけっこう大事な役割じゃないの。
だからイギリス、アメリカのように普段診てもらっている主治医っていうのが、今の日本の医療にはいない。前も言ったけど「お父さんも、お母さんも知ってるよ」という、昔はそういうお医者さんがいたんだけど。例えば普段診てくれるファミリードクターになんでも相談できるっていう社会が築かれないと、病気になったときだけ大きな病院に行く、お医者さんに会う、そのとき初めて人間関係ができて、そこで「信用しろ」とか「私に任せてください」、というのはなかなか難しい。

――:
患者さんにインフォームドコンセントしても、その人がすぐ亡くなってしまったら誰もその事実を知らない。

――:
主治医制というのは賛成なんですけど、日本ではかなり難しいですか?

黒川:
一つは昭和36年に国民皆保険制になって、今までは開業の先生にかかっっていたのに、どこでも選べて、どこに行っても自己負担は同じになっちゃった。そうすると検査のテクノロジーがどんどん進んだ時代だったから、みんなどちらかというと検査ができる大学病院のほうがいいんじゃないかと、そっちに行くようになっちゃった。今ではそれが当たり前になってきている。だから家族ぐるみの主治医との関係がなくなっちゃったね。その前は国民皆保険じゃなかったから、多くの人は近所のお医者さんに診てもらってた。誰かが紹介してくれないと大学病院なんか行けないんですよ。それに大学病院は高いんじゃないかと思ってて、という状況だったから。
ヨーロッパは比較的社会保障的な医療制度があるから、公的な保険の制度では主治医制度とかを育てているけど、専門医に行きたければ主治医のお医者さんを介してしか行けない。日本だけが患者さんが勝手に選んで専門医とか大病院に行けるわけでしょ。異常です。

――:
医療過誤で訴える患者さんは、だいたい医師との信頼関係ができていない場合がほとんど。

黒川:
そうですね。それは病気になってからの信頼関係だからね。普段からの信頼関係がないといけないと思うんだけどね。そのかかりつけの医師にみんなやってもらうわけじゃないけど、普段風邪とかはその先生に診てもらう。少なくとも患者さん側に立っていて、その人を長く知ってるお医者さんがいるのはすごく大事だ。

――:
国民皆保険を変えちゃう?

黒川:
一つできることだと思ってるのは、大学病院は外来をほとんどしないで紹介しか入れない。そのかわり入院はよほど重い人か、高度先進医療が必要な人とかにする。それは国がある程度援助をする。普段風邪やなんかは近所のお医者さんに診てもらう、というふうにすればいいんだけど。でも国民皆保険だと、どこに行っても自己負担分は同じだから、今までの既得権なんかがあったりして。
新聞に「近所の小児科のお医者さんに行ったら患者さんがほとんどいない。だけど坊やのことをよく診てくれて、お腹をさすってくれて、きちんと時間をかけて説明してくれて本当に安心した」と書いてあったけど、患者さんとしては説明してくれるお医者さんがいい。それが本当の医療だね。そういうのが失われてきちゃってる。赤字になっちゃうからって、情けないね。慶應大学病院は1日に5000人も外来に患者さんがくるんだって、クレイジーだね。

――:
でも大学病院側としては外来で稼げる、ということがありますよね。

黒川:
普段そういう外来の患者さんがいないと、入院する患者さんはどういう経過で大学病院にくるのか、ということがある。普段は近所のお医者さんに行って、入院のときは紹介してくれるシステムがいい。だんだんそうしようと考えてるんだけど、やっぱり既得権の「抵抗勢力」とのせめぎ合いよ。
かかりつけ医をやろうとすると、今、日本医師会で開業医はどういうお医者さんか、ってことが問題になるね。外科、内科、プライマリーケアなんかをレジデントできちんと3年やったという人だったらいいけど、大学を卒業して病理を10年やってたのに、お父さんの跡を継いで「内科小児科」をやってる人がいるじゃない。今まではそれで済んでた。だんだんそれが変わってきた。お医者さん側がプロとして、ちゃんとコミュニティやソサエティに対してアカウンタブルな人を出してるか? ということを今、問われている。内科、小児科、放射線科…標榜科って、まだ日本は何やったっていいんだから。でも、「標榜科っていうのは研修しないとできません」と医師側が言うべきだと思う。そうすれば立派。
僕はアメリカの内科の専門医と腎臓の専門医の資格を持ってるし、日本の内科専門医も持ってるけど、日本では初診料はみんなと同じ。アメリカでは腎臓の患者さんを紹介してくるのは、普通は内科の専門医や外科医なんだ。つまり僕の腕を試してるわけ。だってほかにも腎臓専門医はいるわけだから。僕はその資格を持ってるということで、紹介された初診患者にはきちんと1時間とって説明をして、すぐ手紙をdictationしたり、必要があれば、紹介してきたその先生にすぐに電話もする。きちんとアフターケアまですると、「あの先生はいい」ということでまた次の患者さんを紹介してくれる。つまり自分たちの仲間に評価されてるわけ。それでサービスが悪かったり、すぐに返事をしなかったりすると、もう患者さんを紹介してくれない。
だから日本でも、認定医は初診料は「30分で1万円」になればさ、いいじゃない? 厚生省は医療を変えていくために専門医制度を作って、初診料を変えようとか、いろいろと政策上は可能性として考えていた。だけど医師会が反対しているとか。元々医師会は開業しているメンバーが多くて、今、医師会のメンバーで開業している人たちは62、63歳が多い。歴史的な流れがあるから、今になって専門医制度とかを言われて差をつけられるとかわいそうなんだけど。そのように差をつけられると自分たちのところに患者が来なくなるのではないか、ということで反対する。
しかも病院というのは元々は西洋ではお医者さんが経営してるわけじゃないから。ベッドがあって、食堂があって、看護婦さんがいて、お医者さんは利用者というのが病院。日本は明治になって急に病院ができたから、開業している先生がベッドを増やしていって、看護婦さんを雇って、ってことで、常に医師との上下の関係がある。そういうところにきて昭和36年以降の医療制度で病院はみんな同じ。開業の先生の診察料もみんな同じ。「薬をあげる」というのが医者の役目だと思われていて、薬をくれない医者はよくないと国民も考えていた。診察料は安いけど薬を出すことによって収入を上げられる。すべての医療行為は医療制度とか経済とか歴史とか文化とかと関係しているんだよ。

――:
今アメリカで専門医の資格を持っている人は、医者全体の中の何割ぐらいなのでしょうか?

黒川:
かなり持ってるんじゃない。内科は全体の30%。内科は3年のトレーニングが最低必要で、そのトレーニングはウィリアム・オスラー以来の他流試合の「混ざる」マッチングでやるから、どこへ行っても同じトレーニングを受けられる。3年終わって内科の専門医試験を受けて、合格率はだいたい75%くらいだけど、それに受かってないと「内科医」と言っちゃいけない。試験に受かって初めて、「私は内科医だ」と言えるの。
――:
それは一般のかかりつけのお医者さんみたいに?

黒川:
それはね、かかりつけのお医者さんはgeneral practitionerでもいいけど、だいたい今family practiceとかプライマリーケアとか。だから内科の人でもいい。お医者さんがお医者さんをセレクトする。そういう専門医はお医者さんによって評価される。すごい厳しい。

――:
その資格をとってからさらに上に行く、あるいは更新があるんですか?

黒川:
あるよ。専門医は10年ごとに更新される。免許もいつも持ってなくちゃいけない。私の持っているカリフォルニア州の医師免許は5年ごとに更新。更新の条件は、教育的セッションを1年に何時間か受けていなければいけない。それから1年に半日、心肺蘇生の実習をしなければいけない。そういう書類をためておいて申請書を出す。それが嘘だったらどうするかということをみんな心配するけど、嘘だとまずいから数パーセントの人にauditがある。全員にするというのはあまり効率がよくないよね。3~4%の人に「資料を出してください」というから、自分が当たるかもしれないと思うとやっぱりきちんとやる。そのほうがいい。ドイツの電車に乗ったことある? 改札はないけど車内で車掌さんが検札に来て、そこで切符のないのが見つかるとものすごいお金を取られる。

――:
それは一般の開業医もそのようにスキルアップするチェック機構があるのですか?

黒川:
開業医の人も、だから免許は5年ごと。専門医であっても、なんであってもそう。テキサス州は毎年更新だっていわれている。それはお医者さんがやらなくちゃいけない。だから僕は医師会に言おうと思ってるんだけど、「5年ごとに医師会で免許を更新する。そのために医師会の生涯教育講座がありますよ」ってやればいい。
それから話は戻るけど、医療事故をマスコミに報告するという話があるじゃない。なんでマスコミに報告しなくちゃならないのか。アメリカの場合は病院は患者さんに事故を知らせる。報告する。僕も医療事故でなぜテレビの前で謝らなくちゃならないのかと、おかしいと思いながら謝罪したんだけど。マスコミに、「実は事故がありました」と言うのは患者さんの側なんだ。病院がマスコミに言うことは何もない。だけど今マスコミがパブリックの代名詞みたいな顔をして、いかにも正義の味方みたいなことをやるからそれがすごくおかしいんだよ。
東海大学の場合はすぐ謝っちゃったから、読者の投書とかで「看護婦さんは大変だ」「看護婦さんが少なすぎて忙しすぎる」という話になると、「もうちょっと医療費を増やして、現場の人の仕事の負担を減らすべきじゃないの」という意見がだんだんでてはくるんだけど、それを「全体の医療政策として」となると、政治的な決断になる。政治的な決断を動かしていくためには、国民みんなが情報を共有して、「こういうものがほしいんだ」と言うことが必要。今は何も言わない。なんで言わないの?
それとお医者さんの場合はチームでやっていても、組織を超えたところというか、1対1の生身の患者さんのことがあるから大変だよね。「Do no harm」ということが非常に大事。何かをやるときにはちょっと1回考えて、っていうのが大事。実際の医療行為をするのは看護婦さんと若いお医者さんであることが多い。お互いをチェックする機会がない可能性が一番あるのは看護婦さんだよね。だからそういう意味では、「もっと看護婦さんを増やそう」という話がでてこないといけないんですよ。今の勤務体制はかなりきつくて異常だね。ドクターだってそう。これから変えていこうと思う。だけど最終的には、みんなに「頑張れ」と言う。バカげている。看護婦さんは時間がくれば帰れるけど、結局は若いお医者さんに負担がみんなきちゃう。
お医者さんも訴訟になったりしたら大変だから、それが頑張らなくちゃっていう一つのディフェンスにはなるけど、今の日本の制度ではインセンティブがないね。やっぱり「お医者さんも頑張っているなあ」というパブリックの声とサポートがないと仕事していけないと思う。また私がしゃべりすぎちゃったね。

司会:
今日は医療の安全のことを話したので、みんなでいろいろな話を共有したことを忘れず、これからも頑張りましょう。次回3月7日は医療経済についてです。最終回なので、とにかくみなさん予習しておきましょう。

黒川:
今日あげた資料、よく読んでおいてね。

 

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■仲間たちの横顔 File No.23

Profile
アメリカの大学で心理学を専攻し、大学院では児童発達心理学修士課程を修了しました。進学した大学院では2年次からインターンとして学外の組織で働くことが義務づけられており、私はSCANという市が運営する組織で児童虐待をした、もしくは虐待をするリスクが高いと思われる家庭のサポートをChild Protect Team(CPT)ケースワー力ーとして働きました。私が関わったほとんどの家庭が複雑な家庭環境にあり、経済的にも困難であり、また暴力、ドラッグ、教育を受けられない、そして何かしらの精神障害を抱えているなど、アメリカの表面的な豊かさとは正反対にある環境での仕事でした。私は児童発達に関する知識、カウンセリング、コンサルテーションを大学院で学び、それらを実際の現場に応用するテクニック、困難な状況にある人達との関わり方をインターンで学びましたが、やはり心理学的な対応のみでは限界があるのでは、と考えるようになりました。
そしてもう一歩踏み込んで根本的な解決、治療に関わりたいと考えるようになり医師を目指し、医学部に編入しました。医学部でのハードなスケジュールについ目先の事だけに捕われてしまいがちですが、初心を忘れず、応援してくれる家族、アメリカの恩師の方々などのサポートに感謝しつつがんばりたいと思います。

Message
医学そのものに限定せず、科学的な側面から見た医学、倫理面からの間題提起など普段の授業からは学びにくい課題について、黒川先生の革新的なご意見と学生の個々の意見が飛び交う、一方通行ではないクラスでした。
反省点として、アメリカのクラスでは数多くの討論に参加し、また実際に自分の意見があったにもかかわらず、自分自身の発言が少なかったことです。自分の考え、意見をしっかりとshareすることが私自身の課題として残りました。

 

Exposition:

  • 標榜科
    それぞれの医院、病院で診療科目として掲げている科のこと。日本では法的には医師免許さえあればどの科を標榜してもよいことになっている。
  • 高度先進医療
    臓器移植のように新しい医療技術で、まだ保険の対象になっていない治療の場合に、新しい技術の部分は患者の自己負担として、初診料や入院費など基本的費用は保険で負担する仕組み。生体部分肝移植手術、癌に対する電磁波温熱療法など42種類が承認されている。
  • プライマリーケア
    1978年のWHO(世界保健機関)アルマアタ宣言により「地域の個人や家族によって受け入れられる方法により、地域住民全体の参加を通じ、地域と国が負担し得る費用によって、地域住民が広く利用できるようにした重要な健康管理」と定義されている。
  • 専門医制度
    各科の専門学会が専門医としての資格認定を行うもの。科により条件はまちまちだが、臨床経験・学会活動などが評価対象である。
  • ウィリアム・オスラー
    (Sir William Osler; 1849~1919)
    カナダ人医師。マギル大学医学部内科教授の時に、カレッジ卒業生を対象とした4年間の医学教育、病棟での臨床教育を提唱した。近代医学教育がここに始まったといっても過言ではない。その後ペンシルバニア大学、ジョン・ホプキンス大学、 オックスフォード大学で教鞭をとった。『平静の心』等、生涯に医学と科学の本や約1330余編の論文を執筆。
  • general practitioner
    専門医の対義語として用いられる、いわゆる一般医のこと。体の特定の部位、特定の疾患のみに限らず、患者を全人的に診ることに主眼を置く。
  • family practice
    ここでは家庭医のようないわゆるかかりつけ医の行う医療のこと。

 

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