「医学生のお勉強」 Chapter4:生活習慣病(6)

「生活習慣病」を文明と生活という観点から考えると
おのずと対策が見えてくるというものです。
セッションのオリジナルタイトル/Hypertension, Salt, and Kiney: How and Why

 

■生まれてから増えない細胞が4つある

――:
さっきのアミノ酸の話で、日本人はTが80%、白人が40~50%、黒人が80~90%、アフリカ黒人では約95%ということで、その原因の一つとして一般的に塩の供給に差がある、って。それを考えると、たかだか数百年の間にこれだけ変わったわけですよね。あと100年、200年経ったら、どうなってしまうのか。

黒川:
これが単なる突然変異なのか、塩を食べることで変異が起こりやすくなる場所なのか、という話がありうる。それはまだわからないけどね。このアンジオテンシノゲンの235番目のアミノ酸の場所はとても変異が起こりやすいところなんだろうね、たぶん。200年くらいでこうなってきたから。どうしてこうなってきたのか。高血圧の場合は20歳や30歳では死なない。つまり変異した遺伝子は次の世代に移せるわけだから、食塩が多い世代になると、MになってもTでもサバイバルにまったく影響がないんだろうね。
今日は話さなかったんだけど、後天的なものもある。例えば白人の糖尿病と日本人の糖尿病っていうのは違うんですよ。アメリカやヨーロッパの白人の糖尿病っていうのはインシュリンがたくさんでてるんだけど、インシュリンが作用しにくい人が多い。日本人の場合はインシュリンが少ないという糖尿病が多いんですよ。理由はいろいろあるけど、その一つの理由は、生まれてから数日でほとんどその細胞の数が一生決まっちゃう細胞ってのがあるんですよ、不思議なことに。細胞分裂ができない。その中の1つが膵臓のβ細胞。β細胞はなんのためにあるかというとインシュリンを出して、グルコースが高くなったときにグルコースを組織に入れるためにある。そういうのが自然の環境であると思う? 常に飢えと闘っているんだから、常にグルコースが高いなんて状況はあるわけないじゃない。つまりグルコースが下がったときに、いかにグルコースを提供できるかというのが大事なんでさ。というのはグルコースは脳細胞のエネルギー源だから、そのために食事からグルコースが入ったときにさっと肝臓にため込む。それがグリコーゲンになってさ、食べられないときにそれをグルコースとして出すというのがすごく大事なんだ。グルコースが減ってきたときにいろいろなホルモンがでるわけでしょ。インシュリンだけがグルコースを下げる唯一のホルモンなわけです。グルコースが高くなってインシュリンが分泌されるような状況は自然の飢えと闘っているときは滅多に来ない。だから自然の環境でインシュリンを持続的に出せなんていう状況はあるはずない。β細胞を増やす必要が自然界ではなかった。だから増える能力を持つ必要がなかったんだね。ほかの内分泌組織は常に刺激があれば、生きてる限りはホルモンを出せてるでしょ。細胞もだんだん増えていく。だけどインシュリンだけは減っていく。
腎臓のネフロンも心筋も二度と増えない。一生生まれたときのままなんですよ。神経細胞もそう。生まれたときに数は決まってるからあとはなくなっていくだけじゃない。早く勉強しないと、脳細胞は毎日10万ずつなくなってるんだよ。知ってる? 脳は絶対全部使い切ってないんだから、早く使わないと。まだまだ使えるのにほとんど使ってないんじゃないの? ブレインが大きくなるのは、神経細胞が増えるからじゃなくてさ、グリア細胞が増えてる。シナプスをどんどん作らないといけない。増えない理由はあるんだと思うけど、心筋、β細胞、ネフロン、神経細胞の4つが、生まれてから増えない。
第二次世界大戦の頃からのイギリスでやった研究があって、生まれたときの赤ちゃんの体重を量る。それでその人たちが30代、40代になると、あとで高血圧とか心臓病になるリスクは生まれたときの体重に関係がある、ということがわかってきた。生まれたときの体重が少なければ少ないほど高血圧になる。なぜか。いろんな研究の結果わかってきたのは、高血圧っていうのは食塩を出しにくいということだから、出しにくい一つの理由はネフロンが少ないからじゃないか、ということになった。ネフロンの数は生まれたときに決まっちゃうから、生まれたときに体が小さければ腎臓も小さいから、ネフロンの数も少ない。そういうことでまた調べてみると、「腎臓が小さい→ネフロンが少ない→同じ量の食塩を食べても排泄が遅れがちになるということがある」ということがわかってきた。
ところが最近、そういう生まれたときの体重が少ない人たちは糖尿病にもなりやすいということがわかって、それは「生まれつき小さいからβ細胞の数が少ない」からじゃないかと。β細胞の数が少なければインシュリンを作る能力がトータルとして低くなる。ということで動物で実験をしてみると、妊娠しているときのお母さんの蛋白の取り方が原因じゃないかっていうことになった。日本では元々米と大豆の生活で今みたいに肉が食べられなかったから、1950年くらいまでは蛋白をたくさん摂れるはずがないんだ。今までの日本人はβ細胞が少なくてもよかったんだ。僕らの世代の前は蛋白の摂取が少ないけど、飽食の時代じゃないからそれでマッチしてた。だけど今になって蛋白の摂取が少ないお母さんから生まれた世代が、1970年頃から急に飽食になって、生活が都市化して運動量が減ったから糖尿病になりやすくなった。これが次の世代になるとどうなるかというと、今のあなたたちの世代は蛋白を十分に摂っているから、あなたたちの子供は今の日本人の糖尿病と同じにはならない。その子供が食べ過ぎると西洋型の糖尿病になる。今、シアトルでやっている研究があるんだけど、日系2世、3世の糖尿病は日本のとは違うんですよ。だけど、日本で育っていてアメリカに行った1世の人たちの糖尿病は日本人に近い。遺伝子以外になりやすいファクターがある。生まれつき蛋白の摂取が少なくて急に飽食の時代になると、その世代が一番損なんですよ。お粗末な食事で生き延びられる有利な遺伝子。それが高血圧や糖尿病の遺伝子。今まではこれが得だった。安い食生活でうまくいっていた。こういう環境因子も生活習慣病の原因になっているんだよ。

 

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■仲間たちの横顔 FILE No.18

Profile
大学では国文科で近代文学を専攻しておりましたが、もともと言語に興味があったので、外務省外郭団体の国際交流基金の主催する日本語教育専門家養成プログラムに参加し、91年から95までマレーシア科学総合大学の言語翻訳センターで、日本語科のコーディネートに携わりました。帰国後は現在に至るまで、毎日新聞社主催の朝日カルチャーセンターでマレーシア語教師を週末にしています。

Message
医学部のスケジュール、特に学士入学者のは、当然ながらかなりタイトで、なかなか同級生の考えを聞く機会を持てなかったのですが、今回のようなトピックを決めての議論は、知識を得るという観点からも、また個人を知る、という観点からも大変有意義であったと思います。

 

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