「医学生のお勉強」 Chapter4:生活習慣病(5)

「生活習慣病」を文明と生活という観点から考えると
おのずと対策が見えてくるというものです。
セッションのオリジナルタイトル/Hypertension, Salt, and Kiney: How and Why

 

■簡単な減塩運動を提案します

黒川:
今は遺伝子の解析がどんどんできるようになったからヒトのゲノムも読まれて、高血圧とか糖尿病とか、いろんな「原因遺伝子を見つけよう」とすごくお金を使って、例えば「テーラーメイドメディスン」とかで、「あなたは高血圧になりやすい」「糖尿病になりやすい」「あなたは同じものを摂取しても太りやすい」とかいろんなことがわかるかもしれない。そういうことがあれば気をつけることはできるけど、実際は難しいね。中年過ぎたおじさんたちは太ってるのをわかってるけど、どうすればいいかもわかっているけど、直せない。だからそれをどうするかだね。
日本でも秋田県は戦後から1日20~30グラムの食塩摂取量があったから、脳溢血がものすごく多かった。そこで「食塩を減らそう、減らそう」って運動して、食塩摂取量がだんだん減ってきてるわけ。あなた秋田県出身? 食事はしょっぱいか?

――:
しょっぱいです。

黒川:
そう。大阪、神戸とか行ったことある?

――:
京都に行ったことがありますけど、本当に色も味も薄くて、びっくりしました。

黒川:
なんでも薄いよね。関西で育った人いる? 大阪、神戸エリアで育った人いない?

――:
育ってはいないんですけど、長くいました。

黒川:
それで東北に行ってどう?

――:
東北、行ったことないんで。

黒川:
「塩が悪いから」って言って減塩運動をして、15年くらい前には1日11グラムぐらいまで減ってきたんですよ。最近また増えてきて13グラムくらいになった。その理由の一つは少子化だね。核家族化、女性が社会にでる、そうするとファーストフードが多くなる。前は子供は4、5人いて、お母さんがお料理を作っていた。カップラーメンに食塩がどれくらい入っていると思う? 麺の中に1.5グラムくらいでスープと合わせると全部で5~6グラム。
厚生省は「健康日本21」で「食塩を1日10グラム以下にしよう」とキャンペーンをしている。今、日本人はみんな平均13グラム摂ってるといわれている。ここにいるみんなはお医者さんの卵でしょ。どうやったら「食塩10グラム」になると思う? 「1日10グラムの食塩」って厚生省に言われても、数字を言ってもわからないよね。どうしたらいい?

――:
先生がここに書いていらっしゃることを読んでしかわからないけど、「食塩が何に入っているか」ということを、まず知ってもらうことが大事で。以前、恥ずかしいんですが、ダイエットしたことがありまして、そのときにはアメリカにいたので、食べ物全部にカロリー表示などが書いてあったんです。それで1ヵ月ぐらいダイエットを続けると、何を食べるとどういうものを摂りすぎるのか、ということなどが頭に入るんです。そうなれば「8グラムにしなさい」って言ってもいいと思うんだけど、みんながそうじゃないから、先生の文献に書いてあるように「お味噌汁は食塩含有量が比較的高いですよ」とか、そういう言い方をしないとだめなんじゃないかな? って思います。

黒川:
実はね、7、8年くらい前は僕も講演すると「8グラムくらいがいいでしょう」と言ってたけど、「8グラムってどういう根拠ですか?」と言われると私もわからない。教科書にはみんなそう書いてある。アメリカの教科書には普通で8グラムから10グラムの人が多いから、「5グラムにしろ」と書いてある。今アメリカの高血圧学会は「5グラムにする」という目標を設定しているけど、具体的にはどうしていいかわからない。
で、「健康日本21」はお医者さんの教育をしてるんじゃないんだから、国民に向かって「食塩を1日10グラムにしよう」と厚生省は宣言してるけど、「そんなことやっても意味がないよ、わかるわけないんだから。医者に言ったってわからないんだから」と言ったわけ。「じゃあ、どうしたらいいか?」と・・・。
食塩の量は毎日の食事のことだから、私もいろいろ考えていたら、非常におもしろいことに気がついたのね。厚生省の毎年の調査なんだけど「全国で何グラムくらい食塩を摂っているか」。このグラフ「地域別1日食塩摂取量」からもわかるように、人によって違うけど東北6県はコンスタントに全国平均より1日1~1.5グラムくらい多い。だからあなたが言っているように確かに食事は塩辛いんだね。一方で全国平均より常に1グラムくらい低いところがある。これは大阪と神戸。誰でも直感的に、「関西は味が薄い」と知っている。例えば東京の人も他の地方の人も大阪できつねうどんを食べると、「味が薄い」って言う人が多いね。東北育ちの人は特に「なんだ、これは!」ってことになる。東北の人は東京に来ても味が薄いと思っているんじゃない? 子供のときからの慣れた味がベースにあるからだね。だからね、関西で育った人が東北大学なんかに入ると「やたらと辛い」と。東北の人が関西に行くとその逆でやたらと醤油とか塩とかをかける。これはかけられるからいいけど。味が濃いのを避けるのは大変。
「高血圧の頻度は東北は高くて、関西は低い」っていうのはなんとなくいわれて知っていたけど、どれくらい違うかというのは調べる方法がなかった。ふと気がついたらね、製薬会社さんの卸データがあった。経済指標と、薬屋さんの抗消化性潰瘍薬H2ブロッカーと抗生物質と降圧薬の全国の売り上げシェアのグラフ「経済指標と3薬剤の全国シェア」を見てみると、このパーセントはだいたい人口比と考えていいね。大阪、兵庫は15%くらいの人口がこのエリアにいる。東北6県で8%くらい、関東はだいたい23%くらい。そうすると3つの薬の売り上げのパーセントがそれぞれの地域はだいたい同じなんだ。だけど降圧薬だけは東北6県の売り上げがやたらと多い。そして関西だけ低い。20~30%違う。このデータは何を意味するか。これは食塩の摂取量のプラスマイナス10%の違いを現しているに違いない、としか思えないじゃない。ある意味では日本人はアメリカみたいに混ざってないから、遺伝子的な背景は比較的均一だからね。
僕らの遺伝子は食塩を2グラム以下でいいように調節されているんだ。「日本の食塩はお醤油と味噌と漬け物と食卓塩だ。みんな調味料で元々食材料には食塩は少ないんだから。この4つが日本人の主な食塩摂取の原因だよ」ということをキャンペーンして、「それぞれを1日1割減らしましょう」というのが一番正しいやり方だと僕は思う。1割減らせば高血圧が20~30%減ってくるはずじゃない。今の食生活で「1日10グラムにしよう」というより、「1日1割減らそう」と常に言ってればわかりやすい。それからもう一つは子供のときから慣れた味が大事なんだ。高血圧になってから減らせということはかなり難しい。だけど家庭で子供のときから1割減らそうとやっていれば、誰でもできるじゃない。お醤油の付け方をちょっと減らす、お味噌汁を少し薄くする、塩をかけるのを減らすとかね。こういうことが大事なんだ。1割と常に言い続けることが大事。
高血圧の病態のメカニズムからこういうことがわかってきたんだけど、「肥満」とか「糖尿病」は何をしたらいいと思う? 遺伝子を解析する、そこに研究費をつぎ込むのも大事だけど、それは国の事業としていくつかのところに競争的にやらせればいいと思うんだけど、「国の研究費の一部の無駄遣いをパブリックキャンペーンに使え」と僕は言ってるんだけどね。もっとみんながわかりやすい言葉で、もっと協力して、子供のときからの食生活をどういうふうにしたら変えられるか。

――:
糖尿病のホームページを見ていて、これなら私も運動をしようかな、って思ったのは、「運動すると肥満が解決してスマートになれます」とか「太りにくい体質になります」とかいって、良いことばかり書いてあるんですよ。「生活が楽しくなります」とか・・・。「体力がつきます」とか「日常の活動が楽になります」とか「さらにスポーツを楽しむことができます」なんて良いことばかりが書いてあって、動機づけとしてそういう面を強調するなんて、いいな、って思いました。

黒川:
問題は、さっき言ったように子供のときからの生活習慣ってなかなか変えにくい。糖尿病を発症するのが40代。明らかに太り始めたって30代だよね。自分でも減らさなきゃな、とわかっていても減らせないね。モチベーションとインセンティブがないとなかなかできない。

――:
以前NHKか何かテレビで見たんですが、糖尿病になりやすい家系の人に遺伝子診断を受けさせて、長男は糖尿病になる確率は一般の人の300倍高いとわかった。ということで次男も心配していたんですが、あまり確率が高くなかった。でも長男にあわせてカロリーとかを抑えた食生活を家族全員が同時に行っている、っていう話だったんですが、遺伝子診断っていうのはこれからそうなっていくのかな? って思ったんですけど。

――:
それはたぶんアメリカの話でしょう。

――:
遺伝子診断とかをされて、「あなたの息子さんはこうですよ」って言われちゃうのかな?

――:
でもそれはやっぱり親が希望しなきゃ。「やらないでください」って、言わないと。

黒川:
だんだん遺伝子診断ができるようになってくると思うんだけど、いろんな遺伝子があって、1つだけでも病気になるものもあるけど、2つも3つもなりやすいリスクを持った人とか、いろいろいると思うし。しかし子供の1人はリスクだけど、もう1人は違うっていう場合に、家庭の食生活を変えられるかなあ? 片方はアイスクリームをパカパカ食べているのに。
発症するのが40歳すぎてからだとどうなるか。普通はみんな健康で長生きしたいと思ってるけど、40歳ぐらいだと平均寿命であと30年はあると思って、太っていても、糖尿病になるかもしれないと思ってても、あまり気にしてないじゃない。太ってるのはリスクで、それはみんな知ってるわけでしょ。体重を減らそうと思っても減らせないね。ジョキングすればいい、ってわかっているんだけど、なかなかできない。私もそうだけど・・・。今言ったようにね、明らかに食べ過ぎなんだけど、都市化とかで生活が便利になって使うエネルギーが少なくなった。にもかかわらず、3食食べている。エネルギー摂取が過剰なんだよね。少し運動したほうがいいね。

 

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Exposition:

  • ゲノム
    全ての遺伝子のこと。2000年6月26日、アメリカのクリントン前大統領の尽力により、国際チームの責任者でアメリカ国立ヒトゲノム研究所のフランシス・コリンズ所長とセレラ・ジェノミック社のグレイグ・ベンター社長はホワイトハウスにて共同記者会見を行い、ヒトゲノムの塩基配列の解読を発表。イギリスのブレア首相も衛星生中継でこの会見に加わった。遺伝子の情報が生命現象のプログラムを決めている。人間の基本的な形や、髪の毛や肌の色、病気のなりやすさといった個人の特徴を決めている。
  • テーラーメイドメディスン
    各個人で異なる遺伝子のパターンに合わせた、その人にとって最もふさわしい薬、またはそれを用いた医療。
  • 健康日本21
    厚生労働省が中心となって進める「21世紀における国民健康づくり運動」のこと。2010年を目標として、健康寿命の延長等を実現するための具体的な健康づくりを推進している。アメリカの健康政策「ヘルシー・ピープル」などを参考にしている。

 

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