「生活習慣病」を文明と生活という観点から考えると
おのずと対策が見えてくるというものです。
セッションのオリジナルタイトル/Hypertension, Salt, and Kiney: How and Why
■ナトリウムチャンネルの変異→高血圧の遺伝子? その1
黒川:
高血圧の遺伝子といわれるものはいくつもある。「リドル症候群」というのは家族性に高血圧が多いという病気の一つなんだけど、さっき遠位尿細管に作用するアルドステロンの話を少ししたでしょう。このアルドステロンのターゲットというのがナトリウムチャンネルで、食塩を再吸収するこのチャンネルを増やす作用がアルドステロンにある。それで食塩を尿中に出すまいとするわけ。このリドル症候群というのはアルドステロンがたくさんあるような病気だということが今までわかっていた。最近、遺伝子の解析をしてみたら、そのナトリウムチャンネル遺伝子に変異がある、ということがわかったんだ。つまりアルドステロンが体の中で常に過剰に作用しているようになっていた。このナトリウムチャンネルというのはα、β、γの3つの蛋白からできているんだけど、今まで見つかったこの症例は全部βかγに突然変異が起こっていて、その結果このナトリウムチャンネルの機能を亢進させている、つまり遠位尿細管に届いた食塩をどんどん再吸収して尿に出すまい出すまいとして、アルドステロンが過剰になっているような機能をしているということがわかった。これで「リドル症候群」の人は、そういうチャンネルの機能に亢進があるから高血圧になるということがわかったんだ。
遺伝子の突然変異はランダムに起こっているから、チャンネルの機能を失うような変異も似たような確率であるはず。では、チャンネル機能をロスした人はどこにいるか? それは赤ちゃん。生まれるまでのお腹の中は海にいたときと同じ。重力は6分の1だし、羊水に囲まれているし、血液は直接臍帯からくる。だけど生まれた途端に重力がかかってくる。お母さんから離れて、自分の皮膚の周りは羊水じゃなくて突然空気になっちゃう。オギャーと泣いて息をしなくちゃならない。動物が陸に上がったという進化のプロセスと同じことが、生まれた途端に起こる。血圧が急激に上がる。血液も腎臓の糸球体でどんどん濾過されておしっこになってでてくる。そこで食塩を再吸収する機能を失うようなナトリウムチャンネルの変異を起こしたら、どんどんおしっこの中に食塩が失われるから、生まれた赤ちゃんは1、2週間で細胞外液が減ってショックになって死んじゃいます。先天性のアルドステロン欠損症がそうです。お医者さんがすばやく見つけてれば別だけどね。自然の世界ではお医者さんが見つけることはなくて、「選択」されて死にます。
自然の世界では赤ちゃんはお母さんのおっぱいを飲む。お母さんのおっぱいは血液よりずっと薄くて食塩は少ししか含まれていない。でも自然の社会で哺乳動物っていうのは、赤ちゃんは最初はおっぱいを吸って生きてる。おっぱいは以外は何も食べてない。おっぱいに食塩が少ないということは、それぐらいの食塩で十分育つということの一つの証明だね。自然の世界で、もしおっぱいにたくさん食塩があったら、お母さんはどうなると思う? どんどん食塩が失われるからどんどん摂取しなくてはならない。突然、草食動物みたいに食塩を感知しなくてはいけなくなっちゃう。
だからこのリドル症候群というのは、ナトリウムチャンネルの機能の亢進があるという変異。でも、自然の社会ではこういう変異が起こるのは得なんだよ。適応だね。だって食塩の少ないところで生活しているんだから、より生存に有利なんだ。ものすごく食塩が摂取しづらい草食動物のような生活を強いられているときに、この変異を持った人たちは得なんだ。少し血圧が他の人より高めかもしれない。とはいっても、本来は食塩の摂取量は少ないから血圧は低めなわけ。だから、こういう変異があると、少し血圧が高めだとちょっとアグレッシブになるかもしれないな。だけどそれが今言ったみたいに200、300年の歴史で突然食塩をたくさん食べるようになったから、高血圧という損な病態になってしまった。高血圧の関連遺伝子だというけど、それが今まで残っていた理由は生存に有利だったから。食塩が少なかったときだったから、血圧が他の人たちより少し高くても問題がなかったわけです。
■アンジオテンシノゲンの変異→高血圧の遺伝子? その2
黒川:
それからもう一つわかっているのは、アンジオテンシノゲンの変異はけっこう有名でね。アンジオテンシノゲンは肝臓でたくさんできるって言ったね。ある種の女性はピルを飲むとこれが増えて、血圧が少し上がる。ピルによる高血圧っていうのはアンジオテンシノゲンが増えるタイプの人。ところがアンジオテンシノゲンには235番目のアミノ酸がthreonineかmethionineの2つのタイプがあるということがわかって、これに対応するTとMの2つの遺伝子がある。TTとTMとMMという型の遺伝子のペアがあるんだけどさ、TTだとアンジオテンシノゲンの値が少し高い。TMだとその次ぐらいで、MMだとそれより低い、っていうことがわかった。一般の人とTとMの頻度を調べてみると日本人は80%がTなんだよ。ところが白人は40%ぐらいがT、アフリカやアメリカにいる黒人は90~95%がTなんです。それでね、白人の高血圧の人たちにはTが多いといわれていて、60%がT。両親が高血圧を持っている人、これは高血圧になりやすい遺伝子なんだ。さっき話したように同じレニンがでても、よりたくさんのアンジオテンシノゲンがでているんだからね。それで「高血圧の原因遺伝子の一つを見つけたよ」という論文を書くのはいいんだけど、僕はそんなの少しおかしいなと思っていたわけ。なぜかというとさ、遺伝子は常に突然変異している。だいたい変異しやすい場所があるのかもしれないけど、基本的には突然変異はランダムに起こっている。さっきTTのほうがアンジオテンシノゲンがちょっと高いって言ったでしょ。高いって言うのは自然の世界では食塩が少ないから有利なわけだ。
この遺伝子ですごくおもしろいことがある。フランスのコルポールという人、僕もよく知ってるんだけど、彼は数が限られているけどサルのサンプルを調べた。実を言うとね、ゴリラとかチンパンジーとかオランウータンとか調べてみたら全部Tだった。人間にはこうやって変異が起こっているんだから、サルにも起こっているに違いなんだよね。だけどMの変異が起こったらそのサルはどうなると思う? 常に食塩が少ない自然の世界で、特に草食動物だから元々血圧が低くて、一生懸命、血圧を正常にしようとして生きているわけ。それにMの変異が起こったら、さらに血圧が下がるわけじゃない? たぶん元気がなくなるね。オスのサルだったら元気がなければ自分の子供を残せない。食塩が少ないところでは少し血圧が高いほうがパワフルなんじゃないか、と私は思う。だからサルはすべてTなんじゃないか、というのが私の解釈なんですけど。つまりMは淘汰されてしまう。女の人もそうだと思うんだよ、たぶん。やっぱり低血圧だとだめだよね。それで低血圧だからっていって朝からぐずぐずしていたら、どのオスも興味を示さないね。つまり自然の社会ではMは極めて不利で淘汰される。
――:
調べてもらえますか? 私がどっちなのか・・・。
黒川:
日本人は8割がT。さっき言ったようにTの頻度は白人が40%、日本人が80%、アフリカの黒人は95%、アメリカの黒人は90%、アメリカの黒人は混血が始まっている部分もあると思う。アメリカに黒人が行ったのはせいぜい150年か200年前でしょ。しかもアフリカからアメリカに行った黒人っていうのはどういう人か知ってる? 奴隷でしょ。だからあの頃船の中でたくさん死んでるわけ。生き残った人はどういう人だと思う? いろいろ理由もあったとは思うけど、極めて食塩が少ないところでも生き延びられる人という選択もかかっているはずだと思うよ。
その人たちがアメリカに行って、自分たちの仲間だけで食べたり生活をしたり結婚をしている。だからアメリカの黒人は若いうちから高血圧になる人が多くて、それは白人の高血圧と違うんですよ。レニンが低い。だけどものすごく血圧が高い。白人であんなに血圧が高いのは若い年齢ではみられない。僕もアメリカにいるときずいぶん診たけど、20代、30代の若い黒人の男性で血圧が200ぐらいあっても自覚症状がないから、すぐ来なくなっちゃうんだよ。5年もすると突然ものすごい腎不全で来院したりした。というのは腎臓が食塩を出さないことに長けていた人がアメリカに来て、突然近代の食文化と同じように食塩をたくさん食べるようになったわけでしょ。彼らは塩を出さないようにして生き延びてきたんだから、たくさん摂取しても尿になかなか出せない。少なくとも食塩を出さなくて済むような元々Tの人で、さらに奴隷船の中で生き残るというのは、どちらかというと食塩がないところに極めて強い人たちが残ったわけでしょう。だと、思うんだよ。だからアフリカにいる人もそうだけど、日本人も80%がTというのは、元々塩が少なくても大丈夫ということだね。日本でも普通の人たちが食塩をたくさん食べられるようになったというのはすごく最近だよ。たぶん徳川時代の後半から。
つまり糖尿病とか肥満とか高血圧は、遺伝子解析の結果「これが病気の原因遺伝子の一つでした」というのは、よく考えてみると、人間の生存プロセスが関係している。人間が長い歴史で「生きてる」っていうことは、食塩が非常に少ないところで生き延びてきたということでしょう。人間は常に飢えと闘ってきた。だから食べ過ぎということはあるわけがない。太れるはずがない。ようやっと飢え死にしないようにしてたんだから。常に突然変異は起こっているけど、そのとき、同じ少ない食物摂取でもエネルギーを脂肪にためられる人っていうのはすごく有利なわけ。そういう人たちは飢えが続いたときに他の人と同じものを食べても、カロリーを自分でためられる。たぶん生き延びる可能性が高いから、次の世代に自分の遺伝子を残していく。それが今は「肥満の遺伝子」といわれているわけでしょうね。
そういうことです。人間は進化のプロセスとか文明のプロセスで常に飢えと闘ってきたのに、突然今みたいに飽食の時代になったというのはせいぜい100年か200年。日本でも戦後の50年。50年前はバターやアイスクリームは一部の人たち以外は食べられなかった。だからこういう病気の遺伝子っていうのは実はサバイバルに有利な遺伝子とか、サバイバルに有利なコンディションだったのに、今になって急に生活が変わってるからね。だから不利になっちゃうんだよ。
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■仲間たちの横顔 FILE No.17 Profile 大学では総合政策学部という文系の学部で政治学・経済学・法学など社会科学系の学問を浅く広くかじりました。就職するに当たって人生の方向性が定まらず、それでも働こうと思い就職活動をしたのですが、あいにくの就職難、ヴィジョンのない人間を雇ってくれるところはありませんでした。そこで、フリーターをしつつ人生を模索し、趣味の読書で培った知的好奇心の方向性や、当時自分の身の周りで起きた環境の変化を考えて、医学を学ぶことを決意しました。それから、しこしこと受験勉強に精を出し、その結果現在に至ります。 Message 医学部長である黒川先生と直にお話をすることは、自分達が学校に対して思っていることを相談できるチャンスでもあったわけで、非常に有効に使わせていただきました。私達の些細な質問にも、真摯に答えて下さり、先生と学生の間で、忌憚のない意見を交わし合えるリレイションシップを築くことができたのではないかと思います。また、様々なバックグラウンドを持つ学士入学の仲間達の、経験を踏まえた面白い話を聞くことができて、有意義な時間を過ごせたと思っています。
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