「医学生のお勉強」 Chapter4:生活習慣病(3)

「生活習慣病」を文明と生活という観点から考えると
おのずと対策が見えてくるというものです。
セッションのオリジナルタイトル/Hypertension, Salt, and Kiney: How and Why

 

■チータのような肉食動物でさえも食塩摂取は2グラム

黒川:
だけど陸に上がった両生類、爬虫類、鳥類、それから哺乳動物は毎日何を食べていたか。哺乳動物に焦点を絞ると何を食べていたと思う? 陸に適応することになって食生活はどうだったかというと、自然界で動物が摂取できる食材は限られている。それは自然の植物か動物に違いない。肉食動物だったら自分で捕まえるか、あるいは死んでいるものを食べる。草食動物でも雑食動物でもどちらにしても食材は植物か動物かしかないから、主に食べているのは細胞なんだ。細胞か、たまっているでんぷんみたいなものでしょ。そうすると自然の食材にはほとんどNaClなんかないわけ。自然の食材でNaClがあるのは肉食動物が肉を食べたときだけだ。肉の周りの血液、つまり「細胞外液の一部!」があるからだね。血だらけの生肉を1kg食べてもその中にある血の量はたいしたことない。でも肉食動物は肉を食べているから必ず食塩を何グラムか摂れる。だけど草食動物は食塩を摂れるはずがない、ということがこれで理解できるね。
つまり陸に上がったということは、食塩が非常に摂れないというか、ほとんどない環境に来ちゃったということなんです。だけど、「1Gという重力があるから血圧を上げなくちゃならない」という相反する環境にでてきたということだね。
例えば体重が60kgのチータやなんかは平均して1日2~4kgくらい生肉を食べてんじゃないの。だから肉食動物は1グラムから2グラムくらいの食塩摂取が保障されている。もちろん毎日食べられるわけじゃないかもしれないけどね。草食動物は周りの草を食べてるだけでしょ。食塩を1日に0.5グラム以上摂れるわけがない。人間もそうなんだよ。人間はこないだも言ったように200万年くらい前にこの世に現れてさ、現代人の先祖は10万年ぐらい前といわれているけど、その頃食べているものは、動物を捕まえて食べたりとか、果物を食べたり・・・。何食べてたんだろ? だから今のゴリラとかチンパンジーと同じだよ。ゴリラとかチンパンジーよりはもうちょっと雑食性が強かったかもしれない。そうなると石器時代の人間はいろんなデータの分析から塩の摂取量はある程度予測されていて1日1.5グラムを超えているはずがない、と。
アフリカの草食動物とか見てると、すごく暑いから汗をかいてる。もちろん「汗の中に食塩出しちゃいけないよ」ということで、アルドステロンがものすごく多いから食塩はほとんど出してないんだけど、汗で自然に食塩がだんだんなくなってくる。草食動物は「オレは塩が足りなくなる」と感じるんだね。僕ら人間にはその感覚が失われているんだけど、たぶん昔の野生人にはあったと思うよ。その感覚があるから草食動物は塩をなめるということをするんですよ。「salt craving」っていうんだけど、塩がどこにあるかを感じるんだね。何をなめるかというと、肉食動物の尿の乾いた後とか。だって水がなくなって必ず食塩だけ残っているから。そういうことを嗅ぎ分けられる能力がある。塩があるところに行ってなめる。何日かに1回はなめる。例えばシベリアのトナカイを捕まえて食料にしたり、商売をして暮らしている人たちは、どうやってトナカイを捕まえているんだと思う? 牛や羊だと、草を育てて、刈って、干草にして、冬に備えている。でも、大きい体のトナカイを育てるためにシベリアに十分な草なんかないんだから、えさを十分にやるわけにもいかないし、草を栽培することなんてできない。大きい体のトナカイを囲っておくわけにもいかない。そういう人たちはどうするかというと、塩をどっかに置いておく。トナカイは時々塩をなめにくるから、そのときに必要な分を捕まえている。
これはアフリカのハンターも知っている。例えば水は食塩よりももっと必要かもしてないけど、テレビで見ると必ず野生動物の集まる水飲み場があって、もちろん草食動物も肉食動物も一緒。だから草食動物は非常にヤバイ場所にいるわけで、ライオンが来たかなと思うと、サッと逃げる。ハンターも水がある場所で待っていればいいんだけど、そこには草食動物だけじゃなくて肉食動物もくるからヤバイ。だからハンターはどうするかというと、岩塩のある場所で待ち伏せするわけ。肉食動物はそんなところにはくるわけがないから安全。つまり陸に上がったということは、元々極めて食塩の摂取が限られているところにきたということだから、草食動物は食塩を探して見つける能力が必ずあるんだけど、肉食動物はそういうことをする必要はない。例えば京都とか、料亭に行くと、塩の山が2つ玄関に置いてある。なんで置いてあるの?

――:
魔よけじゃないんですか?(笑)

黒川:
お葬式に行った後みたいに? それはお清めだ。お清めっていうのは帰るときにするんだよ。なんで入り口にあるの? 料亭とかの塩がお清めであれば、お客さんが帰る前の夜8時くらいから出せばいいのに。何も夕方から出しておくことないでしょう。あの塩の山はね、お客さんに「来てください」っていうことなんだよ。

――:
昔、牛車に乗った偉い人を呼び寄せるために塩を盛って牛を引き寄せた、って聞いたことがありますが。

黒川:
そう。すごいね、そうなんだよ、すばらしい。平安時代は高貴な人の車は牛が引っ張っていた。牛が塩に引き寄せられて止まるから、という伝統だよ。牛車が止まると「まあ、ちょっとお忙しいとは思いますがお寄りください」っていうわけでさ、そういうこと。
食塩は昔からそんなにあるわけじゃないから貴重品なわけ。例えばアフリカの原住民とかさ、マサイとかね、パプアニューギニアの原住民とか、自然の生活をしている人たちの番組を時々テレビでやってるじゃない。今までは本に書かれていたことが最近はテレビで見れて、わかるからいいね。あの人たちの食事を見てると、とても食塩があるとは思えないよね。今は食塩をある程度安く買えるから味付けをしているかもしれないけど、自然の食事ではそういうのはないわけ。でも、マサイ族は比較的食塩の摂取が保証されているの、なぜかわかる? マサイ族って聞いたことある? テレビで見たことない? マサイって、牛を飼っていて牛の顎静脈から時々、こうコップで血を採って飲んでる。あれでビタミンなんかを補給している。それは生活の知恵。さらに血を飲むってことは食塩の摂取も保証されてるってこと。マサイ族は1日2グラムから3グラムくらいの食塩を摂れるんです。ほかの部族はもっと少ない。少なくてもいいんだよ。アマゾンのヤノマモインディアンは食塩の摂取量は1週間で1グラムにも満たない。そのくらいでも十分なんです。
さっき、腎臓は尿中の食塩の排泄は0にできる、って言ったでしょう。だから僕らの体は食塩摂取量はそこまで少なくなっても大丈夫になってるんです。そういう自然の生活をしている人たちのところには「本態性高血圧」とか、年を取ると血圧が上がるとか、血圧が高いなんて人はいない。つまり「本態性高血圧」と僕らが言ってるのは、食塩をたくさん摂るような生活になってきてから初めてでてきた病気なんです。

――:
以前テレビで見たんですけど、たぶんアフリカだったと思うんですけど、少年が羊の血液と羊のミルクだけを1年間ん飲んでいて元気に生きていられる、という番組をやっていたんですけど。

黒川:
草ぐらいは食べていたんじゃない? それで必要なビタミンと食塩は足りてるけど、それだけだとKは足りないと思う。ミルクは食塩が少ない。そのほかになんか食べてない? 野菜とか果物なんか。果物はKが多いんだよ。
 

■「サラリー」はローマ人が兵隊に与えた「岩塩」

黒川:
人間の食生活で「食塩をいかに確保するか」ということはすごく大事だったわけです。特に近代文明が一番最初に起こったメソポタミア、チグリス・ユーフラテス川にかけて農耕が始まり、その頃は食塩の量なんて計れないし、何に塩が入っているかみんなわからないし、細胞外液が0.9%のNaClなんて誰も知らない。だから草食動物じゃないけど、食塩をいかに確保するかということは歴史的に知っているわけ。そして少しずつ自然生活から離れていって、農耕民族がでてきたのがたぶん1万2000年ぐらい前だけど、初めて麦とか穀物を食べるようになって、でんぷんを摂取するようになってきた。その頃に少し生活に余裕ができたようで、いろいろな遺跡を見ればそれがわかる。そのときも自然の食材でカロリーの原料だけは確保したんだけど、食塩は自然にはない。その後進んだ文明っていうのはだんだんヨーロッパに移った。ヨーロッパでは何が問題になるかというと、大きな大陸で海からも離れているから、いかに塩を確保するかが問題だった。アフリカのエチオピアの山の上の人たちは、塩の固まってるところまでキャラバンで行って塩を切り出して、また戻ってくるっていうの知らない? テレビで見たことあるでしょ。塩がないから塩が固まっているところまで取りに行って、帰ってきて売るわけ。お塩は商売になる。日本も専売公社というのがあったでしょう。
塩がいかに大事かというのは例えば上杉謙信の「敵に塩を送る」とか、ガンジーの「塩のマーチ」とか、ローマ人がローマの都を作ったときに、海の近くで塩を作って都に持ってくるための「塩の道」という「Via Salaria」を最初に作ったことからもわかる。ヨーロッパみたいに大きな大陸で海から離れているところは海から塩を運ぶ。岩塩を偶然に見つければ、そこの町はすごく栄えるわけ。塩を運ぶことが町と町をつなぐ主要な交易の道路になるから、ヨーロッパの街道はだいたい塩を運ぶ交通路から始まる。塩にちなんだ名前もあるね。ザルツブルクなんかは「塩の町」という意味でしょう。郊外に「塩抗」があって観光の名所になっているんだけど、モーツァルトの生まれた町として有名だけど、すでに2000年くらい前に岩塩ですごく栄えていた。日本では「塩尻」って長野にあるね。内陸で塩がない。だから海で作った塩を運んでそこに貯めていた。「塩釜」は仙台のほうにあるけど、海の水を釜ゆでにして塩を作っていたということからきた地名だね。ルイ14世みたいな人でさえも塩を確保するために、今でもあるけどフランスの真ん中にお城みたいな製塩所を作った。塩は海水をだんだん煮詰めて作っていくんだけど、木をたくさん燃やさなくちゃならない。北欧なんかでは大変なんだよね。暑くないからどんどん木を切らなくちゃならない。それよりは岩塩を運ぶほうが安いから交易路ができた、ということです。
今の食卓塩の入れ物は胡椒とセットになっていて、銀とかクリスタルでできている高いものがある。それにみんな安い塩を入れている。これは西洋文化の伝統では胡椒と塩がいかに貴重品だったかということの名残りだよ。胡椒はアラビア経由で運ばれたわけでしょ。それと同じぐらい塩は大事だった。食卓塩を食べられる人はすごい金持ちや貴族だった。17世紀の北欧の貴族もバイキングの頃はすごい特権階級だから、すばらしい容器に食卓塩が入れてあってさ、リッチな気分を味わっていた。その頃はお金持ちは1日に50、60グラムくらいも食塩を摂っていたらしい。「リッチだ、リッチだ」と言って塩をなめてるから、すごくのどが渇く。だから寝室に水瓶が置いてあって夜中に水を飲んでいた、という文献もある。文明が発達して初めて塩が十分摂れるようになると、塩の味に慣れてそれがおいしいから、たくさん摂るのが普通になってきた。今みたいに塩をたくさん食べているというのは塩が安くなってきたからです。もう一つは塩が安くなったから味付けのほかに、食料を保存するということにも使い始めた。食料の保存に塩を使ってもペイするようになってきたわけ。
わかった? 食塩っていうのは大事なんだよ。だからね、昔は岩塩はすごく貴重品だから、塩という資源を支配者は必ずコントロールしようとするんですよ。だから日本では「専売公社」を作ったわけ。岩塩をお金に使うわけですよ。「サラリー」という言葉も「サラリウム」といってローマ時代の兵隊さんにサラリーとして岩塩をあげた、そういう意味から来てるんだよ。いい?
ここまで質問ない?
さてそこで僕らの体はね、今言ったように陸上の生物だから、常に食塩が少ないところで適応できるように調節系の遺伝子が仕組まれているわけ。西洋の近代文明社会でも、ルイ14世の頃でさえも塩は貴重品で庶民は十分に食べられなかったわけ。ルイ14世の頃は塩の利権の取り合いだったみたいだし、日本でも江戸末期の赤穂浪士の話だって「赤穂の塩」って、元々は塩の利権が絡んでいたんですよ。ということは普通の庶民が、かなり広い分野で食塩を比較的自由に安く使えて、食べられるようになったのは、ごく最近の話なんだ。たぶんヨーロッパで数百年。だから日本だと庶民の生活で塩が安く食べられるようになったのは、江戸末期からだから200年くらいだろうな。それぐらいの歴史ですよ。200年から400年ぐらいで遺伝子がそんなに変わるわけがないから、僕らの体は食塩が少ないときには強いけど、食塩が多いときには不利という、今の食文化ではアンバランスな状況なんです。

 

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■仲間たちの横顔 FILE No.16

Profile
私は理工学部を卒業後、医療機器の会社に就職しエンジニアとして医療現場で働いておりました。医療機器開発も興味深い仕事でしたが、入院している患者さんを目の前で見ておりますと、”病んでいる人にこそ協力することが実は人生で最も尊いことではないか”と感じ医学部進学を決断しました。学生時代、医学部進学を考える機会は色々とありましたが、社会人を経てから医学の勉強をはじめたことは私にとって非常に有意義であったと感じています。そして、これは私の人生をかけたとても大きな挑戦です。昨年は、東海大学の交換留学プログラムで6ヶ月間、米国に留学させて頂きました。米国の医学教育が非常に素晴らしいこと、そして日本が世界標準から取り残されているような危機感を感じました。その体験をできる範囲でフィードバックしたいと考えています。

Message
何回かこの講義に参加させて頂きました。今回、討論されたテーマについて、日頃から疑問に思っていたからです。本来であれば、2年間の臨床実習の間に討論されるべき内容だと思いますが、そのような機会にあまり恵まれず、宿題を抱えていたような気がしていました。
討論を通して黒川先生が強く訴えておられたのは”日本の常識・世界の非常識”と”グローバルスタンダード”ではなかったかと思っています。討論に正解はなく、社会の変化と共に求められる回答は変わってくると思います。今回取り上げられたテーマは、問題山積の医療現場のほんの一部であり、その捉え方を紹介して頂いたものと思っております。今後、絶えず問題意識をもって医療に携わっていきたいと思います。
最後に、討論に参加させて頂いた黒川先生と3年生の皆さん、本当に有難うございました。この場を借りて心からお礼申し上げます。

 

Exposition:

  • 本態性高血圧
    高血圧は原因が明らかではない本態性高血圧と、他に何か原因となる病気があってその一つの症状に高血圧がみられる二次性高血圧とに大別される。高血圧患者の9割以上は本態性。二次性高血圧には腎性高血圧、内分泌性高血圧、心血管性高血圧、神経性高血圧などがある。

 

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