「医学生のお勉強」 Chapter4:生活習慣病(1)

「生活習慣病」を文明と生活という観点から考えると
おのずと対策が見えてくるというものです。
セッションのオリジナルタイトル/Hypertension, Salt, and Kiney: How and Why

 

■from K.K.

経済成長とともに生活のパターンが変わり、また高齢化社会を迎えて疾病構造は大きく変わりました。特に「生活習慣病」といわれる一群の疾患、病態である「高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満」は従来見られなかったような高頻度にみられ、欠陥の病変を進行させます。
このセッションでは私がもっぱら語り手になり、「高血圧」という上に述べたすべての病態に共通する血管病変の大きなリスク因子について解説しようとするものでした。
遺伝子の分析から何を読み取るのか、遺伝子の変異は何を意味するのか、脊椎動物はどのように進化してきたのか、人間の文明とは何か、などについても考えながら、病気の由来を考察する、という企画です。高血圧と食塩摂取量との関係は? その理由は? どのくらい食塩があれば十分なのか? どこまで食塩摂取量を減らせるのか? どのようにしたら現実的な減塩ができるのか? 等々。
このように「生活習慣病」を文明と生活という観点から考えると、おのずと対策が見えてくるというのが本当のところでしょう。
病気のメカニズムを理解することに、いかに知的興味を引き出すか、ということも医学教育にはかかせない要素だと思います。
セッションのオリジナルタイトルは「Hypertension, Salt, and Kiney: How and Why」です。
 

■高血圧はどうしてNGなの?

黒川:
今日はどういうふうにもっていこうか。生活習慣病っていう一般的な話をしてもいいけれど、その基本的なこと、なぜそういう話が今問題なのか、バイオロジカルなこととか、ソシアルなイメージとか・・・。
資料を作っておいたけど、これをちょっと見てくれる? 「高血圧」っていうのはすごく多くて、今2000万人くらいいるといわれている。アメリカでは65歳以上の人のうち80%がなんらかの成人病といわれている。例えば「血圧が高い」とか「体脂肪率が高い」とか「糖尿病がある」とか「肥満がある」とか「血糖値が高い」とか。いろいろあるけど、例えば肥満そのものが体に悪いわけじゃなくて、そういう状態があると血管の病気が普通の人より早く進んでいくわけ。太っているだけですぐ死ぬわけじゃないけど、太ってるとそういうリスクがある。だから10年とか20年とか経つと太ってない人に比べれば「血圧が高い」ということが。さらに血管の病気を進行させる共通のリスクファクターになる。で「高血圧」とはいったいなんなのかな。
まず、血圧がどうして高くなくちゃならないか。これには、進化のプロセスで3億年前に脊椎動物としては両生類が陸に上がってきたということが関係ある。そうなって初めて血圧が高くなる必要があるわけ。というのは海にいるときの重力は地上の6分の1しかないから、血圧が高いと困る。だけど1Gという重力のかかる陸に上がったということになると、心臓からでてくる血液にのって体中の細胞に酸素がいくためには、血圧が上がらなくちゃならない。ということで血圧を上げる必要が起こってくるわけ。だから今回の資料の私の2つの文献に書いてあるように進化のプロセスでは「必要のないことはしない」、必要がないことをすると必ず不利になることがあるから、必然性があることだけが起こる。だから魚の血圧は10mm/Hgだけど、そりゃそうだよね。魚の血圧がもうちょっと上がったら、すぐに脳溢血になっちゃう。遺伝子というのは常に突然変異を起こしているから、陸に上がったときにはたまたま血圧が高くなるようなメカニズムが起こって、生き延びられたから次の世代に残った。
心臓から送り出す血液は血管の中を回ってるわけだから、その量が増えれば増えるほど血圧が高くなる。この血圧のボリュームを規定しているのは何か。これが細胞外液量だ。まあ、知ってるかどうかはわからないけど、それともう一つはレニン-アンジオテンシン-アルドステロン・システム。これはホルモン系だけどね。この2つが決めている。
 

■「食塩が増える→血圧が上がる」。それは知っているけれど・・・

黒川:
僕たちの体の中の約60%は水で、その水には細胞の中と外の水があるけど、細胞の外の水が体中を回っている。細胞の外にある細胞外液の量っていうのは何で決まるかというと、僕らの食べている食塩の量で決まる。体全体の中で食塩というのはほとんどがそこにしかない。細胞外液の中に溶けているのが食塩。しかも細胞外液の食塩の濃度は0.9%。だから0.9%の食塩水は生理食塩水という。なんで0.9%のNaClになっているか。それは単細胞生物に細胞膜ができた頃の海の食塩の濃度が0.9%だったんだろうね。それがカンブリア紀以前だね。その後カンブリア紀に生物がたくさんでてくる。細胞膜の外は0.9%のNaCl、中はKなんだよ。僕らだけじゃなくて全部の動物がそうなってる。植物もそうなってる。
体全体でみると水が体の3分の2、つまり約60数パーセントが水。この水が細胞の中と外に分かれていて2対1の割合になっている。この細胞の外の水が体中の血管の中をぐるぐる回って細胞に栄養を渡している。細胞に栄養を渡すと酸素とエネルギーを使ってCO2ができるから、このCO2を肺から出して口や鼻から酸素をとる。これをしているのが魚だと「えら」です。だけど陸に上がって酸素をとらなくてはいけないとなると、それは「えら」ではできない。だから「えら」から、肺になってくるという進化をするわけ。陸に上がるとNaClをどこからとるか、というと口だけ。そして消化管で吸収されて体の中に入ってくる。生物は常に遺伝子の突然変異をくり返しながら環境に適応して選択されてきてるからね。
なんで細胞膜を解して、NaClが外で、内にはKしかないの? これ、まったく習ってない? こうなっていないと細胞の膜電位とかが生まれない。なんで? 細胞膜の膜電位はマイナス55ミリボルト程度になっていて、細胞の中は膜電位が変化して、細胞膜が興奮するとかいろんなことがある。これを作っているメカニズムは常にNaを膜の外に出して、Kを膜の中に入れるということをしている。これが大事なことで、これは自然の摂理に逆らっているわけ。濃度勾配があるにもかかわらず逆にイオンを動かして、エネルギーを使っている。ATPを使っている。つまりATPというエネルギーを使って、濃度が逆のものを汲み出している。それが生命の一つの基本原理。
というように、食塩というのは常に細胞外液にしかないわけ。細胞外液は0.9%のNaClで、体の中でNaClはほとんどほかにない。そして細胞外液の量を決めているのはほとんどがNaCl。細胞の中と外は同じ浸透圧になっているはずだから、NaClをたくさん摂取したとすると、水は細胞外液に引っ張られて増える。増え続けると大変。だから、一部の細胞が縮むとね、「あ、のど乾いたな、これはやばいぞ」と感じて、のどが渇く→水を飲む→そこで細胞外液が薄まる→細胞外液のイオンがまたもとの濃度になる、ということをしているんだけど、これだけだと体内のNaClと水が増えちゃう。で、何が起こるかというと、「これは大変だ、増えちゃったから出さなくちゃ」というわけでどこにでる? おしっことしてでる。ほかにでる場所は体の中にない。NaClがでる場所はおしっこしかない。下痢をすれば別だけど。

――:
汗はどうなんですか?

黒川:
汗も一部でてるけどその量はコントロールできない。でも細胞外液の量はコントロールされている。そうするとNaClというのは食塩だから1日10グラム食べている人もいるし、2グラムの人もいるし、20グラムの人もいるし。塩辛いものを食べたりすれば普段10グラムの人でもプラス20~30%変わるよ。食塩をいくら摂っているかというのは全然みんな感じてない。しかし、体の全体を3、4日平均してみてみると、NaClにしてもKにしてもすべて同じ量しか持っていない。自分のそれぞれの基準値があって、これは「正常値」だけど、みんな少しずつ違う。だいたい今の日本人の生活習慣だと、食塩は平均して13グラムくらい摂っている。Kはだいたい50~100mEqくらい。そんなこと誰も意識していないね。
だけど体全体にあるイオンの量は一定である。なぜかというと、入ったらこれに見合っただけ、尿にでてる。例えば、暑い部屋にいるとか、運動したりして、うんと汗かいたとする。そうするとNaClが余分になくなるから、その分尿中にでる量が減るというわけ。だから腎臓に「何か変わったよ」というシグナルを送って、ちゃんと見合った分だけ出してる。全体からみるとね、細胞外液、つまり食塩摂取量が増えれば増えるほど血圧が上がる。例えば1日だいたい10グラムの食塩を摂っていたのを強制的に2グラムにしたとする。細胞外液がだんだん減ってくる。2、3日すると余分な食塩は全部でちゃって、細胞外液が「正常範囲」の低めになって、それから毎日2グラム摂っていると、もうこれ以上減らない。2グラムとっていれば尿中には2グラムでる。それで毎日2グラムの出入りでバランスがとれるようになる。
 

■食塩ナシでも血管がキュッとなって血圧を維持する

黒川:
そうなると今言った細胞外液量という血圧の第1の規定因子が、おそらく毎日の食生活で変わる。変わるけど、血圧を一定に保つために何が起こっているか。食塩を摂っているかさっぱりわからない。だけど食塩を何日も摂ってないと、どんどん減っちゃって困るわけじゃない。ショックになっちゃう。だから腎臓では尿にでてくるNaClを0にまですることができるんですよ。NaClを摂ってなければ尿中排泄量は0になる。これができる。ところがKの場合は絶対に0にならない。例えばまったくKがないような食事を何日もしていても、毎日10か20mEqくらい尿にでる。「必要のないことはしない」というのが自然の摂理です。ではなぜかというと後でも話すのでわかってくると思うけど、Kを摂らないということは自然の生活ではありえない。だけど自然の世界で食塩を摂らないということはあり得るからなんです。
ここまでいい?
そうすると、食塩の摂取量がすごく少ないところにいるとすると、いつも細胞外液量が少ないわけ。だけど血圧を維持しないと困るわけ。そのためには何をしているか。そのために血圧を設定する第2の規定因子「レニン-アンジオテンシン-アルドステロン・システム(RAAS)」がある。こんなの今は覚えなくていいよ。このRAASはおもしろいことにね、肝臓でできてるアンジオテンシノゲンという物質が、常に一定の量でたくさん血中にあるんだけど、これに「レニン」という酵素が働くとアンジオテンシンⅠになる。そして、肺の中に変換酵素というのがあって、血液は体中を回っているから、血液が肺に1回入ると、このアンジオテンシンⅠはみんなアンジオテンシンⅡというのになる。このアンジオテンシンⅡというのが血管の平滑筋に作用して血管をキュッと緊張させてくれる。例えば食塩がだんだん減ってくる→細胞外液が減ってくる→血圧が下がりそうになると血管がキュッとなって血圧を維持している。だから頭の中にも血液がちゃんといっているんだよ。例えば食塩摂取量の少ない人にRAASをブロックするような薬を与えてやると、途端に血圧がドンと下がってショックになる。
もう一つは、アンジオテンシンⅡは副腎に作用してアルドステロンというホルモンを作るんだけど、このアルドステロンは何をするかというと、腎臓の遠位尿細管に作用して尿中に食塩を出さないようにする。食塩を一生懸命に体に戻してやろうとする。だからRAASは、食塩が減ってきたときに血圧を維持しようとしながら、一方で食塩を体の外に出さないようにしているんだ。
ということは、「RAASの活性の調節はレニンがしている」ということになるね。アンジオテンシノゲンは過剰に血中にある。レニンが作用するとその分だけアンジオテンシンⅠができるけど、これはすぐアンジオテンシンⅡになってしまう。そしてこれが血管に作用する一方でアルドステロンを作る。このレニンは腎臓の糸球体の入り口で作られているんだ。
食塩がちょっと減ったなというだけでレニンがでるようになっている。ものすごく鋭敏な機能を持っている。というのは、自然の社会ではその機能がないと、食塩がなくなったときに、血圧が下がる→食塩が尿中に垂れ流しになる→あっという間に血圧が低くなって、肉食動物に食べられちゃう。だから生き残れない。

 

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■仲間たちの横顔 FILE No.15

Profile
私は大学で心理学を学んできました。人間に対して心理学的側面からのアプローチを考えていました。しかし、人々が抱える問題の中で「病」というものが大きな比重を持つことから、心理学に加えて医学を学ぶことが出来たなら、もっと広い視野から問題が見えるようになるのではないかと思い、医学を志すことにしました。

Message
現代社会で問題となっている医学にかかわりの深い事柄について、先生方や仲間たちと真剣に語り合う機会が持てたことは貴重な体験だったと思います。これからも引き続き考えていくべき多くの課題に巡り合い、一つの物事を多面的に考えることができました。どうもありがとうございました。

 

Exposition:

  • 生活習慣病
    医学用語ではなく定義が曖昧なままに使われることが多いが、従来成人病として扱われてきた脳卒中・心臓病・癌・糖尿病に加え、肝疾患・胃潰瘍・骨粗しょう症・歯周囲炎など、生活習慣に遠因があるような疾患を全て含むことば。
  • 1G
    重力加速度×質量で表される重力の基本単位。1kgの物体には1Gの重力がかかっている。
  • 生理食塩水
    濃度が0.9%の食塩水のこと。細胞外液とほぼ同じ組成のため、輸液療法等に使用されている。
  • NaCl
    塩化ナトリウム。いわゆる塩のこと。
  • カンブリア紀
    古生代最初の地質時代。約5億7千万年から5億年前まで。海には三葉虫や腕足類など多くの無脊椎動物が出現し、「カンブリア紀の大爆発」「生命のビッグバン」とも呼ばれている。「カンブリア」はイギリスのウェールズ地方の古名。
  • K
    カリウム。果物、納豆などに多く含まれる。単位はmEq(milli-equivalent)。
  • CO2
    二酸化炭素。
  • 膜電位
    膜によって隔てられた2つの電解質溶液の間に生じる電位差。細胞は細胞膜を隔てて内側と外側で含まれるイオンの種類、濃度が異なるため、膜電位を生じている。
  • イオン
    電気的に中性の原子または分子が1個ないし数個の電子を失うか、あるいは獲得して生ずる粒子をいう。ナトリウムイオン(Na+)や塩化物イオン(Cl-)などがあり、陽イオンと陰イオンに分けられる。
  • ATP(adenosine triphosphate)
    アデノシン三リン酸。いわば細胞間でやりとりされるお金のようなもので、生物のエネルギー代謝において中心的な役割を果たすエネルギーの源。

 

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