ジャック・アタリの「21世紀の歴史」

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人類の歴史を振り返り、将来を予測する、これはいつも大事なことです。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」、「Historia Majistra Vitae」 、洋の東西を問わず、同じ言葉が受け継がれています。「人間の知恵」です。このブログでも再三にわたって発信しているメッセージです(参考: 1234)。

前回はFareed Zakariaの著書を紹介しましたが、フランスを代表する現代の知性ともいわれるジャック・アタリによる「21世紀の歴史:未来の人間から見た世界」も大変面白い本です。これは長い歴史から学び取れる「21世紀を読み解くためのキーワード」を抽出し、そこから考察する21世紀の予測です。「歴史の法則、成功の掟は、未来にも通用する。これらを理解することで未来を占うことが可能になる・・・」、ということです。

邦訳に当たって、短いのですが「21世紀、はたして日本は生き残れるのか?」、また最後に「フランスは、21世紀の歴史を生き残れるか?」が追加されています。それにしても、私はフランス語を読めませんが、英語本と読み比べると、邦訳はずいぶんと量が増えるものですね。

この著書を話題に、NHKがジャック・アタリの2時間にもなるインタビューを放映しました。テレビでご覧になった方も大勢おられるかと思います。

この本は6章の構成です:
1.人類が市場を発明するまでの長い歴史
2.資本主義はいかなる歴史を作ってきたのか?
3.アメリカ帝国の終焉
4.帝国を超える「超帝国」の出現 -21世紀に押し寄せる第1波
5.戦争・紛争を超える「超紛争」の発生 -21世紀に押し寄せる第2波
6.民主主義を超える「超民主主義」の出現 -21世紀に押し寄せる第3波

2006年の発行ですが、「アメリカ、終焉の始まり」で、「アメリカの金融システムは増殖し、過剰となり、無制限に活動し始め、制御不能に陥った。このシステムは、産業に対して到底達成不能な資本収益性を要求し、産業を担う企業に対して企業活動に必要になる投資行為よりも、こうした企業が稼ぐマネーを金融市場に放出することをもとめた・・・」、そして「サラリーマンの債務もますます増加した。特に公営企業2社(アメリカ第2位の企業である連邦住宅抵当公庫Fannie Mae、アメリカ第5位の企業である連邦住宅貸付抵当金庫Freddie Mac) は4兆ドルの抵当権を所有ないし保証しており、その債務は10年間で4倍に膨れ上がった・・・」(p.128、129)。2007年夏に始まる金融パニックを起こしたように、ここで「サブプライム問題」を予告していたといえます。

また「中心都市」というコンセプトを提唱し、「これまで市場の秩序は、常に1つの「中心都市」と定めて組織され、そこには「クリエター階級」(海運業者、起業家、商人、技術者、金融業者)が集まり、新しさや発見に対する情熱に溢れていた。この「中心都市」は、経済危機や戦争が勃発することにより他の場所へ移動する。」(p.61)

数多くの「未来への教訓」が示されているが、ここでは、いくつかだけ示そう。例えば、
「知識の継承は進化のための条件である」(p.31)
「新たなコミュニケーション技術の確立は、社会を中央集権化すると思われがちだが、時の権力者には、情け容赦ない障害をもたらす」(p.77、脚注*1)
「専制的な国家は市場を作り出し、次に市場が民主主義を作り出す」(p.98)
「テクノロジーと性の関係は、市場の秩序の活力を構造化する」(p.111)
「多くの革新的な発明とは、公的資金によってまったく異なった研究に従事していた研究者による産物である」(p.120)

註1:いくつかの講演で「Incunabulum, Incunabula」というラテン語を使って、「フラット」な世界での「タテ社会」の脆弱性を指摘しています(参考 123)。

21世紀に現れるいくつかの現象には、サブタイトルが面白い。例えば;
「歴史を変える「ユビキタス・ノマド」の登場」
「地球環境の未来」
「時間 -残された唯一、.本当に希少なもの」
などなど。

そしてここから、第4章が始まる。これから起こるであろう第1波、第2波、第3波。じつに面白いというか、恐ろしいというか、かなり現実となるような予感がします。今もそれらの兆候は見えています。

この本を読んで思い浮かべたのは、J. ダイアモンドの「文明崩壊」でした。

ぜひ、これらの本も「The Post-American World」などとも併せて、読んでみてください。

アメリカ後の世界、The Post-American World

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Fareed Zakaria(1964年生まれ)は新進気鋭な世界でもっとも活躍している“旬”なジャーナリストで、Newsweek International Editionの編集者です。ご自身のサイトもあります。

2008年に「Post-American World」という本を出版。とても興味深く読める、示唆に富む内容の本です。素晴らしい洞察と筆力、広い視野と見識。皆さんに、特に若い人たちにも広く読んで欲しい本の1つです。

章の構成は;
1. 「アメリカ以外のすべての国」の台頭
2. 地球規模の権力シフトが始まった
3. 「非西洋」と「西洋」が混じり合う新しい世界
4. 中国は「非対称な超大国」の道をゆく
5. 民主主義という宿命を背負うインド
6. アメリカはこのまま没落するのか
7. アメリカは自らをグローバル化できるか

彼がインド出身で、18歳までインドで育ったという背景もあり、アメリカと中国を中心とする大きな政治経済という見方ばかりでなく、これからの大国インドの中長期的な視点と課題などを盛り込んだ、大変興味深く、また他の同類のテーマの書籍とは少し違った見方を与えています。

「アメリカ後の世界」というのは、アメリカ一極ではなく、“その他の台頭”ということです。特に中国とインドは、大きな問題を抱えていますが、その人口からも大きく成長し、世界で大きな意味を持つことになるでしょう。その辺りの視点がなかなかのものです。

彼はインドに生まれ、イスラム教徒の家庭で育ちます。小中高教育をムンバイの名門校で学び、Yale Universityに留学。さらに、Harvard大学において政治学でPhDを取得。27歳という若さで「Foreign Affairs」(Council of Foreign Affairsの出版物)の編集長へ大抜擢され、2000年から現職のNewsweekの編集者となりました。

「アメリカは“大きな島国”だ」という彼の認識は、講演などで度々話している私の主張とも合致しています。彼は第2章の最後で次のように書いています。(p. 69-71)

「アメリカの政治家は見境もなく他国のあら探しをしては要求を突きつけ、レッテルを貼り、制裁を加え、非難を浴びせかける。過去15年間に、アメリカは世界人口の半数に対して制裁を発動してきた。世界中の国々のふるまいに毎年毎年、通信簿をつけている国は、アメリカ以外に存在しない。ワシントンDCは独善によって足もとがふらつき、外の世界から浮いた場所になってしまった。」

「2007年度のPew Research Center(アメリカの独立したシンクタンクの一つ=脚注)による世界動態調査によれば、自由貿易、市場開放、民主主義を支持する人々の割合は、世界各地で驚くほど増加した。中国、ドイツ、バングラデッシュ、ナイジェリアなどの国々では、各国間の通商関係が深まるのは好ましいことである、大多数の国民が回答している。調査対象となった47ヵ国のうち自由貿易への支持率が最も低かったのは、何を隠そうアメリカだ。調査が行われた5年間で、その支持率の落ち込み幅が最も大きかったのも、やはりアメリカだ。」

「続いて外国企業に対する態度を見てみよう。ブラジル、ナイジェリア、インド、バングラデシュなどの国々では、外国企業に良い印象があるかとの問いに、大多数の国民が「はい」と答えている。歴史的に見ると、これらの国々は総じて西洋の国際企業に不信感を持ってきた(背景には、南アジアの植民地化がイギリスの1企業、<イギリス東インド会社>によって始められたという事実がある)。しかし現在では、インド国民の75パーセント、バングラデシュ国民の75パーセント、ブラジル国民の70パーセント、ナイジェリア国民の82パーセントが、外国企業に好感を示している。対するアメリカ国民はといえば45パーセント。これは世界の下位5ヵ国に入る数字だ。アメリカ人は、世界じゅうでアメリカ企業が大歓迎されてほしいと望む一方、自国に外国企業が入り込むと、まったく逆の反応を示す。」

「このような矛盾がよりはっきり表れているのが、移民への態度だ。移民問題で世界の手本だったアメリカは、これまでの自国の歩みに逆行し、怒りと萎縮と防御の姿勢をとるようになってしまった。また、かつてのアメリカ人はあらゆる最先端技術の開拓者であろうとしてきたが、今では技術革新からもたらされる変化に戦々恐々としているのだ。」

「皮肉にも、「その他の台頭」を招いたのは、アメリカの理念と行動だった。60年間にわたり、アメリカの政治家と外交官は世界中を訪問して回り、市場の開放や、政治の民主化や、貿易と科学技術の振興を迫ってきた。遠く離れた国々にも、グローバル経済下での競争、通貨の規制撤廃、新しい産業の振興など、さまざまな難題に挑むよう煽りたて、変化を恐れるな、成功の秘訣を学べ、とアドバイスを送りつづけた。この努力は実を結び、世界の人々は資本主義にすっかり適応した。」

「しかし、今日のアメリカ人は、自分たちでさんざん奨励してきたものに疑念を抱くようになっている。この態度の豹変は、ものや人の流れがアメリカへ向きだしてから起こった。つまり、世界が門戸を開いているさなかに、アメリカは門戸を閉ざし始めたわけだ。」

「後世の歴史家たちは、これからの数十年間を、次のように記述するだろう。21世紀初頭、アメリカは世界のグローバル化という歴史的偉業を成し遂げたが、その過程で自国のグローバル化をし忘れたのだ」

脚注:最近では、日本が深くかかわっている国際捕鯨問題の調査も支援し、その会合の一部に私も参加しました。今年の4月にはAsia Societyと共同で「A Roadmap for US-China Coorperation on Energy and Climate Change」を発表。

また、Zakariaは米国の成長産業は「大学教育」と指摘しています。自分の受けてきた教育も「アジア式」であり、「暗記と頻繁な試験を重視するのである・・・毎日大量の知識を頭に詰め込み、試験の前には一夜漬けで暗記をし、翌日にはすっかり忘れさるということを繰り返していた。」

「だが、留学先のアメリカの大学は別世界だった・・・正確性と暗記は殆ど要求されず、人生での成功に必要なこと、すなわち精神機能の開発に重点がおかれていた。他国の制度が試験のための教育を行うのに対し、アメリカの制度は考えるための教育を行うのだ。」(p. 254)

「シンガポールの教育相が自国とアメリカの教育制度の違いを説明してくれる。「両国はともに実力主義を採用している。そちらは才能重視型の実力主義、子こちらは試験重視型の実力主義だ。われわれは生徒に高得点をとらせるノウハウを持っている。アメリカは生徒の才能を開花させるノウハウを持っている。それぞれに長所はあるが、知力には試験で測れない部分が存在する。創造性、興味、冒険心、大志などだ。なによりもアメリカには学びの文化がある。これは伝統的な知恵に、ひいては権威に挑戦することを意味する・・・」(p. 254, 255)

Zakariaさんが若くして世界のオピニオンリーダーの一人となり、羽ばたくことができたのも、アメリカで受けた大学教育の影響が大きいのです。説得力のある議論だと思います。しっかり、日本の大学教育と比べて考えてみてください。

もっとも彼は、「このようなアメリカの優位性は、簡単に消え去ることはないだろう。なぜなら、ヨーロッパと日本の大学―大多数は官僚主義的な国立大学―が構造改革を行う可能性は低いからだ。」と書いています。そしてさらに「インドと中国は大学の新設を進めているが、20~30年で世界レベルの大学を1から作り上げるのは簡単ではない。」(p. 252)と指摘しています。

ケインズとシュンペーター

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ウォール街に端を発するリーマンショック(2008年9月)から、世界的規模の金融危機、経済の低迷が続いています。各国で公的な支援策が取られ、広い意味で政策競争の様相を呈しています。

そこで出てくるのがケインズ、そして、“イノベーション”を経済学の中心に据えたシュンペーターです。シュンペーターは強烈なケインズの批判者であったそうです。この一見“矛盾”する2人の経済学が、なぜ両方とも必要なのでしょうか?

この20世紀前半の2人の経済学の巨人について書かれた本が出ています。経済学者吉川 洋先生著の、「いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ」です。これは、とても面白いです。吉川先生らしく、きちんと検証が行われ、内容も面白い、経済学者向けに書かれているわけではないので、私でも結構理解できるのです。

このケインズとシュンペーターの2人の巨人は、同じ1883年に4ヶ月ほどの違いでそれぞれ大英帝国のケンブリッジとオーストリア(ハンガリー帝国 モラヴィア・・・今のチェコ東部)のウィーンに生まれ、死ぬのも4年程度の違っただけです(ケインズがブレトンウッズの翌々年1946年、シュンペーターが1950年になくなっています。これについては、谷口智彦さんの「通貨燃ゆ」が面白いです)。それぞれの時代と場所、生まれ育った背景、教育や先生との関係などについてもよく理解できます。

今の日本にとっても、政策的にもなかなか示唆に富む、内容のある読み物です。

特に面白いと思った箇所はいくつもありましたが、例をいくつか:

1.「・・・企業者(脚註)が新結合を行う動機はいったいなんだろうか、彼らは決して経済的利得、金銭を求めて新結合を遂行するのではない。そうシュンペーターは断言する・・・それどころか、「もしこのような願望が現れたとすれば、それは従来の活動線上の停滞ではなく彼の減衰であり、自己の使命の履行ではなく肉体的死滅の徴候である」とすら言っている。・・・企業者の人間類型につきシュンペーターは明確に語っている・・・」(p.56, 57)

脚註:この「企業者」と「起業家」について吉川先生に電話で問い合わせてみたところ、経済学的には「企業者」であって「起業者」とは言わないそうなのです。でも、一般的に読者にとって「起業家」のほうが適切かもしれませんね、とのことでした。以下の「企業者、企業家」については「起業家」と考えて結構です。

2.「シュンペーターの言う企業家、すなわちイノベーションの担い手としてまさに資本主義を資本主義たらしめる主人公は、誰にも備わっているわけではない特別の能力に恵まれた人間だ。「能力」といったが、イノベーションはけっして冷静な計算のみによって生み出されるものではない。むしろイノベーションを起こさないではいられない一種の衝動を持った企業家のみがそれを生み出しうるのである。
ここで想起されるのは哲学者フリードリッヒ・ニーチェ(1844-1900)の処女作「悲劇の誕生(1872年)」だ。古典古代におけるギリシャ悲劇の変遷をニーチェは「アポロン的なもの」と「デイオニュソス的なもの」という二つの対立する概念を用いて論じた。太陽神アポロンはその光によってすべてのものに明確な形をあたえる。理知・理性はアポロン的なものである。一方、酒の神デイオニュソスの本質は陶酔である。シュンペーターの考える「企業家精神」は、ケインズの「アニマル・スピリッツ Animal spirits」と同じように明らかにデイオニュソス的なものだ。」(p.227, 228)

さらに経済と人口減少について、

3.「ケインズはケインズらしく、人口減少と経済の関係についていかにも経済学者然として論じた。これに対してシュンペーターが残した言葉は、はるかに「文明論的」である。」(p.210)

そして、

4.「しかしやがて生身の人間としての企業家自身が、資本主義の発展に伴い自らの「効用」を最大化する「普通の人」に変質してしまう。個人の効用最大化はどのような帰結をもたらすか。子供を生み育てるコストを冷静に計算し始めたとたんに少子化が始まる。シュンペーターは、企業家精神の衰えを示す兆候として少子化の進展を挙げるのである。」(p.229-230)

この2人の巨人は、お互いをどう認識していたのか?これも大変に面白い人間のドラマなのです。

皆さんも、ぜひ読んでみることをお勧めします。温故知新です。

また最近、George A. AkerlofとRobert J. Shillerによる“Animal Spirits: How Human Psychology Drives the Economy, and Why It Matters for Global Capitalism”が出版されました。

この本を読んで、この半年に渡る我が国の政策に対する感想ですが、

スピードも大事ですが、「100年に一度」(グリーンスパン元FRB議長)などといって、検証もせず、いい加減な公的資金の投入では困ります。政局がらみであることもありますが、補正予算などをみていると、ばら撒きに近く、縦割り予算になっている。政治、産業、大学、そして科学者も、リーダーシップにかけると思います。

本当かどうかは別として、「100年に一度」というのであれば、数年先からの大転換を明示したビジョンと政策の導入をしなければなりません。これがないのですね。このブログやいろんなところで繰り返し発言し、指摘しているところですが。(参考: 123456

産業構造もこのままでいいのでしょうか?今の産業界に“イノベーター”が出てくるのか?

社会のどこにでも必要なのは“イノベーター”。つまりは「出る杭」、「進取の気性に溢れる人たち」です。この様な人たちが極めて大事なのです。

知的な刺激に満ちた2日間、Azimiさん、宮川さん、池上さんと

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先週の金曜日(6月26日)、広島へ行ってきました。

UNITAR広島事務所の初代所長として6年の任期を勤め上げたNassrine Azimiさん参考)の最後のRoundtableです。「多様性Diversity」をテーマに、MITの宮川繁教授と私が講演をしました。会場は広島平和記念資料記念館の講堂です。この6年間にわたって素晴らしい活躍をされたAzimiさんのファンが大勢集まり、夜はAzimiさんのスタッフたちと、くつろぎながら食事をしました。

講演の様子や資料などの詳細はUNITARのサイト中国新聞に掲載されています。

翌27日は、Azimiさん、宮川さんと3人で安芸の宮島を散策しました。

夕方に帰京。MITの宮川さんに加えて、同じくアメリカで活躍する池上英子さん参考)と楽しく夕食を共にしました。

宮川さんはMITのOpenCourseWareを開発した責任者の一人で、ネット時代の大学教材のありかたを示した方です。また、日本でもよく知られる「敗北を抱きしめて Embracing Defeat」のJohn Dower教授Visualizing Culturesという、きわめてユニークでとても刺激的なコースを提供されている先生です。ペリーの来訪、日露戦争、広島の原爆の被害、資生堂等々が使われています。ぜひこれらのサイトを尋ねてみてください。

池上さんはこのブログで何度も紹介している名著「名誉と順応-サムライ精神の歴史社会学 'The Taming of The Samurai'」、最近では「美と礼節の絆-日本における交際文化の政治的起源 'Bonds of Civility: Aesthetic Networks and the Political Origins of Japanese Culture'」という日本文化史考察の2つの大書を著している方です。メールで交流はありましたが、お会いするのは今回が初めてでした。この2冊とも原作は英語(それぞれHarvard University Press, Cambridge University Pressです)なのですから、すごいことです。

とてもとても知的な刺激に満ちた、充実した2日間でした。

インドとカリフォルニアと東京

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東京でIndian Institute of Technology(IIT)University of California at Los Angeles(UCLA)University of California at Berkeley(UCB)の日本同窓会の主催で、“インド-日本-アメリカの関係”という楽しい集まりがありました。

前インド大使の榎木さんや前駐日インド大使のSethさんも参加され、パネルがあり、また楽しいNetworkingの時間でした。集まりの様子はanimoto slideshowで見れます。

この様な会合が開催されるのはうれしいことです。

イノベーション・クーリエ事業

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「イノベーション25」の政策を受けて、様々な施策や活動が始まっています。その一つに、私も協力している「イノベーション・クーリエ」という事業がありまして、いろんな事業、講演会、会誌を発行するなどの活動をしています。

今回、横浜で「水」をテーマにした展示会を開催しました。トラック掲載型海水飲料化システムや、バングラデッシュで実用化されている簡単な水浄化装置などが展示されました。いづれも素晴らしいものでした。しかし、アフリカをはじめ、もっともっと現地のニーズにあった装置の開発も必要であることを痛感しました。

日本ではどうしても技術先導で、しかも技術者がより良いものを、より精度を高く、ということに囚われるあまり、現地の人からすると、高価すぎるとか、現実的ではないものになりがちです。また、資金援助も国に頼ってばかりになっているのではないかと感じています。素晴らしいものは多いのですが、一日でも早く現地に届ける、そのための仕掛けや資金のあり方にも、違った視点や工夫が必要と思います。例えば現地での雇用を増やしたり、貧困から少しでも助け出そうという視点も欠けているようにも思えました。それは多くの人に現地での生活感や生活体験が欠けているからではないか?そこが、“Demand-Driven”のイノベーションが大いに有効なグローバル時代にあっての日本の弱さだと思います。

私も講演をしましたが、グラミーン銀行の実例や、KickStartのような素晴らしいNGOの活動にも触れました。これこそがイノベーションによる「新しい価値の創造」です。

地球温暖化へ、日本の目標はどこに?

地球温暖化は、全人類にとって21世紀最大の課題です。対策は遅々として進みません。難しい問題がたくさんあります。でも行動は待ったなしです。100年に一度の経済の低迷とかで、どこかに吹っ飛んでしまったかの様子もないではありませんが、大変なことです。

日本はどうでしょう。国家のビジョンと、国家のリーダーの役割 がこれほど求められているときは歴史的にもそうはありません。

5月24日、官邸で地球温暖化問題に関する懇談会が開催されました。これが最終回だと思いますが、どう国家の決断がされるのでしょうか?この懇談会の様子や資料はネットで見ることができます。私はやはり早口ですね。いつものことですが反省しています。資料ではパブコメと世論調査の大きな違いが目立ちます。なぜでしょうか?

日本は2006年G8サミットで、2050年までに世界全体でCO2排出量を50%削減するという、「CoolEarth 50」という米国も入れた画期的な国家のコミットメントを出しています。また、2008年の洞爺湖サミットでも2050年までに60~80%削減のコミットメントをしています。

では2020年への日本の中期目標はどこなのか?いまは各論ではなくて、従来のコミットメントを実現する道筋としての国家のコミットメントを宣言する時です。すべての可能性と分析はされているのです。できない理由を言っていてもいたし方ありません。やらなくてはいけないのです。今は大転換のときなのです。

「重層的な国際交流」を推進する教育と人材育成を

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わたしは、この20数年にわたって、若者たちに世界との他流試合をさせることの大事さを主張してきました。このブログの太字で示したようなキーワードで検索してみてください。プロスポーツの開国も、1995年の野茂から始まったメジャーリーグ、そしてサッカーのワールドカップやJリーグなどをとおして、日本の若者が目指す目標と価値観が、世界の若者と同じ方向へと変化しているのです。

日本の“国技”である相撲でさえ国際化して、この夏場所の千秋楽、最後の2つの取り組みの力士は皆外国人力士でした。外国人力士は、相撲界全体で約7%、幕内力士では30%、三役では40%、横綱はというと100%です。それでも、このことに怒りを感じているわけでもないと思います。日本人もがんばれと応援する、そして日本文化の価値が世界で知られるようになっている面もあるのです。

そうです、人材育成こそが国家の根幹であり、日本の将来にとってもっとも大事なことなのです。このグローバルな時代に、若者にはもっともっと外の世界に出て行って、違いや多様性と自分の価値を認識し、世界の仲間との連帯を構築することがもっとも大事なのです。これが私の提言です。

「Foreign Affairs」の1・2月号にPrinceton大学国際関係学部長Anne Marie Slaughterの素晴らしい論文が掲載されています。日本の大学との対比で考えると、日本の将来には不安が大いにあります。彼女は1月末から米国国務省の政策局長に就任しました。素敵な人事です。

先日、世界銀行の会議に参加しましたが、私の主張がハイライトされています。「Multilayered Brain Circulation」の重要性です。この主張を皆さんが支持してくれている証拠だと思います。

さて、日本は変わり大相撲化は進むのでしょうか?大学も企業も、内向きの先生や経営者が多くて、なかなか進みませんね。

カナダからの訪問

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このところカナダの話題(参考 123) が多いのですが、日加修好80周年ですから例年より交流が多いのかもしれません。

カナダの国会議員、House of CommonsOlivia Chowさんが、大使館の政治担当一等書記官Christopher Burtonさんを伴って、政策大学院大学(GRIPS)の私のオフィスに来られました。

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写真: Chowさん、Burtonさん、角南さん

時間は短かったですが、私と角南さんはトロントへ行ったばかりでしたし、話題は尽きませんでした。Chowさんは、Ito Peng教授も仲間ですよ、といっておられました。

どこで、誰がどう繋がっているか、分かりませんね。これが楽しいのですけどね。いつでも、どこでも“個人”として評価されて仲間が増えていくのです。

好機を捉える、大変革のとき。しかし、リーダーはどこに?

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日本の状況はすこぶるよろしくありません。もちろん世界中がよろしくない状況です。変革を起こし、政治、産業、経済、教育等々、将来の展望を皆が模索しているところです。

私の国家ビジョンについては、今年の始めから繰り返し発信していますが、4月25日発売の週刊ダイヤモンドにも「クリーンエネルギー技術を、中国・インドに売り込め!」というインタビュー記事が掲載されました。相変わらず、変われない理由、できない理由を言う人たちばかり。政治家も、産業界でも、リーダーたるものしっかりして欲しいものです。

民主党の党首が鳩山さんになりました。政治はどう動くでしょうか?

日本では公的資金の“投売り的”な補正予算の話ばかりで、もっぱらこれが政局がらみになっています。既得権グループへの“ばら撒き”の様相、または省庁の“つかみ取り”の様相です。将来への展望、ビジョンが示されず、せっかくの大転換のチャンスを捉えていないのです。誰かさんたちの無責任な大笑いが聞こえてきます。

科学技術政策も同じです。降って沸いたような3,000億円の大型補正予算ですが、これを何にどう使うのか?皆さんも良く見ておいてください。オバマ大統領の科学政策とはずいぶん違います。

若者に投資しない国に将来はありません。グローバル時代へ向かう若者たちには、広い世界を見せ、体験させることが大事なのです。若者たちこそが将来の財産なのですから。