ダボスから(3)-一流大学人の価値観、情熱、社会的ミッション

朝早くから、Cambridge大学のVice Chancellor Allison Richard氏(Vice Chancellorですが事実上のトップで学長です。以前に何度か紹介していますが、2年前にYale大学のProvostからスカウトされた女性です。)を囲んで朝食をとり、10人ほどで1時間少々彼女のビジョンを聞きました。特に私が感心するのは、Harvard大学学長のLawrence Summers氏、Yale大学学長のRichard Levin氏、Columbia大学学長のBollinger氏もそうですが、彼らは、大学はまず「教育の場である」という認識がはっきりとしているところです。国内ばかりでなく世界中から優れた学生(大学院ではありません)にいかにして来てもらうか、そして、入学した若者達をいかにして育て、世界に送り出すかを一番大事なことと考えています。大学は学部教育が一番大事、世界から素晴らしい若者に来てもらう、教育をどうするか、ということを繰り返し、異口同音に言います。例えばColumbia大学は、学部学生の15~20%が、大学院では50%が外国人だそうです。

アメリカでは9.11以後、ビザの取得が厳しくなり、海外からの学生が減ってきていることに皆が懸念を示しているのに、経済大国の日本の大学は何を考えているのでしょうか?と言うのが、いつも私が行っている主張、発言の趣旨なのです。世界で一流と考えられている大学のリーダー達からは、もっとよい世界を構築するのに貢献したい、そのような若者を国の内外から一人でも多く社会に送り出したい、という意気込みが感じられます。これこそが教育者の第一義的な社会的責任ではないでしょうか。私も本当にその価値観に共感します。

ところで、1/26のブログでも紹介したMIT初の女性学長のSusan Hockfield氏は、このAllison Richard氏の後任としてYale大学のProvostになった方です。それがわずか1年でMITのトップに招聘されたのです。日本でもたまにはこんなことが起こると、世界が驚くでしょうね。日本も変わるのかな?とね。立命館大学の大分キャンパス、Asia Pacific Universityは学部学生の40%強が外国からの留学生で、学長もMonte Cassimさんというスリランカの方です。去年の12月に講義に行きましたが、200人程の教室で70%程度が留学生でした。日本の若者にもよい影響を与えているようです。こんな大学、クラスがもっと増えると良いですね。どう思います?いやですか?

ダボスから(4)-小泉改革の話題

28日の午前は日本の話題があがりました。「Quiet Revolution of Junichiro Koizumi」というもので、タイトルはすごいですね。中川秀直議員、竹中平蔵大臣も登場し、Kimmit米国財務次官、AIGのNo.2だったKanaks氏(私の友人です。今度AIGを辞めますが、、、)なども参加していました。司会はNHKアメリカ総局長の藤沢氏で、なかなか面白かったです。しかし、聴衆の数はというとあまり多くはなかったですね。皆さん、ご苦労様でした。

イラクのセッションでは、イラクのハムデイ憲法委員会長、イランのサルミ開発大臣、ムーサアラブ連合事務局長等のアラブのリーダー、米国はゼーリック国務省次官、英国ストロー外務大臣等々が参加したパネルで、すばらしい討論が展開されていました。対立はしていますが、まずはレトリックが上手です。感心します。ちょうどパレスチナの選挙では、驚くことに「ハマス」が多数を獲得し、今日の中東問題、パレスチナ、イスラエル問題のセッションは、なんともいえない微妙なタイミングでした。

その後すぐにClinton元大統領とダボス会議議長Schwab教授の1時間ほどの対談がありました。まず、一番の心配事は、と聞かれて「気候変動だ」と。2番目は「政治経済が世界の大部分の人たちの幸せにつながっていないことだ」、「世界の人はもっと弱者、貧困への配慮が必要だ」と。3番目は「宗教的、文明の違いを超えたHumanityのグローバル社会を」と。しかし、マキアヴェリ、ウェバー、チャーチルを引用したり、即興でウィットのあるコメントしたり、Clinton氏は話で人の心を掴むのが本当に上手です。たいしたものです。国際的にも支援者は多いですね。

午後は、中川農林水産大臣が参加した「A Trade Compromise, for Now?」があり、これもなかなかよかったです。

ダボス会議の歴史や運営等に意見や見解の相違はあるでしょうが、それなりの実績のある国際的舞台になっているのは事実です。今回日本から3人の現職大臣を含めて中川政調会長、町村、川口両大臣経験者、また例年のことですが古川元久氏等の政治家の参加数が増えたのはよかったことだと思います。日本は何はともあれ経済は世界第2位の規模なのですから、それを反映させるように積極的に参加する企業リーダーがもう少し増えてもいいと思います。IBMの北城氏、ソニーの出井氏、野村ホールディングスの氏家氏、日本郵船の根本氏、日本碍子の柴田氏、キッコーマン、帝人、NHK、朝日、日経等も常連ですが、もっと多くてもいいように感じます。2,600人程の参加だそうですが、名簿で見る限り忙しい人達ばかりですし、特に政治家は当然ですが予測できませんから、最終的な参加者数とは異なるでしょう。大雑把に見て日本の参加者は全体の1.5%ぐらいですね、お付きの人は別として。

明日から、Stockholmへ移動し、Karolinska研究所(ノーベル医学生理学賞を選考するところです)で、Millennium Development Goalsの一部ですが、委員長をしているJeffrey Sachs氏たちと「Malaria」について会議です。

ダボスから(2)

今日は皆さんもよくご存知のHarvard大学のMichael Porter氏らと「The Future of Healthcare」というパネルに出ました。いやいや、これは本当に難しい問題ですね。医師は私だけで他は企業人、経営者でした。Porter氏はアメリカの医療についての本を執筆されたそうで、これは4月に出版されるそうです。そこで、日米医療の比較等から議論を始めないか、という話になりました。一橋大学大学院の竹内弘高教授、石倉洋子教授(今度の学術会議の副会長の一人)らがPorter氏の友人ですし、これは面白いかもしれません。日本でもどこでも、医療制度は大きな課題なのに中々先が見えません。

午後はBBCの雇用問題のセッションにも参加しました。米国の労働長官Elaine L Chao氏にもお会いしました(彼女のすぐ後ろに座っていたのでBBC放送で私を見かける人もいるかもしれません)。米国で初めてのアジア人女性の政府高官です。すごい経歴(Mt Holyoke College, MBA at Harvard, studied at Dartmouth, MIT, Columbia)ですが、まだ50歳になったばかりです。アメリカのエネルギー、ダイナミズムを感じます。しかし、人口が増え、中国、インド、イスラム、ラテンアメリカ等の経済成長と共に、雇用はどうなるのでしょうか?労働力が増えたらそれに伴って世界経済も成長するでしょうか?これは重要な問題ですね。経済と雇用は密接につながっていますからね。どんな経済が成長するのでしょうか。雇用が生まれなければ、失業者は増加し、不満はつのる一方ですね。グローバル時代の世界はどこに向かっているのでしょうか。

夜は、Japan Dinner Receptionがありました。今回のレセプションはこの3年で一番よかったかもしれません。多くのアジアからの参加者たちも来られましたし、この3年で始めて「寿司」が出ましたよ。新聞にも出ていたと思いますが、自民党の中川秀直政調会長、二階俊博経済産業大臣も来ましたし、経済同友会代表幹事で日本IBMの代表取締役会長でもある北城恪太郎氏、SONYの出井伸之氏、JETROの渡辺修理事長等々も来ていました。私としてはしばらくぶりに環境問題の大御所Lester Brown氏と会えたのがうれしかったです。Michael Porter氏も後から駆けつけてくれました。

レスター・ブラウン氏も参加した、「地球環境 危機からの脱出―科学技術が人類を救う」が出版されました。

ところで、去年は英国のBlair首相(GatesとBonoなどもそうでしょうか)が、一昨年は米国のPowell国務長官が一番スポットを浴びていたように思います。世界の動向からしても当然ですね。今年もGates、Bonoはマラリア、結核等の問題に積極的に発言しています。世界的な視野で何が出来るか、何をするのか、一人ひとりが考え、例え小さくても発言し行動するのは大事です。

写真: BBCニュース 米国労働長官 Ms.Chaoと私です。

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ダボスから(1)

25日から「ダボス会議(World Economic Forum)」に来ています。6年連続の出席ということになります。今年はなんと言っても「チャイナ、インド」が話題の中心です。勿論、アラブ問題、世界経済の動向、貧困等々、多くの問題を抱えていますが、全体のトーンは去年とはかなり違うと感じました。ドイツのメルケル新首相の登場と演説は極めて好評でした。去年はブレア首相の歴史に残るかもしれない名演説で始まり、これが同年7月のG8サミットのテーマとなりました。後からの検証になりますが、去年はG8学術会議がこれらのテーマに対して積極的な活動をし、気候変動とアフリカ問題のG8共同宣言を発表したという、科学者たちが国際政治のアジェンダに大変大きく関わった年だったと思います。これらについては2005/7/102006/1/12のブログでも取り上げています。

私がダボス会議に参加するようになったのは、これからの国際社会問題には企業、政治のみならず、科学者の関与が大事であると認識したからです。そしてこの動きはInter Academy Council(IAC)創設等へのきっかけにもなり、さらに、9.11後の2002年には例外的にニューヨークでの開催でしたが、その時から宗教各派のリーダー達も参加するようになりました。

去年からは主要大学学長の会合の場も設けられ、今年は東大の小宮山宏学長も来られました。小宮山氏とは往路が一緒の飛行機でお話する機会がありましたが、なかなか前向きに動き回っていていい方だと思います。26日の夜には東大主催のレセプションがあり、日本の政治家では町村信孝氏、川口順子氏が参加されました。またMIT学長のSusan Hockfield氏も来られて色々お話ができました。Hockfield氏はこの数日前に東京にいらっしゃっていたので、一度Bostonに帰ってからDavosに来たのか聞いたところ、14歳の娘がいるから1度戻られたとのことでした。

ところで“Science in the Wild”という妙なタイトルのパネルに参加しましたが、司会がLancetの編集長をしているHorton氏で、今回はじめて知り合うことができました。まだ45歳です。しかしみんな若いですね。うらやましいです。ダボス会議でいつも思うのですが、どの分野でも世界のリーダーというのは若い人達です。これは私の持論ですが。2003年と2004年のダボス会議についてもブログに書いていますので、是非見てくださいね。また、この会議については http://www.weforum.org/ も見てください。

宇沢弘文先生の思想に触れる:医療政策の基本理念-ワシントンから

去年の暮れに経済学者の宇沢弘文先生と鼎談をしました。宇沢先生は私が心から尊敬する、数少ない本物の学者のお一人です。

この鼎談は、宇沢先生の他にもうひと方、やはり私の尊敬する賛育会病院院長鴨下重彦先生との三人で行いました。司会はこの鼎談を企画した「DOCTOR’S MAGAZINE」を発行する、メディカル・プリンシプル社中村敬彦社長です。この鼎談は「DOCTOR’S MAGAZINE」2006年1月号に掲載されました。宇沢先生の思想の一部に触れることが出来ますので、ぜひ読んでみてください。お勧めです。

 「鼎談、経済学者宇沢弘文氏を迎えて:社会的共通資本という視点から医療を語る」

また、鴨下先生が書かれたコラムを紹介します。こちらを読んでもらえれば、先生のお考えの一部に触れることが出来ると思います。こちらもお勧めです。

 「私が見た南原、矢内原時代」

学(アカデミア)と政府間の政策協議のありかた、その1

今、ワシントンの米国National Academyに来ています。

米国ではNew York Cityでの「9.11事件」の後、国家安全省を設立し、国際的な枠組みで科学技術と国家安全対策についての協議を始めました。当然のことですね。日本と米国の間でも、平成15年2月から政府間協議が行われています。

ここで、学術会議とNational Academy of Sciences(NAS)は、政府とは別で独立するものの、政府間協議とはパラレルに討議を行うことにしました。政府間の政策協議に独立した科学者コミュニティーが提言をしようというこのようなプロセスは、日本では初めてのことだと思います。米国では早速国務省が財政的支援をすることになり、去年2月にはつくばで「The Future of Sensors and Sensor Systems」というワークショップを開催しました。このワークショップの内容はNational Academyのサイトで見ることが出来ます。

また、昨年の7/10に書いた「G8サミットのこと」でも報告したように、英国のブレア首相が主催したG8サミットでも、G8の学術会議が「気候変動に対する世界的対応」「アフリカ開発のための科学技術」を提出し、G8宣言コミュニケにも取り入れられました。

このように、政府間の政策にも科学者が独立した形で参加することが大事だということを、もっと広く知ってほしいと思います。

国民の求める医療政策を

日本には独立した政策提言機構、つまり「シンクタンク」がないとよく言われます。本当にその通りです。去年の7月に私達が立ち上げたNPO日本医療政策機構とその活動についてお知らせしましたが、2月18日(土)に、シンポジウム「日本の決断-国民が真に求める医療政策とは」を開催することになりました。

政策の立案及び提言に関わる諸団体のトップリーダーが一堂に会し、現行の日本の医療政策についてディスカッションを行います。安倍官房長官もこられる予定です。詳細は上記のサイトにも紹介しておりますので、是非ご覧ください。

今回はシンポジウムにあわせて、「国民が真に求める医療政策とは何か」というテーマで、事前に世論調査も実施します。この世論調査の結果も踏まえて、今後の医療政策の方向性を提示したいと思います。

その他の医療政策に関する活動についてもお知らせしていますので、時々日本医療政策機構のサイトを訪ねてください。

 

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

去年は、ブログの更新頻度が少なくて申し訳ありませんでした。年の初めのダボス会議、その後のオランダでの会議等でネットワーク環境が悪かったのが痛かったです。今年はもう少し励みますので、よろしくおねがいします。

今日はサンフランシスコに来ています。2日間滞在してワシントンに行きます。去年は学術関係、UNESCO、G8サミット、WHOなどの会議への参加が多く、結局1年のうち90日が海外でした。今年も結構忙しくなりそうですが、それなりにがんばります。

医療制度改革、教育改革、科学技術政策、また新しくなった学術会議等々、国内でも忙しくしていますが、このブログをとおして、皆さんと意見交換ができるといいなと思います。皆さんのご意見、メッセージお待ちしています。

医療政策の課題

医療政策はどこの国でもおおきな問題になっていますね。

日本も例外ではありません。医療技術の進歩、新しい薬、生命科学の進歩等もありますが、さらに、生活習慣病を中心とした性疾患と高齢社会を迎えての高齢者に起こりやすい疾患への対策等、従来の医療制度とは基本的に相容れない変化があるのです。今政府では医療制度改革をめぐる議論が盛んですが、この根本的な社会変化を考えたしっかりとしたビジョンがないので、制度改革に対し国民は不安を感じるのです。今年の6月にGates Foundation等が中心となってシアトルで開催されたPacific Health Summitでも、いいことばかりが議論されがちでしたが、この辺を踏まえた意見を述べてきました。世界的規模で見たときの豊かな国の社会的責任も考えなければならないという視点です。

Pacific Health Summitのレポートの11ページに私のコメントが出ています。

“Kurokawa urged the audience to not just think of health care efficiency as something that "can let you live until 90 instead of 80." He argued instead that rich countries should radically refocus priorities on the relatively simple and efficient solutions that could save millions of lives in the developing world, …”

最後のまとめにあるように、Princeton大学のMay Cheng氏、GE HealthcareのWilliam Clarke氏等の意見も同じだと思います。これは今年の国連でのMillennium Developing Goalsでも示されている理念ですから、皆さんもよく考えてみてください。

新生日本学術会議

第20期日本学術会議が10月からスタートしました。日本学術会議法の一部を改正する法律が認められた後の「新生学術会議」として、第19期に引き続き私が会長に選出されました。

今回は従来の会員の8割が交代し、今まで7部制だったものを3部制としました。特に目を引くのは、全くいなかった40歳代以下の会員を14名選出し、女性会員の割合を6%から20%へと増やし、会員の若返りを行ったことです。若い世代から現場の声を吸い上げて、科学技術、その他の政策等について提言を行うことが目的です。また、日本の科学者コミュニティーとしての社会に対する責務を真剣に議論し、日本の科学者コミュニティーの代表機関として、海外アカデミーとの連携について新生日本学術会議が今後どのように活動していくか、国内のみならず、海外でも注目されています。

私自身は1年弱の任期ですが、下記3名の副会長と共に、これまでの活動を踏まえ、将来への躍動する、自律した社会的責任を果たす科学者コミュニティーの核としての機能体となる会議体を構築していきたいと考えています。

日本学術会議 副会長
 浅島 誠    (東京大学大学院総合文化研究科教授)
 大垣 眞一郎 (東京大学大学院工学系研究科教授)
 石倉 洋子   (一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

関連記事が朝日新聞10月11日(火)夕刊他に出ています。是非ご覧下さい。