「医学生のお勉強」 Chapter6:医療経済(9)

昨今の医療費自己負担の増加等の議論を聞いていると
いかに医療制度の本質に関わる論点が抜けているかが、
よく理解されるのではないでしょうか
セッションのオリジナルタイトル/Healthcare System and Healthcare Economy

 

■医療改革をするのは政治家じゃない、国民だ!

黒川:
イギリスはね、日本よりも公的医療費がGDP比で少ない。だから今みたいな話があるから、「国のお金を医療にもっとつぎ込もう」という国民の声がでてくるわけ。だから今ブレア首相は政治的な判断で「増やす」と言ってるわけ。みんなの「これじゃ困るから、もっと税金を使ってもいいですよ」というのが、政治を動かす声なんじゃないの。イギリス政府も「それはひどいなあ」っていうことで、常に政治と国民の間でゆれてるわけ。「ここまでひどいんだったら、お金を使ってください」という圧力が国民からくるから変わってくるわけでさ。今のイギリスはあまりにも公的なお金を医療費に使わなすぎるということが問題だから、「もっと使え!」っていう話になってきた。政治を動かすのは国民なんだよ。
だから今みんなが、「国のお金をもっと医療費に使え」「自分でこれ以上払いたくない」「日本でもターミナルケアにもっと使え」と国に言って、政府が「やるだけのことをやりましょう」と言ったら、みんなは「もっと税金あげてもいいや」って言うか、という話をみんなに投げかけているんです。それをしないで「上からやってください」と黙ってるところに日本の問題があると僕は思う。「それだったら公的なセーフティネットのレベルをもっと上げてよ。そのためにもっとお金を使ってよ」と自分たちが言うことです。お金を使わないで「それだけのことをやってよ」というのはまずいんじゃない? って僕は言っているわけ。今まではそうしていなかったからおかしくなる。
医療事故が起こるでしょ。看護婦さんが少ない、若いお医者さんが少ない、ということも原因。だから、「医療費をもっと使っていいよ」っていう話になってくれればいい。

――:
日本では往々にして逆の発想がありますよね。医療事故を起こすぐらいだったら使ってもいいか、っていう発想。

黒川:
僕が言ってるのは、パチンコに30兆円も使える人たちが、なんで医療費は30兆円までで、それを分けようとするの?

――:
それはそう主張している人が病気じゃないから。病気になったらパチンコをやめようと思うんでしょうけど。

黒川:
だから自分の国の政治への参加意識をもっと持ってもいいんじゃない、と言ってるんだけど。国のお金をもっと使うかを決めるのは政治家じゃない、国民だ。本当はね。

司会:
例えば井伊先生がこのような文献の中で、医療保険制度のいろいろな問題点とか、こうしたらいいのではないかとか、アピールしているようなことがあるじゃないですか。反対する層はどこが一番強いですか? 医者もそうだろうし。新聞を読んでいる一般の国民、政治家、厚生省もそうでしょうし。実際に提示した事柄を誰に一番アピールしたいですか?

黒川:
「どうやったら一番戦略として有効か」ということが大事な考え方なんだけど。今までの日本ではみんな行政が実権を握っている。立法府は弱いわけよ。国民はみんな補助金をもらおうという人ばかりだから、官僚に賄賂を使う。だから国民の声がなかなかでないですよ。国民の声を出すためには、より正確なたくさんの情報を常に国民に与えなくちゃならないんだけど、マスメディアも最初から偏ってるし、正確な情報が少ない。そこに問題があるなあと思うんだけどね。でも今はインターネットとかあるから、例えば東海大学の医療事故のときは、実際は看護婦さんが大変だったってことがわかって、「大変ですね」っていう声が増えた。だけど、「もっと看護婦さんを増やそうよ」という声がどこからもでてこないっていうのがね、問題だと思って。
私、機会があるたびに「共産国家なんてもうたくさんだ」って話すんだけど、それをどう政策に持っていくかがすごく大事。政治家にとって一番大事なのは、次の選挙に落ちないということ。次の票をくれるところに一番お金をまわすから、土建屋さんにあげるわけ。医療には来ない。「医療支援をやらない人には票をやらないぞ!」っていうキャンペーンを誰がするか、っていうのが問題だなって思う。そういう意味では、マスメディアのあり方も問題。例えば「ターミナル医療をどうしよう」ということを、メディアは医療側と患者側、両方の意見を対立させて出さない。片方の意見だけしか出さないからすごくまずいなあと思ってるんだよ。

司会:
偶然なんですが、今週の『週刊ダイヤモンド』に記事がでています。「こんなにずさんな病院経営」。これだけを読んだ人は、今、先生がおっしゃったような医療制度、保険制度をどうするのか、ってことを聞かれたときに、かなりバイアスがかかっちゃいますね。

井伊:
何が無駄で、何が必要なのか。無駄な面もあるのでね、それをなくして、足りないところに持っていく。
日本人は水と安全と空気はタダだと思っている。医療もそうだと思っていて、コスト意識を入れていくことでこれからは変わっていくのではないかと思います。

黒川:
私、「医療費30兆円。でも入院した人がお医者さんにお礼をしたりする。看護婦さんに果物を持ってったり。あれは年間にいくらくらいか知ってますか?」って必ず言うんだよ、いつも。正確な数字がでてるわけじゃないけど、だいたい2000億円くらいじゃないか。池上先生の本の『日本の医療』には3000億円じゃないかって書いてある。みんなそれを聞くととんでもないと思うわけよ。みんなそういう反応する。
でも、ある人がお腹が痛くて近くの病院で検査をして、「胃がんです。今なら手術で間に合いますよ」と言われたら、「ほんとかな?」って思って、もしかしたら私に電話がくるかもしれない。それでここでまた検査をして、やっぱりそうだったけど、今手術すれば間に合う。そこで幕内教授にお願いしたら、忙しくて6週間かかってしまう、と。「6週間待って大丈夫? 万一大丈夫じゃなかったら・・・」って、心配になってまた私に言ってくる。それで幕内先生に、「そこをなんとか・・・」って話をして、無理して1週間で手術してもらう。確かに手術はうまくいって2週間で退院するわけね。本当に先生のおかげで一命をとりとめた、って。どうするその人? 先生のおかげと思うじゃないの。「いりませんよ」と言われても、お礼をしたいと思う。良くなるとそういう気持ちがでてくるのは当然です。そうすると、「先生のご自宅は?」って聞かれて、患者さんは何かするでしょう。患者さんはハッピーなんですよ。何かしたいと思っている。それを悪いと言えますか? 「みんなやってるでしょ」と言うと、みんな黙っちゃう。いいものにはお金を払ってもいいという選択権が発動されているわけじゃない。どうしてそれが一概に悪いって言えるのか。最初から「私の手術はいくらです」と言っといてくれたらいいんだけど。だから、それを前もってオープンに話しておいたほうがいいんです、と言ってるわけ。

――:
「医療保険は最低ここまでやる」というベースラインがあって、それをどこにするかが大問題で、井伊先生のほうは余分と思われるところを削ろうとおっしゃっていて、黒川先生のほうはベースライン以上の働きに対しては、医者のモチベーションを高めるためにも能力別に払おうとおっしゃっている。両方とも混在していて、どちらも資本主義だと思うんです。

井伊:
両方起きると思う。

――:
そのときにベースラインをどう動かすかでいろいろ変わると思う。最低ラインをどこまで下げるかということと、基準以上のものに対してどのくらい付加価値を払うか、という2つがごちゃごちゃになって議論されている気がします。
私が経済学者だったら、「ベースラインをどう動かすかで、モラルハザード曲線がどう動くか」というリサーチをしてみたら面白いなって思います。

黒川:
最低ラインは上げても下げてもいいんです。ただみんながどこをほしいかです。

――:
もし先生のおっしゃっている二段階方式を「国として採用しましょう」ということになったら、実際どういう手続きになっていくのでしょうか? そういう話を聞きたいと思っていたんですが。そうなれば家族の話し合いになると思うけど、それは法律じゃないし・・・。

黒川:
それじゃあ、家族が自分たちの意思を表明してる? 例えばリビングウィルじゃなくてアドバンスディレクティブっていうのがある。「自分がもし脳溢血でどうにもならなくなったとき、あなたはどうしてほしいですか?」って。「もし心臓が停止したら、どうしてほしい」って書くの。そういうのがある。

――:
日本で例えば二段階方式になると、具体的にどういう手続きになるんですか? まずパブリック・コンセンサスが必要ですよね。

黒川:
できると思うのはね、病院で差額をつけられるのは病室だけなんです。病室にどういう価格をつけたっていいわけじゃない。例えば東海大学は「1日10万円」っていう部屋があっても誰も使わない。でも順天堂大学は都内にあるから「1日10万円」という部屋があります。お付きの人の部屋もあって、それでも満員なんだから。それは保険医療をしていて、部屋の差額だけ実費で払っている。だけど順天堂大学がその部屋を30万円にしたらやっていけない。マーケットの価値と経営を見て決めているんです。そういう判断をさせてもいいんじゃないの? 東海大学も「1日10万円」っていったらいつも空いているよ。ぐっと下げて「1日3万円」だとくるかな? それでも満室にするにはどうしたらいいかって、病院も考えなくちゃいけない。そういうところがまったくないでしょ、今の制度には。
お医者さんの初診料が「30分で2万円」といったときに、評判が悪いのに2万円払うとなると誰も来なくなる。そうすると値段を下げますよ。そのへんが自分をいかに売るかということ。患者さんもお金を払うのであればいろんな人から聞いたり、自分で情報を集めて一生懸命調べますよ。今は病院では、外来患者さんに紹介状がなければ初診料はいくら取ってもいい。慶應大学では紹介状がなくて外来に来た人は、初診は5000円払う。東海大学で5000円も取ったら誰も来なくなる。地域の条件が違う。だからここでは1500円か。そのへんは自由なんです。その自由度を保険の上にのせようとすると、「それはいくらにしなさい」と国からいわれるから困る。それぞれに決めさせればと思うんだよ。結局患者さんが払ったものに満足するか、だと思うんだけどね。

――:
今は部屋だけで差額を取ってるんですね。

黒川:
紹介状のあるなしに関係なく、初診料もやってもいいんじゃないか。

――:
これをやっていくと国民の意識も高まってきて、徐々に変わっていって、っていう方向でしょうか?

井伊:
疾病の構造とかもあるでしょうし、法律で「これはいい」とはなかなか言えないですよね。日本の経済状況がどうなっていくかわからないけれども、「これがいい」「こうなる」って押しつけるのは良くないですよね。

黒川:
規制緩和ですよ。緩和できるところをだんだん増やしていけばいい。

――:
そうすると徐々に競争が働く。

井伊:
医療の場合はセーフティネットが大切で、それを監視しなくちゃいけないけど。それはソニーがプレステ2やウオークマンを売ったりすることとは違う。

黒川:
そういうコンペティションを作るわけじゃなくて、今のセーフティネット以外は自由にして規制をしなければ、一番質のいいものが安く手に入るようになる。

井伊:
マッキンゼーというコンサルタント会社の医療を担当している人が言っていたのですが、飛行機に乗るときにファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがあるが、日本の医療はみんながエコノミーに乗るようなもの。ファーストクラスやビジネスクラスがあることで機体の更新が早くなって、エコノミーの質も上がっていく。医療もそうやって選択を増やすことによって全体のレベルが上がっていくし、制度改革をすることによって社会保障がカバーする部分も増えていく。今みたいにエコノミーだけだと、ずっと古い機体で飛ばなくちゃいけない。だったらファーストクラス、ビジネスクラスを作って全体の質の向上を目指したほうがいいんじゃないかと思います。

 

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■仲間たちの横顔 File No.28

Profile
私は大学の理工学部で化学を専攻していました。もともと医学の道に興味はあり、専攻も生化学でした。医学に興味があった理由は、困っている人の味方になってあげたいと思ったからです。世の中は競争社会で、全く健常者のためのものであることが多いのですが、そんな中で医学には、思いやりがあるではないかと考えたのです。LOVE and PEACE!!

Message
みんなの本音を、答えのでないテーマの中、いろいろ聞けたのはとても興味深いものがありました。またみんな様々なバックグラウンドなのでそこもひきつけられる一因だったと思います。

 

Exposition:

  • ターミナル医療(ターミナルケア)
    終末期医療のこと。一般的には癌患者らの痛みのコントロールを目的とした緩和医療等を指す。終末期にある患者の人間としての尊厳を重視しその生命の質を高めることは現代医療にとって重要な課題である。法的な整備がないため様々な課題を抱えている。
  • 幕内博康
    東海大学医学部外科教授。我が国の消化器の外科的手術の第一人者。
  • マッキンゼー
    マッキンゼー・アンド・カンパニー。1926年にシカゴ大学の経営学教授マッキンゼー達によって創設された経営コンサルティング会社。世界44カ国に83の支社があり、日本支社は71年に東京に開設され、マッキンゼーのアジア・パシフィック地域の中核となっている。

 

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