個人の希望や要求に対して医師として倫理観が問われる
極めて重いテーマです
セッションのオリジナルタイトル/In Vitro Fertilization And Gene Technology
■出生前診断と優生学
黒川:
生殖医療は、本来は不妊でどうしても子供がほしいんだけど、子供ができないっていう夫婦のためのレスキュー。今も大部分がそうだけど・・・。
それが今は変わってきてて、さっき言った骨髄移植のドナーを確保するとか、最近、鹿児島大学では、ある女の人が血友病のキャリアなんだけど子供が血友病になっちゃかわいそうだ、ネガティブな遺伝子がでてはかわいそうだということで、血友病の遺伝子を持っているか持っていないか判断した上で受精卵を子宮に戻すということなんだ。だけどこれは明らかな血友病という病気の遺伝子なんだけど、どこまでがネガティブと判断するのか。それにドナーを選ぶ事が優生学や人種差別じゃないかって。
――:
先生が、今『優生学と人間社会』をご覧になっていたので思い出したのですが、やっぱり今不妊治療がどんどん技術化してきてしまって、「いい遺伝子がほしい」って・・・。でも普通に結婚するときはあんまりそんなことは考えないじゃないですか。
黒川:
考えてるかもしれない。(笑)
――:
でもお見合いとか、そうじゃない?
――:
でも遺伝子まで調べたりしないでしょう?
黒川:
でも家系調べてるよね、お見合いはそうじゃない。
――:
まあ、そうかもしれないけど。最近、優生学が随分と復活してきて、社会科学の人たちはすごく心配してる。本なども随分と新しいものがでてきているし。だんだんそういう方向にいって、じゃあ「弱い人はいらない」とか、「頭が良くなくちゃいや」だとか。
――:
この『優生学と人間社会』の本はね、この文献は」「優生学イコール恐ろしいもの」っていうのとは逆で、「なんで優生学が今、広がるのか」という疑問から出発しているんです。優生学がでてきたのはちょうど70年代ぐらいからで、優生学の立場に立つ人は、「自分たちが望ましい遺伝子を残そうとしている」と考えられていて、そして今の遺伝子治療みたいなものが優生学として攻撃されるんだけど。
例えばナチスというのが優生学の負のイメージとして使われだしたのは70年代からで、その前は日本にも優生保護法というのがあったし、福祉国家が確立する過程で、例えば遺伝的に欠陥を持っている人が生まれてきたら、福祉でそういう人の面倒をみなければならないから、国家としてはお金がかかる。だからそういう人はできるだけ生まれないようにしよう、というのが当たり前にあった。
――:
不勉強で申し訳ないのですが、70年代になって急に言われるようになったきっかけはなんですか?
――:
まず、公民権運動とかで「個人の人権を主張する」「個人の自由を尊重しよう」という運動が世界的に高まったということと、あとはその頃分子生物学が飛躍的に発達した。ワトソンとクリックのDNAとか。あとはベトナム戦争が始まって科学技術一般に人々が不信をいだいたということがあるのではないか、ということがこの本には書いてありました。
――:
今の、「優生学的な思想」ということに対してちょっと興味深いアンケートの結果がありまして、『TIME』誌に「デザイナーベイビー」というタイトルの記事として載っていました。まず、「もしあなたが治療不可能な病気の遺伝子を持っている場合、妊娠したときにお腹の子供がその遺伝子を持っているかどうかテストしますか? しませんか?」という問いに対して、YESが70%でNOが26%だから、半分以上の人がそういう場合にはそのテストを受けたいと思っているわけです。さらに興味深いのは実際にそのテストを受けた人に対して次の質問で、「テストの結果が、残念ながら病気を持っている、という場合、あなたは堕胎しますか?」というもの。これに対しては、4割の人が「堕胎します」で、一方半分近くの48%は「しません」と答えている。
またこの話と似たような話で、ある産婦人科のお医者さんから聞いたんですけど、妊娠している女性に「あなたにはいくつかの遺伝子疾患の危険因子があります。そのテストを受けますか?」って。たまたま良く知っている方だったので教えてくれたんですが、「こういうテストを受けるということは、結果が陽性で、つまり残念な結果だった場合は堕胎する、ということを前提にして考えてください」と言ったそうです。「どんな子供が生まれても育てる、というのならば、この検査は受けないほうがいい。すごく低い確率だけど、テストじたいが胎児に悪影響を与える可能性もでてくるわけだから、検査する意味がなくなる」とも。
今のこの場で議論している話に戻すと、例えば「知りたい」ということと、「病気を持っていたから、産まない」ということとはちょっと違う。その産科の先生が言っていたことも、「検査をわざわざ受けて、残念な結果であったならこうすべきだと、みんな頭では理解した上で受けるけれども、実際は堕胎するかどうかについては残念な結果になってから悩みます、と。だからその検査を受ける前によくよく考えて」ということです。そのへんはかなり感情がからんでくるから・・・「異常が判明したときはどうしよう」という・・・。
――:
今、言っていることと同じようなケースですが、僕の知り合いの奥さんで産婦人科医をなさっている方が30代で初産で、「ダウン症の可能性がある」ということを考えてそのテストを受けたんですね。実際残念なことにダウン症だったということです。ただご婦人は「もちろん産む」と。先ほどの話みたいに調べたからわかった。「結果がわかってすごく悩んだんだけど、産むことに対しては悩まなかった。もし仮に障害があっても産もう」って。それはその方の価値観だと思うのですが。
それともう一つ。優生学の話を聞いていて、どうも少し気分が良くないなあと感じていたんです。それはなぜかというと、優生学を唱えている学者、研究者もしくは政治家は、自分は優秀な遺伝子をもっているという、おそらく無意識の前提のもとで話している恐れがあると思います。そうでなければいいのですが。けっこう、そういう自分が優れているという前提に立って優生学を唱えている方たちもいるのかな?っていうことがちょっと気になったことなんですけどね。
――:
ちょっと思ったのは、さっきの分子生物学の先生のお話で、本来子供ができない人に対して行われた不妊治療から生まれてくる子供は、「強いものが残って、弱いものは残らない」というダーウィンの進化論からすると、もしかしたら遺伝的に病気を持ったりして、生まれてくるはずではなかった弱いものかもしれないということですよね。だけど一方で精子バンク、卵子バンクというのは優生学的な思想が強いものではないかと思うのです。つまり、不妊治療はすごく両極端なんじゃないかと、今すごく、不思議に感じました。
――:
さっきの「結局残念な結果でも産む」という話ですが、残念な結果でも生むことを決めた人のインタビューを見たときに、そういう子供が生まれてくるって事前にわかっていれば、病院がすぐ対応できるように準備が整えられて、たとえ障害を持った子供が生まれてもその瞬間から万全な体制でケアできる、ということもいえる。それは非常によいのではないかと思う。「堕胎するため」ということではなく、万が一障害があったときに、「最初から万全の処置ができるため」という意味でも出生前診断があるのかな?って思います。
――:
今のことに関連して、ダウン症の場合、生まれてすぐに、そのすぐというのがどのくらいすぐかはわからないけど、何かの治療を施すと障害とかがあまり進行しないっていうか、わりと抑えられるという事例もあるらしくて。そういうの、望む人にはできるものはやったほうがいいと思う。
――:
自分のこととして考えると、ここは女性がたくさんいるけど、例えば妊娠しているとするでしょ。それで、「ダウン症の子供が生まれる確立が非常に高い」という診断を、今、受けました。どうしますか? みなさんそれぞれ対応が違うと思うんです。
それに僕がいつも思うのは、障害を持っている人はたくさんいて、実際、社会の中で活躍している人がたくさんいるし、すごく幸せな人もたくさんいる。それは事実として認めるし、否定もしないけど、その一方で、テレビとかではでてこない僕たちが知らないようなこともあるんじゃないかなと、僕は思う。「あなたのお腹の子には障害がありますよ」といわれたとき、経済的な壁とか、社会的、精神的な壁を乗り越えられる自信があるかっていうのは人それぞれ違うと思うけど、こういうことを前提に考えてみると、今話していることに対して自分なりの考えがつきやすいかな、って。
――:
結局は、出生前診断について「メリットはこういうのがあって、デメリットはこういうのがある」と患者さんに知らせるところまでは医者ができて、あとは患者さんが自分の人生観と価値観を持って決めるという感じがします。
――:
それはなんでもそう。告知でもそう。
――:
私は公的な施設で働いていたのですが、そこはある程度障害があると無料で利用できるので、経済的に苦しくて生活保護を受けている人たちも多かったのです。やはりかなりの年齢の方になると、社会的サポートがない頃に生まれた方とか、だんだん障害がでてきた方とか、生まれてすぐにわりと社会的なサポートがあった方とか、それぞれ環境が違うんですね。
病気が出生前からわかっていて、生まれたらすぐにいろいろなことができればすごくいい、っていうことはあるとは思いますが、その前に「そういう障害を持っているから、じゃあ産まない」という選択肢そのものが存在することが正しいのかどうか、私は非常に疑問に思う。その段階が親のチョイスだということはわかるんですが、私の経験からいうと、出生前診断ができない時代に生まれた方が施設に入っているのですが、現在の社会的サポートからは想像ができないほどものすごく大変な時期に生まれて、今、そこにいらっしゃる。それが決して間違ったことではないと感じさせられるんです。ちょっと感情的な話になってしまって申しわけないのですが・・・。生まれる前からの準備っていうのはすごく大事だし、それもすごくよくわかるけど、わかった段階で、「それだったら産まない」っていうことがチョイスとして本当に存在していいのかどうか、ということをずっと疑問に思っていました。そこから考えてほしいんですけど・・・。
――:
先に治療を整えられるから、「調べるか、調べないか」というチョイスは存在していいと思うけど、「堕胎する」ということをチョイスにしていいかどうか・・・。
――:
答えはすぐにはでないと思うけど。たった今、自分あるいは配偶者が妊娠しているとして、障害を持った子供が生まれるということが事前にわかっているとき、「今の時点であれば法的に中絶することも可能である」そいうことが事前にわかっているとき、「今の時点であれば法的に中絶することも可能である」という場合だったら、すぐに答えられなくない? 僕はすごくジレンマっていうか、「中絶で殺してしまう」ということに対する抵抗とか、やがてくるであろうさまざまな負担に打ち勝てるんだろうかという不安を感じる。それからもっと先の将来、自分たち、つまり親が死んでしまった場合その子はどうしたらいいのか、などとずっと考えていくと、第三者的にそれはおかしいとか言ってるけど、当の本人の立場になるとなかなか難しい。僕の息子が生まれたときの経験から言うと、けっこう生まれる直前になると「もうなんでもいいから元気であればいい」って思った。みんなそういうふうに思うと思うけどね。
――:
知り合いの女医さんが高齢出産で、子供を産もうと思って検査をしたら、「障害がでている」って。どんな障害かははっきり聞かなかったんですが、彼女は経済的な負担もなかったし、子供もほしかったので産んだんですね。産んだら障害がなかった。どういういきさつがあったのかわかりませんが、検査が間違っていたのか、何かがあって・・・。その人は、「本当に産んでおいてよかった」って言っていました。なんか、すごく難しいと・・・。検査というのはどうなっているんですか? 頼むと検査するんですか? それとも先生が「検査しましょう」と言うんですか?
――:
「こういう検査があります」って先生が教えてくれるんだと思う。
――:
そのへんはとても難しいですよね。「この検査がありますよ」って言われて、何も考えずに受けてしまう人もいるでしょうね。あまりみんな自分に障害のある子供が生まれるとは思っていないじゃないですか。そのへんがすごく難しい。
――:
今は遺伝子診断というのは、わかりやすいものだったら100%でると思うんですが、確かそのほかの生涯というのは確立で提示されて、「あなたのお子さんの場合はこの確立が高くなっているので、どうしますか?」という選択のしかただと思うので、たぶんその確立が高かったけど、障害はなく生まれてきたんだと思う。
上級生:
まったくそうだと思いますね。「可能性が高い」としか言えない。今みたいなケースは私は新聞で読みましたけど、検査をしたらダウン症の可能性が高かったけど、生まれてみたら染色体異常はなかったというのはありました。
――:
絨毛検査とかは一般的に趣旨と目的を説明して、妊婦さんに行うのですか?
上級生:
産科をまわったときに、私はハイリスクな妊婦を見ていたのですが、幸いそのようなシチュエーションではなかったのでわからないのですが、例えばエコーで見るとか診察をして、もし必要があるのだったら、採血をすると思います。それで「検査値が高いので、もうちょっと検査進めますか?」・・・ということでは。歯切れの悪い答えしかできないのですが。
今までは羊水穿刺をやっていたけど、最近は妊婦の静脈血採取でできるでしょ。
――:
そうです。
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■仲間たちの横顔 FILE No.14 Profile 私は地元の国立大学の理学部生物科学科を卒業してすぐ、こちらの東海大学へ学士編入しました。生物科学科での4年間はその名が表すとおり、生物に関する全般を学び、特に4年生の間は分子生物学教室に所属し、実験にいそしむ毎日でした。私は実験することに興味を持っていたので。大学を卒業したら大学院に進み、同大学の医学部の基礎の教室で実験したいと考えていました。卒業が近づき、私がいったい何をしたいのか、何の実験をしたいのかを真剣に考え、両親と相談を重ねるにつれ、私はある一つの考えにとらわれました。それは、基礎的な実験・研究を自ら臨床の現場に応用したい、という考えでした。そして今、わたしは周囲のいろいろな人の協力によりここにいます。入学してからも周りの人たちから毎日のように助けていただいています。同じ学士の高いモチベーションを自分にとっての良い刺激とし、日々研鑽していきたいと思っています。 Message まず、学士のみなさんがいままで経験されてきた物事の多彩さ、知識の多さ、深さ、そして人となりに大変衝撃を受けました。私がまだ社会人として一度も社会に出た経験を持たない、ということも大きな理由になるかもしれませんが、私がまだ未経験である社会というものはこんなに多彩で奥深いものなのだということを切に感じました。またこの授業は、学士のみなさんの考え、人柄を理解するにあたっての良い機会になり得たと思います。まさに一石二鳥、いや、二鳥どころではすみません。
Exposition:
- ワトソンとクリック
アメリカ人分子生物学者ワトソン(James Dewey Watson;1928~)とイギリス人分子生物学者クリック(Francis Harry Compton Crick;1916~)は1953年4月にDNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造式を解明した。これにより生命が子孫に形質を伝える仕組みが理解できるようになった。62年に「DNAの二重らせんモデル」でノーベル生理学・医学賞を受賞。 - ダウン症
ダウン症候群。21番染色体が正常より1つ多いために種々の症状がでること。1866年イギリスの眼科医ダウン博士(J.L.Langdon-Down)の報告による。59年にフランスの研究者らによって、染色体異常によることが原因であることが確認された。21番染色体が3本あることから「21トリソミー」とも呼ばれる。かつて「蒙古症」と呼ばれていたが人種差別的用語にあたるため、現在は発見者にちなんで「ダウン症」と呼ばれる。 - ダーウィンの進化論
イギリス人博物学者ダーウィン(Charles Robert Darwin;1809~1882)は、1859年の著書『種の起源』の中で自然選択説を唱えた。彼は個体間に変異がある中で、食物や生活空間をめぐる生存競争の結果、生活条件に適した有利な形質を持つ個体が自然界において選択されて残り、新しい生物になると考えた。 - 出生前診断
胎児の性決定、染色体構造異常、先天性代謝異常などを診断するもの。羊水穿刺、胎盤絨毛採取という2つの主な方法がある。 - 絨毛検査
胎盤絨毛を採取し出生前診断に利用する方法が開発されている。妊娠8~11週で採取可能である。妊娠初期絨毛は細胞分裂が活発であり絨毛細胞の培養をしなくても、酵素、DNA、染色体解析を行うことができる。 - 羊水穿刺
羊水中に浮遊する胎児由来の細胞採取、羊水の科学的分析、羊水中に造影剤を注入することによる羊水胎児造影などの目的で羊水を穿刺し、各種の胎児診断に利用する。妊娠16週以降で可能。遺伝相談、出生前診断、胎児の成熟度判定、羊水造影による胎児奇形の診断などに使用される。
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