「医学生のお勉強」 Chapter3:生殖医療(1)

個人の希望や要求に対して医師として倫理観が問われる
極めて重いテーマです
セッションのオリジナルタイトル/In Vitro Fertilization And Gene Technology

 

■from K.K

このテーマを考えていた頃、新聞紙上で信州の根津先生のことが話題になっていました。
遺伝子の解析や操作の技術の急速な進歩で生殖医療は大きな展開を見せています。遺伝子情報による不利な遺伝子を持った受精卵の選別と廃棄、受精卵の所有者の権利、代理母は許されるのか、卵と子宮の同一性の可否等々、個人の希望や要求に対して医師としての倫理観が問われる、この生殖医療は極めて重いテーマです。
父親と母親とか? 婚外子が一般的になる社会が来るのか? そして精子提供者を選ぶのはどういう意味か、卵子提供者についてはどうか。遺伝子解析手法の進歩とともに重要になってくるカウンセリングについても話題になりました。
しかし、学生さんが真剣に討論するうちに、なぜか議論の内容の重さに次第に口も気持ちも重くなってくるセッションになりました。なぜでしょうか。
セッションのオリジナルのタイトルは「In Vitro Fertilization And Gene Technology」です。
 

■「卵子と子宮の一致」は婦人科学会だけの常識?

黒川:
さて、はじめよう。

司会:
今日のテーマは生殖医療なんだけど、ちょっと絞ってやらないとだめだと思うんで、何かこれを話し合いたいというのをあげてほしいんですけど。

――:
例えば出生前診断とか。

司会:
誰か書記をお願い。

――:
生殖医療じゃないけど、産業と考えて、代理母、精子バンク。

――:
卵子バンク。最近できているから。

司会:
ほかにありますか?

――:
性転換手術。

――:
それって生殖医療? なんか違うような気がする。

司会:
ほかには?

黒川:
実際の事例というのはどういうのがある? 精子バンクがあって人工授精がたくさん行われている。みんな知ってると思うけど何万人という赤ちゃんが生まれているわけ。すごいことだ。
一つの事例は体外受精。子供ができない夫婦の場合、どっちに原因があるかとかいろいろある。根津先生っていう信州の先生が、奥さんが卵巣不全と診断されていて子供が出来ない夫婦のために、ご主人の精子と奥さんの妹さんの卵子で体外受精を行った。それで根津先生は婦人科学会を除名になった。婦人科学会は卵子の提供者が「妹さんから」ということに反発したわけ。
それをどう考えるかっていうのが一つね。実際の事例から問題を広げていったほうがいいかもしれないから。根津先生はなぜ除名になったのか。除名にしたのは適切か、ということだね。
二番目はそういう実例があったんだけど、20歳の白血病の女の人がいて骨盤移植をしなくちゃいけない。骨盤移植するのにはHLAがマッチするドナーがいないといけないんだけど、その子はかわいそうにマッチする人がなかなかいなかった。両親はその女の子をすごくかわいがっていたから何をしたかというと、1年もすればドナーになれると思ってもう1人子供を作った。同じ両親の子供は4分の1の確立でHLAが適合するわけだよ。で、赤ちゃんを作ったの。そうしたら見事にその赤ちゃんはHLAが合ったから、その赤ちゃんはお姉さんを助けたの。お姉さんはすごく元気で、今、骨盤移植のコーディネーターみたいなことをしている。アメリカの話。
もうちょっと最近のニュースがあって、これはHLAが適合する確立を高めるために何をしたかというと、夫婦が試験管内でいくつかの受精した卵を作ってもらって、奥さんの子宮に戻す受精卵の遺伝子を調べちゃう。今話したアメリカの事例のような場合、すでに赤ちゃんができてる子宮の中を分析するわけにもいかない。でもこれは受精卵が8つぐらいに分裂したときに細胞を1つとってきて遺伝子診断をする。それでそのいくつかの受精卵のうちで「ああ、これが合うな」というのを1つピックアップして子宮に戻すから、この受精卵から出来た赤ちゃんはHLAが合う。だから合う確立は4分の1じゃなくて100%。それで赤ちゃんを作ったら見事に赤ちゃんができてドナーになった。
もっと進めば、核を移植して患者さんのクローン人間を作るということも可能にはなってきている。ということまでしていいのかどうかの話だろうな。だけど、倫理的な問題とか、していいか悪いかの前に、実際にどんどんしちゃってる人がでてくるんだよね。患者さんが「そうしたい」と言ったときに、お医者さんは断れないという事例がいくつかある。

――:
根津先生の件は、去年読売新聞で特集していましたよね。

――:
根津さんを除名はしたけど、産婦人科学会は妹さんとか血のつながっている人から精子とか卵子をもらうことを認めたみたいです。

黒川:
最近認めたみたいだね。ガイドライン作って、人工授精でそういうことが技術的にはできるに決まっているから、ガイドラインのような規約を作ったわけ。

――:
しかし、子供が生まれても、遺伝的な、生物学的な親に会う権利は認めていないですね。

黒川:
根津さんを産婦人科学会が除名した理由は、「卵子と子宮は一致しなくちゃいけない」という学会の見解だった。その婦人科の先生たちの話を聞いた事があるわけ。「婦人科としてはそういうのは当たり前です」と言うから、「なぜそういうことが当たり前なのか」と僕は言ったんだけどさ。精子は精子バンクがあってほかの人でもいいのに、なんで卵子と子宮が一致しなくちゃいけないの。どうしてそれが常識なのか。婦人科のお医者さんは卵子と子宮の一致が当たり前だと思っているなんて、おかしいなと僕は思った。

――:
それは定説なんですか?

黒川:
今までの婦人科学会の見解は、「体外受精を行う際に着床させる卵子はお母さんの子宮に戻さなくちゃいけない」。それが当然だと言うからさ、それが当然だってほうがおかしいのかもしれないね。そういうことを婦人科学会が決めること自体がおかしいのかもしれないね。精子だって誰のかわからないのがたくさんあるもんね。婦人科医は男ばっかりだからそうなったのかもしれない。

――:
私が聞いたのは、受精卵は卵子の栄養で育っていくし、卵子のほうがいろいろ情報があって重要なためだとのことでした。精子バンクを認めているところでも、卵子バンクは認めていないの?

――:
最初は卵子自体がとりにくくて危険度が高いから、禁止されていたという流れがあったりして・・・。あとはそういう風潮があった、というのがあるんだと思うんだけど・・・。

黒川:
例えば卵子の提供者というのは、精子採取よりは、それなりのリスクがドナーにあるよね。
でも卵子と子宮が一致していなければいけないっていうのは変だと僕は思ったんだけど、どう? 僕ら男性は自分で妊娠できないから、できる女性からいうとそういうのを聞くと、どういう気持ちなの?

上級生:
すごく初歩的なことで申し訳ないのですが、普通卵子と子宮が一致していれば、免疫的なリスクっていうのは非常に低く抑えられますよね。だけど他人の卵子を入れたことで、非常に強く反応してしまうという危険があるのでしょうか?

黒川:
ホストマザーとHLAはマッチするというのは聞いた事がない。一応、他人の卵でも着床は問題ないようですね。

 

>>> ノーベル賞受賞者の精子のお値段は?

>>> Indexに戻る

 

■仲間たちの横顔 FILE No.11

Profile
私は高校の2年間をボストンで過ごし、その時の経験から国際情勢を勉強したいと思い日本の大学で国際関係学を学びました。卒業後は大学院に進学する予定でしたが、続けていた病院ボランティアを通して医師になりたいと思うようになりました。人と直接関わってゆくことが出来て自分が生きがいを感じる職業につきたいと、既に就職している友達を横目に見ながら一大決心して方向転換しました。
医学部に行くなら小グループ学習や病院実習の時間を多く設けてある教育に熱心な大学がいいと思い東海大学を選びました。入学してみると試験が多くて体力的にも大変な事も多くありますが、幅広い年齢層の同級生がいるので色々な刺激を受けながら学生生活を楽しんでいます。先生方もアットホームな雰囲気なので勉強だけにとどまらずいろいろと親身にご指導していただいています。
将来は患者さんときちんと向き合えるような医師を目指して、今後ともしっかり勉強してゆきたいと思っています。

Message
黒川先生はくるくると頭の回転が速く、そのエネルギーにはいつも驚かされました。知的好奇心をエンジンにしてどこまでも探求していこうとする姿勢と教える事や生徒に関わっていくことがライフスタイルの一部になっているのはすごいなあといつも感じていました。バックグラウンドが全く違う学士の仲間と意見交換もとても刺激的でした。毎回トピックが変わるわけですが、その度ごとに各人が働いていた職場での経験や勉強してきた事柄をみんなとシェアしていくと、自分ひとりでは到底考えられないような発想や自分が勉強していない事柄も聞けたりして少し賢くなった気がしたり、また自分の考えがより明確になったりしました。
トピックスは医療、倫理問題だけにとどまらず、医療と経済など医師になる前に知っておきたいけれどなかなか取り掛かりが掴めないような問題なども扱ったので、大変興味がもてました。井佐先生にも来て頂いて専門的なお話を伺う機会にも恵まれてとても幸運に思います。
実際に医学部に入ってみるとスケジュールがとても過密で日々勉強に追われるようになりました。ともすれば忘れがちな大切な問題を現代文明論の授業の中で黒川先生と学士のみんなと考えることができ、有意義な時間でした。黒川先生の熱意とみんなとのシェアリングに感謝です☆

 

Exposition:

  • 生殖医療
    不妊治療、人工授精、体外受精など生殖に関連する医療全般を指す。
  • 代理出産
    夫婦の受精卵を第三者の女性の子宮に移植し、その女性が出産する「借り腹(ホストマザー)」と妻に代わって第三者の女性が卵子を提供し、夫の精子を使用して出産する「代理母(サロゲートマザー)がある」
  • 体外受精
    受精を母体外で行なうこと。母体に何らかの医学的理由があり体内で受精が困難なときに行われる。「体外受精―胚移植(IVF・ET)」、「配偶子卵管内移植(GIFT)」、「接合子卵管内移植(ZIFT)」等の施行方法がある。また、「人工授精」は、精子提供者の精液を人工的に直接子宮内へ注入し受精すること。これには「配偶者間人工授精(AIH)」と「非配偶者人工授精(AID)」がある。
  • HLA(human leukocyte antigen)
    白血球表面に存在する組織適合抗原。同じHLAを持つ人は数百人~約1万人に一組とされる。輸血や臓器・骨髄移植では、移植後拒絶反応を避けるため、HLA組織適合性の一致がなければならない。
  • クローン人間
    あるヒトの細胞から取り出したDNAを胚細胞のDNAと置き換えると、全く同じ遺伝情報を受け継ぐ別のヒトができあがる。1997年にイギリスのロスリン研究所でクローン羊ドリーが誕生して以来、技術的には可能とされる人間のクローン作りに関する倫理的問題が懸念されている。
  • ガイドライン
    2000年12月に厚生科学審議会「生殖補助医療技術に関する専門委員会」は、生殖補助医療において第三者(兄弟姉妹等)からの卵子、精子、胚(受精卵)の提供を認めた。非倫理的として「代理出産(代理母・借り腹)」は禁止した。科学の進歩や社会情勢を反映して変えていく必要がある。

 

>>> ノーベル賞受賞者の精子のお値段は?

>>> Indexに戻る