ダボス会議から

前回、「ダボス会議」での日本のプレゼンスは低いと報告しましたが、そのあたりの雰囲気は、「日本経済新聞」で結構報道されていましたね。

「Blueprint for Japan 2020」については、日本でほとんど報道されませんでしたが、かなりラジカルなものでした。日産のゴーン氏、ソニーの出井氏、ネオテニーの伊藤氏、マネックスの松本氏、慶応の田村教授、民主党の古川(元久)氏がパネルで議論しましたが、Reuterで下記の記事が出されていました。かなり参考になります。日本で報道されない理由も理解できるような気がしませんか。そこに日本の問題があるのです。この若手達のかなり「ハード」な意見は、同日の午後に行われた、日本経済の「定番」パネルに比べてかなり元気がありました。本当のことを理解し、発言する人たちが、日本の若手にもやっと出てきたのかなという“ほのかな希望”が参加者に伝わったように思います。もっとも日本の経済問題に関するセッションの参加者は年々減ってきています。毎年同じことばかり言っていて、実際には何もできないというので、もう同じ話は聞き飽きたと言う“諦め”の感じです。竹中大臣が4時間程頑張って政策の説明(言い訳?)をしていましたが、例の「インフレターゲット論」のプリンストン大学 クルーグマン教授は日本をかなり見放したような発言をしていました。

DAVOS-Japan needs to end bureaucracy’s power-elite group
Fri January 24, 2003 09:12 AM ET
By Lucas van Grinsven

DAVOS, Switzerland, Jan 24 (Reuters) – Japanese businessmen, academics and politicians cast aside their traditional reserve on Friday and called for an oriental version of the Boston Tea Party to end the bureaucratic elite’s grip on power in Tokyo.

The call, by a group of Japanese at the World Economic Forum, an annual high-profile gathering of the world’s powerful, reflected their frustration at a decade of economic stagnation.

The group has just published a paper called "Blueprint for Japan", aimed at laying bare some of the underlying causes of the country’s problems such as high debt and lack of competition.

The group said the radical changes needed would only be possible if the Japanese population, still affluent and content despite a decade of economic stagnation, really found out how their taxes were wasted and government corruption flourished.

"We need some kind of a revolution," said Jiro Tamura, a law professor at Keio University.

"For the Boston Tea Party to happen, which it will, people will have to understand the tax system and corruption," said Joichi Ito, chief executive of venture capitalist firm Neoteny, referring to the dispute over tea taxes which triggered the U.S. fight for independence from Britain.

To change the bureaucratic machine from the top is an almost impossible task and not a very appealing one, said Nobuyuki Idei the chief executive of Sony Corp 6758.T , the world’s largest electronics maker.

"No Japanese businessman running a company wants to be the candidate for the top political position in this country. It is an impossible system we have," Idei said.

"If Japan were a company, it would be bankrupt," he added.

Motohisa Furukawa, an Member of Parliament and policy maker for the opposition Democratic Party, said the government should be decentralized and power should be taken away from the bureaucratic elite who effectively manage the country.

"We lack transparency and accountability and this has contributed to the chain of discontent," he said.
"One of the core issues is that Japan is not a democracy. It has really a single body of power. It doesn’t have multiple points of authority, diversity and critical debate," Ito said.

Tamura said Japan was not a law-governed state but a bureaucrat-governed state. The absence of a strong legal system, with only 20,000 lawyers for the entire country of 125 million people, meant that public authorities ruled on disputes they were involved in, he said.

All speakers said the risk-averse Japanese educational system continued to power this development.

It was left to Carlos Ghosn, not a Japanese but a Frenchman, to point to what could be achieved.

Ghosn has breathed new life into car maker Nissan 7201.T after he took over the helm in 1999. Under his tenure, the company has cut debt, raised profit margins and market share and seen its share price multiply.

"Nissan is a perfect example that change is possible in Japan," he said.
"And it was done by 99 percent of the old employees."

Ghosn acknowledged he had had an advantage in that there already was a sense of urgency when he took over, as everyone agreed at the time that Nissan was in a dire state.
MP Furukawa said this sense of urgency for economic or state reforms was not yet clear among the Japanese population.

"People are reluctant to change. It’s still just too comfortable for us," he said.

世界の動きの現実と乖離した「リーダー達」の問題

久しぶりです。もっと頻繁に書くべきであることはわかっていますが、何しろやたらと忙しくて時間がないのです。申し訳ありません。

経済再生、産業再生、不良債権問題等々どうでしょう。あまり明るい出口が見えませんね。1989年のベルリンの壁の崩壊に始まる、東西冷戦構造の終焉、そして情報と交通の発展による「グローバリゼーション」の時代。そんな急変する時代になぜか取り残されてきた感のある日本。1980年代半ばには「Japan as Number One」などと言い、1990年代のはじめでも「政産官の鉄のトライアングル」、「政治家は三流、官僚は一流」などと言っていた人たちは誰でしょう。もう忘れたのでしょうか。現在の日本の低迷には、「なぜ取り残されたのか」が理解できない、歴史観、世界観のない、世界の動きの現実と乖離した「リーダー達」の問題が底辺にあると考えています。これらの理由についてはいくつかこのHPでも書いてありますので参考にしてください。

低迷は徐々に進んでいくものですが、表面的には、あるとき突然、明らかな形で現れてきます。これに、きちんと気がつくか、これが「リーダー」として、大きな歴史の「うねり」が見えるかどうかの洞察力なのです。ほとんどの人は大きな「うねり」が見えず、「うねり」の上の小さな「波」しか見えず、これらの「小波」にしか反応しません。 世界的な経済学者の宇沢弘文先生(文化勲章受賞、本来は数学者です)によると、社会の基盤は教育、医療、農村、都会、金融と言います。これらの社会基盤資本はいったん崩壊すると、回復には10~20年の年月を要するものです。1990年以降の「グローバリゼーション」とともに、日本の低迷が始まりました。今もこの低迷はさらに深まり、問題はさらに大きくなっています。これらを象徴するような大事件が1995年に次々と起こっています。

まず、1月の神戸大震災。これは自然現象ですが、問題は高速道路等の崩壊です。その前年のロサンゼルスの地震で高速道路が壊れましたが、日本の技術は優れているから「こんなことはない」などと嘯(うそぶいて)いていましたね。自分達の技術におごり、過信があったのです。「技術立国日本」の根元が腐ってきていることが示されました。この後に起こった多くのスキャンダル、JR西日本のトンネル落石事故多発、東海村原子力、東芝のパソコンの顧客からのクレームへの対応、三菱自動車、雪印、日本ハム、三井物産、東京電力、みな根元は同じ問題なのです。次々に起こる技術と企業経営者の経営能力、管理能力の崩壊がここに現れていたのです。

次は3月のオウムサリン事件です。これはオウムの問題というより教育の崩壊の象徴です。私の教え子の一人も都庁事件で有罪となり、控訴審では私も証言しましたが、15年という判決で服役しています。悲しいことです。その後の現在にいたるまでの教育の崩壊の現状は皆さんご存知のとおりです。

次に起こったのが「住専問題」です。7000億円弱の公的資金投入について国会で大論争があり、結局この額の公金が使われました。それからは、山一證券、北拓銀行、長銀、日債銀と次々と破産、破綻し、ただただ大きくなるだけの銀行合併劇がつつき、しかし、これらメガバンクもかなり危ないとも言われています。ついに不良債権は50兆円ともいう額になって、今では「数兆円」の公的資金投入などはなんでもないような雰囲気になっていますね。この不良債権も本当は200兆円とも300兆円とも言われていますが、国内と国外での報道される額には大きな隔たりがあります。よく見てくださいよ。

ことほどさように、「事の本質」を見抜けずに、これらの事件を「個別の事件」のように扱い、その時その時の手当てで済まそうとしてきた、責任をとろうともしない、時代の大きな「うねり」の見えない「リーダー」達。このような「リーダー達」の歴史認識、計画変更への決断力、俯瞰的視点、国民への結果責任(※註)意識等の欠如は戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎らによる「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」(1984年、ダイヤモンド社:1991年、中央公論社 [文庫本] )、最近では文芸春秋12月号に掲載された立花隆の「戦艦大和と第二の敗戦」、先日私のコラムで紹介したアレックス・カー氏の「犬と鬼」(2002年、講談社)等にも明らかです(※註:これが「Accountability」の本当の意味であり、「説明責任」は明白な誤訳です)。

本質を見て、対策を立てていくことこそが「リーダー」の責任なのに、日本のリーダー達は腐っているのです。何かが間違っているのです。「なぜか」がわからないこと、これが問題なのです。これらの社会基盤の崩壊からの回復には20~30年かかるでしょう。

医療も同じです。頻発する医療事故は何を意味するのか。根本の問題に早く手を打たないとこれももっと大きなことになりますよ。そして、問題が大きなことになってからでは、医療の崩壊の回復には人材の育成を含めて、これも20~30年かかるのです。だからこそ私は嫌われても、そして多くの「既得権の大きい」人たちの耳には痛いかもしれない「辛口」の発言をしているのです。それでなければ、私達の次の世代、その次の世代はどうなるのでしょうか。これが今の世代の責任なのです。

次の機会には、20世紀後半の日本の驚異的な経済成長の秘密についても考えてみましょう。皆さんも考えてくださいね。そして未来への方策を考えてください。1月には日本学術会議から「日本の計画」という冊子を出版します。このような課題、提言が論じられています。またご案内しますね。では良いお年をお迎えください。

「医療の質」 谷間を越えて21世紀システムへ

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医療の質-谷間を越えて21世紀システムへ

米国医療の質委員会/医学研究所 著
日本評論社 A5判 (2002/07) 3,200

医療の事故が毎日のように話題になる。より複雑になる医療、高度医療の要因ばかりではない。医療人の能力、日進月歩の医療と医学、複雑化する医療のシステムのあり方が問われている。

情報化の時代に、患者の医療への期待と患者の権利の要求はさらに高くなる一方で、医療提供者の側としては、これらに対応できない医療制度、医療経済、医師の教育と研修の課題がある。

また、従来のような医師と患者の関係は劇的に変化してきている。これらを背景としていくつかの画期的な研究成果が発表され、医療事故と対策が大きな社会的課題になった。

1999年末に、米国医学研究所(Institute of Medicine of the Na-tional Academies, USA)は医療事故の現状へと目を向けるTo Err is Humanという画期的な報告を発表し、世界的な注目を集めた。これは本書と同じく医学ジャーナリスト協会訳(『人は誰でも間違える』)によって、日本評論社から出版され、多くの人に読まれている。

この報告によると、毎年米国で医療事故で死亡する患者数は交通事故死より多く、4万~9万人程度と推測されるというおどろくべき数であることを明確にしたうえで、原因についての解析と、いくつかの具体的な対策、提言を行なった。

これを受けて当時のクリントン大統領は、医療事故を「5年で半減させよう」という具体的政策提言を行ない、予算化し、政策を実行に移している。この特別予算措置は、医療事故で失われる経済的損失に比べればほんの些細なものであるという分析もなされているのである。しかも、ヒトのすることに事故はつきものであるという大前提をまず認識することに、この報告と政策は立脚しているのである。

日本でも医療事故は最近大きな話題になっており、この米国の報告とほぼ同時期に日本学術会議は「安全学」の重要性を提言している。さらに日本学術会議はその機関誌である『学術の動向』2000年2月号ですでに「安全の特集」を組んでおり、私も児玉安司氏とともに「医療の安全」について寄稿しているが、まさに原稿執筆中に発表された米国医学研究所のこの報告に気がつき、インターネットで検索、検討し、これを引用している。

さて、この本はその続編ともいうべきもので、医学研究所による原著は、Crossing the Quality Chasm : A New Health System for the 21st Century と題され、「谷間を越えて21世紀システムへ」という和訳の副題になっている。

本書の要旨として、「安全性、有効性、患者中心志向、適時性、効率性、公正性」の6項目について、本来あるべき水準からみて明らかに劣っているであろうと認識し、改善目標を提案している。そして、今後3~5年間に毎年10億ドル(総医療費の約0.1%程度)の予算措置が必要であることを明確にしている。 また、医療サービス提供には以下の6つの課題をいかに克服するかが問われるとしている。

すなわち、
  ・慢性疾患、症状に対するケア、プロセスの再設計、
  ・臨床情報処理の自動化を通した医師相互間、患者と医師間のタイムリーなコミュニケーションの確立、
  ・医学、医療の知識の的確な管理運用と教育、研修、生涯教育の充実と評価、
  ・終始連携のとれた一貫性のある医療サービスを提供できるシステムの構築、
  ・チーム医療の有効性を高める継続的な努力、
  ・日々の業務に医療プロセスとその結果を測定評価する手段を組み込むこと、であるとする。

さらに、これらの医療改革には医療を囲む外部環境の改革が必要であるとしている。これらの医療を囲む外部環境とは、
  ・新しい医学、医療知識と技術を医療現場に浸透させるインフラ、
  ・情報技術のインフラ、
  ・診療報酬支払方式、
  ・医療従事者育成への支援、である。

これにつづいて、「21世紀の新しい医療システム」、「医療システムをどのように改善するか」、「医療の再設計と質改善に資する新しい原則」、「最初の一歩を」、「改革に向けた組織的支援の構築」、「医療サービスにエビデンスを反映する」、「情報技術の活用」、「質の改善に整合する報酬支払方式」、「21世紀医療システムに求められる医療従事者の養成」の9章において問題がくわしく論じられている。

このように総括的で、具体的、しかも短期的、長期的視点をもあわせ、予算についてもふれた総合的対策が出てくるところが、いろいろ問題はあろうがアメリカのすごいところであろう。

わが国の現状と比べると、政府の責任者たちは医療の安全は求めても、医療従事者への注文ばかりで、総合的な対策がとれず、総医療費を切り詰めることばかり考えている。これでは医療も患者も社会も泣けてくるというものではあるまいか。日本でも医療事故対策、卒後臨床研修義務化、医学教育改革、医療のマンパワー不足等々、問題は山積している。21世紀を迎えて、高齢化社会、モノあまり社会にあって、思い切った政策転換と、公共投資の土木から健康への転換が求められているのに、それができない。

この本はすべての医療にかかわる人たち、とくに医療政策にかかわる人たちにぜひ読んでいただきたい一冊である。

2002年11月

テクノフェア2002 inつくば
日程: 2002年11月28日
会場: つくばカピオ
基調講演: 「産学官連携-日本の課題-」

ニュービジネスフォーラム
日程: 2002年11月28日 
会場: 東京国際フォーラムセミナー 2
講演: 「ヒエラルキー社会を打ち破れ!バイオテクベンチャー」

医療政策、臨床治験、科学と社会について

内閣改造が行われました。意外な人事もありますがさてどうなりますかね。

小泉首相の北朝鮮訪問では外務省がまた醜態を見せました。国民や国家よりは自分達の理屈、都合で考え、行動しているとしか思えません。国内では何とかごまかせると思っているのかもしれませんが、世界中が見ているという現実をどう考えているのでしょうか。このようなことが積み重なって、世界が日本という国を見る眼が形成され、日本国の信用になるのですからたまったものではありません。この後をしっかりフォローしてもらいたいものです。台風21号も近づいています。

9月19日、The Economist主催のHealthcare Reform in Japanで厚生労働省の中村秀一局長等とともに基調講演をしました。日本の「医療政策改革」は、日本の構造改革そのもの、「Japan Inc.」の問題であり、いつも言っているように公共投資の政策転換とともに、日本という国の「ありよう」の基本問題そのものであることを強調しました。主催者としては、日本ではあまり本音の話が聞けることが少ないので、大変良かったといって喜んでくれました。これを受けて何か「外」からの「変化」も期待したいところです。私なりにフォローしてみますが。

これもすでにお知らせしましたが、私が議長を務めることになった日本医師会の医療政策会議では、第2回の会議が8月28日に開催され、「混合診療、自由診療、公私ミックス、特定医療費」等について集中的に議論しました。医師会常任理事やこの会議委員との活発な意見交換によって、この課題に関する理解、問題点の共有化と論点が明確になったと思います。この会議の議論の成果を、これからの医療制度の提案としてどのように国民の信を問い、国民のサポートを得られるように提示していくかの戦略が重要と認識しています。ご意見、ご支援をいただければと思います。議論の内容等についてはできるだけ早くこのサイトでも報告したいと考えています。次回は、公的医療機関についてデータをもとに議論してみる予定です。

9月21日には、日本医師会主催の医療政策についてのシンポジウムが日本医師会会館で開催されました。私と、宇沢弘文先生(本来数学者ですが経済学者、文化勲章受賞、東京大学名誉教授等の世界的に本当に著名な経済学者です)、経済研究者の紺屋典子両氏と私が基調講演をしました。医療政策について宇沢先生は私とほとんど同じスタンスで、私の意見を全面的にサポートしてくださいました。うれしかったです。

日本の新薬開発の臨床治験がなかなか進まないことについて、多くの議論があるのはよくご存知かと思います。これに関するいくつもの委員会(当然ですが厚生労働省関係が多い)、会議があり、私もいくつかに参加しています。厚生労働省の「大規模臨床治験」の委員会(まだ2回しか開催していませんが)は私が委員長です。関心のある方は時々厚生労働省のサイトでも見てください。臨床治験については、9月18日はアジアでの臨床治験の課題についてAPEC主催の会議があり、私も「RENAAL」について講演しました。「RENAAL」は日本も参加した初めての国際的大規模治験で、糖尿病腎症の進行にアンジテンシンⅡ阻害薬Losartanが有効であることを示したものです。結果はNew England Journal of Medicineの2001年9月20日号に発表されており、私はSteering Committeeのメンバーとして、また日本から参加された先生も全員の名前が出ています。翌19日は、上に述べたThe Economistの会議に出席した後、厚生労働省主催の臨床治験の会議にでて、また「RENAAL」について講演しました。これに関連しては、9月から、科学新聞に不定期ですが「黒川対談」を連載することになりました。第1、2回は、今回の薬事法改正のポイントを中心に厚生労働省医薬局の宮島局長と対談しています。臨床治験のことも触れられています。

9月22~30日はRio de Janeiroに行ってきました。国際学術会議(International Council for Science-ICSU)に日本代表として出席したのです。日本学術会議の吉川弘之会長がこの国際会議の会長もされているので、日本学術会議副会長の私が日本代表ということになったのです。日本の先生たちも何人かが分野別国際会議(Science Unions)の代表として参加されており、日本のプレゼンスも結構ありました。すばらしいことです。科学や学術がこれからの世界的な問題、課題の解決の糸口へ向けての政策等に欠かせないという認識が世界レベルで高まっており、このICSUはつい先日Johannesburgで開催されたWorld Summit for Sustainable Development (WSSD)でも科学者の代表として大きな存在を示していました。このWSSDは1992年のRioで行なわれた環境問題のWorld Summitを受けて、「Rio-10」として10年ごとに開催される環境問題に関する2回目の世界会議なのです。日本からは小泉首相はじめ多くの参加があり、これからの環境問題、食料問題等の多くの国際問題が討議されました。

これらの問題を見ればすぐに理解されるように、これからの世界の問題、人工、環境、南北等の地球規模の大きな問題の対策には、当然のことですが科学の役割はきわめて大きいのです。このような理解と認識は世界中にかなりに広まっています。ICSUのほかにも、世界80数ヵ国の科学アカデミーの連合体InterAcademy Panel(IAP)や、さらに小回りのきく15ヵ国の科学アカデミーで構成されるInterAcademy Council(IAC)のような学術の活動主体がこの数年に結成され、活動をはじめています。今週にはUgandaで国連事務総長の要請に対応して「Food Security of Africa Study Panel」の第1回目の会議が行われています。このような国際的な学術と科学者の対応に呼応して、日本の「科学者コミュニティー」(実はこういう観念が日本にはないようなのですが、この点については「学術の動向」に掲載された私の論文等に述べていますし、もうすぐ同じ「学術の動向」に「学術会議は考える」という論文も掲載されます)の代表機関としての日本学術会議でも「日本の計画 Japan Perspective」という報告書を今月10月に発表します。ちなみに、私が委員長を務めました。結構忙しいのです。

将来の日本の医療をになう人たちの育成に・・・

台風がいくつか過ぎ、いつのまにか秋らしさをそこここに感じられるようになりました。

日本を巡る環境は相変わらず厳しい状況ですが、医療制度についても今年4月に改定された「改革」でも、手術件数での診療報酬の変更等の不適切さについてはすでに見直しがあるようです。なんという見通しの悪さ、というかみっともないことこのうえない。こんなことで毎年のように医療制度「改革」が行なわれては、現場はたまったものではありません。また、卒後臨床研修は制度も経済的支援計画も不透明なままです。将来の日本の医療をになう人たちの育成にこんなことでは困ったことです。なんとかしてほしいものですね。

ご存じかと思いますが、日本医師会の坪井会長のお招きを受けて、日本医師会の「医療政策会議」の議長をお引き受けしました。第1回が終わり、第2回が来週開催されます。これからの医療制度について、責任ある、将来を見据えた、大きな政策提言が医師側から国民に対してできれば、と考えています。日本医事新報の6月1日と15日号に掲載された鈴木厚先生の基本的認識に立ちたいと考えます。鈴木先生にも先日お会いしました。昭和36年からの「国民健康保険制度」は経済成長を経た後の経済の低迷、日本の公共事業へのニーズの変化(土木建築から健康医療バイオ産業へ)、疾病構造の変化等に対応しておらず、行き当たりばったりの対応は完全に行きづまっています。今の医療の「無駄」はどこにあるのか、医療の質はどう保証するのか、患者と国民の選択は何か等々、多くの課題に取り組んでいきたいと考えています。いろいろご意見をお寄せください。会議の進捗状況も適宜お知らせします。さしあたり「自由診療-混合診療」、「医師免許更新制度」、「公的医療機関のセーフティーネットとしての整理、整備」等を検討課題として提案しています。「国際化時代」の日本にあって、社会に責任ある医療提供者としての医師会であることを大きな座標軸にしたいと思います。私の基本的認識と考えは、このサイトで明らかにしていきたいと考えています。

来月9月19日、The Economist主催による第3回「日本のヘルスケア改革 円卓会議」がホテルオークラで開催されます。私は「ヘルスケア改革に取り組む場合の礎となる基本的課題」というセッションで厚生労働省の中村秀一審議官(8月30日付けで老健局長に就任予定)と米国先進医療技術工業会のMs. Baileyとともに基調講演をします。午後は別の場所で行なわれるAPECの新薬開発に関する会議で講演することなっており、全部をきけないのは残念です。

ところで、5月26~30日、京都で国際内科学会を開催させていただきました。その時の講演(英語ですが)の評判が良かったので後日このサイトにもアップしますね。ぜひ読んで下さい。

医学生のお勉強 ~「クレイジー」な国ニッポンを理解しよう~

Book020606

医学生のお勉強
~「クレイジー」な国ニッポンを理解しよう~

東海大学医学部長 黒川清と仲間達
芳賀書店 (2002/06/06)
価格:2,800

私は「教育」とは、学生という素材を「教え」「育て」ることであると認識しています。大学教育、医学教育の改革が叫ばれて久しいですが、明確な理念と方向を理解できずに、その実行は遅々として進まないようです。

『医学生のお勉強』というタイトルで紹介することになった、東海大学医学部学士入学者の「現代文明論」では、学生と先生が一緒に考え、議論しながら学んでいくことに挑戦してみました。

読み終えたあとには、本書の2つのサブタイトル「Nurturing Future Doctors」、「「クレイジー」な国ニッポンを理解しよう」の意味を理解いただけるのではないでしょうか。最後に、私と「仲間たち」のこの本が、これからの医学教育のあり方、さらにはジャパン・プロブレムを考えるうえで何らかの参考になれば幸いです。

ぜひ多くの方々に読んでいただき、ご意見をうかがい、議論の場を広げていくことができたらと思っています。多くのご意見・ご感想お待ちしています。