「医学生のお勉強」 Chapter1:安楽死(1)

死を待つ患者さん達にとって、医師は何ができるのか
どのような役割が期待されているのでしょうか
セッションのオリジナルタイトル/The End of Life and Euthanasia

 

■from K.K.

「現代文明論」の6セッションのテーマを学生さん達と考えている時に、オランダで安楽死が法律化されるとのニュースが新聞に載りました。さらに、オランダ人と結婚し、オランダで生活している日本の女性が安楽死をし、彼女の作った短歌等が出版されたという記事も見ました。その本を早速購入し、読んでみました。そこでこのテーマを取り上げようと考えたのです。
告知や死に対する日本人の考え方、日本とオランダでは何が違うのか、文化の違いか、オランダでの法律化への背景等、面白いテーマはいくつでもありそうでした。また東海大学では「安楽死事件」といわれていることが過去にあり、担当の医師は患者さんを「安楽死」させたのか、という裁判にもなりました。私は東海大学医学部に医学部長として就任してすぐにこの事件の本を読み、何人かの人達に聞いてみると、当人はとても評判の良い医師だということも知りました。何がこのような結果を起こさせてしまったのでしょうか。
そして、死を待つ患者さん達にとって、医師は何ができるのか、どんな役割が期待されるのか等々、大変に有意義な論議がされました。「死」ということについては、普段から家族の間でも会話があるのか、ほとんどないのか、も考えさせられる点だったと思います。セッションのオリジナルタイトルは「The End of Life and Euthanasia」です。

 

東海大学安楽死事件について

黒川:
これはどういうセッションにしようか。別に私がおしえるっていうんじゃなくて、シリーズなんだから毎回セッションの前にみんなでeメールで少しやりとりをして、「次は何をしようか」ということを決めていけばいいんじゃないかな。5回か6回のセッションをするのはいいんだけど、みんなが参加しなければいけない。「私は何もしない、聞いているだけ」というんじゃ、いけない。
第1回目の今日は、私が選んだテーマだけど「安楽死」について。人は必ず死ぬ。みんなも死んだ人を何人も見ていると思う。今までみんながかかわってきた「死」というものは身内のものがほとんどだと思うけど、これからは他人の死を看取るということだから、反応が全然違うと思う。だから、「the end of lifeというのはどういうものかな?」ということをみんながフリーディスカッションして、そこにどういう問題があるのか話ができるといいんだけど。
最近、毎日新聞がシリーズでやっている「延命医療」について、是か非かということでいろんなことがでています(資料1)。それからオランダが「安楽死」というのを世界中で唯一、今度法制化したんだけど、オランダはこの安楽死についてはけっこう歴史があるんです。というわけで、ここにあるこの『オランダみどり』(資料2)という本は後でよく見てほしいんだけど、この女性はオランダ人と結婚して子どもが2人いるんだけど、この人が生前に読んだ短歌がこの本になっていて、御主人が最後にいろいろといいことを書いていたんで、これも参考に。それでこの人が9月15日に医師の立ち会いのもとで、注射を受けて安楽死したことが新聞に書いてあります(資料3)。
今までは多くの人たちが長生きをできないで若いうちに死んでいった。そういう中でお医者さんは少しでも命を永らえてあげるのが使命だといわれていた。その元々にかえってみたら、本当にそれがいいのかという判断基準が人によって違うかもしれない。そのへんのみんなの意見を聞いてみたいと思う。
というわけで、みんなが参加しないと終わらない。みんな発言してください。

――
司会を決めたほうがいいですか?

黒川:
司会? そうだね、それもいいね。誰がやる?

――
一平さんに任せます。

――
なんで一平さんなの?

――
そのほうが一番まとまると思うから。

黒川:
まとまらないのもいいのかもしれないけどね。

司会:
じゃあ、私が仮という形で司会をやらさせていただきます。よろしいでしょうか。(一同拍手)

黒川:
じゃあ最初30分をやってもらって、そのあとは一番若い人にやってもらおうか。日本の社会は常に上下関係だけど、年齢に関係なくパートナーであるというコンセプトがないね。それはまずいと思っているんで、なるべくそれをこわすような感じで、「私やらせてよ」というのがいいんだけど。

司会:
取りあえず導入部分をやらせていただきます。
今日のテーマは先生が選んでくださって「安楽死」ということですが、フリートーキングふうに始めたいんですが、誰かきっかけを作ってくれる人がいるとありがたいんですが、時間がもったいないので15秒ぐらい静かだったら、誰も何も言ってくれなければ指名しちゃいますが。

――
東海大学を卒業して医者になっていくと、その仕事の中で少なくとも1回や2回は、「ああ、あの安楽死があった大学ですね」っていうことを、ほかの医師から言われることがたぶんあると思います。だから少なくとも「何があったのか」ということを、一度みんなで話あっておくべきだと思います。いろいろなメディアに取り上げられてしまっているので、世間一般、つまりは東海大学以外の人にでも知られてしまっている部分があるので、僕らが知らないというのはちょっとまずいような気がします。そのような状況をあえて知っておく必要があると思います。

司会:
それでは永井さんの本からですか? ちなみに東海大学の安楽死関係をちょっとでも読まれた方、どれくらいいらっしゃいますか?

――
ちょっとでもいいんですか?

黒川:
ちょっと、っていうのは新聞で知っている程度? 積極的にもうちょっと読んでみたいってこと? 何人ぐらい手を挙げた?

司会:
永井さんのはけっこうクールで読んでみてもいいかなって、読んだあと思ったんですが。

――
なんでも言っていいんですよね。思ったのは、先日、学士のお友達と一緒にここの精神科の先生に「安楽死事件のことはどうなんですか?」っていろいろと聞いてみたんですけど、あまり思うような答えは得られなくて。
今、COMというクリニカルコミュニケーションの授業が新しく始まったんですけど、せっかくCOMという授業をするんだったら、そのイントロダクションみたいな形でも、この事件を取り上げてやったらいいな、と思ったんです。最終的にはそうなるのかもしれませんけど。

司会:
誰かメモってくれませんか。

黒川:
誰かに書記係をお願いしたら? 30分ぐらいでいいんだけど。

司会:
みんなの意見を書いてくれるだけでいいから。司会も30分ぐらいで交代します。

――
東海大学で学士入学制度がわりと充実しているのは、あの安楽死事件と関係があるんじゃないかと、入学する前から気になっていたんですが・・・。これからいろいろ国立大学とかでもそうなっていくとは思いますが、学士入学制度をこれほど充実させている大学はあまりまだ見られなくて。

黒川:
関係あるの? あの事件は玉置先生が学部長になったばかりのときだね。9年前かな? 9年前の4月に起こったんだ。4月1日に病院長も学部長も代わったばっかりで、そのお医者さんは外勤のローテーションから帰ってきたばかりだった。僕は永井さんの本のほかにも、裁判の経過とかをこれぐらい厚い『安楽死裁判』っていう本で読んだ。
なぜそういうことが起きてしまったかというと「チーム医療ができていなかった」というのが結論。中核の医師が全部プレッシャーを感じていた。患者さんの長男が「こんなに苦しんでいるので早く楽にしてほしい」と言っているにもかかわらず、それが上の先生まで伝わっていなくて、組織として対応していなかったからまずかったんじゃないか、という反省があるんだけど、ナースステーションでもそのお医者さんとナースたちはお互いに話しをしていなかったっていうんだ。だから本当にそのお医者さんが1人ですごくプレッシャーを感じてしまって・・・。
それで安楽死の仕方なんだけど、カリウムっていいうのを注射すると、最後どうなるか知ってる? 急に亡くなるんです。心臓が止まるんだけど、その最後にビクッとするんです。それで患者さんの息子さんは罪の意識がでてきてしまったのかもしれないけど、裁判のことを書いた厚い本ではかなりフェアな書き方をしています。そのお医者さんは鹿児島かどこかの人で医師免許停止にされたんだけど、3年後か4年後ぐらいに免許は復活したんですけど。

――
医師免許は取り消しになってから復活するんですか?

黒川:
そのときは医療停止か何かじゃないの。

――
先生、COMの授業で、「関係していた人は誰もいなくなった」とちょっと聞いているんですが、ほかの上の先生はどうされているんですか?

黒川:
僕もそこまではフォローしていないけど。あのときは有森先生が教授だった。今は堀田先生だけど、その前のことは僕は知らない。

――
あの事件でとってつけたような「人間関係学」という授業ができたって(笑)。本当のところは知らないけど。

――
私が読んだ本では、大学では全然「死」に関する授業をやっていなかったのが問題だと書いてあったので、あの事件があってそういう授業ができたのはいいことだと思う。

黒川:
今、医学教育もそうだし、大学教育、初等、中等教育とかいろんな教育問題があるけど、どうすればいい? 例えば某医大で学生のスキャンダルがあって学生が退学させられた。それで、そのあとたいていのマスコミとかは、「医の倫理の講義はされているんですか」とか必ず言うでしょ。それでは大学は、「うちは10時間しています」なんて、そういう対応策といわれるものをするでしょ。でも中身はどう? 学生は「医の倫理なんて自由時間よりましかな」とかいって、カリキュラムに入れるでしょ。何人出席していると思う? 出席している人のうちの何人が寝ないで講義を聞いていると思う? それでまたマスコミは、「何を教えているんですか」「その先生はどういう意味でやっているんですか」って言う。だから型を整えたカリキュラムよりも内容が大事。どうやってこれを効果的に進めるかということが問題。

 

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■仲間たちの横顔 FILE No.1

Profile
私は東京理科大学工学部工業学科というところを卒業しました。なぜその学部を選んだというと特に理由がありません。強いていうのなら高校3年のとき、受験勉強をしてない人が周りにあまりいなかったので、自分も大学くらい行かなければまずいのではないかと思い受験した結果、合格したというわけです。しかしこの大学は私にはとても向いていない大学だったということが入って3日でわかりました。暗い人がやたら多い学校だったのです。友達もほとんど学校にはいませんでした。しかしその分学校以外の活動に精を出しました。アルバイトの鬼と化したときもあり、親に反対されるようなバイトもやりました。またサーフィンや空手ばかりやっていた時期もありました。そんなこんなで3年生くらいまで将来のことなど全く考えてなかったのですが、4年生になってまわりが就職を考えるようになったとき、慶應大学の山崎元先生がスポーツ医学を研究なさっているということを聞きました。私は中学、高校そして大学とずっと運動をしてきたから、以前からスポーツ医学には興味がありました。早速山崎先生の研究室を訪ね、ますます関心が高まり、慶應の大学院に入学しようと思い勉強を始めました。しかし勉強をするにつれある種の疑問が生じました。それは、私がしたかったのは研究ではなく、スポーツ医学の最前線に立つことだったのです。つまり実際に患者を診る臨床ということです。それができるのは医師だけだということがわかり、急遽予定を変更して医学部を受験して今に至っているわけです。しかし医学を勉強していくうちに、様々なことに興味を持ち今ではスポーツ医学もいいけれど、ほかの科もいいなと思っている今日この頃です。

Message
まず黒川先生の気さくさに驚きました。社会人経験や留学を経験していない私にはいささか難しいと思われる内容もあって、あまり発言できなかったのが悔やまれますが、その分とても勉強になりました。モチベーションを高めることができた貴重な体験でした。


 

Exposition:

  • 東海大学安楽死事件
    1991年4月多発性骨髄腫で苦しむ患者に医師が家族の要請にKCL(カリウム)を注射して殺害した事件が起きた。積極的安楽死の正否が問題となった。なお、この安楽死事件は95年横浜地裁から判決が出ている。
  • 安楽死
    病者を苦痛から解放して安楽に死なせること。安楽死は次のように類型化することができる。
    (1)純粋の安楽死:死苦の緩和を目的として鎮静剤の投与が行われ、しかもそれが病者の生命の短縮を伴わない場合。
    (2)不作為による安楽死:その措置が不可避的に病者の指揮を若干早めるような場合。
    (3)間接的安楽死:積極的な医療措置を講じても病者の死期をわずかしか延長できず、むしろいたずらに苦痛を生じさせるにすぎないとき、その措置を行わない場合。
    (4)積極的安楽死:病者の生命を積極的に絶つことにより死苦から開放する場合。狭義の安楽死。
  • オランダの安楽死に関する法律
    安楽死に関して国家が制定した世界で始めての法律「要請に基づく生命の終焉ならびに自殺幇助の法律」が、2001年4月10日にオランダの上院で可決された。安楽死についての様々な条件が定められている。
  • 永井 明
    1947年生まれ。東京医科大学卒業。内科医を経て文筆業に転身。ルポ・小説などを執筆し、幅広く活躍している。ここでは東海大学安楽死事件を書いた著書の『病者は語れず』を指す。
  • クリニカルコミュニケーション
    医療現場(臨床場面)でのコミュニケーション。
  • 学士入学制度
    4年生大学卒業者(学士)を対象にした入学制度。東海大学医学部では年間20~30人が学士編入で入学する。現在、日本の医学部での導入が増加している。なおアメリカの医学部も4年生大学+4年間メディカルスクールとなっている。オーストラリアでも10医科大学のうち3大学が数年前にこの制度へ移行した。
  • カリウム
    カリウムを多量に注射すると急性の心停止のため死に至る。
  • 人間関係学
    医学を学ぶにあたり基調とすべき人間関係、人間の行動、医の理論、福祉施設実習等を内容としている。東海大学医学部では1年次のカリキュラムである。

 

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