New York Times からびっくりする「贈り物」

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最近の福島原発事故の周辺は、極めて不安定な状況です。世界にも広く知られています、今の時代、何事も隠せないのです。

最近の福島の状況は世界でも大きな事件として扱われています。New York Timesも例外ではありません。 9月4日の朝刊「Late edition」のトップ記事(PDF)として扱われ、私のコメントの一部も入っています(電子版でも読むことができます。日本語訳はこちら 前半後半)。このNew York Timesの記事は日本の一部のメディアでも伝えられました。

驚いたのは、私のコメントが“Quotation of the Day(今日の引用)”となっていることです。うれしいというか、驚きですね。それだけインパクトがあるということなのでしょう。

“Water keeps building up inside the plant, and debris keeps piling up outside of it. This is all just one big shell game aimed at pushing off the problem until the future.” というものです。

これは取材した東京支局長Martin Facklerさんの腕です。彼は福島原発事故で明らかになった「「本当のこと」を伝えない日本の新聞」(双葉新書)という本も書いています。

世界は注目しています。世界有数の経済大国、しかも、科学や技術、エンジニアリング、製造業で高い評価を受けていた日本で起こった、地震・津波で引き起こされたとはいえ、まさかの福島原発事故。そして、2年半たっても中長期の計画も立たない、東電や政府の反応などに。

世界の英知を集め、透明性に徹することです。心配です、何とかしたいですね。

夏かぜで1週間ダウン

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8月29日(土)、日帰りで軽井沢へ出かける、昼に到着。旧軽井沢ゴルフクラブへ。なんとなく疲れるので、ゴルフ参加は辞めて、クラブハウスで休憩。きれいなコースを見ながらラウンジで過ごすのも変な気もち。

夕方みんながゴルフから上がってから、私が当日のゲストとして1時間ほど講演をした。GRIPSの同僚ともいえる竹中さんとご両親にもお会いした。元東大総長の小宮山さん他にも知人がいろいろ。

夜帰るとやはり疲れる。早く寝る。翌日の日曜日から熱が出る、時に40度になる。ご近所の主治医さんへ行って、診察してもらい、点滴を受け、一日寝る。翌日の月曜日も40度ほどの熱が出る。また主治医のところにも行く。元気がないわけではないのだが。今週の面会等はすべてキャンセルさせていただき、水曜日を迎えた。ちょっとよくなってきた感じ。

木曜日、朝からEUの代表の大臣の方々とのセッションがあり、約1時間を過ごす。もっぱら福島原発事故と今の状況などが主たるテーマ。それはそうだろう。あとは、ちょっとした会議等で、午後3時には帰宅。寝る。本当は今週は伊勢神宮に行く予定だったのだけど残念ながらキャンセル。

金曜、土曜と寝て過ごす。かなりよくなったが、今度のカゼはちょっとひどかった。

9月1日(日)、新幹線で広島へ。広島大学新診療棟のお披露目の祝賀会で記念講演。久しぶりの医学関係の多くの方々にお会いした。日がえり。

9月2日(月)、湘南国際村へ。「国連大学グローバルセミナー」主催の3日間のプログラム。David Malone 学長、そして資生堂名誉会長の福原義春さんに久しぶりにお会いした。そして私が「基調講演1: Global Agenda of Post-Fukushima」。ほとんどが大学生、大学院生で、女性が70%ぐらいか?いいね。留学生、学国人教員も多く、雰囲気はいい。楽しく話をすることができました。質問もいろいろ。もちろん全部英語。

この「オープンな雰囲気」とはどう定義できるのかわからないけど、いいですね。私は好きですよ、堅苦しくなくて、意見の交換も盛んで。

私の後の基調講演はUNDP日本代表の弓削昭子さん。歯切れがいい。質疑にもバンバン答える。

私はレセプションに参加した後、帰宅の途へ。皆さんは合宿らしい。

やっと、1週間が過ぎて、1週間が始まった感じ。ゆっくり休んだ感じでした。

ニュースリリース

本日(9月2日)13:00に以下のニュースリリースを配信しました。

学生有志が事故調報告書の解説をイラスト動画で作成
~わかりやすいプロジェクト(国会事故調編)よりネット配信~

MITで

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Washington DCから21日(土)にいったん帰国。日曜は休んで、月曜はいろいろ会議などが入って忙しくすごし、25日(火)の朝から、再び米国東海岸のBostonへ向かいます。成田からの直行便、去年、日本製バッテリー発火問題でいろいろ騒がれたBoeing787です。

25日の昼に現地到着。一休みしてMIT Media Labへ。これが今回の目的ではないのですが、所長のJoi Itoさん(1)、副所長の石井さん1、 twitterは@ishii_mit)もBostonにいたので4時過ぎから出かけ、いくつかのプロジェクトを紹介してもらいました。ちょうど坂本龍一さんも来てコラボの話題になりました。いろいろ面白いことをやっていますね。夜は石井さんと奥様(私はこのご夫妻2人のtwitterをフォローしているのです、奥様はジャーナリスト、去年のHarvardのNiemann fellowです)、そして秘書さんと夕食をごちそうになりました。

翌日は、以前から交流のあるRichard Lester教授、今回、私を招いた方です。彼はMIT Nuclear Science and Engineeringの所長で、今年2回に分けてInternational Nuclear Leadership Education Programという各2週間のコースを開催し、私にも来てほしいというところから、今回のMIT訪問の話が始まったのです。私はこの1日だけですが、朝8時から夕方まで参加しました。もちろん私の話は「Lessons of Fukushima Nuclear Accident」で、90分の時間がありましたが、まだ時間が足りない感じでした。話題がいろいろあり、たくさんの質問が出ましたから。参加者の皆さん、特に欧米の方たちは原子力のエクスパート、日本やIAEAとの関係ある方も多いですし、Vietnam、 Abu Dhabi、Kenya、Mongolia、Nigeriaの方たちは資格もあり、これからその道を進もうという方たちですから、議論はとても楽しかったです。

国会事故調の報告書は、その英語版は良く知られている「Executive Summary」のほかにも、本文も去年の10月から英語でWebに出ていますから、本当によかったです。世界の専門家の間で、皆さんがそれぞれに私たちの報告書を検討、評価することができますから。

夜はMuseum of Science of Bostonでレセプション。翌朝、帰国の途に就きました。

National Academy of Sciencesで講演; Lost in Translation -‘AccountabilityとGroupthink’も紹介

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ParisからChicago O’Hare空港経由でWashington DC Dulles空港へ.

迎えの方とホテルへ直行。しばらくプレゼンのパワーポイントなどをチェック。翌朝、2年ぶりでしょうか、国務省の向かいにある、改装が終わり少々大きくなったNational Academy of Sciences (NAS)へ.ここで一日、「CBRNE」(Chemical, Biological, Radiation, Nuclear and Explosives)対策の同盟国間の協力についてのNAS主催の会議です。 私は、もちろん「福島原発事故からの学ぶことの意義」というテーマでの基調講演です。司会はNAS国際関係担当主任である旧友John Borightさんでした。私について、とてもいい紹介をしてくれました。この会議と講演はWebで見ることができます。

テーマがテーマですから、国土安全省 Department of Homeland Security、国防省 Department of Defense、 緊急対策庁 Federal Emergency Management Agency (FEMA)、軍人さんも参加しています。

日本大使館から旧知の次田参事官も参加してくれ、また、国会事故調の時に私がWashington DC 訪問時にお会いした国防省の方も参加しておられ再会を懐かしみました。

このようなテーマでも、政府の依頼を受けて、科学アカデミー主催で、公開の場で多くの会議が開催されるところが米国の素晴らしい所です。

ちょうど今年はLincoln大統領がNASを創設して150年であり、いろいろな行事があります。そのNAS創設の精神、「独立した、私立の機関であり、政府の政策に助言する」、この精神を長い時代の変遷を経て、国民からも広く信頼される科学者コミュニティを代表する機関になっているのがNational Academy of Sciences of USAなのです。

形をまねしても、その精神と歴史の経過、国民性を知らないと、モノマネにおわり、Lost in Translationになるのです。この150年、近代の日本では、時代の国際情勢もあり、急造の近代化でしたので、このような事例には事欠きませんね。その「クセ」はちっとも治っていない事例は、今になってもいくつも見えます。

この講演では、その一例として、極めて大事な誤訳 Lost in Translation として「Accountability」についても取り上げました(Topの図、ここではちょっと修正してあります)。日本では「説明する責任」としているよ、、、と。皆さん、「ハハハ、エエッ?」といった反応でした。この言葉の意味は「与えられた責務を実行する責任」です。「Responsibility」よりもっと重い意味なのです。どんな肩書きにも責務が伴うのです。その責務を果たすことこそが「役職」である人の責務なのです。「役にある人」で責任がないなどあり得ないことです。誰がこんな「不適切な誤訳」を使い始めたのでしょうね、教えてくださいな。まさか、「役の人」ではないでしょうね。

さらに「Groupthink」(Topの図)(Googleで英語、日本語で調べてみてください)についてもコメントしました。この意味をみなさんはどう考えているのでしょうか?何も学ばない「エリート群」といったところですね。私のコメントも、このブログに書いています。

このような思考形態が「Obligation to Dissent」(Topの図)の大事さを認識せず、「異論、異質、異端」を排除する日本社会にはびこる、特に「エリート」の精神的弱さになっているのです。弱さを認識しないと謙虚さを失いがちになる、「傲慢」になるのです。

でもこのようなこと、「思い込み」が今回の福島原発のような大事故の背景にもあるのです。本当にご都合主義のいい加減な「エリート」たちが大勢いるものですね。

参加者には、私が委員長を務めた国会事故調の報告書に目を通している方も多くおられました。後から、「あなたの話を聞いてよく理解できた、日本政府の方たちとお付き合いが多くありますが、いつも理解できないな、何かが違うと思っていたことがよーく理解できました、ありがとう」、という趣旨のことを何人かの方から言われました。

国会事故調報告書は、ご存じのようにあくまでも「事実」の記述であり、委員会の解釈、価値判断をできるだけそぎおとしています。ですから「はじめに」に書いてあること以外には、文化、社会論を述べるわけにはいきませんでしたからね。なかなか本質を理解するのは難しいことなのです、多くの日本の人たちにもね。

それが国会事故調の「はじめに」にある、「マインドセット」であり、「単線路線のエリート」の意味するところなのです。英語版でも「Message from the Chairman」も同じ趣旨でまとめています。

演者、主催者たちとの会食、そして翌朝、帰国の途に。今年3回目の世界一周の旅でした。

Tallberg Forum 2013

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6月12日朝、成田を立ちCopenhagen経由でStockholmへ来ました。Tallberg Forum 2013のOpening sessionに出ないか、というのです。

13日午前は、StockholmにあるVattenfall1)というスウェーデン最大の国営電力会社本社で役員との会談、さらに職員向けへに福島事故調の話を聞きたいということです。もちろん喜んでお受けしました。そのあとスウェーデン最大の放送局 Sveriges Television AB (SVT)のインタビュー(※1)。インタビュアーのThomas von Heijne 氏は20年ほど前に3年ほど東京に在住、NHKで仕事をしていたそうです。

そこから友人のAnders WijkmanさんとSundaram Tagoreさん(※2)とTallbergへ、約3時間のドライブです。

夕方からパネル、その後は国王をお迎えしたレセプション、ディナーにお招きを受けました。国王とは日本で2、3度お会いしたことがありますが、こちらではだれもが国王を囲んでお話をしています。私は警護の武官ともいろいろお話をしました。ディナーは40人ほどですが、Forumの創始者Bo Eckmanさんたちと、国王Carl Gustaf 16世(今年の9月で国王になられて40年となります)のおられるテーブルの隣でしたので、国王のところに行ってしばらくお話をさせていただきました。ノーベル賞100年記念のこととか、リンネ生誕300年の時の天皇陛下のご訪問のことなどです。

1日目の開会のパネルでは、「気候変動」について話したRobert Corellさんが素晴らしかったです。2日目のランチには、Eckmanさんが私とあと2人を招いて、世界のアジェンダについて意見交換の場を設定してくれました。

「Globalization」の世界では、人間はどこへ行くのだろう、何をしたらよいのか、「見えない解」への多彩な意見の交換が出ますが、なんとなく不安があふれていて、真剣に考えれば考えるほど、「次への一歩」が見えないいら立ちがそこかしこにという感じでした。

素敵な場所、晴れたと思ったら、急に雨が降ったり、しかし、きれいなところです。厳しい自然と一緒に生活し、自然を大事にしている、そして要所に鉄道があったり、長い間の知恵が、そこかしこにこのような雰囲気を生んでいるのでしょう。

去年、Osloでの話を書きましたが、自然の環境がそれぞれの国民性にあるのですね、生きる知恵というようなものでしょう。

これが人間にとって自然なことなのでしょうね、なんとなくほっとする感情が湧いてくるのですね。

最終日の15日、Tallbergを昼に出発、ロンドンへ向かいました。

※1
ここでは私のコメントのうちで、日本で「Groupthink」を大事にすることは「致命的な弱さ」という認識、そして「Obligation to Dissent 異論を言う義務」という意識と行動、これらの欠如が、日本の「エリート」の「ひ弱さ」になっている、というコメントを取り上げてくれたのはうれしいことです。編集者の見識です。

SVTのインタビュー記事はこちら

インタビュー記事の日本語訳はこちら

※2
私の初めてのあいさつは「あのTagoreさんの?」でした。曾祖父ということでした。「やっぱりね」というところですが、私が知らなかっただけのことでしょう。素敵な方です、芸術家であり、映画でもよく知られています。「あのTagore」はアジア人として初めてのノーベル賞受賞者であり、岡倉天心は同世代でもあり、親交があったのです。岡倉は初めてインドへ行った時「アジアはひとつ」と気づきそのまま1年滞在し、その後も日本と米国を結ぶ大活躍など、この時代の日本人には、こういうスケールの大きい「エリート」が何人もいたのです。最近はちっとも見ないタイプですね、残念ながら。

栗原さんの手紙

栗原潤さんという”出る杭”を何回かご紹介しています。

時々お会いしていろいろな議論をしているのですが、彼はいつも個人での活動が基本ですし、その信頼に基本を置いた人脈は意外なところにいろいろ広がっているので、楽しいのです。

さらに本の読み方とその量の半端でないこと。最近はBernankeの「大恐慌論(邦題)」を訳していますが、これがけっこう売れているのだとか。

Harvard Kennedy Schoolからキャノングローバル戦略研究所に移ってきましたが、私もいろいろ共同での仕事もしています。

彼が毎月出している「Cambridge Gazatte」がいつも面白いのですが、最新号で私の4月の会合のスピーチのことにもちょっと触れてくれていますので、ご紹介します(PDF)。

すごい引用がいくつも出てくるのでびっくりです。

あまり「本流」でないところにすごい人材がいるのですよ。

St. Gallen Symposiumへ再び

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再びSt. Gallen Symposiumに参加しています。今年のテーマは「Rewarding Courage」です。こんなテーマにするのは主宰している学生さんたちの提案も良く考えている証拠です。5月1日、成田を出発。

2012年は国会事故調の最中で参加できませんでしたが、2007年から今度で4回目の参加だと思います

2日とも全体Plenary会議は素晴らしいものでした。皆さん満足していたと思います。

第1日目の最後の全体パネルは「Leaders of Tomorrow: Essay Competition」、石倉さんのダイナミックで、アドリブのきいた司会で、みなが素晴らしい時間を持ったのではないでしょうか。世界の90か国ほどの1,000人を超える若者のエッセイから、最終的に3人が選ばれましたが、このパネルでの12名ほどの若者の議論には素晴らしいものがありました。

若者たちとの交流はいつも楽しいものですし、先輩の大事な役割です。

私も2日目のWorkshopで「Global Agenda in Post-Fukushima」で対話をしようという趣向で、石倉洋子さんがmoderatorをしてくれました。このセッションでは、どちらかといえば流れがもっぱら「福島原発事故」と「国会事故調」にフォーカスされてしまったので、「タイトル」とはちょっとずれていきました。でも参加されて方たちの議論がそちらへ向かうのはスイス、ドイツの方が何人も来られたことにもあるでしょう。自分でも「出来」はあんまりよくなかったと思います。これも「福島原発事故」のインパクトと、世界の関心の高さのためと思います。これも勉強です。次にはもっとフォーカスを、と思います。

St. Gallenは1971年に始まり今年で43回目です。St. Gallenの学生たち始めたもので、今でも学生がテーマを選び、組織し、プログラムを組んでいるのです。到着した夜のレセプションですが、私のテーブルでは、私ともう一人の2名以外の6名がSt Gallenの卒業生で30年、20年、10年前にこのSymposiumにかかわったそうです。このような若い時の学生として多くの社会のリーダーとの出会いと、このような会を開催する苦労の「こころ」が、先輩として好循環として戻ってくるのだろうな、と話をしながら、ちょっと先輩-後輩のつながりに感動をし、うらやましい気持ちになりました。

第2日目のWorkshopの後、すぐにホテルへ戻りチェックアウト、飛行場へ。英国Heathrowへ向かいました。

 

いろいろな講演、そしてL’Oreal賞のお祝い、国会事故調の若者たちの企画

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いろいろな会でお話しする機会を頂きます。特に国会事故調を終えてからはこれに関する講演等も、国内外で大きなテーマとして取り上げられ、お招きされる機会も多いのです。

しかし、なんといっても私の関心、懸念の中心は、どんどん変わる世界の中での日本の方向です。そんなこともあって、国会事故調の話題といっても、これの意味することをもっと大きな枠組みでお話しすることが多いのです。今年のこのサイトでも触れているDavos、Stanford、OECD、UCLAなどでもこのような骨格で、福島原発事故の意味、グローバル世界と日本の課題等について、「Uncertain Times: Changing Principles」などというタイトルで、適宜に内容を修飾しながら話すことが多いのです。

この2週間では、東京倶楽部青山社中などでお話ししました。前者ではここで何回か紹介しているH-LAB1)の応援もしていただけそうな雰囲気になりましたし、後者ではなんといっても政策等への熱気あふれる若者中心ですから大いに議論が沸いて、楽しい時間を持ちました。

もう一つうれしい会がありました。それは黒田玲子さんL’Oreal賞を受賞のお祝いの会です。英国で10年ほど研究者として過ごし、20数年前に帰国、その当時からのお付き合いです。ご自分の研究ばかりでなく、総合科学技術会議、国際科学者連合(ICSU)などでも大変活躍されていました。とてもうれしいことです。

一方で、大学生が中心になって「国会事故調をわかりやすく広める企画」(1,2)が開催され、そこでも参加しました。このような自主的な企画はぜひ応援したいです。

5月1日からはSt. Gallen、そして英国Sussexへ出かけます。

 

私の受賞お祝いの会と吉川先生の「3つの層」の言葉

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去年、私が委員長を務めた”憲政史上初”という福島原発の「国会事故調」に対して2つの受賞、AAASのScientific Freedom and ResponsibilityとForeign Policyによる「100 Top Global Thinkers 2012」がありました。

このことを祝ってあげようと主として科学者サークルの友人たちが企画したとても楽しい会がありました。国会事故調にもいくつかの大事な指摘を頂いた元東京農工大学学長の宮田清藏さんが音頭取りで企画してくれたのです。私の国会事故調についての講演との組み合わせです。

私にとって、国会事故調に対するこのような世界の高い評価はとてもうれしいことですし、これだけの仕事を6か月という短期で達成できたのは、特に事故調のチームを中心とした多くの人たちのおかげです。

この会は東大総長、日本学術会議会長等をされた私の尊敬する吉川弘之先生の国会事故調と私の紹介で始まりました。吉川先生は21世紀に入ってすぐに、特に日本学術会議と世界の科学者アカデミーの大転換にあった時に、両方で責任ある立場でとても苦労され、日本学術会議では会長、私が副会長として、そのあとを私が会長と、何年もご一緒に仕事をさせていただいたこともあり、私のことはよく理解されているといつも思っていました。

しかし、予測もしなかったことですが、先生はこの成果について「3つの層で喜んでいる」と始められ、私の行動についての考察をされました。こんな話の展開になるとは、私も思いもしないことでしたが、多くの皆さんもと思いますが、私も感動しました。この吉川先生の「3つの層」については、出口さんのメルマガ
(英訳はこちら)がかなり正確なので、ぜひ目を通してください。当日の写真もいくつか掲載されています。

石倉洋子さんのblogにもこの集まりについて書いてくれています。

米英豪、ノルウェー、スイス、藤崎駐米大使などの参加とご挨拶ほか、根本大臣ほか何人かの参加の国会議員の方々にもご挨拶いただき、ドンペリ、KENZOワインなど、とてもとても楽しい会でした。

皆さん温かいお気持ちを感じる集まりでした。ありがとうございました。