日本学術会議では2000年から毎年、“科学技術と持続可能な世界”をテーマにして国際会議を開催しています。今年は9月7日に開催した「Gateway to India」に続き、2日間に渡って「Global Innovation Ecosystem」という会議を開催しました。いま世界中が「innovation」をキーワードに動き始め、競争が激化しているところです。「innovation」については、2004年にアメリカで報告された“Palmisano Report”と呼ばれる「Innovate America: Thriving in a World of Challenge and Change」などが参考になります。Palmisano Reportについては日本語での解説もされています。また、この報告書を取りまとめた議長でIBMのCEO、Samuel Palmisano氏の思想についても参考にしてください。
京都で開かれたこの国際会議には、Palmisano Reportに中心的に関与したGeorgia工科大学のHicks教授、またStanford大学のRosenberg教授等々、素晴らしい方たちが参加してくれました。当日の様子はNHKのニュースでも取り上げられていました。
2日間の会議の締めくくりとして、私は以下の趣旨で話しをしました。
「5年前の“9.11”を覚えていますか?たった5年で世界はとても“fragile”になったのです。なぜなのか、よく考えてください。科学技術と経済成長はもちろん大事ですが、地球規模の問題として増加する人口問題。それに関係して引き起こされる環境、エネルギー、食料、水等々の問題。そして南北格差と貧困。これらの問題解決という目標への共通の認識がなければ、グローバル時代の問題は改善されない」、と。
この会議の参加者が中心となって、問題の解決に対する計画を一緒に考えていこうという方向性が出来つつあります。
9月21日の日経産業新聞に会議に参加してくださった滝順一氏の記事が掲載されていましたのでご紹介します。
● 「初めの一歩」踏み出す 「定期的な協議」を継続:
● 世界的技術革新めざす国際会議経済成長と地球環境問題の解決を同時達成する「世界規模での技術革新(グローバル・イノベーション)」は可能か。その実現に国際協力は必要か。日本の研究者の呼びかけに応じて、米欧やインド、 中国などの科学者、経済学者が集まり国際会議が開かれた。国家利益と国際協力を巡って議論は迷走したが、定期的に話し合いを続けることで最後は一致、重要な論議の「初めの一歩」になった。
● 「持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議2006-グローバル・イノベーション・エコシステム」は、日本学術会議や経済社会総合研究所などの主催で8、9日に国立京都国際会館で開き、約50人の専門家が討議した。
● 「グローバル・イベーション・エコシステム」は、科学技術振興機構の生駒俊明研究開発戦略センター長ら日本の研究者が提唱する概念。
● 耳慣れない言葉だが、イノベーションにエコシステム(生態系)という言葉をつなげたのは、2004年の米競争力評議会報告(パルサミーノ・リポート)が最初。
● 米国の情報通信(IT)産業の代表者らがまとめた同報告は、産業競争力の優位を維持するために途切れることのない技術革新が必要だと主張。企業や大挙が競争と協働作業を繰り返す社会環境を進化や多様性を備える自然の生態系に例え「ナショナル・イノベーション・エコシステム」と呼べる社会システム作りを進めるべきだとした。
● 生駒氏らの提案は、国の競争力政策としてのイノベーション・エコシステムの発想の枠を押し広げ、気候変動や新興感染症対策など人類共通の課題の解決につながる技術革新に国際協力で取り組めないかというもの。「国家のエゴのための技術ではなく、地球のエコのためのイノベーション」(生駒氏)という転換だが、なかなか理解されなかったようだ。
● インド政策研窮センターのブラフマ・チェラニー教授(安全保障論)は「討議内容が各国のナショナルな話ばかりでグローバルな提案がない」と話していた。
● 実際、パルサミーノ報告が引き金となって、世界中でイノベーション政策が花盛りだ。会議でも目立ったのは、各国の競争力強化を狙ったシステムの紹介だ。
● 日本政府関係者は今年からスタートした第三期の科学技術基本計画でイノベーションをおこす環境づくりを政策の柱に据えたことを披露。英マンチェスター大学のルーク・ジョルジュ博士(科学技術政策)は国内総生産(GDP)の<%を研究開発没資にまわすことなどをうたったEU(欧州連合)の政策を話し、シンガポール経済開発庁バイオサイエンス局長のスワン・ジン・べー氏も多国籍バイオ企業誘致などによる科学技術立国の進展ぶりを話題にあげた。
● 一方、米スタンフォード大学のネイサン・ローゼンバーグ名誉教授(経済学)は技術革新によって未利用石炭資源が使えるようになった20世紀羊ばの実例をあげて「資源量は技術に依存する」と話した。資源・環境問題のあい路がイノベーションによって広がりうるとの展望を示す発言だが、こうした示唆の上に議論が積み重らなかった。
● 国家間で技術開発競争が激しさを増し日本自身も競争力政策を掲げる中で、陳向東(チェン・シャンドン)・北京航空航天大学教授は「先進国にとってすでに古くなった技術分なら協力は可能だろう」とみる。
● 学術会議の黒川清会長は「(政治的にも環境的にも)今の世界は極めて脆弱(ぜいじゃく)だ。科学技術の役割は重要」と締めくくった。」
● (日経産業新聞 2006年9月21日(木) 滝順一)