最近大変興味のある本を読みましたので紹介します。いつも言っていることをまたもや確認するものでしたし、とても参考になりました。
その本とはJohn Dower MIT教授による「Embracing Defeat」(1999年)で、邦訳は「敗北を抱きしめて」(2001年:岩波書店)です。Puritzer賞も受賞した、アメリカ占領下の日本を描いたノンフィクションです。このような本が、日本の学者によって書かれていないことに日本の基本的な問題があると思いますが、すばらしい記録と記述の学術書です。
いつも書いていることですが、私の日本に対する基本的認識は、ルース・ベネディクトの「菊と刀」、池上英子氏の「名誉と順応」、野中郁次郎らの「失敗の本質」等の延長線にあるのかも知れません。日露戦争以降の日本の「リーダー」の「志(こころざし)の低いこと」、「責任感の欠如」を示して、「リーダー」たちのみっともなさが目につきます。日本人は全体としては優れているのですが、とにかく、国のことを考え「身を賭けても」という「リーダー」がいないのです。わが身かわいい「リーダー」ではどうしようもないでしょう。調子のよい時はともかく、困難な時にこそ「リーダー」の本質が出てしまうもの。今の日本でも、「責任ある立場」でいながら「評論家」ばかりで困ったものです。銀行、大企業、行政、政治、大学、どこにいる「リーダー」も評論家ばかり。自分たちの問題であるにもかかわらず、ひとごとのようなことばかり言っている「評論家」です。普段は威張り、困難が来るとまず逃げる、これが日本の「リーダー」たちと言えるのではないでしょうか。「Embracing Defeat」、ぜひ読んでください。これについては、また機会があれば書きたいと思います。
ところでもっとすごいのが、朝河貫一教授の著書です。朝河先生は、明治6年(1973)に福島に生まれ、早稲田の前身を主席で卒業。その後渡米し、Dartmouthで学び、YaleでPhD、後にYaleの歴史学教授になります。日本人としては、アメリカのアイビーリーグはもとより、Majorな大学で初めて教授となった人です。Yale名誉教授として1948年に亡くなっておられます。
朝河先生は1904年、日露の衝突が進行中、まだ陸軍は乃木大将が203高地攻略中、バルチック艦隊はまだ喜望峰を回っている頃、まだこの戦争の顛末はなんとも言えない時に、政治的、軍事的、経済的側面から諸種の状況を分析し、「この戦いは日本に正義」のあることを解析した論文を英米で出版しました(31歳の時です)。ロシアの満州侵攻の不当性と日本がこれを阻止する正当性を主張したのです。そして、この本が、英米が日本を支援する根拠となり、日本が奇跡的な勝利した後のルーズベルト大統領の仲介によるポーツマス条約を成立させる要因となりました。朝河先生もこの条約にはオブザーバーとして出席したそうです。その後、小村寿太郎が外交手腕を発揮します。この時、日本はかなり「危ない」状況であったことは、今となっては周知の事実でしょう。しかし当時、これを「理解」しない「大衆」によって「日比谷暴動」が起こります。煽動した帝国大学教授がいたことも有名です。
さて、そのような状況の中で、さらに朝河先生のすごいのは、日露戦争の後の日本の満州での行動が、政治的、軍事的、経済的側面で解析すると、日露戦争での日本の正当性を主張したその根本理念そのものに反していることを指摘するところです。そして、日本がすぐに満州での行動を正さない限り、日本は国際社会での信用を失い、必ずアメリカとの衝突をむかえ、アメリカに負けるであろうと喝破し、日本の「リーダーたち」に訴えるべく『日本の禍機』と題して1909年に日本語で本を出版しました(講談社学術文庫784、昭和62年発行)。日露戦争のわずか4年後です。ぜひ読んでみてください。
あの時代、情報源も今に比べればはるかに限られているにもかかわらず、大量のデータを集め分析している歴史学の朝河先生。彼の、在米で日本を思う気持ち、「外」にいるからこそ見える日本の実情(「岡目八目」とはよく言ったものです)、切々と訴える愛国心が、私にはよく理解できる。先生の著書は、独りよがりで、国際的視野でものを見たり、考えたりできない日本の「リーダーたち」に日本の国際的視点の欠如等々を訴えかけています。これを読んで、本当に明治にはすごい日本人がいたのだなと、つくづく思い知りました。このような立派な人がいたことはもちろん外務省の人間は知っています。小渕さんが外務大臣の頃の演説で、国会でちゃんと朝河先生のことにちょっとですが触れていました。ただ、知っているというだけで、これだけの器量の人が今の外務省には残念ながら、以内のです。
朝河先生は日本の封建主義や荘園とヨーロッパとの比較研究等で多くの世界的な学術貢献をされています。朝河先生は渡米後、2回しか日本に帰られなかったそうです。
明日4日には、日本医学会総会(博多)で「21世紀:日本の課題」という特別講演をしますが、この2冊についても話をしたいと思います。