「医学生のお勉強」 Chapter1:安楽死(7)

死を待つ患者さん達にとって、医師は何ができるのか
どのような役割が期待されているのでしょうか
セッションのオリジナルタイトル/The End of Life and Euthanasia

 

■スーパーDr. なんていない! みんなでサポートする社会を

――:
でも病院見学なんかしていると、すごくお医者さんは忙しそうです。例えば末期がんの患者を20人とか抱えているとして、一人ひとりに対して十字架を背負っていくような精神的余裕が医者にあるかというと、それはとっても難しい問題だなあと思うんです。私は患者さんのフォローアップの制度作りをすることができるんではないかと思ったんです。例えばがん患者同士のシェアリングのグループをセットアップすることとか、ソーシャルワーカーにお願いして手伝ってもらうこととか。医者は直接ケアできる部分とかかわっていくのはもちろんだけど、自分が直接かかわれない部分に関してのサポート制度を作っていくことができるんではないかと思います。

――:
今の考えに凄く賛成です。「告知するか、しないか」という段階ではいろいろな患者さんがいて、人生観があって、考え方があるから、すごく難しい問題で一概には言えないと思いますが、告知した後のケアがすごく大事だということは絶対言えることだと思って。コミュニケーションの授業でもあったように、がんの患者さん同士で話し合いを持ったりすると延命効果があるっていうことも、すごくよくわかると思うんです。とにかくできるだけたくさんの人が患者さんにかかわりを持つようにしていくことが、告知した後のケアとして大切なことと思います。そういうふうな制度をどうやって作っていくかが私にはわからないんですが、どうすればいいかな?

――:
やっぱりその部分を誰かほかの人に代わってもらうことも必要。さっきのフォローアップの話とつながっているんだと思うんですが。先生のご意見とはちょっと違うのかもしれませんが、私は両方求められていると思うんです。でも1人で神父と医者と両方をするのはちょっとでできないから、例えばさっきボランティアの導入とかあったと思うのですが、アメリカでもエイズをサポートする宗教団体があって、そういう人たちをメンタルケアできるようなプログラムを作って病院に派遣するシステムがあるって聞いたんです。やっぱりそういうところは専門の人にサポートしてもらう。完璧な医者なんて、精神的にも技術的にも両方兼ね備えた人なんて、絶対いないんだから。そういうところを分けていかないと無理なんじゃないかな。

黒川:
昔はそんなに複雑な社会じゃなかったんだ。今はいろいろな医療が進んだからといってみんな治るような気持ちになっているかもしれないけど、元々治らないような病気もたくさんある。実をいうと診断はつけられても治らないというのが多いんじゃないか。だけど社会はそうは思っていないんじゃないかな。「高度先進医療」とかいって実は何もできないなんて、本当は言えない。それでも10年前よりも進んでいるんです。例えば30年前と比べてごらん。僕が医者になった30年前は子供の急性白血病なんて、3ヵ月から半年以内でみんな死んでいたんだから。今はほとんど治るでしょ。すごいことだよ。普通は化学療法をするけど、最近は骨髄移植とか。常に進歩している。だけど人間は必ず死ぬ。生まれたら必ず死ぬんだ。だけどみんなそれを見たくないんだよね。
白血病なんて子供が多いじゃない。子供は化学療法をやると頭髪がなくなったりして。白血病の子供のサークルがあるんだ。子供はみんな自分ががんだって知っているんだよ。白血病じゃなくても、例えば10歳もいかない子供のがんの患者さんたちが集まっているクラス。病院もそういうのあるけど、そういうのどう思う? そういうクラスの子供さんが書いている本がある。がんの患者さん、すごくかわいそうだなって思うよね。

――:
聖路加病院でボランティアをしていたとき、最後に担当したのは小児科だったんですが、そこは週1回で3、4ヵ月間行きました。子供の急性白血病が多かったのですが、でもその子供たちはものすごく元気。しかもみんなほとんど告知されていて、自分がどういう病気かって知っているんです。「えっ、子供のほうが強いんじゃないかな?」って、そのとき思いました。

黒川:
それって誰か本とか読んだことない? あるいは自分たちの周りで小さい子供がそういうがんで死んでいくことない?

――:
私はテレビで。つい最近やっていたんですが未婚のお母さんの子供さんが6歳でがんが発病しちゃったっていうんで、そのお母さんはどうするのかと思ったら、子供に告知をした。がんは辛い治療をするじゃないですか。髪の毛が抜けちゃったり、痛かったりするのでそれを知らせないで、どうしてこんなに辛い思いをしなければいけないのか、というのは納得させられないということで。
最初、子供は泣きわめいたんだけど、しばらくしたらお母さんと一緒に病気と闘っていくことを納得した。手術をしたかどうかちょっと忘れちゃったんですが、1回治って、でも結局再発して8歳で亡くなってしまったんです。そんな幼い子供なので、お母さんは、「告知するということに対して100人に聞いたら、100人ともたぶん反対するだろう」と言っていたんです。でも実際は100人のうち99人が反対でも1人だけ賛成してくれた人がいた。その1人は、実は亡くなった自分の子供だった。「やっぱり聞いてよかった」って言ってくれたって。
こういうことに正解はないのかもしれないですが、そのお母さんと子供にとっては告知することが一番良かったんだと思います。子供さんは亡くなってしまったので今はお母さんだけですが、「私は告知して良かった」って・・・。

黒川:
っていうように子供が言ってくれたんで、お母さんはすごく心が安らぐ。

――:
先生、すみません。書記、代わってあげたら?

――:
大丈夫。

黒川:
本当に?

――:
大丈夫。

――:
さっきのお母さんが子供に、「どうする? ぱっと遊んで終わりにしちゃう? それとも治療をしてみる? 辛いけど」って聞いたときに、その子は「生きたいから、治療をするよ」って自分で自分の人生を選んで、本当にお母さんと子供さんはその間に密な時間を過ごして、お母さんの腕の中で眠るように最期をむかえるという話だったんです。

黒川:
それで「ありがとう」っていう子供が多いんだよ、悲しいけど。自分が親になると、病気の小さい子供をみてかわいそうと思うだろうけど、子供はまだ人生が短いから意外と強いんだね。その短い記憶の中で、「お父さん、お母さんありがとう。楽しかったよ」って言われると泣いちゃうよね。

――:
私がアメリカの大学へ行って「児童発達心理学」っていうのを学んでいたときに、心臓病の子供だけが行くような病院があって、そこによくみんなで授業中に実習に行くんですよね。そうすると私なんかしないんですがアニマルセラピーとかいって動物を連れていたり、または私たちみたいに専門訓練を受けた人たちが常駐していてご両親とかお子さんの相談や話にのったりして、社会的なサポートが充実していたんですよね。それで今のお母さんや看護婦さんとかはもちろんそうですが、そういう社会的なサポートはこの病院はどうなんでしょうか?

黒川:
もちろんあるけど。特に子供はがんだけじゃなくても治療が長くなるから骨髄移植とかもそうだけど、病院の横に家族が宿泊できる施設がある。特に骨髄移植なんて先端医療だからどこでもやれるわけではない。お父さん、お母さんが地方なのに、子供だけ入院しているっていうのは大変なんだよ。それで伊勢原のボランティアのグループが「泊めてあげる」っていって、毎日食事を作ってあげるわけにもいかないじゃない。ボランティアだからとはいっても、それなりに大変でしょ。だから、厚生省の補助事業ですごくいいのができて、ここから歩いて5分だし、今は東海大学で1LDKぐらいの部屋を家族に貸している。
またそのうち調べてきてほしいんだけど、いろいろな話を聞いているとがんの子供たちはどうしているの? 子供たちの生活っていうのは・・・。

――:
そうですね、みんなでリサーチプロジェクトしたんですが、定期的に外部の人が例えば犬を連れてくるとか・・・。

黒川:
そういうサポートは大事だけど、人件費とか建物の修理とかのシステムは誰が払うの? 確か千葉大学の広井助教授が書いているんだけど、「医療というのは誰が払うの?」っていう記事があった。こういう話の基本的なプランについては日本は常に小手先だけなんだ。しかも行政がやることが多いんです。やっぱりそういうのは政治のリーダーシップとかがすごく大事なんだけど、国民の声というのかな、これもすごく大事なんだ。
だけど今、僕らが考えている近代的な世の中のプリンシプルとか、民主主義とかいうのもみんな誤解しているけど、個人主義というのは、個人の権利もあるけど個人の責任もあってね。フランスとか、イギリスでは何年もかけてみんなの力で、権利者の首をはねるという革命が起こっているわけ。それで初め自分たちの責任ができてくるわけだから、日本のような「お上頼み」っていうのはなかった。明治維新はどうかというとあくまでも「士農工商」の士の部分の派閥の争いだったと思っています。最近NGOとかボランティアとかあるけど、それは国の税収が減ってきちゃったから、そう言っているだけの話であって、もっと税収があって上からみんなくれるんだったらみんな黙っていたかもしれない。
それともう一つ、日本は中央集権的だから、もしボランティアで寄付を募ろうとすると、「寄付できるほど、そんなに余裕があるんだったら税金をとろう」という常に中央官僚は自分たちに権力を集める発想。「我々が一番頭がよくていろいろなことを考えている。市民運動? 冗談じゃない」って思ってる。日本は元々村民の集まりだから市民運動とかをするような市民がいない。だから必要なところにどうするかということで、常に陳情で予算をくださいということになっている。
一つはまた日本の文化の違いにもなっちゃうんだけど。徳川の時代から常に生まれた藩からでられないわけでしょ。脱藩できないんだから。今でも脱藩できるかといえばできない。今はどこの藩に属するかは、どこの大学に入ったかで決まってしまう。今までの日本では大学に入ってその後どこに入りたいとかいうと、東京三菱銀行とか大蔵省とかあるだろうけど、そこに入ってよそに動けないんだからそれもまた脱藩できないってこと。だから三菱と住友が交流するなんてことないでしょ。
だから日本は常に「ムラ社会」なんだよ。日本人のサイコロジーが常にそれを求めていると僕は思っているんだけど。徳川時代は生まれたところで決まる。明治維新からは生まれたところではないけど、それほど流動性はなくて、やっぱり「家」。長男は東京の大学に行ったって必ず数年経ったら跡継ぎで帰ってくるじゃない。だけどそれがガラっと変わってしまったのは戦後です。それまで長男が跡継ぎをして、次男、三男はどっかに行けという慣習だったから。長男が帰ってくることでまだ流動性が保たれていたんだけど、戦後になって、「みんな平等だ」っていったことですべてつぶれた。
だけどシステムそのものは変わらない。どこかの大学なら大学、三菱なら三菱、役所なら役所、大蔵なら大蔵、って混ざらない。常に「タテ社会」できていた。それを維持していたのは何かというと、今も言ったように、一つは中央集権制。常に中央集権的に税金でお金を集めて、官僚は優秀だとみんなが思っていた。官僚が全部予算を分配する。だから何が起こったかというと、民間もすべてことあるごとに、「お上にお願いします」と言っているから、役人にしょっちゅうペコペコして、「そこから予算をください」とか言って、役人に賄賂を贈ったりするから、常に補助事業なんです。「中央からお金をください」という陳情なんです。その権限を持っているのは役人です。だから今、地方分権にしようとかいっているけど日本人にはなかなかしにくい。常に中央を見ている。それはなぜかというと、私は徳川の鎖国以来400年の歴史のせいだと思う。
だからそれを変えるために、僕らがみんなに期待しているのは、留学もそうだけど、広く「外」を見ること、人に混ざること、それによって、「いろいろな価値観があるんだなあ。日本ではどうして違うのかな?」っていうのに気づくから、それが大事。それにこういうことはやっぱり本を読んでいるとわかる。だからそういう意味で『菊と刀』もそうだし、今月、ちょっと持ってこなかったんだけど、これもまた女性なんだけど、池上英子さんの『名誉と順応』っていう本もすばらしい。日本人の精神構造がどういうふうにしてこうなっているのかというのを知るのは、すごく重要なこと。

 

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Exposition:

  • シェアリング
    心理劇(役割演技を通して演者の自発性を発展させることを目的とする集団心理療法)において、ウォーミングアップ、ドラマに次いで行われる話し合いのこと。一同で主役そのほかの演者の体験を分かちあうことで、演者は新たな気づきを得る。
  • ソーシャルワーカー
    ソーシャルワークの実践者であり、社会福祉職の総称。ソーシャルワークの価値、知識、技術を統合して実践に向かうとされている。ソーシャルワーカーの仕事ではクライアントの主体性を尊重し、クライアント自らが問題解決していけるように側面的に援助する点に特徴がある。
  • 骨髄移植
    骨髄の正常造血能を補い済生させるために新たな骨髄幹細胞を静脈注射すること。白血病、再生不良性貧血などの治療として用いられる。
  • 発達心理学
    従来の児童心理学が対象としてきた乳幼児期と学童期の研究に加えて青年期までをその対象として取り扱い、時系列上に展開される発達的心理の変化の解明を目指している。
  • アニマルセラピー
    動物介在療法。動物とのふれあい、交流によって精神と肉体機能を向上させる癒しの方法。
  • 厚生省の補助事業
    ここでは厚生労働省が援助し、整備を進めている、重い病と闘う子供と家族を滞在施設となる「ファミリーハウス」のこと。
  • NGO(Non-Governmental Organization)
    非政府組織、非政府機関。非政府・非営利の立場から地球規模の問題に取り組む民間の国際協力団体。発展途上国等で環境や人権、難民支援などの援助活動を行う。なお、NPO(Non-Profit Organization)は、市民運動やボランティア活動などをする人々の非営利法人、民間非営利団体のこと。
  • 『菊と刀』
    『菊と刀』ルース・ベネディクト(著)、長谷川松治(訳)、社会思想者、1967年
  • 『名誉と順応』
    『名誉地順応 サムライ精神の歴史社会学』池上英子(著)、森本 醇(訳)、NTT出版、2000年。池上英子著の『The Taming of the Samurai : Honorific Individualism and the Making of Modern Japan』(Harvard University Press.1995)の日本語訳である。

 

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