『東大講義録:文明を解く』、『なぜ日本は行き詰まったか?』、『世界の歴史』

JR東海新幹線グリーン車の車内誌(Kioskでも販売)「Wedge」9月号(8月20日発行)の「読書漫遊」に、2月号に続き3冊の本を紹介します。歴史的・文明史的な日本の現状認識と考察です。内容を以下に紹介します(最終的にはこれを15%ほど減らしたものが掲載されます)。ここで紹介した本を時間のあるときに読んでみてください。

『バブルがはじけて15年。日本の景気は中国への輸出増もあって持ち直しているようにも見える。しかし、本当に元気になっているとは感じられない。15年前までは「ジャパン アズ ナンバーワン」、その秘密は「政産官の鉄のトライアングル」と言われ、誰も疑問すら抱いていなかったようであるのに、21世紀に入って世界をめぐる様相は一変した。2001年の9.11事件から3年、アフガン、イラクをへて世界とアメリカの様相は、21世紀の初めには予想もしない方向へと変わりつつある。人間の文明史から見れば、この100~200年の変化はすっかり世界の有様を変えたとはいえ、これからの世界はどのように動くのか。日本はどうか。S.ハンチントンによれば日本は独自の文明を築いてきたという。中西輝政氏の『国民の文明史』(産経新聞社 2003年)でも述べられているが、文明は大きな波と、小さな60~70年の波の変化があるとする説に私も賛同する。歴史の大きなうねりを見られないリーダー達に率いられている日本は漂流している。

今年はライト兄弟が初めて動力飛行を成功させてから101年目、日露戦争突入から100年目にあたる。日露戦争に勝利して初めてヨーロッパ文明の帝国主義から独立できた日本は、傲慢で自信過剰になり、満州への進出、太平洋戦争敗戦を経て、冷戦と日米安保の枠組みと規格大量生産型の近代工業社会時代の要請に応え、経済的に大成功して、またここでも傲慢で自信過剰になった。日本に何が起こったのか。文明史的に俯瞰して初めて見えるものがある。

堺屋太一氏は通産省退官後、多くの書物を著しているが、氏の『東大講義録:文明を解く』(講談社 2003年)は日本と世界の歴史、文明史を解きつつ、近代と20世紀の日本を描いている。戦後の日本の近代工業社会は1980年頃から終焉しており、次の社会は「知価社会」と予測している。工業社会の成功体験から、この変化に対応できない日本の「鉄のトライアングル」の利権構造と無能な官僚支配社会を解き明かす。豊富な知識に裏打ちされる論理の展開の説得力は強い。ヒエラルキー秩序の「個」のない社会から、「個」のネットワーク社会へとなかなか転換できない。それでも、少しずつ変化が見え始めているようであるが、動きは遅い。

在英の経済学者の森嶋通夫氏は(2週間程前の7月13日にご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。)、20年前に書かれた『なぜ日本は「成功」したか?』の中で、冷戦構造と日米安保の枠組みにおいて、政治家と官僚が卑屈なまでに忠実な敗戦国であったことが、世界で羨ましがられるほどの成功の一因であると喝破している。この20年後の『なぜ日本は行き詰まったか?』(岩波書店 2004年)でも、近代日本の歴史を振り返りつつ、20世紀後半の成長の間に経済を世界に開放し、国際市場システムの構築の貢献に失敗し、政府と民間企業の結託、不良投資へのずさんな金融、政府と一流企業にまつわる無数の経済犯罪等が今になって発覚する「成功の一因」の背景を示す。そこから、現在すでに現れている症状を分析し、戦後のリーダーの 「エートス」欠如を指摘する。「ノブレス・オブリージ」の精神は今の日本社会のどこにもない。日本は、知識人が指導的役割を演ずるように形づくられる儒教社会であるとすれば、リーダーの道徳観の欠如は日本にとって決定的な打撃であり、日本は底辺からではなく、トップから崩壊する危険が大きいと指摘する。道徳水準の崩壊を短期間に取り戻す事は非常に難しいし、勇気や公明正大さや正直という資質を備えている、有能なやる気のある人物に乏しいことを指摘する。 2050年の60歳は既に14歳、2050年の50歳は既に4歳であり、今の社会に子供のお手本になる大人がいない日本はどうなるのか。子供は社会を映す鏡なのである。このような時には、国民の国に対する自信を高めるため「心ある」人たちによる右傾化が生じてくるのは歴史的にも極めてありうる事で、政界でも、学界でも、ジャーナリズムでもすでに聞こえ始めている。日本に必要なのは個人主義と自由主義の真の本質を教える、意味のある教育改革であろうが、果たしてできるだろうか。できたとしても、これらの人たちの社会までには40~50年かかるので、21世紀半ばの日本は、生活水準はまあ高いが国際的には重要でない国であろうと予測する、「悲愴」と名付けられる日本社会分析のシンフォニーの書なのである。

大きな世界の文明の流れを俯瞰的に知るには、最近逝去した英国の歴史学者JMロバーツの『世界の歴史』(1~10巻、創元社 2003年)が非常に読みやすく楽しめる。日本は第5、8、9巻に出てくる。日本を、西洋文明が世界を制覇した19世紀に上手く「西洋化」し、日露戦争を経て始めて西洋文明に対抗して独立できた国、と評価するが、第9巻監修の五百旗頭氏が指摘するように、日本の帝国主義は日本の目論見とは違って、皮肉にも東アジアの植民地解放と第3世界を出現させ、中国革命を成功させ、結果として中国が東アジアの大国への道を開いた。では、21世紀の動きは何であろうか。科学と科学技術の驚異的進歩によって、20世紀の100年で世界はすっかり変貌した。文明は物質的豊かさをもたらした一方で、1900年に16億だった人口は、1970年には30億、その30年後には60億に達して現在も増え続けている。そして人口の80%が恵まれない生活を強いられている。予測もできなかった人口増加はエネルギー、食料、水等の地球規模の環境劣化を引き起こす。さらに交通と情報の発達によって南北格差は広がる一方で、不安と不満が鬱積する。これが21世紀の底流であろう。』

どう思われますか?

このような背景で、日本はどこへ向かうのか。20世紀の日本のアジア諸国との関係、アメリカとの関係、ヨーロッパとの関係を文明史的に俯瞰すれば、21世紀の日本の方向も、何をするのかも見えているように思う。これができるのか?歴史のうねりを見てとれるリーダーは出るのか?