天才・異才が飛び出すソニーの不思議な研究所

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これは最近の本のタイトルです。

著者は「所 真理雄、由利伸子」、本の帯(オビ)には「北野宏明  、茂木健一郎高安秀樹暦本純一 らを生んだ「夢のラボ」の秘密、ソニーコンピュータサイエンス研究所」とあります。ここにある「名前をどこかで聞いたことのあるのではないだろうか?」

「北野宏明は、、、ペット犬AIBOの生みの親の一人、、、生物学の新しい領域「システムバイオロジー」を切り拓き、その第一人者、、、茂木健一郎は、「クオリア」、「アハ体験」といった脳の働き、、、斬新な視点と鋭い考察が、もじゃもじゃの髪、おっとりとした童顔、、、出版、テレビ、ゲームと、メデイアの寵児、、、高安秀樹は、、、「フラクタル」はベストセラーに、、、「経済物理学」を起こし、現在この分野の研究は世界に広がっている。暦本純一は、、、実世界とネット世界を自然に融合させる技術を次々と開発し、、、この4人は皆同じ研究所の仲間で、、、(第1章から p. 11)」

これは「ソニーコンピュータサイエンス研究所(SONY CSL)」の生い立ちから今までの20年を、その創設からかかわり、天才、鬼才を輩出した所 真理雄さんを書いた物語です。所さんはご本人も「鬼才、変人」、だけど優れたマネジャー、素敵な方です。「変人」は子供のときからのようで、「トコロ・ヘンジン・マリオプス」といわれていたとか (第1章から p. 78)。

時代を変えるいくつもの新しい分野を開拓し、世界に新しいコンセプトを提示する、これだけの数の「変人」を輩出するこの研究所SONY CSLは、スタッフを入れても30数人という小さな組織。これら5人のほかにもユニークな人たちがいろいろ出ている。

所さん、北野さんとはこの数年いろいろとお付き合い (資料) があります。いつも楽しいけれど真面目な話ですが。お二人を含めて、素晴らしい可能性を持った若者がたくさんいること、それを伸ばす「場」の設定が大事であること、事の本質を見つけ、本物の価値創造と発見の楽しさと厳しさを感じ取ることができる等々、物語が素晴らしく、とても素敵な本です。所さんの科学への哲学とマネージメントの優れているところでしょう。共著の由利さんの物語りと物書きぶり手腕はたいしたものです。

本の章立ては;
1. 一日で書き上げたドラフトから始まった
2. コンピュータサイエンスの最前線をいく
3. 研究マネージメントの真髄とは
4. コンピュータサイエンスからの脱却
5. より広く、より深く
6. 私にとってのソニーCSL
7. 科学の未来とソニーCSL

2章; 「所はいう。「僕の仕事は二つしかない。一つは研究所の向かう方向を決めること。もう一つは人材のマネージメント。ここに合う人を採ること、ここを卒業する人の手助けをすること、そしてここに合わない人には辞めてもらうこと」。」(p.62)

3章; 「何もまして評価されるのは、新しい学術分野を作ること、新しい文化を作ること。これができれば、ソニーのブランド価値を飛躍的に向上させることはもちろんのこと、人類への貢献という意味でも計り知れない」。(p.75)

「所真理雄のマネージメントは「日本標準」からはっきり外れていた、、、「なんと無茶な」と言われることがしばしば、、、だが、「その無茶も長年蓄積してくると黒光りしている、まったくユニークな研究所に仕上げたものだ。こんなことは民間だからできた?いや民間じゃ無理だ、よくやった」。」

「所の素直さ、ストレートさについては定評がある、、、担当した編集者、、にも、「所さんは直球一本」といわれたという。」

4-6章では、所さんと北野さんをはじめとする研究者とのいきさつ、出会い、考え方等々、実に興味深い。皆さん事の本質を見ている。若い研究者、いや研究者でなくともそれぞれの「生き様」の問題として、ぜひ皆さんにもこの本を読んで欲しいところだ。

北野さんは言う、「一見かけ離れた分野間のシナジーは、各々の分野の根幹の概念を理解しないと進まない。しかし、その幅広さが、新しい領域や深い自然理解へと達する唯一の方法だと着たのは思っている、、、「コンピュータの発達で、多くの要素の係わり合いからなる複雑なシステムをいろいろと扱えるようになった。その結果、情報科学、バイオ、社会学、経済学といった分野の壁を越え、横に貫くような視点や方法論が浮かび上がってきて、新しい学問体系が開けつつある」という北野の言葉が、この後に続く七人(脚注1)の研究から実感されるだろう。」(p.119-120)

脚注1; 暦本純一Luc Steels高安秀樹茂木健一郎桜田一洋Franc NielsenFrancois Pachet

陰で支えるスタッフの2人の女性の意見として、「研究員の発表には参加している、、、発想の仕方や着眼点に、すごいと思うことがたびたびある」、「研究者の言葉の端々から、、、刺激を受ける」、「研究員たちは、皆、穏やかで優しい、、、会社や日常の常識にとらわれない面は多々あるが、研究以外のことに対しては本質的にやさしい」と。(p.226-227)

所さんの哲学には、可能性をもつとんでもない「変人」を見つけ、思い切って伸ばしてみる「場」を造ることにあると思う。これは所さんが、若いとき英米でもいくつかの研究所ですごし、一流の人たちの中にいたことにも関係しているように思える。だからこそ、この研究所SONY CSLは「、、、フレッシュPhD、、、新米の研究者でも自分と同等だとして扱い、フェアでオープンだが、手加減もしない、、、こういう雰囲気は、、、一切のごまかしや、なあなあの無い、非常にピュアな精神の表れでもある、、、」、「、、どんな権威のある先生の前でも、その先生に何を言われようとも、ソニーCSLのメンバーは怯まない」といわせる。(p.216-217)

7章で、所さんはこれからの課題へのあり方として「オープンシステムサイエンス」 を考え、今年初めに同じタイトルの本 を20周年記念として出版している。

とにかく、研究に興味がある、何か面白いことに興味がある方たち、そして学生、大学院などの若者たちには、ぜひ読んでもらいたい一冊です。

そして、私がこのサイトでも繰り返し指摘(このサイトで「変人」「出る杭」「常識」「非常識」などで「Search」してください)していることですが、時代の「変人」、「出る杭」、「非常識」こそ、フロンテイアを開拓し、新しい価値を創造し、世界を変えるのです。この本で紹介される何人もの研究者の物語からも、このことを改めて確信しました。

グローバル時代への教育改革者

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リーマンショックの後、当初の国内の予測と違って、鉄のトライアングルが始まった「55体制」が行きづまったからなのか、日本の経済の調子が予測以上に悪く、産業構造の脆弱さが表面化しています。こうなると定番ですが、「“坂の上の雲”的」な明治人の活躍を懐かしむような「リーダー論」が出てきます、ずいぶん状況も見当も違うと思うのですが。

世界の変化は日本を待ってくれるわけではありません。5、10、20年先のことを考えれば、将来を担う人材の育成こそが国家政策の根幹であることは明白です。このサイト内で「人材育成、人づくり」などで「Search」してください、数多く出てきます。

日本では教育に対する国の予算は先進国で際立って少ないのです。今回の衆議院選挙になって、マニフェストでようやく「子供、教育」などへの予算が出てくる有様です。

しかし、従来の教育予算の増強は大事ですが、グローバル時代をよく見据えながら新しい、将来へ対応する多用な人材を輩出する思い切った施策こそが大事です。このような変革が、大学レベルにさえもあまりにも小さく、オズオズといった感じであるところがわが国の現状でしょう。このことについても、このサイトで何回も指摘(資料)しているところですし、いくつかの思い切った試みはありますが主流になるにはほど遠いというところです。アジア太平洋大学、秋田にある国際教養大学などの活動は国内でさえ殆ど知られていません。一橋大学大学院国際経営戦略コース は世界へ開かれた、世界でも評価の高い画期的なプログラム です。

ところで、多くの英米の大学での改革、さらにネットなどの情報技術を使った教育手法にもまったく新しい可能性が模索され、実践が進んでいます。その点で、先日ご紹介したMITのOpenCourseWare の開発にかかわったMiyagawa宮川さん、新しい可能性を探っている、最近Carnegie Foundation からMITへ移ったIiyoshi 飯吉さんなどの海外の大学で活躍する日本人がいます。

飯吉さんには去年ドバイでお会い(資料) したのですが、最近、Vijay Kumarさんとの編集による「Opening Up Education」 を編集、出版されました。書評もCharles Vest (長年にわたりMIT学長、私のサイト内でも「Search」してください)などによって高い評価を受けています。

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写真: 飯吉さんと私、GRIPSで

最近、飯吉さんとご一緒する機会がありました。世界の教育は「Flat化」する世界でとてつもなく大きな改革の可能性さえ出てきているようです。このグローバル時代へのチャレンジ精神、チェンジ変革へ若者の可能性 をのばし、ビジョンと強い意思とエネルギーでリーダーシップを発揮する政治、企業、大学など、グローバル社会でのリーダーの育成に余念がありません。このような人たちが新しい時代を担い、これからの世界を動かしていくでしょう。宮川さん、飯吉さんの教育改革への情熱と先見性と実行力には素晴らしいものがあります。

宮川さん、飯吉さんたちのような「外」で活躍し、「外」から日本を見ている素晴らしい愛国心(脚注)あふれる教育者の意見を、ぜひ広く聞いて欲しいものです。

脚注:私の考える愛国心は「Patriot」です、「Nationalist」ではありません。日本語での違いはややあいまいですが「愛国心」 vs 「国家主義」でしょうか。

政治の行方、ジャーナリスト清水真人さん

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いよいよ衆議院選挙です。4年前の2005年9月11日、小泉総理の「郵政」解散から自民党が圧勝した衆議院選挙がつい最近のようにも感じられますが、それから小泉、安倍、福田、麻生とそれぞれ約1年ずつ総理を務めた、なんだか「不可解な」時間を過ごしたと、感じる方も多いでしょう。

このような政治の背景や真実は分からないことが多いわけですが、ここにはジャーナリストの使命があるのです。

日経の清水真人さんは、小泉総理による官邸主導の経過と記録、経済財政諮問会議の活動、そして小泉総理以降の3人の総理の交代劇について、わが国の政治の経過の「実録」を出版してくれました。いまでは“3部作”です。

1冊目を読んで大変感心したのですが、さらに2冊をタイムリーなテーマで書いています。

「官邸主導 小泉純一郎の革命」(2005年)
「経済財政戦記」(2007年)
「首相の蹉跌」(2009年)

日本の国家政治に何が起こったのか?誰がいつ、何をし、どう動いたのか、どのような意味があったのか、入念な取材に基づいた記録です。

ニュース、テレビ、週刊誌などの報道は、時間や紙面の制限から私たちには十分に理解できないことだらけです。しかも、これらの報道を私たちが後になって見る、読む、調べるというのはほぼ不可能で、大変なことなのです。

だからこそ、現役の記者が、取材した材料をもとに、多忙の中にもかかわらず、タイムリーに本として出版することはとても大事なことであり、国民にとっても大変ありがたいことです。良い記録にもなります。3冊目の著者の「あとがき」が、さすがにめまぐるしい展開があったこともあり、著者の苦労をよく表しています。

新聞を中心に、ジャーナリストはそれぞれ専門性を持って取材し、勉強し、記事を書くのですが(デスクなど、毎日のニュースの重要性などを考慮した編集の方針があり、多くは紙面に出ないのでしょうが)、新聞の一過性、紙面の限定等で、記事だけでは十分でないことが大部分でしょう。他にも週刊誌、月刊誌などがあります。新聞紙上でのシリーズもあります。かなりの記事はネットで見れるようになって来ましたが、でも、一つにまとめて、加筆したものをノンフィクションとして出版することの意義はとても大きいと思います。

闊達なジャーナリズムを作るかどうか、これは報道関係のメディア関係者、組織の意識と倫理の課題であろうと思います。

メディアは社会に責任ある大きな権力です。あいも変わらずの「記者クラブ」もいい加減にしてほしいです。組織が硬直化し、ジャーナリストがサラリーマン化していては、おしまいです。しかも、世界から広く見られているのです。国内向きの理由だけでは通じません。

ジャック・アタリの「21世紀の歴史」

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人類の歴史を振り返り、将来を予測する、これはいつも大事なことです。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」、「Historia Majistra Vitae」 、洋の東西を問わず、同じ言葉が受け継がれています。「人間の知恵」です。このブログでも再三にわたって発信しているメッセージです(参考: 1234)。

前回はFareed Zakariaの著書を紹介しましたが、フランスを代表する現代の知性ともいわれるジャック・アタリによる「21世紀の歴史:未来の人間から見た世界」も大変面白い本です。これは長い歴史から学び取れる「21世紀を読み解くためのキーワード」を抽出し、そこから考察する21世紀の予測です。「歴史の法則、成功の掟は、未来にも通用する。これらを理解することで未来を占うことが可能になる・・・」、ということです。

邦訳に当たって、短いのですが「21世紀、はたして日本は生き残れるのか?」、また最後に「フランスは、21世紀の歴史を生き残れるか?」が追加されています。それにしても、私はフランス語を読めませんが、英語本と読み比べると、邦訳はずいぶんと量が増えるものですね。

この著書を話題に、NHKがジャック・アタリの2時間にもなるインタビューを放映しました。テレビでご覧になった方も大勢おられるかと思います。

この本は6章の構成です:
1.人類が市場を発明するまでの長い歴史
2.資本主義はいかなる歴史を作ってきたのか?
3.アメリカ帝国の終焉
4.帝国を超える「超帝国」の出現 -21世紀に押し寄せる第1波
5.戦争・紛争を超える「超紛争」の発生 -21世紀に押し寄せる第2波
6.民主主義を超える「超民主主義」の出現 -21世紀に押し寄せる第3波

2006年の発行ですが、「アメリカ、終焉の始まり」で、「アメリカの金融システムは増殖し、過剰となり、無制限に活動し始め、制御不能に陥った。このシステムは、産業に対して到底達成不能な資本収益性を要求し、産業を担う企業に対して企業活動に必要になる投資行為よりも、こうした企業が稼ぐマネーを金融市場に放出することをもとめた・・・」、そして「サラリーマンの債務もますます増加した。特に公営企業2社(アメリカ第2位の企業である連邦住宅抵当公庫Fannie Mae、アメリカ第5位の企業である連邦住宅貸付抵当金庫Freddie Mac) は4兆ドルの抵当権を所有ないし保証しており、その債務は10年間で4倍に膨れ上がった・・・」(p.128、129)。2007年夏に始まる金融パニックを起こしたように、ここで「サブプライム問題」を予告していたといえます。

また「中心都市」というコンセプトを提唱し、「これまで市場の秩序は、常に1つの「中心都市」と定めて組織され、そこには「クリエター階級」(海運業者、起業家、商人、技術者、金融業者)が集まり、新しさや発見に対する情熱に溢れていた。この「中心都市」は、経済危機や戦争が勃発することにより他の場所へ移動する。」(p.61)

数多くの「未来への教訓」が示されているが、ここでは、いくつかだけ示そう。例えば、
「知識の継承は進化のための条件である」(p.31)
「新たなコミュニケーション技術の確立は、社会を中央集権化すると思われがちだが、時の権力者には、情け容赦ない障害をもたらす」(p.77、脚注*1)
「専制的な国家は市場を作り出し、次に市場が民主主義を作り出す」(p.98)
「テクノロジーと性の関係は、市場の秩序の活力を構造化する」(p.111)
「多くの革新的な発明とは、公的資金によってまったく異なった研究に従事していた研究者による産物である」(p.120)

註1:いくつかの講演で「Incunabulum, Incunabula」というラテン語を使って、「フラット」な世界での「タテ社会」の脆弱性を指摘しています(参考 123)。

21世紀に現れるいくつかの現象には、サブタイトルが面白い。例えば;
「歴史を変える「ユビキタス・ノマド」の登場」
「地球環境の未来」
「時間 -残された唯一、.本当に希少なもの」
などなど。

そしてここから、第4章が始まる。これから起こるであろう第1波、第2波、第3波。じつに面白いというか、恐ろしいというか、かなり現実となるような予感がします。今もそれらの兆候は見えています。

この本を読んで思い浮かべたのは、J. ダイアモンドの「文明崩壊」でした。

ぜひ、これらの本も「The Post-American World」などとも併せて、読んでみてください。

アメリカ後の世界、The Post-American World

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Fareed Zakaria(1964年生まれ)は新進気鋭な世界でもっとも活躍している“旬”なジャーナリストで、Newsweek International Editionの編集者です。ご自身のサイトもあります。

2008年に「Post-American World」という本を出版。とても興味深く読める、示唆に富む内容の本です。素晴らしい洞察と筆力、広い視野と見識。皆さんに、特に若い人たちにも広く読んで欲しい本の1つです。

章の構成は;
1. 「アメリカ以外のすべての国」の台頭
2. 地球規模の権力シフトが始まった
3. 「非西洋」と「西洋」が混じり合う新しい世界
4. 中国は「非対称な超大国」の道をゆく
5. 民主主義という宿命を背負うインド
6. アメリカはこのまま没落するのか
7. アメリカは自らをグローバル化できるか

彼がインド出身で、18歳までインドで育ったという背景もあり、アメリカと中国を中心とする大きな政治経済という見方ばかりでなく、これからの大国インドの中長期的な視点と課題などを盛り込んだ、大変興味深く、また他の同類のテーマの書籍とは少し違った見方を与えています。

「アメリカ後の世界」というのは、アメリカ一極ではなく、“その他の台頭”ということです。特に中国とインドは、大きな問題を抱えていますが、その人口からも大きく成長し、世界で大きな意味を持つことになるでしょう。その辺りの視点がなかなかのものです。

彼はインドに生まれ、イスラム教徒の家庭で育ちます。小中高教育をムンバイの名門校で学び、Yale Universityに留学。さらに、Harvard大学において政治学でPhDを取得。27歳という若さで「Foreign Affairs」(Council of Foreign Affairsの出版物)の編集長へ大抜擢され、2000年から現職のNewsweekの編集者となりました。

「アメリカは“大きな島国”だ」という彼の認識は、講演などで度々話している私の主張とも合致しています。彼は第2章の最後で次のように書いています。(p. 69-71)

「アメリカの政治家は見境もなく他国のあら探しをしては要求を突きつけ、レッテルを貼り、制裁を加え、非難を浴びせかける。過去15年間に、アメリカは世界人口の半数に対して制裁を発動してきた。世界中の国々のふるまいに毎年毎年、通信簿をつけている国は、アメリカ以外に存在しない。ワシントンDCは独善によって足もとがふらつき、外の世界から浮いた場所になってしまった。」

「2007年度のPew Research Center(アメリカの独立したシンクタンクの一つ=脚注)による世界動態調査によれば、自由貿易、市場開放、民主主義を支持する人々の割合は、世界各地で驚くほど増加した。中国、ドイツ、バングラデッシュ、ナイジェリアなどの国々では、各国間の通商関係が深まるのは好ましいことである、大多数の国民が回答している。調査対象となった47ヵ国のうち自由貿易への支持率が最も低かったのは、何を隠そうアメリカだ。調査が行われた5年間で、その支持率の落ち込み幅が最も大きかったのも、やはりアメリカだ。」

「続いて外国企業に対する態度を見てみよう。ブラジル、ナイジェリア、インド、バングラデシュなどの国々では、外国企業に良い印象があるかとの問いに、大多数の国民が「はい」と答えている。歴史的に見ると、これらの国々は総じて西洋の国際企業に不信感を持ってきた(背景には、南アジアの植民地化がイギリスの1企業、<イギリス東インド会社>によって始められたという事実がある)。しかし現在では、インド国民の75パーセント、バングラデシュ国民の75パーセント、ブラジル国民の70パーセント、ナイジェリア国民の82パーセントが、外国企業に好感を示している。対するアメリカ国民はといえば45パーセント。これは世界の下位5ヵ国に入る数字だ。アメリカ人は、世界じゅうでアメリカ企業が大歓迎されてほしいと望む一方、自国に外国企業が入り込むと、まったく逆の反応を示す。」

「このような矛盾がよりはっきり表れているのが、移民への態度だ。移民問題で世界の手本だったアメリカは、これまでの自国の歩みに逆行し、怒りと萎縮と防御の姿勢をとるようになってしまった。また、かつてのアメリカ人はあらゆる最先端技術の開拓者であろうとしてきたが、今では技術革新からもたらされる変化に戦々恐々としているのだ。」

「皮肉にも、「その他の台頭」を招いたのは、アメリカの理念と行動だった。60年間にわたり、アメリカの政治家と外交官は世界中を訪問して回り、市場の開放や、政治の民主化や、貿易と科学技術の振興を迫ってきた。遠く離れた国々にも、グローバル経済下での競争、通貨の規制撤廃、新しい産業の振興など、さまざまな難題に挑むよう煽りたて、変化を恐れるな、成功の秘訣を学べ、とアドバイスを送りつづけた。この努力は実を結び、世界の人々は資本主義にすっかり適応した。」

「しかし、今日のアメリカ人は、自分たちでさんざん奨励してきたものに疑念を抱くようになっている。この態度の豹変は、ものや人の流れがアメリカへ向きだしてから起こった。つまり、世界が門戸を開いているさなかに、アメリカは門戸を閉ざし始めたわけだ。」

「後世の歴史家たちは、これからの数十年間を、次のように記述するだろう。21世紀初頭、アメリカは世界のグローバル化という歴史的偉業を成し遂げたが、その過程で自国のグローバル化をし忘れたのだ」

脚注:最近では、日本が深くかかわっている国際捕鯨問題の調査も支援し、その会合の一部に私も参加しました。今年の4月にはAsia Societyと共同で「A Roadmap for US-China Coorperation on Energy and Climate Change」を発表。

また、Zakariaは米国の成長産業は「大学教育」と指摘しています。自分の受けてきた教育も「アジア式」であり、「暗記と頻繁な試験を重視するのである・・・毎日大量の知識を頭に詰め込み、試験の前には一夜漬けで暗記をし、翌日にはすっかり忘れさるということを繰り返していた。」

「だが、留学先のアメリカの大学は別世界だった・・・正確性と暗記は殆ど要求されず、人生での成功に必要なこと、すなわち精神機能の開発に重点がおかれていた。他国の制度が試験のための教育を行うのに対し、アメリカの制度は考えるための教育を行うのだ。」(p. 254)

「シンガポールの教育相が自国とアメリカの教育制度の違いを説明してくれる。「両国はともに実力主義を採用している。そちらは才能重視型の実力主義、子こちらは試験重視型の実力主義だ。われわれは生徒に高得点をとらせるノウハウを持っている。アメリカは生徒の才能を開花させるノウハウを持っている。それぞれに長所はあるが、知力には試験で測れない部分が存在する。創造性、興味、冒険心、大志などだ。なによりもアメリカには学びの文化がある。これは伝統的な知恵に、ひいては権威に挑戦することを意味する・・・」(p. 254, 255)

Zakariaさんが若くして世界のオピニオンリーダーの一人となり、羽ばたくことができたのも、アメリカで受けた大学教育の影響が大きいのです。説得力のある議論だと思います。しっかり、日本の大学教育と比べて考えてみてください。

もっとも彼は、「このようなアメリカの優位性は、簡単に消え去ることはないだろう。なぜなら、ヨーロッパと日本の大学―大多数は官僚主義的な国立大学―が構造改革を行う可能性は低いからだ。」と書いています。そしてさらに「インドと中国は大学の新設を進めているが、20~30年で世界レベルの大学を1から作り上げるのは簡単ではない。」(p. 252)と指摘しています。

ケインズとシュンペーター

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ウォール街に端を発するリーマンショック(2008年9月)から、世界的規模の金融危機、経済の低迷が続いています。各国で公的な支援策が取られ、広い意味で政策競争の様相を呈しています。

そこで出てくるのがケインズ、そして、“イノベーション”を経済学の中心に据えたシュンペーターです。シュンペーターは強烈なケインズの批判者であったそうです。この一見“矛盾”する2人の経済学が、なぜ両方とも必要なのでしょうか?

この20世紀前半の2人の経済学の巨人について書かれた本が出ています。経済学者吉川 洋先生著の、「いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ」です。これは、とても面白いです。吉川先生らしく、きちんと検証が行われ、内容も面白い、経済学者向けに書かれているわけではないので、私でも結構理解できるのです。

このケインズとシュンペーターの2人の巨人は、同じ1883年に4ヶ月ほどの違いでそれぞれ大英帝国のケンブリッジとオーストリア(ハンガリー帝国 モラヴィア・・・今のチェコ東部)のウィーンに生まれ、死ぬのも4年程度の違っただけです(ケインズがブレトンウッズの翌々年1946年、シュンペーターが1950年になくなっています。これについては、谷口智彦さんの「通貨燃ゆ」が面白いです)。それぞれの時代と場所、生まれ育った背景、教育や先生との関係などについてもよく理解できます。

今の日本にとっても、政策的にもなかなか示唆に富む、内容のある読み物です。

特に面白いと思った箇所はいくつもありましたが、例をいくつか:

1.「・・・企業者(脚註)が新結合を行う動機はいったいなんだろうか、彼らは決して経済的利得、金銭を求めて新結合を遂行するのではない。そうシュンペーターは断言する・・・それどころか、「もしこのような願望が現れたとすれば、それは従来の活動線上の停滞ではなく彼の減衰であり、自己の使命の履行ではなく肉体的死滅の徴候である」とすら言っている。・・・企業者の人間類型につきシュンペーターは明確に語っている・・・」(p.56, 57)

脚註:この「企業者」と「起業家」について吉川先生に電話で問い合わせてみたところ、経済学的には「企業者」であって「起業者」とは言わないそうなのです。でも、一般的に読者にとって「起業家」のほうが適切かもしれませんね、とのことでした。以下の「企業者、企業家」については「起業家」と考えて結構です。

2.「シュンペーターの言う企業家、すなわちイノベーションの担い手としてまさに資本主義を資本主義たらしめる主人公は、誰にも備わっているわけではない特別の能力に恵まれた人間だ。「能力」といったが、イノベーションはけっして冷静な計算のみによって生み出されるものではない。むしろイノベーションを起こさないではいられない一種の衝動を持った企業家のみがそれを生み出しうるのである。
ここで想起されるのは哲学者フリードリッヒ・ニーチェ(1844-1900)の処女作「悲劇の誕生(1872年)」だ。古典古代におけるギリシャ悲劇の変遷をニーチェは「アポロン的なもの」と「デイオニュソス的なもの」という二つの対立する概念を用いて論じた。太陽神アポロンはその光によってすべてのものに明確な形をあたえる。理知・理性はアポロン的なものである。一方、酒の神デイオニュソスの本質は陶酔である。シュンペーターの考える「企業家精神」は、ケインズの「アニマル・スピリッツ Animal spirits」と同じように明らかにデイオニュソス的なものだ。」(p.227, 228)

さらに経済と人口減少について、

3.「ケインズはケインズらしく、人口減少と経済の関係についていかにも経済学者然として論じた。これに対してシュンペーターが残した言葉は、はるかに「文明論的」である。」(p.210)

そして、

4.「しかしやがて生身の人間としての企業家自身が、資本主義の発展に伴い自らの「効用」を最大化する「普通の人」に変質してしまう。個人の効用最大化はどのような帰結をもたらすか。子供を生み育てるコストを冷静に計算し始めたとたんに少子化が始まる。シュンペーターは、企業家精神の衰えを示す兆候として少子化の進展を挙げるのである。」(p.229-230)

この2人の巨人は、お互いをどう認識していたのか?これも大変に面白い人間のドラマなのです。

皆さんも、ぜひ読んでみることをお勧めします。温故知新です。

また最近、George A. AkerlofとRobert J. Shillerによる“Animal Spirits: How Human Psychology Drives the Economy, and Why It Matters for Global Capitalism”が出版されました。

この本を読んで、この半年に渡る我が国の政策に対する感想ですが、

スピードも大事ですが、「100年に一度」(グリーンスパン元FRB議長)などといって、検証もせず、いい加減な公的資金の投入では困ります。政局がらみであることもありますが、補正予算などをみていると、ばら撒きに近く、縦割り予算になっている。政治、産業、大学、そして科学者も、リーダーシップにかけると思います。

本当かどうかは別として、「100年に一度」というのであれば、数年先からの大転換を明示したビジョンと政策の導入をしなければなりません。これがないのですね。このブログやいろんなところで繰り返し発言し、指摘しているところですが。(参考: 123456

産業構造もこのままでいいのでしょうか?今の産業界に“イノベーター”が出てくるのか?

社会のどこにでも必要なのは“イノベーター”。つまりは「出る杭」、「進取の気性に溢れる人たち」です。この様な人たちが極めて大事なのです。

佐藤可士和さんの事務所訪問

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佐藤可士和さんはUNIQLOのNYCのフラッグシップ店をはじめ、実にユニークで斬新なデザインから、最近ではプロデュースまで手がける、いま最も注目されている(なんと言ったらいいのか・・・)アートデザイナー、クリエイターです。

彼の作品はご自身のウェブサイトで見ることができるようになっています。このサイト制作の話も伺いました。

著書「佐藤可士和の超整理術」はプロとして本質を突く面白さがあり、読まれることをお勧めします。顧客との関係では、医師と同じ“ドクター”だと書いています。最近では 「佐藤可士和×トップランナー31人」や、彼について書かれた「SAMURAI 佐藤可士和のつくり方」などの本が出ているので、Amazonで調べてみてください。

写真:彼の本とサイン

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実は、紹介してくれる方があって、私の事務所のすぐそばにある彼の「SAMURAI」事務所に出かけました。本に書いてあるとおり、キチ―ンと整理された事務所。椅子が実に正確に並べられている会議室。色調もきれいで、1時間ほどを過ごしました。

まったく他の分野の一流の人に会うのは楽しいものです。学ぶところがたくさんあります。

アーティストでは、最近お会いしたアカデミー賞の加藤久仁生さんも、とても魅力的な人です。

知的な刺激に満ちた2日間、Azimiさん、宮川さん、池上さんと

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先週の金曜日(6月26日)、広島へ行ってきました。

UNITAR広島事務所の初代所長として6年の任期を勤め上げたNassrine Azimiさん参考)の最後のRoundtableです。「多様性Diversity」をテーマに、MITの宮川繁教授と私が講演をしました。会場は広島平和記念資料記念館の講堂です。この6年間にわたって素晴らしい活躍をされたAzimiさんのファンが大勢集まり、夜はAzimiさんのスタッフたちと、くつろぎながら食事をしました。

講演の様子や資料などの詳細はUNITARのサイト中国新聞に掲載されています。

翌27日は、Azimiさん、宮川さんと3人で安芸の宮島を散策しました。

夕方に帰京。MITの宮川さんに加えて、同じくアメリカで活躍する池上英子さん参考)と楽しく夕食を共にしました。

宮川さんはMITのOpenCourseWareを開発した責任者の一人で、ネット時代の大学教材のありかたを示した方です。また、日本でもよく知られる「敗北を抱きしめて Embracing Defeat」のJohn Dower教授Visualizing Culturesという、きわめてユニークでとても刺激的なコースを提供されている先生です。ペリーの来訪、日露戦争、広島の原爆の被害、資生堂等々が使われています。ぜひこれらのサイトを尋ねてみてください。

池上さんはこのブログで何度も紹介している名著「名誉と順応-サムライ精神の歴史社会学 'The Taming of The Samurai'」、最近では「美と礼節の絆-日本における交際文化の政治的起源 'Bonds of Civility: Aesthetic Networks and the Political Origins of Japanese Culture'」という日本文化史考察の2つの大書を著している方です。メールで交流はありましたが、お会いするのは今回が初めてでした。この2冊とも原作は英語(それぞれHarvard University Press, Cambridge University Pressです)なのですから、すごいことです。

とてもとても知的な刺激に満ちた、充実した2日間でした。

インフルエンザ文明論

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4月の終わりからブタ由来のインフルエンザが広がり始め、世界中が大騒ぎになりました。速やかな科学的分析と対応、世界をまたぐ情報の共有を通して、幸いに今回はさほど大きな人的、社会的、経済的な被害は発生しないですみそうです。

よく考えてみれば人類の歴史は常に感染症との闘いであり、基本的には人類の活動範囲が広がるに伴って、これからも繰り返し起こることです。

この視点から月刊誌「新潮45」(7月号)に「インフルエンザ文明論」という私の考えを示してみました。

歴史を振り返り、将来を考える。これは何を考えるのにも大きな枠組みとして大事なことです。

ジャック・アタリの「21世紀の歴史:未来の人類から見た世界」は2006年の著作ですが、邦訳(2008年)が出ています。壮大な人類史と、21世紀の世界のありようについての予測です。今までの常識では考えられないような急速な変化です。でも本当に起こりそうです。

インドとカリフォルニアと東京

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東京でIndian Institute of Technology(IIT)University of California at Los Angeles(UCLA)University of California at Berkeley(UCB)の日本同窓会の主催で、“インド-日本-アメリカの関係”という楽しい集まりがありました。

前インド大使の榎木さんや前駐日インド大使のSethさんも参加され、パネルがあり、また楽しいNetworkingの時間でした。集まりの様子はanimoto slideshowで見れます。

この様な会合が開催されるのはうれしいことです。