野依さんとの対談

理研ニュース 1月号に理化学研究所理事長の野依さんとの対談が掲載されました

ご存知のように、野依さんも私も、大学・大学院教育や研究者の育成について、皆さんと同じく熱い思いを持っています。特に、グローバルに活躍する人材を育成するという思いが私たち二人には強いところが、他の多くの方たちと少し違うところかと思います。

少し短いので私たち二人の気持ちが十分にはお伝えできなかったところはありますが、私たちの思いを少しでも汲んでいただければと思います。

日本のGDPは?

元日のブログ「行った年2007年、来た年2008年、日本はどこへ」の中で、「週刊 東洋経済」12月29日/1月5日迎春合併号の「10賢人が語る世界の大変革」という特集に、私の意見が“賢人の意見(?)”として出ていることをお知らせしました。読まれた方も多いと思いますが、本日付けで版権の問題が解禁になりましたので、早速、こちらに掲載しました。ご意見いただければ幸甚です。

 世界に通用する「個人力」がイノベーションの源泉だ(PDF)

ニューヨークから

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ニューヨーク(New York City, NYC)に来ました。アメリカ最初の科学アカデミーであるNew York Academy of Scienceを訪問する為です。この何年かお付き合いしていて、去年移転した新しいオフィスに伺いました。会長のEllis Rubinstein(写真1)のオフィスは、9.11の起きた“グランドゼロ”の隣にあるビルの40階。“グランドゼロ”を直下に見下ろすことができる場所です。朝8時半から約45分間のインタビュー。10時からは、「Scientists Without Borders」(写真2)という新しい企画の評議会が行なわれました。聞いたことのあるような名前じゃないでしょうか?そうです、「国境なき医師団(Doctors Without Borders)」から取った名前です。同じようなミッションを考えているのです。私を入れた12人ほどがAdvisoryメンバーとなっています。

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写真1 Rubinstein会長と彼のオフィスで
(彼の奥様、Dr. Joanna Rubinsteinさんは、Jeffery Sachs氏が推進するプログラムのExecutive Directorをされていて、この日はDr. SachsとEthiopiaにいるようです)

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写真2 Advisoryに参加のメンバー、NYASスタッフと

AdvisoryメンバーにはKenyaのDr. Wakhunguも参加されています。ご存知かと思いますが、Kenyaは大統領選挙の直後で、不正の疑いがあるなどとして大騒ぎが起こっています。特にキベラスラムなど、大変なことになっていると報道されていたので状況を聞きましたが、本当に大変なようです。2006年6月のブログにも書いたOlympic学校2007年10月のブログでも触れています)も焼かれてしまったそうです。なんとか復興させたいですね。

また、昨日のWashington DCでもお会いして、ブログでも紹介したDuke UniversityのVictor Zhauさんも、このAdvisoryメンバーに参加していて、今日も一緒です。昨年10月にもご紹介したIntl AIDS Vaccine Initiative(IAVI)Dr. Seth Berkleyもメンバーの一人で、実体験に基づくアイデアをいろいろと出してくれます。3時間延々とBrain Stormingをし、このICTの時代、登録方法を含め、いろいろな可能性と運営方法、資金等、課題がたくさんありますが、いい勉強です。Columbia大学医学部M.D.-Ph.D.コースの学生(ご両親と一緒にインドから移ってきたそうです)も一人参加しています。若い人たちも参加させながら、このような新しい企画を作っていく。なかなかいいですね。時間がかかっても立ち上げたいです。

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写真3 NYASの受付に置かれたDarwinの胸像の前で、NY総領事館の三浦副領事と

午後は「Foreign Affairs」で有名なCouncil of Foreign Relationsへ。なんと昨日、以前にも紹介したGates財団のTachi Yamadaが、「Global Health」の講演をしていたのでした。私もWashington DCの世界銀行で同じテーマの講演をしていたのですから、偶然とはいえ面白いものですね。あとで早速メールしておきました。目的はこの「Foreign Affairs」2007年1・2月号に、「AIDS援助プログラムには実に無駄が多い」と指摘する素晴らしい論文を書いたSenior Fellow for Global HealthのLaurie Garrettさん(写真4)に会うためです。私はこの論文に注目して、今年の5月に横浜で開催されるTICADにあわせて第1回の受賞式が行われる、小泉元総理の提案で始まったNoguchi Hideyo Africa Prizeの選考委員になっていただいたこともあり、そのお礼も兼ねて意見交換に来たのです。

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写真4 Laurie Garrettさんと

ニューヨークも暖かいです。この街には独特で不思議な魅力がありますね。

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写真5 NYCの街角で

続いてRockefeller財団を訪問です。Managing DirectorのDr. Ariel Pablos-Mendez(写真6)に会いにいきました。彼が主催した会議の報告書、「Pocantico II:The Global Challenge of Health Systems」に注目し、意見交換に来たのです。Rockefeller財団の会長、Dr. Judith Rodinからは、「どうしても時間が合わなくて・・・」、というメッセージが残されていて、残念ながら今回は会えませんでしたが、2週間後に行なわれるダボス会議で会えることでしょう。

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写真6 Dr. Ariel Pablos-Mendezと

Dr. Rodinは、1994年にIvy Leagueの大学で初めて女性の学長になった方です。私のアメリカでのキャリアが始まったPennsylvania大学の学長としてです。今では、Ivy Leagueの8校のうち、4校(Princeton、 Pennsylvania、Brown、Harvard)で、女性が学長をされています。日本はどうでしょう、私はくどいぐらい繰り返し発言し、プッシュしているのですけどね。

彼女の前のポストはYale大学のProvostだったのですが、何度か紹介していますが、現在のCambridge大学のDr. Allison Richard、MITのDr. Susan Hockfield等も、その前職はYale大学のProvostだったのです。偶然ですかね?これはYaleの人を見る目が素晴らしいうということでしょうか。

この日はNew Hampshire州でアメリカ大統領の予備選挙が行われ、クリントン候補がIowa州での負けを取り返し、Obama氏と1勝1敗になりました。初の女性大統領となるのでしょうか。

この2日間の訪問と講演の主な目的は、今年1、2月に東京で開催されるGlobal Health関係の会議(WHO、世界銀行、Gates財団、NPO医療政策機構、日本政府などが関与しています)への準備と、それらを通して、TICAD、そしてG8サミットへの広報とその準備という面が大きいです。

夜は、午前中に一緒だったDr. RubinsteinとDr. Berkeley、そして今年の夏に東京でお会いした、今はColumbia大学大学院、School of International and Public Affairsで勉強している中曽根君を呼んでSohoでディナー。彼はとても素晴らしい若者です。世界を目指して大いにがんばってほしいですね。名前から感じたかもしれませんが、そうです、中曽根康弘前総理のお孫さんで、お父さんは中曽根弘文参議院議員です。

9日の朝、JFKAirportから帰国の途につきました。

Webcast、Stanford大学での講演

去年の師走にStanford大学で「Innovate Japan」という講演をしたことはご報告しましたが、この講演の趣旨も結局は新年1日のブログと同じにならざるを得ないといったところでしょうか。結局、日本は「自信のない男性社会」で、その社会では「女性、外国人」は入ることができないのです。この社会構造は「田吾作」社会であると、講演のQ&Aでは言っています。この講演はWebcastで見ることができます。どうしても日本の男性社会の「Establishment」、社会的責任ある「リーダーポストの方々」には、キツイところがあるのは致し方ないですね。お気を悪くしたのであれば、ごめんなさい。でも、どう思い、考えますか?

行った年2007年、来た年2008年、日本はどこへ

皆さんにはこのblog等を通して定期的に報告していましたが、皆さんもそうでしょうけど、2007年は私も大変な年でした。「イノベーション25」のまとめ、それに関連した国内外の講演等々があったからです(*注1)。皆さんからずいぶん勉強させてもらいました。そして、9月12日には安倍総理の退任、新総理選出等の政変の近くで仕事をしていたわけです。一方で、この10年の日本の衰退はどうしたものでしょう。

注1:このサイトで、どこへどんなことで行ったのか、主要なものはお知らせしていますが、2007年の海外出張日数は出発日と帰国日をあわせて1日と勘定して87日ほどでした。ちなみに、2006年は約75日、2005年は約100日でした。

国内では「いざなぎ景気以来」とか、結構な景気づけの声も聞かれていましたが、本当のところはどうなのでしょうか。単なるデフレでそう見えるのでしょうか。サブプライムの問題を言う人もいますが、日本の場合はどの程度までが本当でしょうか。国際情勢とは反対に東証株価は下落で終わりました。日経新聞の年末シリーズ「越年する経済政策課題」(特にその4)は本質的な指摘が多くされています。要するに、精神的な鎖国です。志向も、行動も外へ出たくない、外と付き合いたくないのです。自信がないのですね。「内弁慶」の「男性社会」ということなのです。

「週刊 東洋経済」12月29日/1月5日迎春合併号の「10賢人が語る世界の大変革」で、私の意見が出ています 。この“10人”の根拠はわかりませんが、私というのはちょっとね・・・。でも、光栄なことです。日本のGDPは依然として世界第2位ですが、この10年でOECD諸国のGDPが増えているのに比べ、日本だけはGDPが増えていないのです。一人当たりのGDPは一時の世界第2、3位のあたりから、今や18位に。これはさらに落ちると予測されています。これでは国内に閉塞感があるのは無理ないことと理解できるでしょう。

この成長できない産業、経済はなぜでしょう。何をどうしたらいいのでしょう。ここに「カギ」があります。政界、財界、行政、学会、メディア等々、全ての社会構造の「リーダー」といわれる職責にある人たち、しっかりとしてください。いつまでも、精神的鎖国ではダメですよ。これは、このblogの底流に常にあるメッセージです。

グローバル社会では、国内外の格差は広がっていきます。最近のプロ野球ではメジャーに移籍する選手が増え、彼らの年俸を見ていれば、この「格差」は歴然としてはいませんか?国のGDP、つまり分ける「パイ」が増えなければ、貧困者が増えるのは理の当然です。これをどうするかは国家の役割です。相変わらず地方への同じ種類の公共事業というのは策がなさ過ぎます。雇用をどう守るのか、これも大事な政策課題です。従来の社会制度、例えば、年功序列、一生涯同じ企業勤めが常識という社会制度ではうまくいきません。なぜ、今まではうまく行ったのでしょうか?

最近の国際的ジャーナルに日本経済特集が出ましたが、時を同じくして、「週刊 東洋経済」12月第2週号では「iPod」の特集がありました。日本の「強さ、弱さ」を正確に指摘しています。林信行さんの「iPhoneショック」も素晴らしいです。また、多くのいわゆる国際派の方々の論評では、日本は急速に衰退しているという指摘が多いのです。その原因の指摘についてもみな同じです。

冨山和彦さんの2冊の本、立花隆さんの「滅びゆく国家、日本はどこへ向かうのか」、船橋洋一さんの「日本孤立」、ウォルフレンさんの「もう一つの鎖国、日本は世界で孤立する」、高城剛さんの「「ひきこもり国家」日本」、そして再び林信行さんの「iPhoneショック」などはそれらの典型といえましょう。結局は、最近注目された白洲次郎と、そのエッセイ集「プリンシプルのない日本」で指摘されているところが、基本的にそのまま続いているのです。

世界には日本びいきの応援団は大勢いらっしゃいます。皆、気にしているのです。特に「リーダー」といわれるような社会的地位の人たちはしっかりしてください。

さあ、2008年はどんな年になるでしょう。5月はTICAD、7月はG8サミットと世界の注目の的となる日本です。このグローバル時代、従来の社会経済構造ではいくつもあるでしょう「できない理由」は横において、どうしたらいいのか、何をするべきか、それぞれ一人ひとりが、「従来からの常識の枠を超えて」、「考え抜いて(「考える」では不十分です)」、「失敗を恐れず」、「行動する」ことです。私の持論でもありますが、Charles Murreyの「Human Accomplishments」にも明示されているように、いつも「時代の変人」が、時代を変えるのです。

さて、ここで2008年の宿題。2007年最大の明るいニュースは、京都大学の山中さんの遺伝子操作で生まれた新しい幹細胞「iPS」でした。これはどうしたらいいでしょうか?どうなるか注目して見て行きましょう。この設問は、私は、これこそが日本の基本的課題の一つの典型例だと思うからです。いずれまた議論いたしましょう。

久しぶりのCalifornia-3、Stanford大学で講演

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6日は朝からあまりぱっとしない天気。ポチポチと雨も。まず、Enhance Inc.のMs. Shizu Munekata(「シズさん」と呼ばれているのでしょうか?)とお会いし、いろいろなお話を伺いましたが、これもなかなか楽しいひと時でした。それからランチ。3年ぶりぐらいですが、バイオべンチャーでは伝説になりつつある金子さん梅田望夫さん「ウェブ時代をゆく」にも出てきます)、そしてblogや「ヒューマン2.0」などのワタナベチカさんと。みんな初対面のような感じがしないのも変な気分ですね。

ランチの後は、Silicon Valleyにベースを持つ循環器系バイオベンチャーの方とお会いしましたが、その会社の役員やらなにやらに共通の友人が何人もゾロゾロと出てくるのです。世の中、これが楽しいですね。どこで、誰に会うかわからない。そこから一人ひとりの評判が、いつの間にか広がり、ヨコ、つまり「フラット」な社会に定着していく。これがグローバル時代の「個人力」、そして「信用」になっているのです。誰がどうつながっていくかわからない。だからこそ気をつけましょう。いつも誠実に、真摯に、その都度自分のベストを尽くし、能力を磨くことです。

午後3時からProf. DasherさんとStanfordへ。歩く距離によって傘がいるかいらないかという、グズグズした雨になりました。彼のオフィスへ寄った後、4時過ぎから「アジアのイノベーション」シリーズの“トリ”で講演をしました。学生ばかりではなく、日本からの留学生や教員の方々、会場で何人も紹介されましたが、学外の方や、ご当地の著名な方も何人かおられました。

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写真1 セミナーの講堂でDasherさんと

セミナーですが、私の講演のタイトルは「Innovate Japan」です。日本人はまず、「天気が悪くて、でも来て頂いてありがとう」的な、言葉からして低姿勢で、そしてなんとなくあやまり言葉から話を始めるのか、というところから私の話をはじめました。話のポイントは、以前にもご紹介していますがこちらはウェブキャスト)、2006年2007年のNobel平和賞がグローバリゼーション時代のイノベーションブームの鍵を示しているということと、枠にとらわれない発想の源泉であるここSilicon Valleyが、いまや「クリーン、グリーンテク」のメッカ、「クリーン、グリーンバレー」になりつつあるということです。このセミナーはいずれウェブで見れるようになりますから、内容、質疑の様子などはその時までお待ちください。

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写真2 セミナーの後で、一部の参加者の皆さんと

しかし、このことこそが情報化時代の恐ろしいところですね。世界中で、誰でも映像で見ることができるのです。ここが本質的に「グローバル時代」の恐ろしいところなのです。講演録という文字よりはるかにインパクトがあり、「ナマ」と同じで隠せない。多くの場合ほぼリアルタイムで見れる、見える、知れる。「フラット」に誰もが見ていて、誰からでも見られるところで、あの人は誰?どんな人?何ができるの?どの程度に?ということが知れ、いつの間にか世界に広く知れ渡ってしまうのです。肩書きが通用しなくなっているのです。国境を越えた「個人力」の価値、これが私と石倉さんの本「世界級キャリアの作り方」でのメッセージのエッセンスと言えるものです。日本の社会での「エライ」肩書きの価値も、どの程度のものか、みんな世界に知れ渡っているのです。どこに行っても、何を言っても、これは隠せないのです。社会的地位の高い肩書きほど、「実力との乖離」があれば、グローバル時代にはそのひと個人、属している組織、そして社会、国家の信用にかかわってくるのです。

実は私も怖いですよ、見るのが。でも実はこれが勉強になるのです。人から、学生から、相手からフィードバックをもらう、自分で自分を見てみる。そこで学び、次に活かす。これが大事だと思います。自分を見つめ、そこから謙虚に学ぶ、次のステップへ向かう、という「自己研鑽」のプロセスです。

講演のあとは、いくつも質問が出ました。それも終わって、いつものようにみんなで、わいわいがやがやと(写真2)。日本の企業(主に大企業ですが)や大学から若い方たちも何人か来ていました。近所の高校から女性が一人来ていて、今度学校にも来て話してほしいといわれましたので、次の機会にとメールで返事しました。参加の皆さん、あいにくのお天気でしたが来ていただいてありがとう。皆さんに感謝です。

IMAnet の八木さんも来られていて、さっそくblogにこの日のことを書いてくれました。Thank you。

アブダビから-2、思いがけない歴史の偶然に居合わせること

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遅くなりました。普段使っているLaptopが壊れてしまいました。これから、少しずつ追いつきます。

「アブダビから-1」でお話したように、10月22日からAbu Dhabiに滞在していました。Festival of Thinkersでは開会式に始まり、いろいろとすばらしいプログラムがありました。いくつか関連したサイトを紹介します。このブログの内容を補完してくれます。

http://www.apumate.net/news/2007/11/news000903.html
http://www.apu.ac.jp/home/modules/news/article.php?%20storyid=631

Blog
Yoko Ishikura blog (123
New York Social Diary (12) 私も含めてたくさんの素敵な写真が掲載されています。

オープニングと午前の特別講演では、特に2004年のNobel Peace Prizeを受賞されたKeynaのMaataiさんが、皆の心を揺さぶるような感動的な講演をされました。Nobel賞を受賞した後のことですが、小泉総理の時に訪日し、日本の「もったいない」精神に感激して、この言葉を世界に広めています。開会式のステージ後方のスクリーンには私の写真(写真1)も入っていました。素直に喜びましょう。

Img_0872 写真1 オープニング。私の写真が見えますか?

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写真2 会場のEmirates Palaceで、波多野大使ご夫妻、石倉さん、そして私

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写真3 同じく会場で、池坊さん、石倉さん、私、そしてCassimさん

立命館大学の大分分校とも言うべきアジア太平洋大学APUのCassim学長の主催で行なわれた、日本に関するパネル、Theme 7 「The Rising from the Ashes-Japan special」に参加したのですが、Festival of Thinkersのプログラムに掲載されているこのパネルの目的と内容は前回紹介しました広島UNITAR所長のAzimiさんが書かれたものだと思います。よくまとめてありました。今回のKeynoteも彼女が話をしました。

さて、このセッションは、まず波多野大使とCassimさんの挨拶、池坊さんによる池坊流の生け花の形と精神について、さらに佐々木教授による生け花の実演があり、その後で、Cassimさん、Azimiさん、石倉さん、そして私が参加してパネルが行なわれました。パネルの様子は上に紹介したblogなどにも書かれています。

この後に行われたパネルも私の出番でした。Theme 8 「Moving Beyond Conflicts」で、この内容はプログラムのサイトを見てください。私の右隣にはCubaのCastro大統領のご子息、やはり名前はFidel Castroさんが座られました。旧ソ連で教育を受けた物理学者で、大統領の科学顧問をされています。4年ほど前に国連大学でお会いしたことがあって、パネルの前にお互いに久しぶりの再会を話題にしました。

パネリストの一番左端にはアメリカの方が座られましたが、自己紹介では「私は視力が落ちている(I have a poor vision)ので、ちょっと歩くのに不便だが、しかし、今のアメリカ大統領よりは明確なビジョンがある(I have a clear vision)」と話されていました。このパネルが終わってみて知ったのですが、この方はJohn F Kennedy大統領に最も信頼を受けていた顧問で(JFKが大統領になってその顧問団に参加した1961年、彼は若干31歳です)、JFKの主要なスピーチを書いていた、Theodore ‘Ted’ Sorensen だったのです。

彼は自分の身分を明かさず、ちょうどこの日の前日が、冷戦の中でも最も核戦争に近かった危機、1962年10月15日から13日間続いたCubaのミサイル危機の“13日目”から45年目であったことに触れ、このパネルに問いかけていらっしゃいました(「13日 Thirteen Days」という映画にもなっていますね)。この辺の彼のインタビューコメンタリーもあります。皆さんはどう考えますか?素晴らしい方ですね。

パネルが終わり、会場とのQ&Aの時に、会場にいた一人の方が、「この人こそ、私が一番会いたかった人物、あの冷戦の核戦争を救ったJFKの顧問、あの文章を書いたその人、Ted Sorensenだ」と言われ、皆びっくりしたのです。この人の言葉の端々にJFKへの尊敬がなんとなくにじみ出ているなと感じていたのは、私だけではなかったと思います。さもありなんですね。上に紹介したblogに、このパネルとTed Sorensenのこと、そしてCastroさんと私のことなどが書かれています(パネルでの私の「晴れ姿」も見られます)。しかし、思いがけないことがあるものですね、だから楽しいですね。

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写真4 左からTed Sorenseon、Fidel Castro Jr、私、UNITAR所長のAzimiさん

夜は、またもや波多野大使公邸に。そして、Dubai経由で北京で行われるWHOの会議に向かいました。

Abu Dhabiでは皆さん、ご苦労さま、お世話になりました、そしてありがとうございました。

ところで、北京の会議を終えて帰国した数日後、CastroさんとCuba大使館の方たちが私の事務所を訪問され、Nanotech研究について物質・材料研究機構の岸輝雄所長や理研の富田悟先生にコンタクトをとりました。私の言う「Science as a Foreign Policy」の実践です。これは力強い外交でもあるのです。

再びシンガポールから

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8月9日の夜にニューデリー発ち、10日の朝、シンガポールに到着しました。4月に続いて、シンガポールの科学技術のセンターといえるA*STAR4月のブログでも紹介しています)の、年に3回開催される理事会です。

インドから到着した日はちょうどシンガポールの建国記念日で、夜には盛大な祝賀会、大掛かりなショーがありました。ホテルからも一部みえましたが、テレビでもライブで放映していました。

翌日がA*STARの理事会でしたが、みな国際的なリーダーばかりで、議論は白熱しました。皆さん本気で若く素晴らしい人材を育て、選抜し、国際的なリーダーにしたいという気持ちで溢れかえっていて、ちょっと日本では考えられないようなオープンで建設的な意見交換が行なわれます。国ができるだけそれらのうちの優れた提言を実現しようと対応するので、様々なプログラムの進捗状況や評価などもオープンで、建設的で、刺激的。したがって素晴らしい理事会だといえます。勿論、事務局が資料をそろえるのですが、あくまでも理事会の議論を踏まえて、どんどん進めていこうという政府の強い意志と実行力が感じられます。どこかの国とはかなり違います。

先日、東京で一緒だったGates財団のDr. Yamada(4月20日8月16日に紹介しています)や、今回初めてですがMotorolaのCTO、Ms. Padmasree Warriorさん(インドの方で、あの有名なIITを卒業されています。)にもお目にかかれました。先日紹介したGlobal FundのRajat GuptaさんもIITの卒業生だったので、話が弾みました。

しかし、国籍を問わず、優秀な若者を呼びよせ、若い人たちが活躍する場を作ろうという議論の躍動感はたまらないものがありますね。こちらも力が入ってしまいます。

11日の朝に成田に着きました。

パリから、日本の広報意識の低さについて一言

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SloveniaからParisに来ました。素晴らしい町です。5月の初めにも来ましたが、ここは来るだけでうきうきします。しかし、ちょっと熱いですね、気温30度です。

日本国際問題研究所(JIIA)に、私の書いた記事“Challenges for Japan’s Scientific Community in the 2008 G8 Summit”が掲載されています(PDFはこちらから)

日本の政府は、国内、国外を通じて広報が下手で、とても損をしているということを指摘しています。なんでもお上頼みという意識がそんなことにしてまうのでしょうか。いや、民間企業や大学でも同じことですね。基本的に誰が責任を持っているのか、という意識が低いのでしょう。

3/13のブログ「Jeffrey SachsとMillennium Village Project」や、5/29のNews「住友化学の米倉社長とJ Sachs教授との日経での対談」などは、ささやかではありますが、世界で行われている日本の活動と貢献を広く皆さんに知ってもらいたい、みんなに自信を持ってもらいたいという、私の責任意識の表れなのです。

単に「モノをいわない」、「派手に自慢をしない」、「いずれ分かってくれる」というのはいいのですが、国の事業は国民のお金で行われている事ですし、もっともっと上品に、しかも効果的に、日常的にさりげなく伝えることが必要で、広報活動を戦略的に、上手に展開することは国家戦略として必須だと思います。もっとも、国民のお金であるという感覚が、責任者たちに欠けているところに大きな問題があります。対外広報戦略という意味では、日本人は不得手なのです。

長い間、「よらしむべし、知らしむべからず」が、日本の政府(「お上」)の精神的な基本方針でしたからね。最近の社会保険庁などの問題はその典型ではないでしょうか。人を馬鹿にするのにもほどがあります。政府のホームページを見ても、皆さんに見てもらう、読んでもらおう、なんて意識があるとはとても思えません。担当者にはいつも言っているのですが、やはり担当者では無理なのでしょう。基本的に役所は新しいことについては、できない理由ばかり言う人たちの集まりですから。

アメリカで最も偉大な大統領と多くの人が考えるLincoln大統領が、1861年に行ったスピーチの言葉、“Government of the People, Government by the People, and Government for the People”というのがありますが、この民主主義の基本精神は、今でも日本には定着していないと感じます。

皆さんはどのように考えますか?何ができるのかを考えて、すこしのことでも、ささやかでも、自分の周りから行動に移していくことです。