Foreign Policy: 100 Top Global Thinkers

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「Foreign Policy」という、外交政策関係の専門家にはよく読まれている月刊誌があります。同じ読者層に読まれるに「Foreign Affairs」という2か月ごとに発行される雑誌があります。どちらも、私が好きな雑誌の一つです。

4年前から、この「Foreign Policy」が「100 Top Global Thinkers」という人たちを選んで、毎年12月に発表しています。

なんと2012年、つまり今年の「100 Top Global Thinkers 2012」の一人に私が選ばれたのです。私の国会事故調の委員長としての活動が評価 されたのです。このリストで何人かはペアなので必ずしも全部で100人というわけではありませんが、思想の影響ということでは政治家が多いのは致し方ないですね。今年のトップはMyanmarのAung San Suu KyiさんとThein Seinです。もう一人、日本から村上春樹さんです。

去年2011年のリストをチョット見てみると、さすがにトップあたりは「アラブの春」の関係です。日本人では、フクシマ原発ですね、福島瑞穂さんとご主人。そしてMIT Media Lab所長に就任したJoi Itoさん、Global GivingのMari Kuraishiさんの3人がいます。

2010年はどうでしょうか。多分、日本からは「ナシ」だと思います。

2009年は?と探すのも楽しいと思います。何か見つけたら教えてください。

しかし、編集はさすがプロですね、それぞれのCitationがなかなかいいのです。

今年のトップの2人には、

For showing that change can happen anywhere, even in one of the world's most repressive states.


村上さんには

?For his vast imagination of a globalized world.

私には

For daring to tell a complacent country that groupthink can kill.

国会事故調は海外ではそれなりに評価されているようですが、国内ではちょっと…。なぜでしょうか。

 

Dubaiへ: Global Agenda Council of World Economic Forum

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台北から帰った翌日の夜、成田へ。Dubaiへ向かうのです。

成田からの便は、先日、Dubaiから搭乗した「空の上、12,000メートルでシャワーを浴びる」の機体がDubaiへ戻る便、機体A380です。

今回はビジネスクラス。しかもビジネクラスもファーストも満杯。多くの方たちが私の参加するWorld Economic Forum (WEF)のGlobal Agenda Council (GAC)に参加される方たちのようで、石倉洋子さんはじめ、おなじみの方たちが何人もおられました。

現地に朝早く到着してJumeira Al Qasrにチェックイン。WEF-GACでは今回、従来より20%近く参加者の数を増やしたようです。Councilも依然より増えて80を超える数になり、運用の仕方にもいろいろ新しい工夫がそこかしこにみられます。それだけ世界の課題が複雑に山積しているということでしょう。

このCouncilでは、国別のCouncilが10ヵ国ほどあり、日本もその一つです。そのChairが私なのですが、Japan Councilは日本の方が圧倒的に多く、しかも東京でも数回の会合があるので、課題については参加する前からかなりまとまっています。それでも近年の「日本」の状況は特に発信できる良いメッセージがないので、訪問者も少ないという状態です。でも、私は訪れる方がいると対応するのが当然ですので、かなりの時間をJapan Councilで過ごしました。でもあまりここには来られませんね、残念ながら。日本は注目度も、期待度も「いまいち」なのです。

でも、フクシマ原発事故については別ですね。私たち国会事故調のことでは、個人的レベルが多いのですが、多くの問い合わせがありました。

私は会議の合間にも、この2、3年はChina CouncilKorea CouncilのChairと個人的にもいろいろ話をしているのですが、今回は特に両国とも新しい方がChairとなったので、大事な時でもあり、いろいろ意見交換をしました。皆さんとてもフランクで、双方向の多面的な交流が必要であることを強く認識し、希望しておられます。いろいろ有益な意見交換ができました。

中国も韓国も政府のトップが交代ですし、と思っていたら、なんと最後の日の夕方に、日本では衆議院が解散になる、というニュースが入りました。やれやれですね。

ところで、韓国のChairはGuen Leeさん。話をしていると、なんとお父さんは私の良く知っている人ではありませんか。韓国科学アカデミー(KAS、Korean Academy of Sciences)の会長だったLee (Ho-Wang) 先生の息子さんなのでした。このブログにもお父上との写真がありました。このお父上との出会いが、朱先生との出会いになり、後々に続く感激的な日韓医学史123)へと発展するのです。

トップはこのGuen Leeさんとご一緒の写真ですが、あの有名なBurj Al Arabの26階での晩餐会での記念です。

帰国してから、Leeさんから「お父上がとてもよろこんでおられた」とメールがありました。人とのご縁とは面白いものです。

 

「出る杭」を伸ばす、「異質、異論、異端」の大事さ

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皆さんも気がついたかもしれませんが、日経新聞11月17日(土)の夕刊に清水正巳編集委員による「シニア記者がつくるこころのページ」(毎週土曜の夕刊に連載されるようです)に、私とのインタビュー記事が
「愚を繰り返すな日本、黒川 清さんに聞く」(PDF)というタイトルで掲載されました。清水さんとは科学技術担当論説委員のころからのお付き合いで、鋭い論説をしばしば書かれています。

記事の大きな見出しは「異質育て社会変えよ」というもので、小見出しに「若者よ「出る杭」に」というものですが、私がこのブログを含めて機会あるごとに、繰り返し主張している中心となるメッセージです。ここでも「異論、異質、異端」の大事さを説いているのです。

石倉洋子さんが、ご自身のブログでこの記事を取り上げて、20年ほど前に石倉さんが、大前研一さん、竹内弘高さんたちとの仕事で書いた「異質のマネジメント」の時から世界は大きく変わっているのに、日本はあまりにも変化していないと、「愕然というか、びっくりしてしまいました」と書いています。

「3.11」で見えた日本の「弱さ」を打破して、日本の将来を築き、前進させるのは若者たちです。「3.11」以後の日本を見ていても、政産官、学もメディアも、既存勢力は、またまた元へ戻りそうな危うさを感じます。世界は、私たちの経験したことのない、不安定で予測のつかない流れにどんどん変化しているのに、です。

この私のインタビュー記事をちょっと読んでいただけるとうれしいです。たくさんの方から、素敵な反応をいただいています。

1週間後の、11月24日(土)の同じ紙面に有馬利男さんのインタビュー記事が出ていますが、左横下に「こころ編集室から」という小さな囲み記事が出ていました。

そこには「政策研究大学院大学教授の黒川清さんが「若者よ、出る杭(くい)に」と勧めた17日付の記事が反響を呼んでいます。ある2児の母親は「息子たちがそうなってほしい」とスクラップしたそうです。「異論、異質、異端」にも寛容な社会作りは、次世代への私たちの責務でもあります。(幸)」、と記載されていました。

ちょっとうれしくなりました。清水さんありがとう。

 

台北へ、偶然の重なり

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Prof. Yang 2nd from left. Next to the right between Prof. Yang and me is Prof. Tomino of Juntendo University.

GEWの初日に参加した翌日は、朝から台北へ向かいます。去年、約束していたChang Gung Medical Centerとの小さな研究会が「3.11」の大災害、大事故で伸びてしまっていたのです。Chih-Wei Yang教授とは長いお付き合いがあり、現在は国際腎臓学会International Society of Nephrologyの理事、Chang Gung College of Medicineを率いる学部長です。ご多忙の中、空港まで迎えに来ていただき、恐縮しました。

この間にも、偶然ですが、Chang Gung Medical CentersとArizona State University、さらにMayo Clinicも参加する予定という画期的なプロジェクト「Biosignatures」1)が始まっていることに米国側から相談を受けたばかりだったので、その偶然のタイミングがYang教授との話題の一つとなりました。

翌日はYang教授も参加した勉強会で若手の発表会に参加したのち、午後4時過ぎには羽田に向かいました。短い台北滞在でした。

でも、このようないつもの偶然に見えることは、何も偶然ではなく、いろいろな方たちとの出会いとその中から生まれる相互の信頼関係によるものだと思います。このような偶然の重なりと自分のその時々に所属する組織と関係ない、むしろ自分の履歴にみられる能力の「属性」に由来する信頼に基礎を置くユニークな人間関係は、これからの国境を超えるグローバル世界では、何よりの価値のある性格のものだろうと思います。

若いころからの自分の価値創造は、10代、20代から30代初めに自分の「属性」を世界のプロに接して磨くいくつもの機会を作ることと、そこから自分なりの目標を感じ取れる、そこへ向けた自分なりの努力目標を感じ取れることは大事なことです。

自分のユニークな価値を見つけ出す、自分にも謙虚になれる、世界での自分なりの立ち位置を設定できることは、キャリア形成にもとても役に立つことと思います。

帰国した翌日の11月11日夜には、成田からDubaiへ向けて出発です。

 

国会事故調の私の考え方: 民主制度を機能させる

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国会事故調については、いろいろとこのサイトでも、また他のメディアでも意見を発表しています。

今度のフクシマの教訓から学び、社会のいろいろな制度疲労を変えられなければ、日本は沈没しかねないと思っています。産経新聞10月11日の私のコメント、「今回変わらねば日本沈没」にあるとおりです。

最近の東京新聞(中日新聞にも)の11月8日に掲載された「そこのけお手盛り人事、原子力ムラ支配復活」にも私のコメントが出ています。

確かに、フクシマ原発事故以来の日本の事故への対応、エネルギー政策と原子力発電の方向、新しい原子力規制委員会、使用済み核燃料棒処理等々、原子力関係の議論も政策も、どこへ向かっているのかよく分かりません。

時間をかけて議論が必要なのは言うまでもありませんが、どうも「「脱原発」か「原発容認」か」、という狭い視野の議論になっているように思われます。

そして、原発関係のいろいろなことがうやむやの中で進んでいるようにも思われます。相も変わらず発想は近視眼的、透明性も低いのです。

皆さんはどうお考えですか?

私たちの国会事故調報告書の中心は、国会という「立法府」が、原子力に関するいろいろな問題について「行政府」をしっかり監視しろ、ということです。

三権分立は民主制度の基本ですが、日本では基本的には行政府の各省庁が政策を作り、それら執行しているのです。なにか変ですね。政府としての統治が機能していないのです。

最近でも、司法が選挙の1票の格差の「1:5」は「違憲」である、としているのに、立法府は何もしてきませんでしたね。国民も立法府も一票の差「1:3、1:4」などを容認していたのです。今までは司法もずいぶん弱腰でした、そして立法府も責任ある対応をしていなかったということです。なぜなのか、考えてください。

私のこれらのコメントについても考えて頂き、皆さんが、皆さんの選んでいる、そしてこれからの選挙で選ぶ国会議員に対して、国会事故調の提言の実現へ向けるよう、行動を起こしてほしいのです。

このような意識と行動こそが日本の民主制度を機能させる大事な基本の一つなのです。