科学新聞で紹介されました。

科学者と社会の連携―地域活動に本腰を
-「科学・技術への理解と共感」テーマに学術会議が公開講演会-

社会との対話を進めていくことは、科学者の重要な責務-日本学術会議はこのほど、産学官の各界から講演者を招き、『科学・技術への理解と共感を醸成するために』をテーマに公開講演会を開催した。同会議は今春、『社会との対話に向けて』と題する声明(別掲)を発表、すべての科学者に子どもたちをはじめとするあらゆる人々を科学について語り合うこと呼び掛けているが、今回の講演会はその具体化に向けての第一歩を記すもの。文部科学省科学技術・学術政策局の有本健男・局長は「将来において記念すべき日となるだろう」と述べている。

主催者である学術会議からは黒川清・会長が講演し、「サイエンスに携わる人間は、社会の人達と"エンゲージ"しなくてはいけない。我々は、地域の人々と対話し、自分たちに何ができるのか、社会にサポートされている科学者が社会に対して何を還元できるのかを真剣に考えていく必要がある。研究室や大学などの外における社会への責任、とりわけ将来を担う子どもに責任を負うべきである。こうした活動の第一歩が、周りに伝播することによって、数年後には当たり前のことになっていれば素晴らしい」と述べた。

続いて講演した阿部博之・総合科学技術会議議員は「教育は啓発すること、若い頃受けた影響は大きい」と指摘、白川英樹・筑波大名誉教授は「科学と技術がどう違うのかを理解してもらうことが大切」とし、子どもに触れ合うことが多い母親の関心を高めていくことの重要性を強調した。

産業界からは経団連副会長の吉野浩行・本田技研工業相談役が、早くからものづくりに関心を持ってもらうために、自分たちが行っている子どもを中心とした活動の事例を紹介、そうした活動を展開するうえでの課題として、①国をあげての支援②学校と産業界のギャップ③受験を含めた学校制度改革などをあげ、やはり親の意識改革が必要であるとした。

朝日新聞の高橋真理子・論説委員は、科学者の社会への貢献は当然とし、①説明責任を忘れない②科学的な思考法を広めることも重要③社会の要望に敏感であること④科学者集団のあり方についてオープンな議論をしてほしい-など、科学者へ望むことを列挙した。また、文科省科学技術・学術政策局の倉持隆雄・基盤政策課長は科学者と社会との連携を進めるうえで、研究者に望むこととして①科学技術を支える後進を育てる活動に協力すること②変化している初等・中等教育の動向に関心を持つことなどをあげ、「本物の科学者の姿に触れることが変化のきっかけとなるが、その際、お互いにわかる言葉で対話することが大切である」と述べた。

続いて行われたパネル・ディスカッションでは、子どもたちは本来理科好きであることが確認され、科学に携わり科学を理解している人がわかりやすく話すことの必要性、保護者や学校の先生方の理解増進、双方向性を持った科学のインタープリターの重要性などが指摘された。

※声明『社会との対話に向けて』全文

我々日本学術会議は、科学者と社会が互いに共感と信頼をもって協同することなくして、いかなる科学研究も生命感のみなぎる世界を持続させることができないことを認識する。さらに、我々は、科学研究は、社会が享受すべき成果をもたらす反面、社会に対する弊害を引き起こす恐れがあるという正負両面があることを、科学者も社会も明確に理解すべきであると認識する。

このような認識に立ち、我々は、科学者が社会と対話すること、特に人類の将来を担う子どもたちとの対話を通して子どもたちの科学への夢を育てることが重要であると考える。

我々日本学術会議は、これから科学者と社会がしっかりと手をつないでいくことを推進する。まず、日本学術会議は、子どもたちをはじめとするあらゆる人々と科学について語り合うように、全ての科学者に呼び掛ける。また、日本学術会議自ら、科学に対する社会の共感と信頼を醸成するために、あらゆる可能な行動を行う。

出典: 科学新聞(2004年6月4日)

ロンドンにて(2)

今はロンドンに来ています。

ロンドンは今が1年で一番良い気候の時です。アスコット、ウィンブルドン、そしてジ・オープンと続くのです。秋から冬はとても暗いですから、このような太陽がさんさんと降り注ぐ時が来ると、皆うきうきするのは、日本ではなかなか理解できない感情かもしれません。しかしこのような自然環境の人間に与える影響が、多くの文化や芸術の背景にあるのでしょう。いまのような「国際化」の時代には想像もつかないかも知れませんが、それぞれの文化の違いの理由を理解できるような気がします。歴史や哲学の由来を理解しようとする心持も大切でしょう。お互いの違いへの理解を深めますからね。歴史や哲学の本をいくつも読んでください。

ロンドンに来る前は、国際学術会議の仕事でパリに滞在しました。American Hospital of Paris(AHP)をたずね、岡田正人先生とも会ってきました。大阪市立大学医学部の6年生の学生さんも勉強に来ていました。岡田先生はパリに来て6年目ですが、アメリカで内科専門医の資格を取り、そしてイェール大学でリウマチの専門医となった後、パリに来ました。とてもすばらしい先生で、ここの病院やパリの日本人社会でとても信頼されています。このように多くの若い人たちが国際的な場所で活躍していることをもっと多くの人たちに知ってもらい、あとに続く人たちが出てくることを期待したいですね。

パリでは岡田先生、大阪市立大学医学部の学生さんとオペラ座で「L’Histoire de Manon(マノンの生涯)」というオペラを観ましたし、ロンドンでは南へ車で50分のところにあるGlyndebourneで、オペラ「La Boheme」を観てきました。こういう時間も大切ですね。

この夏の予定はなんですか?楽しく充実したひと時をもってください。

これからの医療と医療政策:国際化、情報化、高年齢化と生命科学の時代を迎えて

保健医療福祉情報システム工業会 創立10周年記念特別講演(2004年2月13日)

 これからの医療と医療政策:国際化、情報化、高年齢化と生命科学の時代を迎えて
 -21世紀:日本医療制度への提言-

出典: 保健医療福祉情報システム工業会 会報 第36号(2004年6月)

「リスク」をとった若者たちの出会いの「場」

このブログでいろいろと“とんでもない”すごい人たちを紹介しています。白州次郎、蜂須賀正氏、津田梅子、朝河貫一、「Wedge」の記事(『リーダーに不可欠な歴史観、世界観、志』)、またダボス会議での報告でも世界のリーダー達の紹介をしています。医学でも、北里柴三郎、野口英世、高峰譲吉、高木兼寛等の話もよく講演等でしています。

このような“とんでもない”すごい人たちを紹介するのは、こんな人たちが今の豊かな日本にはあまり見あたらないからです。日露戦争からちょうど100年目の日本ですが、今になって当時の日本や東洋を囲む状況を考えると、これは極めて歴史的な結果が出るわけですが、太平洋戦争の前後までの経過を見てみると、「官僚」と「民僚」しかいない国になってしまったのでしょう。野中郁次郎他による『失敗の本質』(1991年、中央公論(新)社)にもいくつもの歴史的実例が書かれているにも関わらず、ようやく最近になって「失敗学」が認識されるなんて、いまさら何を言っているのかという気になりますね。M自動車、T電力、S印、XX銀行、みんな同じ構図です。

それにしても驚いたのは、5月4日のブログで森嶋通夫・ロンドン大学名誉教授著『なぜ日本は行き詰まったか』(2004年、岩波書店)を少し紹介したら、college-med メーリングリストで大変な話題になっていた事です。このような基本的問題と歴史的、社会的背景に興味と造詣の深い人たちも多く、なかなか捨てたものでもないなと思っているところです。しかし、このような議論が中学や高等、大学教育のレベルで何故起きてこないのか。そこに日本の教育問題の深さがあるように思います。同じブログでバランスを考えて中西輝政・京都大学教授著の『国民の文明史』(2003年、産経新聞社)も紹介しましたが、もっぱら森嶋さんに議論が集中しているのもすごい事ですね。皆さんすごいです。

ところで、このような意識を持った人たちが「社会のおもて」に出てこないのは何故かも考える必要があるでしょう。何度か発言していますが、日本の社会が「Low Risk- High Return」になっている可能性が高いからかもしれません。つまり、「偏差値の高い大学」へ行って、大会社、官僚になっている可能性が高く、従ってリスクを取らなくなっているのではないでしょうか。しかし、個人的には鬱々としているのではないでしょうか。だから私はリスクを取らない人は信用できないと言っているのです。所詮は「評論家」ですからね。社会的にそれなりの地位にいるのに、情けないことに、その社会的責任に対する「当事者意識」が欠如しているのです。

この視点から見ると面白い本があります。『東大に入って、東大を出る事』という本です(2003年、プレジデント社)。日本社会の「いかがわしさ」に気がついて、大きなリスクをとってしまった、まだ若い東大卒業生3人の自叙伝です。このような人たちが交流する場所があれば、時と共にすごいエネルギーが爆発するのではないか、と考えているところです。江戸末期の松下村塾もこんな人たちが集まり、吉田松陰たちが感化された、「場」だったのでしょう。このリスクを取る個々のエネルギーと、「場」が大事なのではないでしょうか。一人ひとりの志の高さの問題と、それを生かす社会の問題でしょう。