「医者がいない」!

臨床研修の必須化に伴って、地方や辺地の医療機関に勤務している医師が大学へ引き上げられて不足しているという深刻な問題が話題になっています。北海道大学や東北大では、大学医局からの“医師派遣”を確保するために、医学部や同窓会に寄付金を出したり、“名義貸し”が行われていたというのです。公立の医療機関がこのようなお金を大学に寄付する事は大いに問題があります。しかも一部では教授の収入にもなっていたとも言われるのですから問題外です。

さて皆さんはどう思いますか?

こうした問題は以前からあったのに、局部的な問題として扱われていたところに問題があるのです。大学の医局制度が問題だなどとされてきましたが、ではこの問題に対し、何が行われたでしょうか?

このように“医師不足”、“医局支配”等は、全国的な問題になってはじめて、国民も行政も、医師会も大学も、問題の根本はどこにあるのかが少しわかるようになるのではないかと思います。地方の患者さんを困らせるのは勿論本位ではありません。一人一人が自分自身で何が今一番大事なのかを「考え、決断し、実行する」事です。これが社会を変える、政策をつくる正当な方策なのです。結局は国民が政府を作るのです。今まではどうだったでしょうか。お役所にお任せだったのではないですか?

厚生労働省の卒後臨床研修委員会等でも発言しましたが、もし本当に将来の医師の育成、医療制度の構築に医療人が責任を持つというのであれば、何をすべきかよく考えるべきです。現在、大学医局の人手が足りないからといって、指導医の引き上げをするのはあくまでも自分たち中心の都合であり、正規の助手をはじめとしたスタッフがもっと時間をとるなりして診療、指導に当たるのはやむをえないのではないでしょうか。2年したら研修を終えた人たちも大学にくることが出来るのですから、少しの我慢なのです。みんなで痛みを分かち合う事が大切です。そして、その間にことの本質への解決を考えていく事です。今の状況は、一部の大学病院で研修医が予測していた以上に集まらなかったので、あわてて自分たちの都合を優先させている点もあるでしょう。しかし、この一連の出来事でようやく国民のより広い範囲の人たちが、いかに医師不足が深刻かを理解してくれるきっかけになればと思います。またそのような認識を深めてもらうよい機会なのです。

では、どうしたらこのメッセージが国民につたえられるか、これが課題でしょう。鈴木明先生が書いているように、今まで国民は(行政の責任もありますが)、日本の医療はあまりにも医師や看護師等、医療人たちの献身という思い込みに頼りすぎだったのです。この医療が進歩し、疾病構造が変化し、国民の意識が変化しているにもかかわらず、医療費が少なすぎるのです。日本の医療費は32兆円ですが、そのうち国からはたったの10兆円、GDPの2%にすぎません。何も知らない、政府の規制改革委員会の大好きな“アメリカ”では医療費は150兆円でGDPの14%ですが、アメリカでの医療に対する税金投入は50兆円、medicare、medicaid等はGDPの5%なのです。パチンコは30兆円、葬式には15兆円、ダムをまだ370箇所とか。どう考えますか?ヨーロッパの国々でも医療への国からの投資はもっと多く、GDPの10~11%程度です。イギリスでは日本と同じぐらい少なすぎる医療費に不満が山積し、「国民からの圧力」で税金投入を増やしています。

勿論、医師たちはより高い質の医師の育成と、自己研鑽に勤める事で社会的責任を果たして行く事は当然ですが、どこに問題があるのか、どうすれば解決できるかをよく考える事です。「株式会社」による病院経営とか、「外国人医師」なんてことは国民を馬鹿にしています。そんなことをする前に、する事は沢山あります。つまり公的セクターの医療機関の再編と充実です。大体、地域ニーズにあった公的病院なんてありますか?なぜ、20万の県庁所在地に国立病院、国立大学付属病院、県立中央病院、市民病院等があり、みんな自前で、救急、消化器内科、循環器内科、血液内科、消化器外科、泌尿器科、眼科、皮膚科等々がなくてはいけないのですか?ばかげていると思います。

公的病院は地域ごとに「24時間の救急(もちろん小児救急も)」をたとえば人口30万について1~2箇所にして、公的病院がなければ私的機関病院に公費を提供するとか考える必要があります。さらに救急以外はどこにも消化器内科、循環器内科、消化器外科、皮膚科とか人口と患者数から割り出した適正数にするとか、人的資源をはじめとして集中する等の抜本的な再編をする、ただし公的医療機関では個室はないとか、でも医療費自己負担は10%にするとか、生活習慣病の診察検査は2ヶ月に1度以上は50%負担にするとか、自己管理への誘導とか、いくらでもする事はあるのです。まず地域単位で安心を提供する事です。

医療制度についても色々と発言しています。私の見解についてこのブログに書いていますので、是非ご意見ください。黙っていても何も起こりません。これからの方向をしっかり見つめ、責任ある行動をとり、発言をする事です。特に「社会的に高い地位」にいる人たちの責任は重大なのです。

“Country Gentleman” 白洲次郎氏

昨年12月8日のブログで紹介した白洲次郎さん。白洲正子さんのほうを知っている人も多いでしょうが、白洲次郎さんは正子さんのご主人です。すばらしい紳士、ワイルド、“Country Gentleman”(この意味は本を読んでくださいね)です。是非、知ってもらいたくて、もう一度ここに紹介します。弱いものにやさしく、権力におごるものに強い。こんなエリートがいますか?

「白洲次郎という人を知っていますか?1902年の生まれです。17歳でケンブリッジ大学、英国で8年過ごして、本当に格好よい「紳士」として、「原則」に厳しく、肩書きや権力で威張る人を嫌い、アメリカ占領下の日本でも活躍した人です。今の日本に、白洲氏のような「個」に生き、「原則」を大切にし、世界と日本を知って「本音」で生きる、こんな人がエリート層に一人でもいるとほっとするのですが、なかなかいませんね。そこに日本の問題があるのです。このコラムでも何回か言ってることです。(中略)白洲次郎さんのこともいくつか本がありますので(最近のものでは「風の男白洲次郎」新潮文庫、青柳恵介著、平成12年、400円)読んでみてください。スカッとしますよ。若い時には世界に出かけて視野を広げることです。」

これと同じ趣旨で、津田梅子、朝河貫一、蜂須賀正といった方たちも、ここで紹介しているのです。皆さんもぜひ一度、彼らの生き方にふれてみてください。

近代日本の「70年サイクル」

4月11日、岡山で開催された「小児科学会」(会長:岡山大学名誉教授・大阪厚生年金病院長 清野佳紀教授)で、特別講演をさせてもらいました。 会場は満員で、大変な盛況ぶりでした。

最近いろいろな本を読みますが、副島隆彦氏の書かれたものは、物事の本質をはっきりと恐れずに書いてあり大変面白いと思います。日本の「エリート」は本当のことは何も言わず、“インナーサークル”で適当にやっていますからね。

『預金封鎖』や、つい先日は『やがてアメリカ発の大恐慌が襲いくる』という本を読みました。私もよく近代日本の「70年サイクル」説ということで話をしていますが、これは「コンドラチェフ・サイクル」と言われるものだそうで、近代資本主義の根本にある「過剰在庫」だとは面白いと思います。私は経済学者のことはよく知りませんが、有名な経済学者シュンペーターについての高い評価が理解できました。

ところで、副島さんの著書でもコメントされていますが、最近出版された『エコノミストは信用できるか』(東谷暁著、文春新書、2003年11月発行)は、エコノミストのコメントをデータ分析し、評価がされていて面白かったです。
また、フィクションですが、副島さんと同じような題材を扱っていて面白いのは、幸田真音さんの『日本国債』、『凛冽の宙』、『代行返上』などです。

さて、この「60~70年サイクル説」は、最近読み始めた中西輝政さんの『国民の分明史』にも出てきます。「分明史の仕切りの60年サイクル」。人間3世代など理由はいろいろあるのでしょうが、このような長さのサイクルで人間の知恵は動くのでしょう。1870年から1940年頃までの明治維新から近代日本にかける70年、世界は「植民地主義」を歩み、対して日本は「富国強兵」路線をとっていました。そして20世紀後半は世界が「冷戦」時代であり、日本は「高度経済成長」時代の、この60年ということなのです。それぞれ、はじめの30~40 年(「富国強兵」路線時代は今年100周年を迎える日露戦争まで、戦後は経済成長率がピークの70~80年代まで)は調子がよいのですが、その後、「成功体験」のために舵取りの変更や改革を起こせずに落ち目になる、というシナリオが常なのです。だから今は10年後の次の明治維新への移行期だと考えています。

その時代の日本の指針としての新しいキーワードは何でしょう?
世界では「人口問題、環境問題、南北問題」がキーワードになるでしょう。
では、日本は?皆さん、考えてみてください。

いよいよ日本の内科医も国際舞台へ

4月8日、日本内科学会総会の場をかりて、アメリカ内科学会(American College of Physicians:ACP)日本支部(Japan Chapter)の第1回総会を開催しました。この世界のリーダー格の学会は、アメリカの内科専門医(Board Certified Physicians)による学会で、常に医師の質と社会的責任について活発な活動を行っています。日本支部はアメリカ大陸以外では初めての支部で、去年設立されました。私は初代支部長に選出されています。今回は会長のWheby先生、また舞鶴市民病院時代に松村先生が招請していた「メジャーリーガー」の一人であるGibbons先生、そして前会長のAddington先生を迎え、大いに盛り上がりました。日本の会員はといいますと、日本内科学会の認定専門医はACPの会員になれるようにいたしましたので、現在約300名の会員がいます。今後はもっと会員を増やしていきたいと思います。

会員の方には、ACPの発行する学会誌「Annals of Internal Medicine」や「ACP Journal Club」が送られてきます。このような学会誌が、日常の診療や医学教育に使われることが常識となる、診療の世界を構築したいと思っています。その他にも、この学会にはいくつものプログラムがありますので、どのようにこれらを使っていくかを考えていきます。

今年の春は、松井選手を含むヤンキースを迎え、メジャーリーグの開幕戦が東京で開催されました。野茂選手が渡米して10年目のことです。このACP日本支部も、10年後には日本の内科医がメジャーのようになってほしいという願いを込めたひとつの始まりであり、そのための核となる事を期待したいと思います。

国際化時代で、日本での「プロ」育成へ向けた第1歩だと考えようと、総会の席で挨拶をしました。ぜひ参加してください。応援お願いします。

日本学術会議改正法案

新しい年度が始まり、皆さんも気持ちを新たにというところでしょう。

今日は、日本学術会議改正法案について参議院の文教科学委員会に参考人として出席しました。先日の衆議院は初めての経験で緊張しましたが、今回は少し落ち着いていることができました。最近の国際的な枠組みの中で学術会議の活動も納得をいただけたようで、全委員の賛成で無事に承認を得られました。明日の参議院本会議で可決される予定です。

現在衆議院は年金問題で揺れていますが、衆議院では既に可決されていますので助かりました。それにしても、議員の方々は忙しいですね。多くの若い議員の皆さんに期待しています。

最近はこれらの審議もインターネットライブで見られるようです。すごい時代の変化ですよね。情報化時代のパワーを感じます。

2004年4月

第107回日本小児科学会学術集会
日程: 2004年4月15日(土)
会場: ホテルグランヴィア岡山
基調講演: 「日本の挑戦:21世紀の課題」

医薬品機構プレスカンファレンス
日程: 2004年4月15日(木)
会場: 経団連会館
演題: 「医薬品医療機器総合機構に期待される役割」

科学技術週間記念講演会
日程: 2004年4月15日(木)
会場: 虎ノ門パストラル
演題: 「21世紀:日本の課題、世界の課題」

連合総合生活開発研究所講演
日程: 2004年4月16日(金)
会場: 中央大学駿河台記念館280号室
演題: 「医療の安全・日本の課題」

“破格、破天荒のスーパー日本人” 蜂須賀侯爵

3月15日に書いたジェンダー問題に関するブログで津田梅子さんを紹介しましたが、またわくわくさせてくれる人物を紹介します。

昨日のお昼、少しぐずぐずとした天気でしたが、オーストラリア大使館で桜を楽しむパーティーに行きました。ここは、もともと蜂須賀家のお屋敷の一部だったそうです。あの豊臣秀吉で有名な蜂須賀小六の18代目、正氏(まさうじ)(1903~1953)が育ったところです。本家は阿波徳島。明治維新後、祖父は貴族院議長、東京都府知事、父上も貴族院副議長を勤めるほどの超名門家です。

正氏氏は幼い頃より広い庭の生き物、アリ、カエル、鳥が大好きで、好奇心と冒険心にあふれていました。17歳でCambridge大学へ留学し、イギリスに7年間滞在します。そのときに興味を持ったのが、絶滅鳥“Dodo”です。16世紀に渡来した「文明人」、ポルトガル人・オランダ人が食用としており、18世紀には絶滅してしまったアフリカ東海岸のマスカリン島の幻の鳥です。

ネイティブと間違うほどのキングズイングリッシュを使い、アフリカを遠征し、コンゴで野生のゴリラを見た初めての日本人。帰国して多くの学者の英語論文を添削し、当時の東京を、単発の真っ赤な軽飛行機を自分で操縦して飛び回る。勿論、警察に睨まれたりもする、スポーツ万能な人物です。世界に2番目の生物地理学会を日本に設立しますが、日本ではなかなか受け入れられるはずもなく、半分勘当のような扱いを受けて、またアメリカ、そしてイギリスへと向かいます。彼の冒険心は止まる事を知らず、ミンダナオ島に尻尾のある人間(有尾人)がいると聞くと、また遠征し、この島で一番高い2,900メートルのアポ山頂上へ登ります(1929年)。マラリアや訳のわからない感染症への危険も何するものぞ。本当に病気になっても、自分で探検隊を率いて出かける。

なんという冒険心、駆り立てる情熱。破天荒。これがまさに今の日本にかけているのです。今、どこにこんな人がいるでしょうか。何不自由ない身分でありながらリスクをとり、結局、侯爵を剥奪される。世界を駆け巡り、世界中に沢山の友人を作る。UCLAでPh.D.を取得し、戦時中の困難を乗り越えてイギリスで“Dodo”の本を出版。しかし、本が日本に到着する直前に急逝。なんという人生。本当にすばらしいと思います。英語や日本語で多くの学術単行本を出版し、多くの学術成果を残しています。“Hachisuka line”として知られる生物地理区分線や、世界では “Marquis de Hachisuka”としてよく知られている存在で、世界的に著名な方です。

山階鳥類研究所には蜂須賀氏寄贈の、多くの鳥の標本があるそうです。去年、蜂須賀正氏生誕100周年のシンポジウムに出席して挨拶をしましたが、その席で正氏氏の一人娘(といっても私の同年代ですが)の、正子さんにお会いしました。私が「お父さんのワイルドな遺伝子を次の世代へと伝えましたか?」と聞いたところ、「私も父に似てずいぶんワイルドで、結局アメリカにいました。子供はいません」と正子さん。残念です。

蜂須賀正氏曰く、“Take off the narrow-mindedness!!”と。今まさに日本人に必要なのはこれではないでしょうか。

参考:
  日本生物地理学会ホームページ
 ・荒俣宏 著。 『絶滅鳥を愛した探険家』。大東亜科学綺譚。ちくま文庫。1996年。
 ・産経新聞「日本人の足跡を求めて」取材班 編著。
  『日本人の足跡〈3〉世紀を超えた「絆」求めて』産経新聞ニュースサービス。扶桑社。2002年。