「21世紀の社会と医療-医の心とグローバリゼーション」

1996年8月、日経新聞に掲載された中外製薬株式会社社長 永山治氏との対談記事です。

「21世紀の社会と医療-医の心とグローバリゼーション」

出典: 日本経済新聞(1996年8月25日) 中外製薬株式会社広告企画より
     (この記事は日本経済新聞社および中外製薬株式会社の許諾を得て転載しております。)

ダボスから(3)

会議3日目は雲ひとつない、-4℃から0℃前後という無風快晴の絶好のスキー日和でしたが、そんな時間はまったくありません。午前は「Why Victory against Terrorism Demands Shared Values」に出ました。石原都知事が出るからです。4年前、ダボス会議に出席したときには、「Xanophobia」と評価されたようですが、今回はいかに。パネルにはUS Attorney-GeneralのAshcroftも出ていました。都知事は日本語でしゃべり(このレベルの人ではOKですが)、9.11の前日にPentagonに、翌日White Houseに訪問の予定であったことから始まり、出だしは上々でした。途中で話題が「Human Rights」になってきているのに、ついうっかり「女性差別的」発言をしてしまい(軽く笑いを取るつもりだったのでしょうけど、場はしらけていました)、さらに北朝鮮問題でも本音なのでしょうが「ちょっとねー」という発言になり、やっぱり「自己中心的」かなと。ご本人が伝えたかったこととは違ったメッセージになってしまったようです。夜に開かれたJapan Dinnerにもこられましたが、一言挨拶でもさせてあげるべきなのに(と、私は思いますが)、これもなく、さっさと帰られました。今年のJapan Dinnerは去年と同じ会場でしたが、席を増やした分だけ空席が目立ってしまいました。着席のディナーは難しいですね。去年に比べて盛り上がらなかったです。元財務官の黒田氏(なぜ?)とリチャード・クー氏が10分ほどずつ「基調講演」しましたが。存在感のあったのは、またまた閉会の挨拶をされたゴーンさん(主催者の一人ですから)だけでした。何で?と思うでしょう?そうなんですよね。司会の千野さん(前回紹介しました)が気の毒でした。

さて、午後は例年の日本経済についての「Making the Japanese Recovery Last」に出たかったのですが、私は午後の2つのパネル「Who Is Responsible for Your Health?」、「Personalizing Medicine」にパネリストとして参加するので出られませんでした。この「日本の経済と産業」については何人かの日本人に印象を聞きましたが、会場はほとんど日本人ばかりで、評価は人によって違いました。日本の経済は上を向き、日本には元気が出て来たとの印象は与えた等の意見がいくつか聞かれました。

私がパネリストとして参加した2つは、両方とも盛り上がり、大変面白かったです。色々な人たちにも知り合うことができ、このような場所での出会いのすばらしさを感じました。個人と個人が評価しあった上で、付き合いが始まるというスタイルです。Dean Ornish(CEO and Founder, Preventive Medicine Research Institute, US)、Richard Smith(Editor, BMJ)、Francis Collins(Human Genome ProjectのUSのリーダー)、Ellis Rubinstein(CEO, NY Academy of Sciences)、Ruth Faden(Executive Director, Bioethics Institute, Johns Hopkins)、Geoffrey Moore(The Chasm Group)等をはじめとして、宗教家、ビジネス等の人たちが参加し、すばらしいメンバーで行われました。私のプレゼンは5分間でしたが、「clear, provocative」であると多くの人からお褒めの言葉をもらいました。私の問題提起をめぐっても議論が進められましたが、このような世界会議で行うプレゼンは、違う背景の人たちに、どのようにわかりやすく問題点を具体例を示しながら提示するかがポイントです。プレゼンの詳細はまたの時にでも話しましょう。

夕方に行われた「The Imperative of Partnering against Poverty」というセッションでは、緒方貞子さんのHuman Securityについての話が、過不足なく、大変すばらしかったです。Human Securityとは結局のところ、「明日がどんな日になるかわからないこと、そして明日がわかるようであれば一歩前進、しかし明日のもう一日先が見えるようになると、何か考えることができるようになる、と」。まず、このような状態を作ることがHuman Securityでは大事と言われました。この後、インドのNGOで女性Empowerment活動で活躍し、注目されているMs. Mirai Chatterjee(まだ若い女性です)が彼女の経験、考え方等を話しました。底辺の人たちから動いていく、そして政策等にコミットし、発言していく、上からの施策では何も変わらないという趣旨です。このNGOには予算もつくようになったということです。どう予算を使うかも自分たちで、自律的に、透明度高く運営している(あたりまえですが、それが実行されにくいところに多くの問題があることはどこでも同じ)とのことです。この2人の話を聞いても感じることですが、結局、人は何をし、どんな考えかを、いろいろな人の前で数分で話すので、本人の人柄を含むすべてがさらされ、評価されるという場所なのです。肩書きはまったく関係がありません。その肩書きに期待されるだけの内容、哲学が聞き取れなければ、みっともないだけのことなのです。そのような人たち一人一人が、国を理解し、理解され、人の交流へとつながるのでしょう。緒方さんは本当に日本の誇りです。

Japan Dinnerの後は、司会をした千野さんを元気づけようと、ユニクロのCIOの堂前さん(若くてきれる、いい人です。この人も「ダボス会議」の“Global Leaders for Tomorrow“の一人です)と午前ちょっとすぎまでいろいろ話し込みました。

ダボスから(2)

ダボス会議初日のことは前回少し書きましたが、“Geopolitics”のセッションについてもう少し紹介します。

参加者は、ロシア、中国、イギリス、アメリカの大学、研究所、シンクタンク等の研究者が中心でしたが、アメリカの軍事力が一人勝ちとなったこれからの動向と、中国、中東に話題が集中するのはいたし方のないところでしょう。このテーマではエネルギー問題、経済動向等の多くの側面が議論されましたが、日本についてはほんの少ししか出てこなかったところが、世界第2位の「経済大国」であるのに寂しい限りです。

会場ではHarvard University John F. Kennedy School of Government大学院学部長のJoseph Nye(Clinton政権で外交政策担当をしていました。著書もありよく知られた人物です。)が、「アメリカ軍はハードとしては世界の軍事力の40%と圧倒的ではあるのもの、イラクの国連安全保障会議Security Councilでのロシア、中国等の反対にもかかわらずイランに侵攻して、かえってアメリカのソフト力の弱さが明らかになったのでは?これが今後の方向として有効ではないか?」という質問をしました。このような発言が、こういう場所でアメリカの政策に関わり、しかも代表的な学者、オピニオンリーダーでもある人物から出るところに、アメリカの強さ、健全さがあるのではと感じました。学者は組織等から自由であるからこそ、見識のある意見を広く国内外の社会に発言ができるのであり、発表していく社会的責任があるのです。そのような社会的責任を感じて行動している「学者」が日本にはどれだけいるのでしょうか。「霞ヶ関」ばかり気にしている学者が多いようでは困るのです。同じ趣旨の意見は、明治5~8年頃すでに福沢諭吉が「学問のすすめ」に書いているところです。

来週29日に慶応義塾大学(三田校舎)で講演の予定がありますが、この点についても触れたいと考えています(興味があれば参加してください)。

今日は「Re-educating Education」、「Brain Drain」、「Ageing/Business: The New Market for Ageing Populations」に出る予定でしたが、会場がいっぱいになってしまって参加することができませんでした(会場のスペースの問題で、早く登録しないと参加できないのです。それだけ関心が高いセッションだということです)。「Blogging: Will Mainstream Media Co-opt Blogs and the Internet?」は、同じ時間に他のセッションに参加していて聞けなかったのですが、私と仲のよい伊藤穣一君(http://joi.ito.com/を見てください。世界でもトップクラスのヒット数を出している個人サイトで、物凄い情報発信量です。一種の天才ですね。まだ36歳だそうです。)が参加していました。

私はといいますと、「Leveraging Technology for the Bottom Line」というセッションに出ていました。パネリストはHelwett-PackardのCEO兼会長Carly Fiorina(49歳: Lucent Technologyから1999年にCEOとしてHPへ、Compaqとの合併を成功させました)、Gary Bloom(42歳: Veritas Software社CEO兼会長)、John Chambers(54歳: Cisco Systems社CEO兼会長)、London Business SchoolのDean Laura Tyson(56歳: Clinton経済政策担当でUC BerkleyのBusiness SchoolのDeanも務めていました)という豪華メンバーで、司会はBBC World TVのStephan Cole(49歳)でした。日本に比べると、いかに第一線のビジネスリーダーが若いかを知ってもらいたいと思って年齢を書いているのです。話の内容もすごいものでしたよ。自分ではっきりとした意見を言い、質問にも的確に、しかも説得力のある話をします。特にFiorinaさんはよかったです。「ビジネスの基本」は「Productivity is based on changes-risk taking-」、「Pro-active for changes」でなければ、勝てないという、一種の恐ろしいまでの厳しい哲学、そして消費者を強く意識した方針に大変感心しました。割り引いて聞いておく分もあるとしても、たいしたものです。そして、21世紀は国際レベルでの考えが、人事においても常識で、これを考えていない経営者は負けるとはっきり言い切るすごさを感じました。ITのパラダイムは「digital, mobile, virtual」で「simplify, standardize, modularize, integrate」であり、90年代とはまったく違うと、いっています。

このセッションの後に、「Korean Peninsula」のセッションに参加しました。ここでも日本の役割へのコメントが少ないのが気になりましたが、現在は伊藤忠の千野さん(女性: アメリカの弁護士でもあり、ダボス会議の“Global Leaders for Tomorrow”の一人です)が、拉致家族問題の日本人の感情の変化についてコメントしていました。

夜は、Canadaの大統領がホストのReception、その後で石原都知事がホスト務めた「Tokyo Night」というReceptionにいきました。どちらもなかなかの賑わいでしたが、会場が狭かったせいでしょうか。最初のReceptionでは、現在、北朝鮮問題で活躍している国連Under Secretary General、Special Advisor to the Secretary GeneralのMaurice Srongに会いました。

昨日はイラン首相のカタミ師、今日はパキスタンのムシャラク大統領が演説をされていましたが、話の中身もプレスでの対応もたいしたものでした。

明日は私が2つのパネルでしゃべります。ではまた。

ダボスから(1)

いま「ダボス会議」に来ています。今年のテーマは「Partnering for Security and Prosperity」です。初日にはWelcome LunchでClinton前大統領の講演があり、大変盛り上がりました。その夜には、Bush大統領がState of Unionを行い、アメリカではいよいよ選挙モードというところですね。数回に分けて、「ダボス会議」で感じたことを紹介していきたいと思います。

このような難しいときだからこそ、「ダボス会議」のようなNPOの中立的な組織による対話の場所はますます大切になるでしょう。「Geopolitics」のセッションに出ましたが、中国、ロシア、アメリカ、イギリスからのパネリスト、さらに選ばれたばかりのグルジアの若い大統領、Mikheil Saakashvilleが参加しました。この大統領は、小さいけれどもいくつもの宗教で構成される国で、情報公開と会話の推進を通し、国民による民主化を進めることで、途上国の民主化の参考になればと熱く語っていました。しっかりした考えを、はっきりと述べ、伝えたいという大統領の気持ちが大変よく伝わってきました。国際的な支援は間違いなく得られるでしょう。以前にも紹介したヨルダンの若い国王もすばらしい人で、同じようなプロセスで国際的な支援を得ています。きわめてオープンで、しっかりした哲学を持っている人です。イギリスでの教育を受けたからでしょうか。みんなが厳しい目で新しい「リーダー」を見ていますが、信頼できる人であると援助は惜しまないということです。

何事も「リーダー」の問題なのだと思います。いつも言っていることですが、このような国際的な場での評価は、結局は肩書きではなく、リーダー個人の資質の問題なのです。4年前に初めてこの「ダボス会議」に参加して感じたことは、日本の「リーダー」と呼ばれる人たちの中に、肩書きではなく、個人的に人間として魅力を持った人がきわめて少ないということでした。いつも言っているように「組織」の中で、しかも日本の価値だけで出世してきた人たちだからでしょう。

話が飛びますが、JR東海の新幹線車内誌「Wedge」(2月号)に、私の「リーダー論」の考えが、3冊の本を紹介しながら掲載されています。是非読んでください。ではまた。

「プロ」のジャーナリスト

年末年始に読んだ本がもういくつかありました。

私が“グローバリゼーション”について話すときに時々引き合いに出す、「The Lexus and the Olive Tree: Understanding Globarization」を書いたNY TimesのコラムニストThomas Freedmanが書いたコラムに彼の「Diary日記」ともいうべきメモをつけた「Longitudes and Attitudes」(Anchor Books, 2003)です。

いつもながらの鋭い視点で、多面的にものを見る思考と書きぶりに圧倒されます。“September 13th”のコラム以後はほぼ毎週2~3本というピッチで書き上げています。日本にこんなジャーナリストがいるでしょうか。

朝日の船橋さんが思い浮かびますが、彼も朝日新聞、週刊朝日等々、そして「同盟漂流」などの本をものにしており、その観察眼、取材力、書きぶりには圧倒されます。

このようなすばらしいジャーナリストがある程度の数いて、しかもかなり頻繁に書いてくれることは、情報提供という点からも、複数の視点を国民に与えるという点でも、民意形成に必須の条件であろうと思います。つまりこれが、メディア、ジャーナリズムの社会的責任であり、「プロ」ジャーナリスト(サラリーマンではないという意味です)の育成は、民主主義の必要条件だと思います。

テレビではなく、書いてあることは一瞬ではなく、何度も読み返すことができるからこそ、貴重なのです。

実はあと2冊紹介したい本があるのですが、別の機会に。