新しい臨床研修制度について

国際学術会議の企画委員会でパリにきましたが、そのあと来年京都で開催を企画している「科学技術と社会の将来」という国際会議の準備でロンドンにいきました。ブレア首相の科学技術担当大臣の補佐と会い、ワシントンで科学アカデミー会長等との会談に向かいます。ロンドンはさすがに伝統と格式を感じさせる町で、1年いても飽きないでしょうが、現在は大学改革への大きな政治的アジェンダがあり、結構不評で、ブレア首相はもし議会でとおらなければ首相をやめる、とまで言い始めています。文部省から大使館に出向している、以前医学教育の課長補佐をしていた浅野君にも会い、だいぶ話が弾みました。

ロンドン滞在のハイライトは、東海大学からロンドン大学6ヶ月のクラークシップにきている4人の5年生を日本食に招待したことですね。ほとんど日本食を食べていなかったとかで、盛りあがりました。しかし、なんと言っても一人一人の成長と広い視野を得ているのが一番うれしかったですね。もっとも、時々メールで交流しているのでどんな苦労をしているかは、知っていましたけれど。このような人たちに会うと、私がいつも言っている「若いうちに“外”を見せる」ことの重要性をいつも確信します。

ところで、研修でのマッチングが一応発表されましたが、いかがでしたか。ぜひ、多くの人たちにメーリングリスト等に参加して多くの意見交換や、開かれた情報に接してほしいものです。簡単ですが、さしあたりの問題は以下のようなものでしょうか。

1.マッチングは「混ぜる」ための方策です。「混ぜる」のであればどんな方策でもよいのですが、すべての研修プログラムが参加することが大切ですが、今回これは一部で達成できませんでした。残念なことですが、来年はこんなことのないようにしたいものです。

2.米国では長い歴史があり、ほとんどの情報が従来の経験を踏まえて学生、病院、教員に共有されているので、病院のランクづけになるとかはありますが、うまく運用できているのではないでしょうか。ただし、たとえば脳外科は全体で70人(7年のプログラムです)とか、定員も全体で決まっていますので、専門医への条件はそれなりに厳しいです。日本では内容がわからないので大学とかの知名度、ブランド(ブランドと内容とは日本ではあまり関係のないことはよくご存知でしょう-たとえば国の「指定する」ブランドで言えば、何の専門でも東大が一番のはずですが、そんなことがないことは誰でも知っています)が重視されています。

3.国によって違いますが、卒業した大学で研修したがるのは日本だけの特徴です。何しろ「個」は存在しませんからね。たとえば、日本の大学で学部長がその学部の教授会で選ばれるなんていうことは日本だけです。学長もです。これが「常識」なのですから困ったものです。だからこそ私は東大ではなく、東海大の医学部長を引き受けたのです。これが世界の常識なのだからです。いつも書いているように、「日本の常識」には「世界の常識」から見れば変なものが多いことを指摘しつつ、自分でも実践しようとしているのです。しかし、私が実践していることの意味があまり理解してもらえているわけではありません。それはメディア等がそのような視点で書いてくれないからです。メディアにも理解しにくいことなのでしょうけれどね。何しろ日本のメディアも同じ構造、価値観ですから。

4.今回の制度は明治維新以来はじめての「混ざる」システムの第1歩です。つまり、卒業生、つまり大学教育の「成果」を「外」の仲間たちに評価してもらうということです。このプロセスによってそれぞれの大学の教育と教員が広く評価され、学生が広く評価され、研修病院と教員が広く評価されるのです。したがって、研修医たちが大いに意見を交換し、病院や教員、指導医についてコメントする「複数」(複数であることが大切です)の「場」(ネット上でOK)を作ることが大切です。たとえば厚労省が一つの意見交換の「公式」の「場」を作ったとして、これで信用できますか?だからこそ複数の場が必要であり、その質の評価は「ユーザー」によってなされ、さらに評価され、だめなものは脱落し、時間とともによいものが自然に出来上がってくるのです。この意見交流、公開によってみんなが情報を共有し、フィードバックが行われ、研修制度も病院も、指導医も、大学教育も、学生もよりよくなっていくのです。そして、結局は社会が、患者が、医療がよくなっていくのです。

だから、これは日本としては画期的な第1歩です。良くも悪くも医療人全体が、社会とともによい医師を育てていくという気概が大切です。メディアも国民も暖かく応援することが大事です。これには公のお金も惜しまないことです。結局、よい医師の育成は、よい医療を構築し、そして国民のためになるのです。

最近のメーリングリストに以下のような意見が出ていました。健全な方向に向かう一歩であることが感じられるのではないでしょうか。

「臨床研修必修化の意義ということで」
「今までであれば医学部を卒業したらそのまま大学病院に残って(入局して)、臨床は関連病院に出た時にやって、まずは学位を取るべく研究中心・・・というのが言わば医者の王道だったのに対して、今度の必修化で、医者である以上まずは臨床が出来ないと駄目だ。そのために出来れば市中病院の研修実績のある病院に行きたい。私の好きな言葉ではありませんが、研修指定病院に行くのが「勝ち組」という雰囲気になってきたのは、とても好ましいことじゃないかと書きましたが、最近は私が今年お世話になっているここ『民間医局』に登録される若いドクターも増えてきたそうです。たまたま今週○○地方に出張してそんな若い先生と面談してきた社員の方が話してくれたところでは、「医局に入って学位を取得すべく研究する一方で、アルバイトで生計を立てているけれど、こんな生活がまだ4年、5年と続くと思うと、「こんなことしていて、いいんだろうか」と思う。自分は研究ではなく、臨床をやっていきたいので、医局を離れても就職先があるのなら、きちんと後期研修をやっている病院で臨床に専念したい」とおっしゃっていたそうです。 こういう方が少しずつでも増えていることも、学生のみなさんの「臨床志向」の背景にあるのかも知れない・・・と思った次第です。」