日本の名医30人の肖像

Book20031113

日本の名医30人の肖像

ドクターズマガジン (著)

日本人にとって、最近まで「山」といえば富士山でした。確かにその姿は美しく、我が国でもっとも高い山です。しかし、世界を見わたすと実にさまざまな山がある。標高の高いところでは、エベレスト、K2、キリマンジャロなど。富士山より高い山の数は、たぶん日本人の想像を越えているのではないでしょうか。

このように長い間、日本人は世界レベルでものごとを見てこなかった。見る余裕や必要性がなかったせいでしょう。しかし、現在のような国際社会では、外の世界を見ないではすまされません。日本が世界各国に取り残されず、先進国としてしっかりと役割を果たすためには、若い人材にどんどん外の世界を見せていかなければならないのです。世界に通用する優秀な人材を育てるのに必要なのは、カリキュラムの改訂でもゆとり教育でもありません。若いときに世界の高い山々を見せればいい。そういう機会をつくることこそ今、求められている教育であると思います。

私は、東京大学、東海大学の医学部で教鞭をとっていたときに、定期的に海外から教授や学生を招いたり、学生たちに短期留学をさせるなど、外の世界を見られる機会をつくってきました。そうしていると、アメリカでレジデントをしてみようかという気概ある学生も出てくる。押しつける必要はありません。見せれば、白然と広い視野は身についてくるものです。

今までの日本の価値観は画一的で、国内の序列で一流とされる大学を出た人間ばかりがもてはやされてきました。めざすべき人間像に関しても、決まりきった単一のものしか示されてこなかった。しかし、グローバリゼーションの時代では、いろいろな生き様の価値観が提示され、それぞれの価値観を認める社会が大事。いろいろな選択肢があり、自分は何をしたいのか、選択肢を与えることが肝心です。

医師についても、医療界は閉鎖社会で、一般の方はどのような医師が日本にいるのかを知らず、医療界に身を置く者でさえ、特に若い医学生などは医局講座制の狭い社会の中で志はあっても確固たる目標を持てずにきました。そのような中、必要とされているのは、外の世界を見せるメディアです。私は、教職を辞した今でも自分の大きな役割のひとつは、それだと考えて活動をしています。めざすは、大リーグで活躍する野茂投手やイチロー選手の姿をライブで伝えるBS放送のようなメディアの役割です。

『ドクターズマガジン』の「ドクターの肖像」では、既成のレールや価値観に縛られずに自らの力で道を切り拓いたさまざまな医師の生き様が紹介されています。日本のさまざまな山を見せてくれるメディアとして共感を覚えずにはいられません。今回、それがまとめられて単行本となったのは、たいへん喜ばしいこと。一般の読者の方には、日本にも実に多彩に活躍する、すばらしい医師がいることを知るきっかけとなるでしょうし、医療界の人間にとっては、医師の生き方は決して決められたレールを歩くだけの選択肢しかないのではないと勇気づけられるはずです。