Book021216

医療の質-谷間を越えて21世紀システムへ

米国医療の質委員会/医学研究所 著
日本評論社 A5判 (2002/07) 3,200

医療の事故が毎日のように話題になる。より複雑になる医療、高度医療の要因ばかりではない。医療人の能力、日進月歩の医療と医学、複雑化する医療のシステムのあり方が問われている。

情報化の時代に、患者の医療への期待と患者の権利の要求はさらに高くなる一方で、医療提供者の側としては、これらに対応できない医療制度、医療経済、医師の教育と研修の課題がある。

また、従来のような医師と患者の関係は劇的に変化してきている。これらを背景としていくつかの画期的な研究成果が発表され、医療事故と対策が大きな社会的課題になった。

1999年末に、米国医学研究所(Institute of Medicine of the Na-tional Academies, USA)は医療事故の現状へと目を向けるTo Err is Humanという画期的な報告を発表し、世界的な注目を集めた。これは本書と同じく医学ジャーナリスト協会訳(『人は誰でも間違える』)によって、日本評論社から出版され、多くの人に読まれている。

この報告によると、毎年米国で医療事故で死亡する患者数は交通事故死より多く、4万~9万人程度と推測されるというおどろくべき数であることを明確にしたうえで、原因についての解析と、いくつかの具体的な対策、提言を行なった。

これを受けて当時のクリントン大統領は、医療事故を「5年で半減させよう」という具体的政策提言を行ない、予算化し、政策を実行に移している。この特別予算措置は、医療事故で失われる経済的損失に比べればほんの些細なものであるという分析もなされているのである。しかも、ヒトのすることに事故はつきものであるという大前提をまず認識することに、この報告と政策は立脚しているのである。

日本でも医療事故は最近大きな話題になっており、この米国の報告とほぼ同時期に日本学術会議は「安全学」の重要性を提言している。さらに日本学術会議はその機関誌である『学術の動向』2000年2月号ですでに「安全の特集」を組んでおり、私も児玉安司氏とともに「医療の安全」について寄稿しているが、まさに原稿執筆中に発表された米国医学研究所のこの報告に気がつき、インターネットで検索、検討し、これを引用している。

さて、この本はその続編ともいうべきもので、医学研究所による原著は、Crossing the Quality Chasm : A New Health System for the 21st Century と題され、「谷間を越えて21世紀システムへ」という和訳の副題になっている。

本書の要旨として、「安全性、有効性、患者中心志向、適時性、効率性、公正性」の6項目について、本来あるべき水準からみて明らかに劣っているであろうと認識し、改善目標を提案している。そして、今後3~5年間に毎年10億ドル(総医療費の約0.1%程度)の予算措置が必要であることを明確にしている。 また、医療サービス提供には以下の6つの課題をいかに克服するかが問われるとしている。

すなわち、
  ・慢性疾患、症状に対するケア、プロセスの再設計、
  ・臨床情報処理の自動化を通した医師相互間、患者と医師間のタイムリーなコミュニケーションの確立、
  ・医学、医療の知識の的確な管理運用と教育、研修、生涯教育の充実と評価、
  ・終始連携のとれた一貫性のある医療サービスを提供できるシステムの構築、
  ・チーム医療の有効性を高める継続的な努力、
  ・日々の業務に医療プロセスとその結果を測定評価する手段を組み込むこと、であるとする。

さらに、これらの医療改革には医療を囲む外部環境の改革が必要であるとしている。これらの医療を囲む外部環境とは、
  ・新しい医学、医療知識と技術を医療現場に浸透させるインフラ、
  ・情報技術のインフラ、
  ・診療報酬支払方式、
  ・医療従事者育成への支援、である。

これにつづいて、「21世紀の新しい医療システム」、「医療システムをどのように改善するか」、「医療の再設計と質改善に資する新しい原則」、「最初の一歩を」、「改革に向けた組織的支援の構築」、「医療サービスにエビデンスを反映する」、「情報技術の活用」、「質の改善に整合する報酬支払方式」、「21世紀医療システムに求められる医療従事者の養成」の9章において問題がくわしく論じられている。

このように総括的で、具体的、しかも短期的、長期的視点をもあわせ、予算についてもふれた総合的対策が出てくるところが、いろいろ問題はあろうがアメリカのすごいところであろう。

わが国の現状と比べると、政府の責任者たちは医療の安全は求めても、医療従事者への注文ばかりで、総合的な対策がとれず、総医療費を切り詰めることばかり考えている。これでは医療も患者も社会も泣けてくるというものではあるまいか。日本でも医療事故対策、卒後臨床研修義務化、医学教育改革、医療のマンパワー不足等々、問題は山積している。21世紀を迎えて、高齢化社会、モノあまり社会にあって、思い切った政策転換と、公共投資の土木から健康への転換が求められているのに、それができない。

この本はすべての医療にかかわる人たち、とくに医療政策にかかわる人たちにぜひ読んでいただきたい一冊である。


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