「医学生のお勉強」 Chapter6:医療経済(7)

昨今の医療費自己負担の増加等の議論を聞いていると
いかに医療制度の本質に関わる論点が抜けているかが、
よく理解されるのではないでしょうか
セッションのオリジナルタイトル/Healthcare System and Healthcare Economy

 

■生命倫理と延命治療

司会:
はい、じゃあ高額医療費について先生からご紹介いただいた資料の中でポイントだけ言います。全体からみて、ごくわずかな数の患者さんが30兆円の医療費の大部分を使っているけど、高額医療費制度があるので患者さん本人が負担するのではない。自己負担率を引き上げることで抑えられる部分というのは外来だけど、こちらは元々小額医療の範疇であるので、今言った高額医療を使っているごくわずかな人の分は減らない。そういう問題があります、という点。
司会者が言っていいのかな。僕が不思議に思ったのは、そもそもこれは問題なのかってこと。わずかな人がたくさんのお金を使う。ただ保険の本来の目的というのは、みんなでお金を出し合って病気のときにカバーしましょうということだから、わずかな人がたくさん使うっていうこと自体は問題じゃないんじゃないかと思うけどな。みなさんはどう思いますか?

井伊:
本当に必要な人に使うなら問題ないのですが。安楽死の問題は議論したんですよね。死にそうな人にどうしますか? 今だったら保険でカバーされる。
延命治療の話で、熊本に住んでいた私の祖母の話ですが、90歳過ぎてもとても元気にしていたのですが、100歳近くなって体調を崩して入院したんです。100歳のときに心臓が止まって、ICUに入れて心臓マッサージしたら生き返ったんです。元々元気だったから内臓も強くて、そのまま2年間意識がなかったんですが、点滴とかで102歳まで生きていた。そのとき私も母も思ったんですけど、それまでずっと元気でいた人だから最後にそういう状態はつらいだろうし、たとえもし意識が戻っても100歳でしょ。意識がない人を生かしておくのには月に何十万円かかるのでしょうか。私たちがもしそれを選択しなければいけなかったら家族で集まって相談したと思うんですが、母は何十年も一緒に住んでいない自分がそういうことを言うのも変だし、自分の母親を安楽死させるかどうか兄弟で議論したくないんですよね。もし月100万円かかって兄弟みんなで負担しなければならないなら、みんなで話し合って「生前は活動的な母親だったからこのまま早く逝かせてほしい」っていう意見もでたかもしれませんが、自分たちが負担しているわけでもないし、そういう話はしたくなかった。ものすごく医療費がかかっていたと思うんです。
みなさん安楽死や生命倫理について前回までに議論されていたので、それと医療費の話をつなげて考えてほしい。腎臓の病気とか、透析とかも高額ですよね。高額治療とは具体的にどういうものが高額治療なのか。それには延命治療とかいろいろなものが含まれている。それが102歳だったら決断しやすいけど、50歳だったらどうしようとか、そのへんはどうでしょうか? さっきの選択というところで、どこまで保険でカバーするか。自己負担をどうするのか。もっと国は補助すべきかという議論を国民みんながするべき。
紹介したホームページ(http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/resept.html)は「医療費の大半は少数の患者で使われています」というタイトルです。この人はレセプトを分析していて、レセプトでトップ1%の人たちが30兆円の総医療費の25%を使っている。そういう人のレセプトでみると、その中味はわからないんですが、1人の患者さんに対して月に500万円から600万円の保険の請求があるというのは、30兆円の中からそういう人たちの医療費を使っている。だから、外来の患者さんの自己負担を増やすとか減らすとか、そういうことでは医療費はたいして減らないんであって、高額医療の部分をどうにかしないといけないのではないでしょうか。

(黒川先生、ラボより戻る)

黒川:
国民皆保険ができた昭和36年の死因の1番は結核と脳溢血だった。自分が正しい行いをしていたってなっちゃう。よく効く降圧薬もなかった。それで健康保険に入ってから常に経済成長してきたから、自己負担が1割とか2割になっても、個人としても社会全体としても負担にならなかった。それから40年経って今になってみたら、疾患の主なものは、高齢化社会になってきたから例えば呆けとかアルツハイマーとか、若く死んだ人はならない病気が多いでしょ。それから生活習慣病みたいに、「体重が重いんだから減らせ」と10年間も注意されたって、体重を減らせる人は少ない。それで脳溢血になる、ということもある。でもその医療費はみんなのお金を使っているわけでしょ。それは今まで自己負担が少ない保険で来たから。さらに高齢者医療になって自己負担が少なくなるから、ジョギングなどをやれば健康でいられるのに、「身体に気をつけよう」というインセンティブがどこにもない。ということは、「もし病気になっても医療費が安い」と思うと、そういうインセンティブがきかない。例えば生命保険に入って、一番上の子供がまだ10歳かそこらで下に3人もいて、「契約者がタバコを吸ってる場合は、死亡保険金が少ない」といったら、お父さんは「タバコをやめるかな」と考えるじゃない。子供が大学を卒業するまで、というインセンティブがある。医療保険にはこれが全然ない。
そうすると100歳のおばあちゃんが入院する。意識もないのに、自己負担が少ないとなると、「どうしましょう?」とお医者さんに聞かれると、静かに逝かせてあげようかなと思うけど、家族は何を言うかというと、自分のせいにされたくないから「できるだけのことはお願いします」と言う。「この治療をすることはもちろん構いませんけど、だいたいいくらくらいかかりますか?」と聞いて、「毎月30万円から40万円」と言われたら、ちょっと考えるでしょう。「まあそこそこやってください」と言うかもしれないけど。「長生きしたんだから静かに・・・」となるかもしれないけど。でも自己負担が少ないうえにどんどん高齢化社会になったんだから、そこでみんな医療機関側に「よろしくお願いします」と。
自分たちで「どうしたい」ということを言わないのは、お金がかからないということでコミットしない部分もある。誰も悪者になりたくないんだから。だからこれが「お金がかかります」となったら、家族も考える。患者さんがいずれ死ぬかもしれないときの医療費で、若い人がサバイブしたときのバリューっていうのは、保険がカバーしてもけっこうあるかもしれないね。でも90歳の人に一生懸命お金をかけて治療して、透析も必要だといったらどうする? それでも家族は「お願いします」としか言わない。家族自身の自己負担がないし、罪の意識があるから。だからリーズナブルな理性的な判断ができなくなる。だけど毎年90万人死んでいて、そのうちの9割が医療機関で死んでるけど、その人たちの最後の1カ月の医療費をみると、年齢に関係なく総医療費の相当なものです。それをどうする?

――:
自己負担が少ないからこそ、経済的な面を考えたら誰でも治療を受けられる、っていう意味でいいんだけど。でも90歳のおばあちゃんだったら家族も決断しやすいと思うんだけど、若くてまだ生きられる、っていう人だったら、どこで決断するかっていうことが難しい。

井伊:
みなさんは高額治療とか延命治療をどう考えていますか?

司会:
自分が患者本人の立場なのか、家族なのか、医師なのかで変わると思うんですけど。

黒川:
ただ「家族の意思」というのがあるから、僕らが「どうしますか?」ということに対しては、患者さん本人とその家族がお互いにきちんと意見を交換して決めてもらわないと。最後は僕らが決めるわけじゃないけど、家族はお金がかからないからっていうと、「できるだけのことをしてください」って言いながら帰っちゃって、1週間もすれば誰も来なくなる。ああいうのはどうなのかね。で、医者に任せちゃう。それで何かあったら「手を抜いたんじゃないか」なんてね。

井伊:
たぶんそれは法律で決めることじゃないと思うんです。

黒川:
信頼の問題だね。

 

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■仲間たちの横顔 File No.27

Profile
私は、昔から人体に非常に興味があり、以前の大学では生理人類学を専攻していました。同時に家政・女子教育の分野では先駆的な女子大だったためジェンダーに関する考え方では、非常に影響を受けました。大学に入る以前は脳科学への興味が強かったのですが、卒業論文への取り組みなどを通して「疾患」に対する興味がわき、研究・勉学を続けるとしたら医学知識・技術の習得が必要不可欠であることを感じました。しかし医学部以外に中途半端に進学して誰かを頼り続けることもとても嫌だったので、医学部の学士受験の勉強と、就職活動を並行して行い、大学卒業後、1年就職をした後、こちらにお世話になっています。1年間の就職は私にとって非常に貴重な経験となり、上司や同期にも恵まれ、正直辞めてこちらに来るかどうか非常に迷いましたが、今は、お世話になった方々への恩返しも含め一日も早く一人前になれるよう、頑張ろうと日々過ごしています。

Message
普段、授業では触れられない、けれども医学・医療における私たちが考え、知っていなければいけない側面に触れることができて非常に価値のある授業だった。教室では何気ない挨拶しか交わしていないクラスメートの真摯な考え方に触れたことも発見が多かった。それにしても、個人の価値観の差は大きいものであり、十数名の学生同士でもこれだけの違いがあるのに、患者・医師という非常に微妙な関係の中で、患者さんの本意をどれだけ引き出し、どうわかり合っていけるか、今後医師として大きな課題になっていくなぁと深く思いました。

 

Exposition:

  • 延命治療
    生命を少しでも永らえることを第一の目的として施される治療行為。
  • ICU(intensive care unit)
    集中治療室。呼吸・循環・代謝等の重い急性機能不全あるいは外傷・火傷等の患者を収容し、24時間態勢で患者を監視しながら集中的に高度な治療を行うところ。

 

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