「医学生のお勉強」 Chapter6:医療経済(1)

昨今の医療費自己負担の増加等の議論を聞いていると
いかに医療制度の本質に関わる論点が抜けているかが、
よく理解されるのではないでしょうか
セッションのオリジナルタイトル/Healthcare System and Healthcare Economy

 

■from K.K.

横浜国立大学の井伊先生をお招きして、日本の医療制度についての医療経済からの分析と問題点の抽出、医療制度改革として何ができるのかを考えようというのがこのセッション。
昭和36年に導入された国民皆医療保険制度は経済成長とともに大きな問題を露呈しないままここまで来ましたが、高齢化社会と経済の低迷、疾病構造の変化と医療の進歩を受けて医療制度は大きな転換を求められています。利害の対立する抵抗勢力の排除と、国民の意識の変革なしにはこれらの改革はなかなか難しいことと思われます。しかし、改革しなければ医療制度も保険制度も破綻するのです。
昨今の医療費自己負担の増加等の議論を聞いていると、いかに医療制度の本質に関わる論点が抜けているかが、よく理解されるのではないでしょうか。
医学生も、30兆円のパチンコ産業とか、混合診療とか、このような日本の医療制度の現状と問題点を理解し、医療の改革への課題を理解するとともに、将来の医師として自分達にできることを考えてもらう、というのがこのセッションのねらいです。
セッションのオリジナルタイトルは「Healthcare System and Healthcare Economy」です。
 

■医療費30兆円=パチンコ30兆円の土木国家「ニッポン」

黒川:
今日の資料をみんな持ってると思うんだけど、もしなかったらここにあるからね。
ここにおられるのは横浜国立大学経済学部の井伊雅子先生です。
私は最初1時間ぐらいいたらちょっと失礼して、ラボに行ってまた帰ってくるけど。今日は最終回だから、終わったらここで1時間くらいパーティーをやるんでしょ。何か食べ物も用意しているの? 何か企画があるわけだね。じゃあ、そんなことではじめよう。
井伊先生、この授業では、学生さんはみんな必ずしゃべらないといけないんですから。

井伊:
いつもどういう形でされていますか? みなさんすでにeメールで連絡をしていますが、みんないろいろと読んでいるみたいですね。コメントを送ってくださった方もいらっしゃいますけど、いつも何か問題提起していますか?
では、簡単に私のバックグラウンドをお話しします。学部はICUで、開発途上国の経済に興味を持っていて、卒業後はアメリカの大学院に進んで、世界銀行という国際機関でしばらく働きました。そのうちに医療とか教育の側面に非常に関心を持ったため、途上国の医療経済を勉強して、世界銀行の仕事でボリビアとエルサルバドルに行きました。途上国で働いていると日本の医療についてよく聞かれて、そういう形で日本の医療に入ってきましたので、途上国と日本の両方の医療に非常に興味があります。

黒川:
誰か司会進行役しますか?

司会:
はい。それでは私の司会でやらせていただきます。どう進めましょうか。何かご意見はないですか? メールで何か提案をした方はどうですか?

――:
特にというわけではありませんが、井伊先生のほうから、例えば議論したいことをいくつか挙げていただいてからということで、どうでしょう。

井伊:
思いつきのような形で挙げたんですが、興味としては大丈夫でしょうか?

司会:
先生から議論したいという大きなテーマを4つ、メールの中でいただいてます。
1.医療費はもう少し増えてもよいと思うか
2.混合診療についてどう思うか
3.医療の非営利性について
4.高額医療費の負担について
ということで、ここからいろいろと話題が広がっていくのは自由だとして、だいたいこの4つで時間を見ながら議論を進めるということでよろしいですか。

井伊:
それでは1つめの「医療費はもう少し増えてもよいと思うか」から始めたいと思います。まず、日本の医療費が年間30兆円ということなんですが、30兆円という金額がピンとくる人は少ないと思うんですけど。日本の国家予算って80兆円ぐらいですよね。だからそれの半分近いというぐらいの金額なんですが、これは多いか、少ないか。少ないと思う人、手を挙げてもらえますか? 3人? どちらとも言えない? 増やすべきか、減らすべきか、自分の考えに沿ってどちらか選んでください。

黒川:
国家予算が80兆円くらいだけど、医療費として予算の計上がそんなにあるわけない。
GDPが、今、日本は500兆円。医療費がGDPの中でどれくらいかというと30兆円。それに対して借金は赤字国債と建設国債で毎年35兆円。

井伊:
500兆円の国内総生産の中で何が一番大きいか、わかりますか?

――:
メールでありましたよね。

井伊:
1番目が建設関係で、2番目が娯楽で、そのうちパチンコ産業が30兆円です。すごい数字ですよね。

黒川:
パチンコ30兆円って、本当にそうなんでしょ。

井伊:
パチンコ産業の正確な数字はないらしいですが、30兆円はたぶん最終需要。つまり総売上げのようです。

司会:
今、手を挙げていただいた方以外は、一応もっと減らすべきだと、そういうご意見ですね。それでは少ないからもっと増やすべきだという方はどうしてそう思うのか、どうしたらいいかっていうのを、どうぞ。

――:
これから高齢者の割合が増えてくるわけだし、医療費が上がっていくのが当然のことじゃないでしょうか。30兆円がどうかと言われたらわからないんだけど、もっと増えていいんじゃないかと思います。
一つは他の先進国と比較しても、30兆円はきわめて抑えられているとのこと。もっと増やしたほうがいいんじゃないか。

黒川:
数字だけ挙げようか。G7国でGDP比の医療費はアメリカが14%、ドイツが11%ぐらい。フランスが10%ぐらい。だいたいそんなものです。イタリーも8%くらいかな、あとはカナダが9.3%。それで英国とジャパンが一番低いんですよ。7%くらい。
だいたいアメリカ以外の医療制度っていうのは社会主義制度的なところがある。でも、僕が書いているみたいに、一番高齢化が進んでいるのはイタリーと日本なんです。フロリダリゼーションでフロリダみたいになってしまう(笑)。高齢者の人口比率が19%になるのは何年先か、というと日本とイタリーが一番早い。それで医療費が一番低いっていうのはちょっとおかしい。

井伊:
今日の資料の黒川先生の文献の14ページに雇用比較の統計があるけど参考になります。今、アメリカは景気が悪くなってきてますが、最大の産業はなんだと思いますか? これは経済学部の学生に聞いても答えられなくてがっかりすることがあるんですが。いろいろな考え方があると思うし、期待している答えがあるんですけど、でもなんでもいいです。

――:
保健でしょうか。

井伊:
いいですね。これを見てると産業別のGDP比とか雇用人口比とかそういう意味ですよね。アメリカは医療、保健衛生、社会福祉、これにはお医者さんとか看護婦さんだけじゃなくて、事務、保険会社、HMOなどでの雇用も含まれていると思うんですけど、アメリカの雇用人口の11.1%が福祉関係に就いている。だいたい学生は「コンピューターじゃないか」とか「半導体じゃないか」とか「ソフトウエアじゃないか」なんて言うのですが、「農業」なんて言う人もいましたけど。そうじゃなくてアメリカの最大の産業は医療。GDPに占める規模が14%。
一方、日本では資料でもわかるように、全雇用人口のうち建設が10.5%、製造業が21.1%。医療関係の雇用が300万人といわれていて4~5%で、この20年間ほとんど変化がない。

黒川:
日本の雇用人口は6600万人程度です。

井伊:
日本は土建国家とか土木国家といわれていて、どうしてそういうふうにいわれるかというと、ちょうどバブルが崩壊して景気をよくするためには公共投資をしなければいけないという国の政策があったからです。それで建設業の雇用人口は10年間だけで160万人も増えて、1997年には694万人です。
一方、製造業は日本が世界に誇るものですけど、雇用人口は1991年に1563万人で全雇用人口の20%ぐらい。その後景気が悪くなって、リストラで1996年には1450万人。5年間でだいたい110万人減少している。

黒川:
製造業はリストラしてるけど、土建屋さんは公共事業で土をひっくり返したり埋めたりしている。

井伊:
これが日本の現状で、やはりゆがんでいる。製造業は非常に国際競争力があって、今でもトヨタの車とかプレステ2とかは世界に通用する。で、建設業は建設国債で借金してまでやっている。それは選挙のときに「土建屋さんの票が強い」と言われていて、政治的なことが非常に大きい。残念ながら医療のほうは産業としてほとんど認識もされていない。
ちょっと話がずれてしまったのですが、日本のGDPの中で医療費というのは30兆円。

司会:
ほかにもっと増やすべきだというサイドからご意見はないですか?

――:
僕も考えてたのは今のと似ているんですが、日本はやっぱり土木国家といわれてて、景気をよくしたいときにはそっちにお金をつぎ込む。僕は車を運転するんですけど、この2月、3月ってすごくむかつくんですね。そこら中、土をひっくり返してて。あれをやる限り、この国はどうしようもないと思って。建設業にお金をつぎ込むのは、景気をよくする面もあるし、雇用を確保するのもあるんだろうけど。
だけどこのデータを見てもわかるように、逆にそんなお金の使い方をするくらいなら、そのお金を医療のほうにまわしたら、日本はきっとまだまだ雇用を作り上げるチャンスもあるだろうし、マンパワーも上がれば医療の質も上がるだろうし。という意味だと、僕は増やしたほうがいいかなと。

黒川:
なんでそれをできないの?

司会:
減らしてもいいんじゃないか、という意見の方で手を挙げなかった人もいるので、そちらからの意見を。

――:
基本的なことを聞きたいんですけど、医療費って具体的にどこからどこまでですか? どういう分け方なんですか?

井伊:
いい質問ですね。厚生省の公式な国民医療費推計のことですが、日本の場合だったら、差額ベッド代とか、大衆薬、正常分娩でのお産とか、保険でカバーされてないものは入っていない。でもアメリカの医療費を計算するときにはそういうものが入っているので、国際比較をするときに多少、違いがある。
あと日本で特徴的なのはお医者さんへの謝礼。日本は「いいお医者さんに高い価格がつく」というマーケットはないといわれているんですが、実際は謝礼を出したりする。そういうのは厚生省の公式データにでてこないので推定ですが、医療費全体のせいぜい多くても1%くらい。それを含めると、GDPに占める割合が多少増えるといわれています。
国民医療費は、支払った額の統計から推計しています。

――:
簡単に言うと、保険適応範囲内で病院に支払われているものですか?

井伊:
あと患者の自己負担の分とか。ほかに国の税金でまかなわれるものもあるので、税金の部分と保険の部分と自己負担分とがある。

黒川:
30兆円のうちだいたい自己負担が4分の1、国が出しているのが毎年税金から4分の1、残り半分が保険となっている。

――:
一つお聞きしたいんですけど、これから老人医療に重点がおかれてくるかと思うんですが、老人ホームを建てると国からお金をちょっと援助してもらえると聞いたんですけど、老人ホームはそういう医療費の中に入るのですか?

井伊:
老人ホームを作るときですか?

黒川:
それは補助金だな。だから医療費には入っていないかもしれない。一時金だから。

司会:
医療費っていうんだから、そういう建物とかは入っていないんじゃないかな?

黒川:
インフラを作っているんだから。

(黒川先生、ラボへ。一時退室)

――:
どうしてそういう質問をしたかというと、以前、人口が2万人ぐらいの小さい村で施設を作ったんです。私はその老人ホームで働いていたんですが、施設を作ったら病院への入院が減ったんです。精神障害の人の長期入院が減った。私はあまり医療制度に詳しくはないんですが、そうしたら国保の負担が減ったということがあって。もちろん施設を作るのにお金がかかったり、いろいろなことがあったんだけど、それもカバーするくらいの感じで国保の負担が減っていったと思うんです。

司会:
国保は減ったけど、新しく建てた施設にはお金がかかっていて、その建築費が医療費にカウントされているかどうかわからない、ということですか?

――:
それで料金がどこまで含まれるんだろう? って。それが一緒くたであれば増やすべきだと思うんですが、施設を作るほうのお金をカウントするのであれば、医療費を減らして、そういうのを作ったらいいんじゃないかな。医療費の内容によって随分意見として変わるかな。

司会:
さっき来たお二方、今、日本の医療費が年間30兆円らしいんですけど、それが高いか安いかという話をしています。それぞれみんな高い、安いの基準が違うと思うんですよね。僕は鈴木厚先生の『日本の医療を問いなおす』の本に「パチンコ30兆円だからもっと払ってもいいんじゃないか」とあるのを見てヘンだと思ったんですが、パチンコと医療を比べるのがそもそも無理な話で、それは馬と羊はどっちがかわいいかというのと同じになってしまうと思う。例えばGDP比でどうだとか、それぞれ基準があると思うんですが、何をもってして高いと思いますか? 安いと思いますか? そう思うお考えは? 金額は別としてもっと使ってもいいんじゃないかとか、もっと減らしてもいいんじゃないかと、そういうおおざっぱな話をしていたんですけど。

――:
私は国民皆保険を続けるなら今のままでは足りないと思う。だから医療費自体を増やすべきだと思います。

――:
私もそう思いますが、個人的に言うと国民皆保険と一緒くたに考えたら30兆円は少ないと思いますが、自分ではそれほど医療費を使っていないので、今、自分が払っている医療費が安いとは思わない。

司会:
全体としては?

――:
全体的に平均して分割されるなら足りないと思うけど、実際に医療費を使う人と使わない人がいるじゃないですか。私は個人的にあまり医療費を使っていませんが、もっと医療費をカバーしてもらいたいと思う人はいらっしゃると思うので、全体として考えると、パチンコと比べられるほどの金額であれば、おそらく少ないんではないかと思います。

司会:
他の意見は? もっと少なくしていい、というご意見はありませんか?

――:
ここ2日くらいパチンコに行って2、3万円払ってしまったので、自省の意味もこめて医療費に貢献したかったなあ、なんて。ちょっとインターネットを見たら1人当たりの医療費は21万円とか、そのくらいなんですよね。
 

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■仲間たちの横顔 File No.24

Profile
私は、東海大学に入学した年の3月まで、文学部で英語学や英文学を専攻していました。前の大学に在学中、アメリカの大学に交換留学する機会があり、その大学において生物学科の「biology of cancer」を履修したことが医学に興味を持った1つのきっかけになっています。医学という分野は、理系の分野でありながら、多様な価値観を持つ患者さんの心理を理解しながら治療を行うといった文系的な面も重視されるので、自分のバックグラウンドを活かし、私なりに医療に少しでも貢献できたらと考えています。

Message
普段の学生生活では、一人一人の倫理感に関わるような深いことをじっくりと話し合うことがあまりないので、今回の授業は良い勉強になりました。また、普段なかなかお話をする機会を持てない黒川先生のお話をたくさん聞くことができたのもとても良かったです。カリキュラムにもう少し余裕があれば、今回のような話し合いを行う時間をもっとたくさん持ちたかったです。しかし、今後もいろいろな文献を読むことで、自分なりに今回のテーマに対する考えを深めていきたいと思っています。

 

Exposition:

  • ICU(International Christian University)
    国際基督教大学。1953年4月、日本において最初の4年制教養学部(リベラルアーツ)大学として発足。
  • 世界銀行(The World Bank)
    一般に国際復興開発銀行(International Bank for Reconstruction and  Development: IBRD、1945年設立、出資加盟国181)と国際開発協会(International Development Association: IDA、1960年設立、出資加盟国160)の2つの機関を意味し、各本部をワシントンD.C.に置く。途上国の経済・社会発展、生活水準の向上、各国の自助発展を支援するための主な活動として、貸付・融資(通常IBRDでは貸付、IDAでは融資と呼ぶ)、技術協力、調査・研究などを推進している。IBRD貸付の原資は、資本市場からの借入、加盟国からの出資金、留保利益、IBRD貸付金の回収で賄われ、そのうち市場での借入が最大の資金源となっている。
  • 高額医療費
    医療保険における被保険者及びその家族の自己負担額が一定限度額を超えた場合に、超えた金額を申請によって医療保険から払い戻す制度。ただし入院時の食事に伴う標準負担額は対象とならない。現在の限度額は月額6万3600円。
  • GDP(Gross Domestic Product)
    国内総生産。国民総生産は国の内外を問わず同一国籍を持つ国民によって生産され稼得される最終生産物の価格額であるが、国内総生産はその国籍のいかんにかかわらず同一の政治的領域の内部に居住する人々によって生産され稼得される最終産物の価格額を意味する。一般に国内総生産は一国民経済の景気変動や経済成長を問題にするときに重要。
  • フロリダリゼーション
    アメリカでは退職後、気候の温暖なフロリダ州へ移住して余生を過ごす人も多い。その結果、高齢者の地区内人口に占める割合が高まることをいう。
  • HMO(Health Maintenance Organisation)
    アメリカの保険会社(HMO)は、患者が受けた医療サービスの量にかかわらず、患者1人当たり疾患群別に定額を医療機関に支払う。医療機関は一定の収入の中から利益を出して経営を維持するためにコスト削減を余儀なくされることになる。
  • 雇用人口
    一国で所得を得るために労働している者と労働しようとしながら仕事についていない者の総数を雇用人口という。
  • 国民医療費
    国民医療費は、公費負担制度によって国または地方公共団体の負担する「公費負担医療給付分」と医療保険制度・労災保険等の給付としての「医療保険等給付分」、老人保健法による医療としての「老人保健給付分」及び家計からの支出である「患者負担分」に分けて推計を行う。

 

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