「医学生のお勉強」 Chapter5:医療事故(3)

医療事故では皆が loser〔敗者〕であり、winner〔勝者〕はいません
セッションのオリジナルタイトル/Patient Safety and Medical Accidents

 

■厚生省もマスコミも現場を知らない

――:
僕もそんなに昔から医療事故に対して興味を持っていたわけじゃないですが、マスコミは昔から医療ミスに関心を持っていたとは思うけど、特にここ数年多いですね。それはそういう傾向にあるんでしょうか。キャンペーンじゃないですけど。

――:
基本的に医療と教育を叩いておけば、マスコミはつぶれることがないから。

――:
いわゆる聖職者的イメージがある人たちだから。一般的なイメージとしてはミスをしない人間というイメージだから、それに反するとうれしいんじゃないですか。

――:
マスコミの人たちはあまり医療のことを知らないのではないでしょうか。割合的に理系の人とかあまりいないし。
病院のデータの解釈がわからない人に、「この病院に行くと殺される」と言われる前に、ちゃんと医者の側が「こういう解釈がある」ってことを教えてあげないと。医者の側ももっと一般の人たちに訴えるとか、情報を公開して、こっちからも働きかけないと。一方的に知らない人にむちゃくちゃ言われると悔しい。

――:
医学生でも医者でも、「訴訟とか、マスコミとかがすぐでてくる」ということ自体がすでに非常に怖い。医療従事者にとって本当に一番怖いのは自分の医療行為によって患者さんが亡くなったり、患者さんに危害が加わることですよね。でもたいてい怖いっていうと、マスコミや訴訟のことが最初にでてくる。そういうマインドになっていること自体が怖い。
医療の場合は「1%」の重みを考えないと。数字の解釈でも、その業界によって数値の見方を変えないと。マスコミの中では1%は銀行でも病院でも同じに考えている。他の業界と比べても医療は命にかかわるから重みがあると思う。

――:
昔はお医者さんは間違えないというのがあったけど、事故が起きてきたことで、「医者も人間だった」という見方がみんなにでてきたように思ってます。今、医療事故がマスコミに取り上げられるのはみんなの関心が高まってきているからだと思う。
どんどん高齢社会になってきて、なんらかの病気を持っている人が多くなってきたってことではないかと思います。関心が高まるのは非常に良いことだと思います。医者にかかるときに、自分は必ず治ると思わないで疑ってかかる。「診断が本当にそれでいいのか?」って。自分が納得できなかったらほかの医者にかかるとか、医者が絶対ではないと思ってほしい。

――:
ちょっと医者の評価を下げてくれと。「医者にミスはない」という考えを無くしてもいいのでは。

――:
僕は逆に今のマスコミの論じ方だったら、お医者さんがマスコミにでていって謝って終わりなわけだから、依然として医者の絶対性っていうのは、逆に失われないんじゃないかと思う。

――:
これだけでてくるというのは今に始まった話じゃないし、最近は報道される機会が増えたってことで、どこでもあるんだなあって。

黒川:
今までは泣き寝入りしていた? 医者には言えない? それは神奈川県警も同じじゃない。今までもきっといくらでもあったと思う。今まではポリスは怖くなかったんだけど、今はお巡りさんを見たらやばいと思えとか。県警はシステムとして問題があった。県警の特にエリートの間で。JCOとか、雪印、三菱自動車も同じ。三菱自動車なんて、社長は「知らなかった」って言っていたけど、30年もやっていたんだから知らないわけないよね。ああいうことを平気で言う。

――:
本当に日本は医者余りの状態なんですか?

黒川:
僕はそんなことはないと思う。患者さんからみると「3時間待って3分診療」だから、医者が足りないと思っているんじゃないかな。

――:
もっと、倍ぐらいいてもいいような気がするんだけど。

――:
だから年配の人も当直をやってくだされば、ある程度人数は足りるような気がするのですが。

――:
医者は足りてるけど、お金が足りないんじゃないか。

黒川:
お医者さんが1人増えるごとに、年収から考えて「医療費がかかる」という話を役所はするわけ。それは30兆円の医療費を守ろうとするからそういうことになる。それに常にフルタイムで終身雇用と考えるからそういう計算になるんでね。そうじゃない。今高齢化社会になってきたけど、女性しか子供を産めないんだから。お医者さんの35%は女性なんだ。子供を産んでいるときにフルタイムで女医さんが働けないのは当たり前なんだから、もっと医者を増やせと。やっぱり女性のお医者さんが子供を育てるときには、「50%ぐらいで仕事をしようか」と思っても、それでもいいんだよ。そういう計算をしてくれないと。男性のお医者さん1人に対して、女性のお医者さん1人のライフタイムが日本では0.9なんて言っているけど、そんなことない。0.9とか0.95とかでは女医さんは子育てとキャリアの両立なんてできない。みんな女性に遠慮して言えないんだけど。女性しか子供を作れないんだから。イギリスは新しく卒業してくるお医者さんのうち50%が女性。50%超えてるのかな? だからイギリスは、「お医者さんが足りない」って言っていて、今、増やそうとしている。
もう一つまずいのは、地方の過疎地にはお医者さんがいないんだよ。でも都市にはたくさんお医者さんがいる。新人のお医者さんに、「過疎地に行ってくれ」っていってもそれは無理な話。だから僕が言っているのは、そういうところでお医者さんが足らないところにはお金を出しましょう、と。どういうことかというと、医学部の学費を奨学金にする代わりに、卒業したら例えば研修で2年間だけ無医村に行くとかにしちゃおうかな? って今考えている。全体としてのお金とか、マンパワーのニーズがあるじゃない。一人ひとりのお医者さんに、「そういうところに行ってくれ」っていったって無理だよ。何かインセンティブをつけるプログラムにしないと。
看護婦さんも増やさないと。特にうちは小児科で医療事故が起こったでしょ。うちの小児科で事故が起こって亡くなった赤ちゃんがいたところは、乳幼児病棟でしょ。そういう病室には中学生がいるわけないじゃない。乳幼児のいる病室っていうのは、お母さんたちが夜一緒に付き添っていれば別だけど、子供たちは夜ナースコールなんて押せないし、自分で何も言えないんだから、もっと看護婦さんがいないと困るわけでしょ。しかも幼稚園とかの小さい子供は男の子も女の子も同じ病室でもいいけど、小学校なら男の子と女の子と別々でしょ。そういうところに他の病棟と同じように看護婦さんを配置しているわけ。うちは多くしてるけど。それでも自分で何も言えない乳幼児の患者さんがたくさんいるわけでしょ。昼間はいいけど、夜はもっと看護婦さんを増やさないとかわいそうじゃない。「お母さんがついていればいい」といっても、お母さんだってほかに2人も3人も子供がいる人もいる。だから「小児医療にはもっとお金を使え」と言ってるんだけど、厚生省もマスコミも現場の状況をよく知らないんだ。そういう現状を。

――:
事故が起こったときの記者会見では、そういうことをおっしゃったのですか?

――:
例えば先生がそのような考えをお持ちなわけですよね。

黒川:
そういうときはひたすら謝っているのが日本のカルチャーだから。

――:
それは場所を変えて言うべきだと思うよ。

黒川:
そのことを事故の記者会見のときに言うのは、言い訳としか聞こえないから。

――:
そのときじゃなくてもいいと思うんですけど、でも事故のときが一番関心が集まってるんじゃないですか。

黒川:
そう、だからやり方を考えてるんだけど、マスコミの有力な人を今度小児病棟に連れてこようと思ってるんだ。

――:
あるテレビ番組で、「小児科は1本注射するにも子供が泣いたりするので、普通の大人の3倍、4倍と時間がかかって大変だから、もっと小児科にお金をかけなければいけない」って言っていました。

黒川:
それをどういうふうにしたら実際の政策に取り入れていけるかというのには、けっこう難しいプロセスがある。それを要求するためには、もうちょっとパブリックなオピニオンが次々とでてこないといけないんで、マスコミは医療事故よりも、本当はそういうことを書かなくちゃいけない。
小児科は医療費がたくさんかかるでしょ。だから厚生省は2年前に小児科の保険点数を上げたんだよ。この前、審議会でそういうことを言っていた。でも、私は「冗談じゃない、逆だ」って言ったの。小児科の点数を上げるということは、小児は保険の本人じゃないから負担する額が増えるだけじゃない。わかる? 小児科の先生が同じことをしても収入が増えるように保険点数を上げたけど、30%は自己負担でしょ。「小児科にくるような患者さんの親っていうのはまだ若い人たちで、自己負担が増えるのは非常にマイナスだから、そういうのは逆だ」って言ったの。厚生省も一生懸命考えてやるんだけど、現場を知らないから気がつかないんだ。だから現場からそういうことを言ってあげないと。「小児科のお医者さんが大変だから収入が増えるようにします、というのは間違ってるんじゃないか」って言いました。それに看護婦さんも4対1とか3対1とかいってるけど、小児科は看護婦さんをもっと増やさないといけない。
だからお医者さん側だけじゃなくて、やはり国民みんなが問題を共有して意見を形成していくことが大事ね。マスコミもサラリーマンだから、センセーショナルな記事を書かないと自分が出世しないんだから情けないよね。「生活欄」とかはそういうのがない。朝日新聞の生活欄は「医療と福祉」をテーマに取り上げていて、東海大学の事故があったときに僕が話したことも書いてくれたんだ。「事故があったときに患者さんもそれを言えるような第三者機関を作るべきだと言っています」と書いてくれたからよかったんだけど、生活欄だからね。社会面だと違った取り上げ方をするよね。
やっぱり僕らはいつも外へ意見を言っていないと。プレスの人たちはスポークスマンと一緒でね、現場の人じゃないから問題がわからないでしょ。医師会の講演会でも、「なんで警察に届けるの」、「なぜ私が頭を下げるんだ、テレビの前で」って、「こんなことは異常ですよ」って話をすると、みんなが「そんなもんか」と思い始めるじゃない。それが大事なんだよ。

 

>>> 情報とリスクを共有して、パートナーシップの医療をしよう

>>> Indexに戻る

 

■仲間たちの横顔 File No.21

Profile
経済学部卒業後、金融関係に5年間動務。1年問ボランティアなどの活動を経て自分が真に興昧を持っていた医学の道に進むことを決意。学士入学に合格し、現在に至る。

Message
折角の週末に授業があるならばせめて有意義な授業を、と思い、だめもとで黒川先生にお願いして始まったこの授業。初めての試みのため、試行錯誤の繰り返しではあったが、みんなの意見を聞く良い機会であった。入学してまだ日が浅かった当時、日常会話でこのようなテーマについて真剣に話し合うことはどこか気恥ずかしかったものである。今回の授業はその風潮を破るきっかけとなった様に感じる。また、このセッションでは幅広いテーマについて話し合ったが、毎回色々な意見に出会うことができた。これは、多種多様な経歴を持つ人が集まるこの学校ならではの特徴であると思う。いずれのテーマも結論は導き出せなかったが、結論に達することよりも、考えること、興昧を持つこと、問題意識を持つこと、そして自分なりの考えを持つことがこの授業の目的だったと思っている。この授業で学んだことを忘れずに、“医者の常識、世の非常識”にならないように気をつけたいものである。

 

>>> 情報とリスクを共有して、パートナーシップの医療をしよう

>>> Indexに戻る