「医学生のお勉強」 Chapter5:医療事故(2)

医療事故では皆が loser〔敗者〕であり、winner〔勝者〕はいません
セッションのオリジナルタイトル/Patient Safety and Medical Accidents

 

■みんなが話しやすい第三者機関でなければ意味がない

――:
医療事故とかを扱う病院の枠を超えた、第三者的な機関があればいいなと思う。私は自分自身がミスしそうで心配なので。昨日テレビでもそんなドラマをやっていました。

――:
僕は第三者審査機関がないか調べたんですけど、「医療事故調査会」というのがあって、それは医師でほとんどが構成されているんですが、その人たちが第三者的に一つひとつ医療事故を鑑定していて、鑑定した数が99年で面談依頼234件、面談終了94件と。これが多いかどうかわからないのですが、年々増えているんです。

黒川:
八尾病院の森さんがやっているのだね。そういうのって、表面的にはでてこないモチベーションがあってやってるということもある。そのへんに気をつけないといけないんだけどね。彼は医療事故が専門と言っている。それをするのはいいんだけど全体としてどうしていくかがすごく大事だね。
今の制度ではすぐに保健所に届けるわけ。保健所より先にマスコミとかいろんなところから漏れて、厚生省とか保健所がまったく知らなかったということになると、行政官が処分をしてくるというか、いじめをしてくることもあるかもしれない。過失致死とか過失傷害ということもあるから、その次に所轄の警察に届けなくちゃいけない。患者さんには常に事故のリスクがあるから、その患者さんに一番接している医者や看護婦さん、つまり自分たちが一番ハイリスクになる。例えば隣の人の薬を間違えて渡してしまって、それが胃薬のような影響の少ない薬でもいちいち警察に届けるとなると、罪の意識も感じるし。もしかしたら捕まるかもしれない、捜査が入るという話になると、やっぱりびびっちゃって次の日から診察ができなくなるよね。警察に届けるっていうことも非常におかしい。日本独特のカルチャーだよ。それを僕は話してるんだけどね。
だけどお医者さん自身が、「事故がありましたよ」と届けることは、もちろん患者さんには言いにくいし、病院にも言いにくい。患者さんもお医者さんや看護婦さんに問い合わせにくいよね。でもあなたが言ったような第三者機関があって、そこは警察じゃないし、役所でもない。患者さんから問い合わせがあれば、そういうところが病院にコンタクトをとって、「調べさせてください」っていうことで調べる。そこでどんどん話をできるようにする。どう見てもミスだったら、「これはやっぱり刑事事件になるから」ということで、警察に上げるプロセスとかを作れば、お医者さんも患者さんもお互いにもう少し簡単に報告できるし、いいんじゃないかな。

――:
今だったら患者さん側も裁判にすればお金も時間もかかるし、なかなか進まないじゃないですか。もし医師会とかが作った第三者機関だったら、裁判官は医学的なことには素人だけど、全員が医者だったら、もっと早く審議が進む。医師会でそういう機関を作って、そこにお金をプールしておく。裁判では損害賠償にまでならない、完全な過失とはいえないケースだけど、やっぱり医療機関が悪かったなというときでも、ちょっとお見舞金を渡したりとかしたほうが、医者も刑事処分じゃないし、患者さんも早く救われるし、って思うんだけど。

黒川:
医師会が作るとバイアスがかかるかもしれないから、ニュートラルなところで第三者機関を作るといいね。損保会社とか。でも同じミスをくり返すお医者さんはいるわけで、保険会社はそのたびにお金を払っているわけ。だけどそういう医者を公表していない。だからみんなは知らないけど、損保会社は知っている。例えば医療事故で国立大学病院が敗訴したときに1億4000万円を支払うとすると、これは税金で払っている。だから国公立病院は医療事故を起こして謝罪しても、また同じことをする可能性は、私立より高いかもしれないね。

――:
国公立のときは税金が払ってくれるけど、損害保険に入ってないと私立とか開業医だったらつぶれますね。

――:
ミスを犯した人は国公立大学では教育効果が少ないとおっしゃいましたが、例えば事故の当事者は私立と国公立の場合では、職務を続行できるかどうかという部分の差はあるんですか?

黒川:
それは場所によって隠蔽体質があるんじゃないの?

――:
誰がミスしたかを公表しないから。

――:
私の祖父が手術をしてすでに病室に戻っていたのですが、実は麻酔をさますときに笑気ガスが入っていたそうです。医者だった父が病室ですぐに気づいたのですが、「笑気ガスが入っていたということは退院した後で家族に言った」と言ってましたけど。
麻酔の事故は普通は酸素しかないのですが、1つだけ笑気のボンベが置いてあって、口も合っちゃうから全部コネクターがうまくつながってしまって、患者さんに麻酔のガスが流れてしまうことがあって。だから形が絶対に合わないようになっているし、麻酔のガスも何種類もあるのですが、補給するときも専用のチューブじゃないと合わないようになっている。こういう単純なハード面の工夫っていうのも本当に大事だし必要だと思う。

黒川:
チューブとかの色を変えることによって、間違える確率は1000回に1回とか、2000回に1回になるのかもしれないけど、全国で1か月に1万回行われていたら数回は間違える。それでもミスは起こるんだから。それに対して、「看護婦さんしっかりしろ」「お医者さんしっかりしろ」と、「精神力で」ってみんなが言ったって、それには限界がある。「精神力で」っていうなら、「週に50時間以上働かないようにさせてください」って言いたくなるじゃない。

――:
そうですね。僕は会社勤めをしていたとき、この手のリスクマネージメントはなじみがあったんです。事故があるとその対策をやりだまにあがったなんとか部長がやっているんですけど、ヒヤリハットとかその手の類のことがほとんど。2人で確認しあいましょうとか、そういった人の行動に頼る、注意力に頼る、精神力に頼る、ということには限界がある。例えば事故の件数が1%だったものが0.95%になったとか、それぐらいの効果ですね。効果はあるけれども劇的な効果はない。減らないよりはいいですけど。

黒川:
だから小さいミスのうちにそれをフィードバックして、よりミスを起こさないようにしなくちゃいけない。それがシステムでありトレーニングでしょ。例えば静脈注射で採血するのにズブッといった、というミスはけっこうあるわけでしょ。事前に「それは100回に1回はあるかもしれない」という話をしておけばいいけど。だってそれでうまくなっていくわけじゃない。やっぱりお医者さんにしろ看護婦さんにしても、スキルアップのためにはある程度プラクティスがいるわけでしょ。プラクティスは人形ばかりでやるわけにはいかないから、あらかじめ患者さんにその話をして、どういうふうに共有するかがものすごく大事だね。患者さんに「ミスだったよ」と言われたら、「それは申しわけなかった」と言って、今後はしないようにするというシステムを作っていかないと。「これは手術しないと助からないけど、手術のミスはこれくらい」と最初から言っておけばさ。「私に任せなさい」なんて言って亡くなったりしちゃったら…。いいところを見せるのはいいけど、やっぱりそういうことがある。
医療っていうのはお互いに常にリスクがある。うまい人でもこれくらいのミスをする。ミスが致死的にならないように、そしてある程度起こらないようにするにはどうすればいいか。それをみんなで共有の情報としてやっていかないと。医療だけじゃなくて、人間にはみんなついうっかりというミスがある。それが起こらないようにしたい。

――:
一つはなぜ起こったかという分析と、起こらないようにするにはどうするか考えることが大事ですよね。

――:
先生もちょっとおっしゃいましたが、ちょっとしたミスを訴えられるんだったら怖くて言えないけど、2年ぐらい前に雑誌で見たのですが、アメリカでは罰しない代わりに、「なんでも言いなさい」というシステムを確立したそうです。大きな間違いはいずれにしても報告されるでしょうけど、ちょっとしたミスとかを報告できるようにするには、報告者が言いやすい環境が必要だと思います。

黒川:
アメリカの報告によると1年間で医療事故で死亡する事例といわれているものが、はっきりわからないけど4万4000。別の調査では9万あると。アメリカのほうが多いか、日本のほうが多いかという判断になるんだけど、日本とアメリカと同じくらいの比率だとするとアメリカと日本の人口比は2対1だから、日本では2万2000から4万くらい医療事故といわれるものによる死亡があるとする。例えば半年生きるはずだったのが、あることが起こったから3カ月で死んじゃった。そうすると1日に100人は死んでることになるよ。100人死んでいるってことは、大きな病院のほうが多いのかもしれないけど、相当な数なんじゃない? 今言ったのは「死んだ」ということだから、去年医療事故として報告されたのが300なんていうのはとんでもないことになる。アメリカのこの報告の提言は、「医療事故死を0にしようというのは無理だから5年で半分にしよう。そのためには100億ドルかけてなんとかしよう」っていう話で、調査機関が調査して分析する。あなたが言ったように、事故をリポートすることで免責をする。それで、どうしてそういうことが起こるかをもっとシステマティックに分析する。それによってどうすればいいか、という共通の認識があるわけじゃない。
対策をいろいろと言っている人たちはいるけれど、「先生の病院はどうなのか。その事例がどうだったか、ということをみんなに教えてよ」って言ったんです。「こういうことをしたから半分に減りました」と言ってくれなければ、誰もその経験を生かせない。でもそういうことは怖くて言えないんじゃない? 「そんなに事故が起こってたの」と言われると困る。やっぱり警察に届けるっていうことはおかしい。だからあなたが言ったように「第三者機関を作ろう」っていう話が、今でているんだけど。「とにかくどんどんそこに報告しなさい。患者さんも来なさい」ということで窓口を作る。そこにカルテとかを取り寄せたりして調べる。お医者さんも意見は言えるんだけど、決めるのはお医者さんばかりだけじゃまずい。司法の陪審員制度ってあるでしょ、最近でてきたでしょ? こういう医療事故こそ陪審員制度がいいんじゃないか、って気がするんだけど。普通の人がどういうふうにジャッジするか。

――:
第三者機関を作ろうとすると、おそらくお医者さんはほこりがどんどんでてくると思うので、お医者さんのほうがそれをプロテクトするようになるんじゃないか。

黒川:
だから医師会だけがやっているとそういうことを思われるから、もうちょっとみんなが参加できるようにする。
さっき言ったように看護婦さんと研修医が一番リスクがあるじゃない。一番患者さんに接していて日常的になんかしてる可能性が多いから。

 

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■仲間たちの横顔 File No.20

Profile
他大学の文学部哲学科を卒業後、約2年不動産会社に勤務。医師という職業にやり甲斐を求めて転職を決意。浪人の後、東海大学へ2年次編入。現在、自分の適性を見極めるべく奮闘中。

Message
医療の抱える社会問題に触れ、さまざまな意見を視野に入れながら、こちらの主張を社会にアピールすることの大切さを感じました。とは言え、情けないことに目前の勉強に精一杯で遠く及ばないというのが現状です。しかし、これからの医療を支える者としての使命感を持ち、これからも模索して行こうと思います。「現代文明論」は本来、一般教養のひと講座にすぎず、社会人経験のある私たちがもてあましていた科目でした。そうした訴えが聞き入れられ、多忙を極めていらっしゃる黒川医学部長を囲んでの討論が実現しました。充実した時問を過ごせたことを感謝しています。

 

Exposition:

  • 医療事故調査会
    1995年設立。医療事故の鑑定を柱に活動している医療従事者の団体で、弁護士からの依頼で客観的な調査、評価を行い、面談、鑑定意見書の作成を行う。
  • 森 功
    1940年生まれ。大阪市立大学医学部卒業。現在、医療事故調査会代表世話人。医真会八尾総合病院院長。著書に『診せてはいけない』。
  • 笑気ガス
    ガス麻酔薬の一種。吸入させると、ひきつった笑い顔になることから「笑気ガス」といわれる。
  • ヒヤリハット
    最終的に事故にならなくとも、あと一歩で事故につながりかねなかった事例を互いに報告しあう事故予防対策のための手法。「ひやり」としたり、「はっ」としたりするのでこの名がついた。
  • 陪審員制度
    専門の裁判官とは独立して、市民から選出された陪審員が評決を下すこと。英米に見られる司法への市民参加制度。

 

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