「医学生のお勉強」 Chapter3:生殖医療(3)

個人の希望や要求に対して医師として倫理観が問われる
極めて重いテーマです
セッションのオリジナルタイトル/In Vitro Fertilization And Gene Technology

 

■親子の関係と社会の関係はどこへむかうのか

黒川:
また一つは婚外子の問題もある。婚外子は日本で約2%になっているけど、ヨーロッパとかアメリカでは30%くらいいる。北欧では子供の半分は婚外子。しかも女性も高学歴社会になってきて、仕事も充実して経済的に安定してくると「別に結婚はしたくないけど子供はほしい」っていう人がけっこういると思うんだよ。特に女性でばりばり仕事をしている人が、「私、なんか寂しいからって結婚するのはばからしいけど、私の優れた遺伝子だけは残しておきたいわ」って。そういう別の意味でのチョイスがたくさんでてきたのと、今、やっぱり結婚の形態とか男女の関係がどんどん変わってきている。イギリス、アメリカ、ドイツなどでは、同棲していて子供ができても子供を育てる社会的基盤があって、そのニーズもある。世界がだんだんそういう世の中になってきちゃうんじゃない? だから北欧なんかもっと進んでて婚外子が半分でしょ。それで社会にすごく影響があると思うかもしれないけど、北欧がすごく変な国になったわけじゃない。スウェーデンは一次出生率が下がってきてたけど、どんどん上がっている。今特殊出生率が1.7くらいになってきた。日本は1.4切っている。女性だって「できれば子供を作りたい」といっても、一生結婚に縛られたくない。男性だってそうなんだし。

――:
アメリカでドキュメンタリーみたいなものを見たんですが、アメリカには「シングルマザー・バイ・チョイス」なんていうのがあって、「働いていて結婚には縛られたくないけど、でも子供は欲しい」っていう人たちでアソシエーションを作っているそうです。その子供たちのために、「あなたたちはお父さんは誰かわからないけど、お母さんにすごく愛されていて、望まれて生まれてきた子供なんだ」というストーリーで絵本を作って、小さいときからそういうふうに教え込むことが、その組織の活動内容のようです。問題はその子供が大きくなって、自分のアイデンティティーがわからなくなってきたとき。だけどそういうアソシエーションがあるからお母さん同士で相談できますが、日本だったらちょっと抵抗があるかもしれない。

黒川:
でも最近そういうのも増えているでしょう。すごく辛いけどがんばろう、っていうパイオニアスピリットというか。最近シングルマザーも増えてきたから。だけどそれをサポートする社会的基盤がない。

――:
一つきっかけがあって増えてきたらいいけど、最初になる人は大変。私はシングルマザーとか反対じゃないし、別にいいとは思うんです。ただ、自分は望まれてうまれてきたっていうことを、子ども自身がきちんとわかっていないと。それに子供のこれからの人生についてお母さんは責任を持たなければいけないし、問題になってくるのはその子供が大きくなって結婚を考えたときに、血のつながりがある人と結婚をしてしまう可能性というのもあるわけだし、遺伝的な問題とかは知っておかなければならないと思う。だからお母さんは独りで産んで、独りで育てることはいいけど、「父親は誰か」ということをちゃんと言ってあげないと。子供に教えておいてあげないと。そうじゃないと、ちょっと問題があるんじゃないかな。

――:
「父親が誰か知る」ということの例として、アメリカで人工授精で生まれたある子供が遺伝性の腎臓病があるってわかって、そのときに初めてその子の遺伝上の父親が精子ドナーであることがわかった。その子の遺伝性の腎臓病を治すのに父親であるその精子ドナーの病歴を調べなければならなかった。だけどドナーは身元を隠しておきたくて、自分のプライバシーだから知らせたくない。プライバシーの問題から協力を拒否して、結局裁判になった。「ドナーのプライバシー権および医者と患者の秘密事項は保障されるべきである」って判決。だから遺伝性の病気になってもドナーを知ることができない。

――:
それを自分に置き換えて、自分がその子供だと考えてみたら、私も父親が誰かを知る権利は一番考慮されるべきことだと思う。相手が誰かわかっていれば調べようがあるけど。例えば相手の親兄弟を見ればわかる事もあるけど、精子だけ持ってこられても何も見えない。そのリスクが怖いから、それを背負ってまで体外受精をすることは、私は個人的には選択しないと思う。

――:
問題がわからなくなりがちですが、不妊治療を受け入れる人っていうのはそれぞれになんらかの問題があって、子供が欲しいけどできないという状態。それを解消する手段として、例えば精子ドナーから提供してもらう。あるいは卵子を提供してもらう。
今僕らが話していることは、遺伝的に非常に近い2人が結婚してしまって将来その子供が障害を持つ可能性が高いのではないかとか、あるいは子供が遺伝的な病気を持って生まれてきた場合に実の親がどのような病気を持っているか、そのデータだけあればいいっていうことじゃない? 「誰?」っていうのはいらない。名前を特定する必要はない。この精子はこういう遺伝的配列を持っているという情報があればいい。人を特定すると、感情的な話が入ってしまう部分があるから。

――:
遺伝って、持っていても発現しない部分っていうのがたくさんあるじゃないですか。だから誰かは別にわからなくてもいいけど、自分の卵子とマッチングさせる精子を本気で探すときに、私はその人とその人の親兄弟は知りたいとは思う。顔の好みとかあるし(笑)。
あとは不妊治療の話で今は5組に1組は不妊だって聞いたことがあります。私の分子生物学チューターの先生が遺伝の専門家なんだけど、彼は不妊治療について、「ある意味、不妊治療を受けるということは人間の優しさで、でもその子供たちは不妊治療が存在しなければ、種の保存の法則からいえば、生命としては残れない人たちであったのに生まれてきているから、今の世代では不妊治療はやっていてもいいけれど、それが三代続いて、その子供たちが子孫を残していくと、今の何倍も疫学的に遺伝病が増加していって大変なことになる」っておっしゃってました。

黒川:
さっきの、今のヨーロッパや北欧の話で、婚外子がどんどん増えて当たり前になってきて、社会的な基盤というか、それをサポートする人がどんどん増えてくると、「結婚という形態が社会一般」だという常識がくずれてくるじゃない。日本でも離婚率が上がってきてるし、同棲している人もいるし。結婚していない2人の間で子供ができたときに、それを悪いことだとしてしまうのは、ちょっと考えすぎだと思うから・・・。女性にもし社会的な生活基盤があるんだったら、「ジェンダー・イッシュー」のときにでた託児所の問題も考えなくてはいけない。常に1人の人と結婚しているっていう常識はくずれるわけでしょ。
北欧の場合は半分の子供が婚外子だから、子供たちと今一緒にいる男の人がお父さんじゃないってことがあるんだよ。誕生日に実のお父さんが新しい奥さんを連れて遊びに来て、みんなで子供を祝福してるなんて話もあるから、必ずしもマイナス面ばかりじゃないかもしれない。バイオロジカルなお父さんとお母さんの今のパートナーは違う。そういう意味では子供の認識というか、親子の関係と社会の関係が、生活のあり方として変わってきて、それが定着してくると親子の関係はどうなのかな? バイオロジカルな親子の生活とは?

――:
私がアメリカに住んでいた頃のことですが、友人たちと家族で集まるときに、遺伝上の父親と今の父親、遺伝上の母親と今の母親がみんなで集まってくるというのが当たり前になってきつつあって、家族のあり方っていうのが日本とちがうなって思いました。
不妊治療についてもアメリカと日本では根本が違うので、やはりアメリカのことだけを見ていると日本のことは考えられないんじゃないのかな。ちょっと違うかな・・・。

黒川:
もう一つは僕がアメリカにいた頃かな、日本に帰った頃かな。カリフォルニアで仕事をしていた日本人の奥さんなんだけどノイローゼになっちゃって、自分が自殺するのはいいんだけど子供が残されたらかわいそうだといって、子供と一緒に自殺を試みた。助かったんだけど、お母さんは裁判で有罪になった。アメリカの社会では子供は社会の財産。親が勝手にそんなことしちゃ困る。日本だと親が子供にすることは非難しにくい。だから自殺するとなると子連れで自殺をする。そういう価値観はどうかな。日本だと子供を作らなければお家断絶なんていわれて、そういうつもりで女性も踊らされている。絶対に男の子を産まなきゃいけないとか。
アメリカだけに限らないけどね、親が亡くなって残された子供はかわいそう。僕もアメリカにいたときそうだったんだけど、遺言を書いておかないと。学会とかに行くときに飛行機に乗るでしょ。夫婦で言ったときに飛行機が落ちて2人とも死んじゃうと困るから、子供が小さいときはリスクを避けるために絶対に夫婦で一緒の飛行機には乗らない。だから、「夫婦で飛行機に乗るときは遺言を書いていくのは当たり前だ」とユダヤ人の友人に言われて、そうかと

――:
うちの両親も2人で旅行に行くときに遺言を書いていきました(笑)。

黒川:
アメリカで未成年の子供を残して親が死んだときは、親戚がいてもその子供は州が面倒をみることになる。例えば親戚は子供をスポイルして遺産を悪用する可能性もあるから。だから「親権は誰に与えるか」って遺書を書いておかなきゃいけない。
どんどん変わるんだ、生殖医療っていうのは、技術がどんどん進んじゃうから。一人ひとりの遺伝子の情報が1枚のディスクに入ってくるようになって、たくさんチョイスがあるとしたら3、4人の中から選んだりして、選択肢が増えると自分の不妊についてはさっさとあきらめてしまって、逆に生殖医療に対して自分の期待ばっかりが変な方向に広がっちゃって。
ある人に聞いた話だけど、30代の女性でばりばり仕事をしている人で「私は結婚するのは煩わしい。だけど子供はほしい、1人ぐらい。特に自分のこんな優秀な遺伝子を残しておかないと」と言う人がいる。「だからある男性の精子をもらいたい。だけどその男性の精子が優秀かどうかはわからない。その人の精子が優秀である可能性はその人がどこの大学に行ったのかじゃなくて、その人の子供がどこの大学に入ったかということだ」と考えたらしい。でも奥さんが優秀だったからということもあるけどね。ある先生の子供が非常に優秀だから、その先生に、「先生の精子がほしいって思っている。先生に個人的に惚れているわけじゃなくい。だけど私の遺伝子を残すためになるべくいいパートナーがほしい。子供は私が面倒をみる。だから私と子供には一切かかわり合わないでください。あなたには関係ない。私はちゃんと基礎体温を計っている。だからいついつにつき合ってください」と、その女性が言ったという話がね、まったくの絵空事じゃなくなってきているんだよ。

――:
はっきり言ってしまうと、男性を種馬としてしかみていない。(一同笑)

黒川:
そう。でもそんなこと言われたらびっくりしちゃう。

――:
先生はまだ言われたことがないんですか? (一同笑)

 

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■仲間たちの横顔 FILE No.13

Profile
米・中・英にて9年、東京にて金融機関に勤務していた時期も通信教育で学び、計5学部専攻過程を経ていた。その道程の途上で一度専修した熱帯医学を契機とし、国境なき医師団(MSF)との邂逅によって、挑戦を受胎。既存の分業のからくりを突き崩し、深い生死の臨界をこの今に迷える人に泉をと、自ら駆けつける。学歴と賤金立身の呪縛を溶解せしめ、人の絶望と不安の伏魔殿で、しっかりと手を掴み声を聞く。私はこの選択を、記憶の中に揺曵する或る家族体験に加え、協会奉仕・政治学生運動・文芸サロン活動へのアンガージュマンを通して湧出させるに至ったものらしい。果たして、その泉とは、神か仏の言霊か。医術か人のぬくもりか。否、神仏の言霊も、医術も人のぬくもりも、潜む病魔からの救済へ円環的に投射されるのであって、他にこそ在るのか。いまだ何者でもない私は、ひとまずこの問いを没却。本学に感謝しつつ、日々の研鑽を続けるのみである。

Message
大学とは、ある種のかまどであり、学び入る者とその時代の多くの人の心に光を照らし、暖め続けるものでなければならない(「眠れぬ夜のために」ヒルティ)。この書物の企てに参画した学士たちの大半は、いまだその周縁域はおろか、医学の臨床現場の把捉すらままならないままに、人間医学に思海へと投げ込まれた。黒川医学部長を初めとする関連領域の学識者からすれば、学生側は甚だ偏依な知見の集塊を提出したに過ぎないとの懐疑に苛まれもする。されど、医の問題群を照らし、その空間に内破をもたらす光が必要であると同時に、次代を担う医学生自らの真摯で暖かい価値交換が、この時代の多くの人と行われておかしくない。又、人類の神秘的始源に迫る万学の祖の一つとして、或いは、各個の実用学として、医学は本来遍く何びとにも会得されるべき知の体系である事に変わりはない。その意味で、この一巻は有意義な試みと信じたい。

 

Exposition:

  • 分子生物学
    生命現象を分子レベルで解明する生物学の一分野。高分子化学や分子遺伝学から筋肉生理学、神経生理学まで広範囲に及ぶ。
  • チューター
    少人数の学生チームによる症例検討会を担当する、臨床医及び研究医を含む指導者のこと。アメリカの医学教育制度に由来し、チューターは各チームに助言を与えるのみで学生主体の教育実践を目指す。東海大学医学部では柔軟で多様な国際的カリキュラムの実践を進め、全国に先駆けてチューター制度を採用している。
  • 疫学
    疫学は疫病の学問すなわち「疫学」として紹介されたが、現在では脳卒中、癌、心臓病、糖尿病などの非伝染性の疾病、さらには病気だけではなく、交通事故、労働災害、不慮の事故、自殺、アルコール中毒、大気・水質・土壌・食品の汚染による健康破綻、離婚なども対象とする。公害病など集団的に発生した疾病と環境汚染との因果関係を立証する上で重要な役割を果たす。疫学研究の代表的方法としては患者―対象研究、コホート研究、介入研究等がある。
  • バイオロジカルな父親
    遺伝子学的につながりのある生物学的父親。例えば精子バンクで提供を受けた精子を使って受精して生まれた子供にとっては、精子提供者が生物学的父親となるが不明な場合が多い。

 

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