「医学生のお勉強」 Chapter3:生殖医療(2)

個人の希望や要求に対して医師として倫理観が問われる
極めて重いテーマです
セッションのオリジナルタイトル/In Vitro Fertilization And Gene Technology

 

■ノーベル賞受賞者の精子のお値段は?

――:
精子バンクで精子を買って、それで体外受精させて子宮に戻しても、やっぱり着床しない例があるとか。だから精子バンクは、例えば「何回セットでいくら」とかで売っているそうです。

黒川:
でも精子バンクが始まった頃に比べれば、今は試験管の中で体外受精させてから子宮に戻せるようになって、かなり変わってきている。その前は直接子宮に精子を入れるという方法だったから、排卵のタイミングとかいろんなこともあると思うから、着床するかどうかという問題があった。
でも技術は進歩しているわけ。それをどう使うかだね。精子バンクにノーベル賞を受賞した人のがストックしてあるとかいって、けっこう高かったりして。

――:
精子と卵子の値段で、精子はだいたい今いくらぐらいかわかりますか?

――:
精子の値段は3000ドル。さっき言ったノーベル賞の人。

――:
一般の人では?

――:
受精1回分100ドルから200ドルぐらい。

――:
なんか2000ドルいかないとか、それぐらい。

――:
あの、まさに今話をしていることに関する記事が、去年の4月の『TIME』誌に載っていました。卵を提供したUCLAの女子学生にブローカーが5000ドルを支払ったそうです。その卵子がどうかわかりませんが、同じブローカーからあるご婦人が買った卵子は2万5000ドル。およそ300万円払っているわけ。で、ブローカーいわく、「この金額は女子学生の儲けが多いのではなく、卵子の提供者としてその女子学生がいろいろなテストを受けなければならないから」ということで、そのテストのための費用が大半であると言っていたそうです。

黒川:
どう? 病院に入院して、卵子を内視鏡下で探るっていうのは。

――:
ついでに「子供を作る10の方法」という記事もありました。「誰の精子を使うか」っていうことで、普通は夫の精子と妻の卵子なんだけども、どちらかができない場合には違う人のを使う。「それをどこに着床させるか」ということが問題。最も極端な例は、第三者の精子と第三者の卵子で、しかも代理母に産んでもらう場合かな。

黒川:
それは養子と同じだな。

――:
そうですよね。

――:
その子にとって親が誰かわからない。

黒川:
日本だと、みんな日本人の精子、日本人の卵子にしているのかな? アメリカだとわからないけど。

――:
K大学の医学部生を対象に、男子学生が精子を提供することで2万円もらえるという話を聞いたことがあります。それが「医学部生だから倫理的にマッチしている」とかいう理由で、医学部生を対象にしているんだそうです。でもその医学部生は誰に精子を提供したかは教えてもらえないようですが・・・。

――:
それはかなり長い間続いていて、治療の一環として医学生のを使っているそうです。私はその話をけっこう前から聞いていたのですが、将来、実は父親が同じだったのに結婚した、なんていうことがないのかな? って心配・・・。

――:
もしかして産婦人科の先生が生まれてきた子供を見たら、「あの学生に似ている」っていってギョっとすることがあるかもしれない(笑)。

黒川:
K大学は伝統的に人工授精、不妊治療っていうのにかなり力をいれて、だから不妊外来を頑張ってたわけでしょ。
精子バンク、人工授精っていうのは、診察のときにご主人の精子を採取して、「ご主人に問題があってどうしても妊娠できない」という診断の場合に行っていた。そうなるとリスクが少ない医学部の学生かなと。まあ、患者さんもK大学の医学部の学生だったらそこそこのレベルだし、学生はバイトにもなるし、その頃は表向きに「うちの提供者はK大学の医学部の学生」とは言わなくてもうわさになった。
だから、今あなたが言ったみたいな話は起こってくる。今日わざわざ取り上げたような生殖医療そのものが、何かのときに「実は兄弟だった」ということもありえる。どういうところにクオリティを保証するのか。技術が進んできたからチョイスがある。また白血病などの治療の骨髄移植のためのドナーとして使う例もある。ある程度クローン人間に近くなってきた。技術がどんどん発展してくると、なんでもあり。子供までを、それに利用する。
私がさっき言った根津さんの例はね、精子と卵子の違いだけで、非配偶者からの提供ということでは同じでしょ。それに「妹さんの卵子なんだからいいんじゃないか」ということに対して学会が反発した。だけど僕が思ったのは婦人科の先生が、「子宮と卵子が同じじゃなくちゃいけない」と言うこと自体がちょっとおかしいんじゃないの。実際、どうしても子供が欲しくても出来ない夫婦、近親がいない人たちは、アメリカへ行ってサロゲートマザーでけっこう子供を作っている。卵子の提供者はどのへんか。そのときの条件は何か。自分で産めるのに、自分では産まないでサロゲートマザーに産んでもらう人もいる。さっき言ったのは極端な例だけど、なんのために子供を作るのか。親は誰? 親と子の関係って何?

 

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■仲間たちの横顔 FILE No.12

Profile
長年会社員をしてきましたが、人生半ばで一念発起して医学の道を歩み始めました。学部最高齢の46歳(昭和30年生)ですが、学士や一般の仲間に囲まれて幸せな学生生活を送っています。親、妻子、旧友たちの応援も強い支えとなっています。年齢に伴う記憶力のハンディは、アルバイトもやめて勉強時間を確保することで何とか対応しています。20年来続けている空手は回数は減りましたが折を見ては道場に行っています。将来は離島や山間部での家庭医的医療活動も視野に入れ、専門性に偏らない全般的な医療技術の習得に注力してゆきたいと思っています。膨大な量の近代医療を学び取ることが第一課題ですが、患者さんにとっての治療法の選択肢を増やすべく、鍼灸、漢方をはじめとする東洋医学などの代替医療も学んでゆく所存です。人生の残りの時間との戦いになってきたと言う意味合いでの焦りも多少はありますが、この年令になってやりたいこと、やるべきことはあれこれ出てきたのはやはり有り難いことです。今のところ最大の悩みは学費と生活費です。極めて厳しい状況ですが、学内の奨学金制度もフルに活用させてもらっていますし、妻も幼い三人娘の子育ての合間を縫ってホームヘルパーとして働き始める予定でいます。多くの人々に感謝しつつ、残された時間は有限であることを改めて噛みしめて、日々ほふく前進を続けていくつもりです。

Message
まず6回にわたるセッションで常に感じられたのは、学部長と学生が膝を交えて、真剣だが対等に議論できる自由な雰囲気に包まれていたことです。このため時にテーマは脱線して本題から離れることもありましたが、それはそれでまた楽しかったと思います。バブル崩壊後10年余りの時を経てもなお懲りることなく、守旧的要素が随所に残る日本の社会に、いまだ欠けているのはこの点です。自由に意見を言える制度や雰囲気がその組織にどの程度あるかどうかが、組織の命脈を決める重要な要素の一つです。さて、医師は的確な技術を習得することがまず最低条件です。しかし、社会で生きる一員として医学以外の知識、経験を統合したいわゆる「知恵」をじっくり身につける必要も感じます。特に患者さん(medical consumer)の精神面のケアを怠らないようにするためには、医師自身の情操や知恵に関する自己トレーニングは必要です。読む本が医学書だけに偏らないように、また社会現象や芸術にも積極的に関心を持つようにしてゆきたいものです。そのためには、時には今回のような議論をすることが有効です。今の学生は真剣な議論を避ける傾向があるという話も聞きますが、議論できる友人を持つことは人生に豊穣さを与えてくれます。また、自分の意見にこだわりすぎず、他の意見にも充分耳を傾けることこそ、自己の成長ひいては将来の患者さんのためになることも、今回のフリートークから学び得た点です。学部長をはじめとする先生方、秘書の方、出版社の方、そしてわが学友に感謝いたします。

 

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